第六話「アルフォンス・ウォーロックⅠ」

第六話「アルフォンス・ウォーロック Ⅰ」

もう直ぐニックの絶命日パーティーが始まるって言うのに何をしているんだろう? 忘れ物を取りに行くと言ったっきり、ユーリィが戻ってくる気配が無い。亡霊達の宴会なんて面白くもなんともないだろうけど、ユーリィが約束事をすっぽかすとは思えない。

「俺、ちょっと様子を見てくるよ」

ハリー達に断って寮への道を引き返す途中、上階から微かに悲鳴が聞こえ、俺の全身は冷や水を浴びせられたように震えた。声の主が誰なのか直ぐに分かった。
途中ですれ違う奴等を押し退けて、悲鳴のした場所に向かうと、誰かが倒れているのが見えた。
最初はただ転んで倒れてしまっただけだと思った。
ほんの一歩、進んだ瞬間にそれが間違いだと気が付いてしまった。むせ返るような血の臭いが鼻腔を突き、目の前が真っ白になった。
獣の雄叫びのような声が轟いた。それが俺の声だと気づいたのは血だらけになり、呼吸も心臓も止まったユーリィの死体の傍に膝を落とした時だった。喉が潰れるのも構わず俺は吼えた。感情が制御出来ない。怒りや悲しみや絶望や寂しさ。もう、今俺が感じてるのはどんな感情なのかすら分からない。ただ叫んだ。叫び続けた。
俺の声を聞きつけた誰かがやって来て悲鳴を上げた。悲鳴は悲鳴を呼び、瞬く間に俺とユーリィは多くの生徒と先生によって取り囲まれた。
誰かがユーリィに触れようとしやがった。俺の感情は【怒り】に収束し、拳を振り上げた。

「ユーリィに触れんじゃねえ!!」

どよめく声にも構わず、俺はユーリィの死体を抱き締めた。力の限り殴ってやったのに、手の主は懲りずにまた俺からユーリィを奪おうとした。
指一本でも触れてみろ。その瞬間にテメエを殺してやる。そのくらいの勢いで俺は再び拳を振り上げた。だけど、今度は別の誰かに止められた。

「止さぬか!! 誰に拳を向けておるのか分かっておるのか!?」

それが誰の声だったかも忘れた。ただ、邪魔をするならこいつも殺すだけだ。俺からユーリィを奪った奴を殺してやる。逃げても追いかけて殺してやる。出来る限りの苦痛を与えてから嬲り殺しにしてやる。

「止めるのはお主の方じゃ、セブルスよ。今、この子は全てが敵に見えておる。致し方無い事じゃ。殴って冷静さを取り戻せるならば、ワシは幾らでも殴られようぞ」

誰かの手が頭に載せられた。そこで漸く、俺は目の前の人物がダンブルドアである事に気が付いた。
拳を振るった事も忘れて、俺は頭を地面に擦りつけた。

「助けて……くれ、先生。ユーリィを助けてくれ、先生」
「ああ、分かった。クリアウォーター君は必ず救うと約束しよう」

そう、ダンブルドアはアッサリと答えた。

「……え?」

間抜けな声を上げて顔を上げる俺をダンブルドアは優しく抱き締めた。その暖かさに俺は少しずつ冷静さを取り戻す事が出来た。

「お主の気持ちは痛い程によくわかる。じゃが、今はクリアウォーター君を医務室に運ばなければならぬのじゃ。ついて来てくれるのう?」
「助かるんですか!? ユーリィは助かるんですか!?」

俺はダンブルドアに掴みかかるように問いただした。背後で誰かが静止する声が聞こえたが、ダンブルドアは俺ではなく、静止の声を抑え、力強く頷いた。

「クリアウォーター君は死んでは居らぬ。仮死状態になっておるのじゃ。癒す方法もある」
「ほんとうに……?」
「ワシの言葉では信ずるに値せぬかね?」

俺は首を力の限り横に振った。ダンブルドアなら助けてくれる。そう信じた。いや……、縋った。

「お願いです……、ユーリィを助けて下さい」

頭を下げる俺にダンブルドアは深く頷いた。

「誓おう」

ユーリィの体はスネイプが運んでくれた。いつもは嫌味な先生だけど、ユーリィの体に傷を付けないように丁寧に運んでくれた。保健室に向かう途中、小言を言われたけど、右から左に流れていった。
運ばれるユーリィの体は酷い有り様だった。右腕は千切れかけ、左手の指は半分以上が奇妙に折れ曲げられている。体のあちこちには火傷や凍傷、傷口が無数にあって、何が起こったのかは明白だった。
保健室に着き、ポンフリーはユーリィの容態を見るや否や恐ろしい形相を浮かべた。よく見れば、マクゴナガルやあのスネイプまでが憎悪に顔を歪めている。

