第六話「ダリウス・ブラウドフット」

第六話「ダリウス・ブラウドフット」

 三年目が終わった。結局、闇の勢力は目立った動きを見せないまま……。
 もっとも、不死鳥の連合の目を掻い潜っているだけで、実際には既に行動を起こし始めているに違いない。
 不穏な空気が流れる中、連合は俺に専属の警備員を派遣した。連合の会議で自己紹介をしてくれた闇祓いの一人だ。どんな人なのか、まだ良く分かっていないけど、あまり真面目な方ではないみたい。
 朝食の時間にかれこれ三十分も遅れてる。ママに頼まれて起こしに来たわけだけど、入った途端に回れ右をしたくなった。来客用の部屋に置かれたベッドの上で黒人の大男がパンツ一丁で眠っている。何だか、魘されているみたいだけど、正直言って、ちょっと怖い。
 
「駄目駄目。ちゃんと、起こしてあげなきゃ」

 気を取り直して、恐る恐る中に入る。

「ダ、ダリウスさーん。朝ですよー。起きて下さいー」

 どうしても声が小さくなってしまう。案の定、起きる気配が無い。
 勇気を出して、ベッドの傍まで歩いて行く。ダリウス・ブラウドフットはまさに大人の男って感じ。弛みの無いスッキリとした顔には薄っすらと顎鬚が生えていて、胸板はびっくりするくらい厚い。二の腕も俺の太腿以上に太い。パンツには傍目から見ても分かるくらい大きな山が出来ている。思わず目がいってしまう程……。
 
「ダリウスさん……。お、起きて下さい」

 そっと彼の肩に手を伸ばそうとした、その時だった。
 ダリウスはハッとした表情を浮かべ、目を覚ました。同時に世界がひっくり返ってしまった。
 何が起きたのか分からない。俺はいつの間にかベッドに組み敷かれてしまっていた。

「ダ、ダリウス……さん?」

 血走った目。恐怖に体が竦み、声が震える。 
 次の瞬間、目に飛び込んできたのは彼が握る【拳銃】だった。驚きのあまり、言葉を失う。
 魔法使いなのに杖じゃないの? なんて、余裕のある考えは浮かばない。現実に本物の拳銃なんて物を見たのはこれが初めてだけど、フィクションの世界では何度も見た事がある。
 拳銃が使われるシーンとは、即ち誰かが撃たれるシーンだ。撃たれた人間は主人公でも無ければ、余程幸運の女神に愛されていない限り、死を免れる事が出来ない。

「ダリウス……さん?」

 勇気を振り絞って声を掛けると、漸く彼の瞳に理性の光が戻って来た。
 途端、ダリウスは飛び去るように俺から離れた。

「すまん!!」

 そう言って、頭を下げた。

「えっと……」
「ああ……、何てこった」

 ダリウスは額に手を当てると、近くにあったリモコンを手に取った。そんな物がある事に驚いた。アルの家にはあるけど、俺の家にはリモコンは無い。
 エアコンもテレビもラジカセも無いからある筈無い。
 
「朝はこれを聞くのが日課なんだ」

 いつの間にか、彼は部屋を大幅にリニューアルしていたらしい。
 見た事無い物や生前に見覚えのあった物が幾つも運び込まれている。
 彼が操作したのはオーディオコンポ。拳銃の事といい、まるっきり魔法使いらしくない。
 オーディオコンポから流れるのはソウルフルな歌声のポップなミュージック。

「この曲知ってる……」
「マジで!?」

 聞いた事のある曲だった。それも、生前に、
 ダリウスは度肝を抜かれたような顔をしている。

「これって、ボーイ・ジョージの?」
「その通り。最高にセクシーな野郎だぜ。こいつを知ってるとは、良い趣味じゃねーの」
「耳に残る曲だもん」
「聞いてるだけで陽気な気分にさせてくれるから、朝はコレを聞くって決めてるんだよ」
「そうなんだ」

 俺もこの人の曲が大好き。まさか、生前に好きだった曲をまた聞く事が出来るなんて驚きだし、凄く嬉しい。
 ダリウスは歌に耳を澄ませながら、これまた自前で用意したらしいダンベルで筋肉の調子を確認している。