「こんな、子供に拷問を行うなど……ッ」

ポンフリーは怒りで声も出ない様子だった。

「先生。助けてくれよ。こんな傷、先生なら治してくれんだろ!?」

俺の言葉にポンフリーは瞼を固く閉ざし、怒りをやり過ごそうとしている。

「ええ、もちろん。傷一つ残しませんとも! ええ、傷は癒せます。でも、心は癒せません!!」

ポンフリーの怒声に俺は思わず言葉を失った。
マクゴナガルやスネイプも僅かに目を見開いている。

「十二歳の!! こんなか弱い子に!! 拷問!! 心に傷を負ったに決まっています!!」

怒りで顔を真っ赤にしながらポンフリーは杖を振って様々な薬品を奥の部屋から運んだ。

「さあ、出て行ってください!! 直ぐにでも治療を開始しなければ!!」

俺は一秒でもユーリィと離れるのは嫌だったけど、ダンブルドアに手を引かれ、渋々廊下に出た。

「ミネルバ。今すぐにあの廊下を調査するんじゃ。セブルス。君はスプラウト先生にマンドレイクの生育状況を聞いてくるんじゃ」

二人の先生は頷くと同時に駆け出した。後に残された俺はダンブルドアを見上げた。その時になって、ダンブルドアが常の穏やかな笑顔を消し去り、険しい表情を浮かべている事に気づいた。

「マダム・ポンフリーの仰られた通りじゃ」

ダンブルドアは言った。

「心の傷は彼女でも癒せぬ。癒せるとすれば、それは愛情や友情をおいて他に無い。マンドレイクさえ収穫出来れば、クリアウォーター君も目を覚ます事じゃろう。その後はお主等の仕事じゃ。分かったのう?」
「……はい」

俺が頷くと、ダンブルドアはニッコリと微笑んだ。

「まず、彼を治すのはマダム・ポンフリーの仕事じゃ。今日のところはお主も寮に戻るが良い」
「……俺、ここに残ります」
「いつまで治療に時間が掛かるか分からぬぞ?」
「それでも……傍に居たいんです……」
「……ならば止めはせぬよ。ワシから深夜の外出許可を与えよう。くれぐれも体を壊さぬようにのう?」
「……はい。それと……」
「なんじゃ?」
「さっき、殴ってしまって……その、ごめんなさい」

頭を下げる俺にダンブルドアは優しく微笑んだ。

「友を思っての拳じゃ。お主はそれを振るう資格があり、わしはそれを受けねばならぬ義務があった。校長でありながら、校内でみすみすこのような事態を許してしまったのじゃからな」
「……先生」
「さて、まずは君達のご両親にフクロウ便を送らねばな」

そう言いながら、ダンブルドアは杖を一振りした。
すると、保健室の前に大きくてふかふかのソファーとブランケットが現れた。
もう一振りすると、ソファーの横に机が現れ、その上に湯気のただようホットチョコレートのカップが五つ現れた。
チョコレートの数が五つもある理由はすぐに分かった。廊下を走ってくるハリー、ロン、ネビル、ハーマイオニーの四人の姿があったのだ。
四人とも血相を変えた様子で駆け寄って来た。

「アル!! ユーリィは!?」

真っ青な顔をしてハリーが口を開くと、同時に保健室の扉が開いた。
騒ぎすぎたのだろうか? ポンフリーは険しい顔で俺達を見回すと、ダンブルドアに言った。

「校長先生。こちらに来ていただけますか?」
「俺も!!」
「なりません!!」

慌てて追いかけようとする俺にポンフリーは怒鳴り声を上げた。ポンフリーの怒鳴り声に凍りつくハリー達を尻目に俺はダンブルドアを見つめた。

「なりません!!」

再びポンフリーは叫んだ。

「マダム・ポンフリー。この子達はあの子の事が心配なんじゃ。通してやってはくれぬか?」

ダンブルドアの言葉にポンフリーはふるふると首を振った。

「なんでだよ!?」

苛々して叫ぶと、ポンフリーは苦渋に満ちた表情で言った。

「あんな物を子供に見せるわけにはいきません」
「あんな物……? あんな物ってなんだよ!?」

俺はポンフリーに掴みかかった。ハーマイオニーが慌てて止めに入ろうとするけど、ハリーが押し留めてくれた。

「まさか、ユーリィに何かあったんじゃないだろうな!?」
「そうじゃありません!! とにかく、中に入る事は許しません。あなた達は寮にお戻りなさい!!」

そう言うと、ポンフリーはダンブルドアだけを中に入れて扉を閉ざしてしまった。あまりの怒りに俺は扉を思いっきり蹴っ飛ばしたけど、魔法で閉ざされた扉はびくりともしない。