「さっきはすまなかった」

 唐突に彼は言った。

「え?」
「押し倒しちまって、怖かっただろ?」
「そ、そんな事……」
「隠さなくてもいい。悪かったよ。どうにも、身に染みついちまった習慣が抜けないんだ。ま、闇祓いになる前の習慣なんだがな」
「闇祓いになる前?」

 ダリウスは音楽が終わると同時に立ち上がり、部屋の隅に畳んで置いてあるタオルを手に取った。

「シャワールームに案内してくれないか? 軽く汗を掻いたんでね」
「あ、うん」

 パンツ一丁のままで廊下に出て行くダリウスにはちょっと焦った。せめて、ズボンだけでも穿いて欲しい。
 シャワールームに案内すると、ダリウスは俺にタオルを押し付けてきた。

「持っててくれ。聞きたいんだろ? 俺の話」
「う、うん……」

 気にならない、と言ったら嘘になる。魔法使いらしくない魔法使い。闇祓いになる前は別の仕事をしていたらしい。一体、どんな過去があるのか気になって仕方無い。
 ダリウスはシャワーを浴びながらさっきの歌を口ずさみ始めた。話してくれるんじゃなかったのだろうか。

「俺はアメリカ人なんだ」

 不意に彼は語り始めた。

「元々、マグルに囲まれて育った」
「アメリカにも魔法学校があるの!?」
「そりゃ、あるに決まってるだろ? ま、こっちじゃホグワーツやドイツのダームストラング専門学校。それに、フランスのボーバトン魔法アカデミーが有名だがね。中国や日本にさえあるんだ。天下のアメリカ合衆国に無い筈が無いだろ」

 日本にさえって言われて、ちょっとムッとなったけど、それ以上の驚きが俺の胸を見たした。
 日本にも魔法学校があるなんて知らなかった。どんな所なんだろう? ナルトの忍術みたいな魔法を教えてたりするのかな?
 日本版魔法使いと言えば、やっぱり忍者だと思う。安倍晴明みたいな陰陽師は元々中国のらしいから、中国の魔法学校では陰陽師が居たりするのかもしれない。
 そう考えると、段々ワクワクしてきた。

「アメリカの魔法学校って、どんな魔法を教えてるの?」
「知らね」
「……あれ?」

 期待に胸を躍らせて聞いたのに、返って来たのは予想外の解答。

「俺はそっちには行ってないんだ。おふくろがこっちの出身でな。わざわざ、俺の住んでた安アパートまでフクロウが死にそうな面して手紙を持って来た。んで、マグル出身だった俺をナサニエルって優男が魔法界へ連れて来てくれた。正直、感動したな。何て、便利なもんがこの世にはあるんだってな」
「じゃあ、ダリウスさんもホグワーツに?」
「いいや、ダームストラング専門学校だ。ナサニエルの野郎とちょいっと色々あってな。ホグワーツに入学前から破門状を叩き付けられちまった」

 ホグワーツから破門状って、一体何をしたんだろう……。

「んで、ダイアゴン横丁でダームストラングについて知ってな。そん時はアメリカにも魔法学校があるって知らなかったもんだからよ。そっちに入学しちまったってわけだ。ま、色々と楽しかったがな。イギリス人ってな、イモくせーが、磨けば光るのが多いからよ」

 何を言ってるのかサッパリだけど、学校の事を語る彼は実に楽しそう。

「けどな」

 突然、彼は暗い表情を浮かべた。

「俺の住んでた所はスラムでな。魔法なんて便利なもんを良い事に使おうなんて発想は無かった。卒業して、臭いが取れてからは好き放題よ。イギリスはヴォルデモートが悪の親玉気取ってやがるがよ。アメリカじゃ、魔法界にも札付きのワルがゴロゴロ居やがる。ま、真っ向から国に立てつく、なんつーファンキーな真似する野郎はそうそう居ねーがな。細々と仲間集って、自分の欲望を満たすために魔法を悪用する奴が大勢居る。俺もその一人だった」
「ダリウスさんも!?」
「ああ、そうさ。今でこそ、世の平安を護る正義の闇祓いだが、昔は色々と悪い事してたんだぜ? けどよ」