「ちくしょう!!」

ソファーに座りこむと、誰もが黙り込んだ。誰も彼もがユーリィの無事を祈り、ただ時が経つのを待っている。
しばらくして、ハーマイオニーがおもむろに口を開いた。

「それにしても、あの血文字は何だったのかしら?」
「血文字……?」

何の事かさっぱりだった俺にハリーが教えてくれた。
俺がユーリィを探しに行ってしばらくして、上の方が騒がしくなったのを聞きつけたハリー達は俺がユーリィを見つけた廊下に行ったらしい。そこには夥しい量のユーリィの血が散乱し、壁に一部分には文字が書いてあったそうだ。

「『秘密の部屋は開かれたり。継承者の敵よ、気をつけよ』って書いてあったんだ」

ハリーの言葉に俺は壁を力の限り殴った。
あまりにもふざけている。

「拷問しただけじゃ飽き足らずにユーリィの血でそんな悪ふざけしやがったってのか!?」
「……でも、秘密の部屋って一体……」

眉を顰めるハーマイオニーにハリーはハッとした表情で言った。

「そう言えば、ドタバタしてて忘れてたけど、僕、ユーリィが家に迎えに来てくれた日に――――」

ハリーが言葉を言い終わる前に、突然保健室の扉が開いた。
中から現れたダンブルドアは俺とハリーの手を取ると、「来なさい」とだけ言って中に招き入れた。
ハーマイオニーとロン、ネビルの三人が慌てて後を追おうとしたけど、彼等の目の前で扉は勢い良く閉ざされた。
ダンブルドアは俺達をユーリィの下へ連れて来た。ユーリィの体は廊下で発見した時に比べて格段に綺麗になっていた。
千切れ掛けていた腕はぴったりとくっつき、折れ曲がっていた指も真っ直ぐになっている。白く滑らかな肌には穴が空いていた痕跡すら残っていない。ユーリィの体は完璧な治癒を施されていた。
ある一点を除いて……。

「これは……?」

ユーリィの胸から腹部に掛けて、奇妙な傷があった。ほぼ消え掛けているものの、まるで文字のように見えた。

「これはポンフリーに頼んで君達に見せるために敢えて残して貰ったものじゃ。後でこの傷も完璧に消して貰う事になっておる」
「この傷はなんなんですか? まるで、文字みたいな……」

ハリーの言葉にダンブルドアが頷いた。

「然様……。これは文字じゃよ」

文字と言われても見た事の無い文字だった。韓国のハングルや日本のひらがなに似ている気もするけど……。

「これは日本で使われておるカタカナというものじゃ」
「カタカナ……?」
「日本という国は世界で尤も複雑な言語を操る民族でな。普段、日常の中で漢字、ひらがな、英語、カタカナを使い分けておる」
「よ、四種類の言語をですか?」
「正確には四種類の文字体系じゃな。特にカタカナは余程日本という国に精通していなければ判読が難しい。クリアウォーター君は咄嗟に暗号としてこのカタカナを利用したのじゃろう」
「ユーリィが!? じゃあ、まさか、この傷は!?」

俺は言葉を失った。ユーリィの体に刻まれた痛々しい傷の文字はユーリィ自身が刻んだものだと言うのだ。

「なんて……、なんて書いてあるんですか?」
「傷はこう読む事が出来る。『敵 ヴォルデモート。手段 日記とバジリスク。狙い ハリー。アル 逃げて』とな」

俺もハリーも言葉を失った。ユーリィが自身に刻んだ文字の意味はあまりにも信じ難く、恐ろしい内容だった。
だと言うのに、俺の心に湧き起こった感情は俺自身理解出来ないものだった。
俺は歓んだのだ。敵の正体が分かった事に歓んだ。

「ヴォルデモート。ユーリィをこんな目に合わせやがったのがヴォルデモートだってんなら、殺してやる」

俺の言葉にハリーはギョッとしたように目を見開いた。

「殺してやる。絶対に殺してやる。ユーリィをこんな目に合わせやがって!! どこに逃げても探し出して殺してやる!!」

ヴォルデモートという名前に対する恐怖すら無かった。ただ、どんな手を使ってでも殺してやる。それだけが俺の頭を埋め尽くしていた。

Side out…

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