 シャワーを止め、ついにはパンツすら脱いだ状態の生まれたままの姿で現れたダリウスは俺からタオルを奪うと、体を拭きながら言った。

「アメリカの魔法省にも正義感に溢れる野郎が居てな。俺のチームの根城に一人で乗り込んで、一人で全滅させてくれやがった」
「す、すごいね」
「ああ、奴は凄かった。しかも、別嬪でな」
「女の人だったの……?」
「ああ、女だてらにとんでもねー強さだった」

 そう言って、ダリウスは体を拭き終わったタオルを杖で消して、代わりに服を取り出した。
 タオルも杖で出せば良かったんじゃないかな、って思ったけど言わなかった。
 灰色のセーターにジーンズ姿になったダリウスはポケットから銀のカードケースを取り出した。いつも入れてるのかな?
 
「そいつが俺の女房だ」
「女房!?」
 
 あれ? おかしいな。俺が聞いた話だと、この人は犯罪者を捕まえに来た魔法界の刑事さんだった筈なんだけど。
 ケースの中には晴れやかな笑顔を浮かべるチャーミングな女性が手を振っている写真があった。

「捕まった後、色々あってな。そいつとコンビを組んで色々事件を解決したりしてな。最初は遊び気分だったんだが、段々マジになっちまってよ。裏の情報を売って、自由の身になった後、報復されねーように、お袋の実家の方に女房共々移って、そのまま就職活動さ。んで、アメリカでの実績を買われて、晴れて闇祓いの仲間入りってわけよ。拳銃はチーム時代の名残だな。ぶっちゃけ、魔法使い相手にもマジで有効なんだぜ、これ」

 この人だけ、今まで会った魔法界の人達と住む世界が違い過ぎる気がする……。
 もしかして、別の映画の主人公だったりしないだろうか。
 それにしても……、

「どうして俺にそんな事を話してくれるの?」
「まあ、これから死線を共に潜り抜ける事になるかもしれないからな。背中を預ける相手の事は知っておいた方がいいだろ? 互いによ」

 ウインクしながら言う彼の言葉の真意に俺は直ぐに気がついた。

「……ありがとう」

 彼は俺の事を知っている。前の会議での事だけじゃなく、闇祓い達は俺に関する様々な情報を共有している筈。
 彼は一方的に自分が俺の情報を知っているという状況を良しとしなかったみたい。
 自分の過去を話して、五分の関係を築こうとしてくれているんだ。

「ダリウスって呼んでくれ。俺もユーリィって呼ぶぜ。お前さん、色々重てーもんを背負わされちまってるみたいだが、負けんじゃねーぞ」
「……うん」
「よし! 飯喰いに行くか。その為に起こしに来てくれたんだろ?」
「あ、そうだ! シャワーなんて浴びてる場合じゃないよ! もう、みんな、朝御飯食べ終わっちゃってるから、早くしないと片付けられちゃうかも!」
「おいおい、そりゃないぜ!」

 慌てて走り出す彼の後に続いて、俺も走り出した。
 ダリウス・ブラウドフット。
 最初は怖い人かもって、思ったけど、いつの間にか俺は彼の事が好きになり始めている。
 
 ダリウスが俺の家に来てから一ヶ月。
 俺とアルは毎日、ダリウスとの訓練に励んでいた。彼はマッドアイとは違った戦い方を俺達に指導してくれている。
 マッドアイの訓練はあくまでも魔法使い同士の決闘を意識した戦い方だ。如何に素早く、的確に呪文を使うかに重点を置いている。
 それに反して、ダリウスはむしろ杖を予備の装備として捉えた戦い方。しかも、アルに対しては拳銃やナイフの手解きまでしてる。

「呪文に呪文で返すより、こっちの方が断然早い。防御の呪文で防がれるだろうが、少なくとも攻撃の手段を封じられるし、相手は守勢に転じざる得なくなる」

 というのが彼の言い分。正直、アルに拳銃を持たせて、しかも撃たせるなんて嫌だし、止めて欲しい。
 だけど、アルは俺が何を言っても訓練を止めてくれない。
 身を護るのに有用だって事はわかるけど、拳銃は凶器だ。杖だって、使い方次第ではそうなるけど、そうじゃない使い方もある。純粋に人を殺すために作られた兵器なんて、アルに持って欲しくない。
 庭に銃声と焼けた鉛の臭いが充満するのがとにかく嫌で、その度に胸が苦しくなる。
 アルが拳銃の力に頼ってまで、強くなろうとしている理由が俺のを護る為だって事が余計に辛い。

「どうして、皆、拳銃を使わないんだ?」

 アルが尋ねると、ダリウスは考え込むように低く唸り言った。

「色々あるな。純粋に拳銃なんてマグルの玩具だ! なんて言う奴も居る。それ以外にも、拳銃ってな、デメリットもある。訓練に時間が掛かるし、使いこなせないと邪魔物にもなり兼ねない。だが、使いこなせれば――――」
「間違いなく有用だ」

 アルは拳銃に興奮している。
 初めて持った、人を殺すためだけの道具をまるで素晴らしい贈り物のように感じている。
 ダリウスに教わった通りに銃把に確りと指を這わせ、照門から照星を見るように十メートル先の標的に狙いを定め、右腕を突っ張る。
 最初は撃つ度によろけていたのに、今では殆ど動かずに撃てている。
 最初は標的に対して十発撃っても一発当たるかどうかだったけど、段々命中率が上がっている。

「平衡感覚を鍛える訓練を行った成果だ」

 満足そうに頷くダリウスを蹴っ飛ばしたくなる。
 命中率が上がるという事は、あの標的が人だったら……。

「あちっ」
「だ、大丈夫!?」

 突然、アルが声を上げた。
 慌てて駆け寄ると、アルは硝煙の立ち上る薬莢に触ってしまったみたい。火傷してしまっている。
 直ぐに治癒の呪文を掛けてあげると、直ぐに治った。
 でも、このくらいじゃ、懲りてくれない。

「助かったぜ。よっし、ダリウス! もう一回だ!」
「良い根性だ。あの標的に五秒以内に全弾命中させろ。そしたら、もっと難易度を上げるぞ」
「おう!」

 溜息が出る。拳銃なんて……。
 その後、アルはダリウスとナイフの訓練もし始めた。本当に貴方達は魔法使いなの? って言いたくなる。
 これじゃあ、まるでマグルの兵士の訓練だ。
 運動能力を鍛える訓練くらいに留めて欲しかった。木の枝から垂れ下げられているロープを腕の力だけで登るとか、急な斜面の山道を全力疾走するとか、そういうのだけにしておいて欲しい。
 って言っても、俺はその運動能力を鍛える訓練にも殆どついていけてないわけだけど……。
 と言うか、ついていけてるアルが凄い。いつの間にそんなに鍛えてたんだろう。まるで、猿みたいにするする木を登る彼に吃驚した。

「ユーリィ。お前はまずはとにかく体力作りだ。ハッキリ言っとくがな、今のままだと、またアッサリ死喰い人に捕まっちまうぞ」

 ダリウスの言葉には反論の余地が無い。
 俺の体力の無さは筋金入りだ。アルが必死に強くなろうとしているのは俺の貧弱さが原因かもしれない……。

「が、がんばります!」

 とにかく、まずは強くならなきゃ。そう決めたんだから、精一杯頑張るんだ。

「そう言えば、お前等、クィディッチは好きか?」
「当然!」
「いきなり、どうしたの?」

 訓練が終わり、一休みしていると、突然ダリウスがそんな事を聞いてきた。

「ああ、実はな――――」

 ダリウスは言った。

「二回の闇の印の出現で、中止になり掛けてたんだが、延期はしたが、キッチリ開催される事になったらしい。今年のクリスマスにクィディッチ・ワールドカップの開催が決定した」

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