第二十一話 雨生龍之介がバーサーカーを召喚した為に……中盤戦へと至る聖杯戦争

 雑木林を抜けると、背後で大気を振るわせる雷鳴が轟いた。

「な、なんだ!?」

 咄嗟の事に身を強張らせ、振り返ると、先程出会ったばかりの少女が慌てた様子で両手を後ろに回し、直後、まるでガトリングガンを耳元で連射した様な暴力的な音が降り注いだ。
 ビリビリと体に衝撃が走ると同時に突然視界が真っ白になった。音は更に大きくなり、もはや音というよりも衝撃となってウェイバーと少女を襲った。そして、直後に巨大な地響きがなったかと思うと地面に亀裂が走り、ウェイバーは足を取られ転びそうになった。
 咄嗟に少女が支えようとするがバランスを崩し、結局二人揃って地面に倒れこんでしまった。唐突に音が止み、光が消え去った。顔を上げると、そこには見知った顔があった。

「おお、坊主!! 無事であったか!!」
「ラ、ライダー!?」

 視線の先には見覚えのあるチャリオットとそれを牽く神牛の姿があった。

「話は後だ。乗れ。そっちの小娘も連れて来い。急いでこの場を離脱するぞ」
「あ、ああ!」
「え、ちょっ、痛ッ!?」

 ウェイバーはハッとした様子で頷くと少女の手を引っ張ってライダーの宝具、神威の車輪――――ゴルディアスホイールに乗り込んだ。
 少女は戸惑った様子を見せるがウェイバーに構っている余裕は無かった。ライダーが手綱を握ると神威の車輪を牽く神牛、飛蹄雷牛――――ゴッドブルは唸り声を上げ駆け出した。

「逃がすと思うか、ライダー!!」

 飛蹄雷牛の蹄が打ち鳴らす雷鳴の音の中でその怒号は寒気がする程によく響いた。

「しつこい奴だな」
「お、お前、倒したんじゃないのかよ!?」

 ウェイバーが慌てふためきながら叫ぶと同時にガクンと衝撃が走った。
 神威の車輪が高台から飛び出し、舗装された壁沿いを駆ける。
 その背後にランサーが赤と黄の槍を構え迫って来る。

「って、何で空飛ばないんだよ!?」

 ウェイバー達を乗せた神威の車輪は深山町を西へ抜ける国道線に乗り、飛蹄雷牛は蹄でコンクリートを踏み砕きながらチャリオットを牽き駆け抜ける。

「さっきランサーの奴に飛蹄雷牛が一撃をもらってな。幸い黄色い方では無かったが、飛翔するにはもうしばし回復に時間が掛かるのだ」

 言いながらライダーは背後を見やる。

「しかし、敏捷A+は伊達ではないな。まずは見事と称えておこう!!」

 嘯きながら、ライダーは持ち前の獰猛な笑みを隠そうともせずに言った。

「だが、生憎此方のコレは戦車であってな。余の後塵を拝すると申すならば決死を覚悟せよ!!」

 御者台は防護力場によって風圧などから護られている為にあまり実感は湧かないが、神威の車輪は既に冬木の市街の光を背に今だ開発の及んでいない山林エリアへと入っていた。その背後を尚もしつこくランサーのサーヴァントは追い続ける。
 時折、ランサーが赤と黄の槍を振るってはライダーが手綱を巧みに操りランサーの攻撃を回避する。尋常ならざるその手際はさすがは騎乗兵のサーヴァントと言ったところか――――。

「アアアアララララライッ!!」

 ライダーは神威の車輪を真横に滑らせた。
 何をするつもりなのかと思えば、神威の車輪の両側面に固定されている禍々しい造形の大鎌でもって、道路の両脇に鬱蒼と茂る原生林の木々を切り倒した。いまや時速に換算し時速400kmに達する速度で疾走するランサーは神威の車輪の暴虐に寄って粉塵と化した樹木の散弾を浴びせかけられた。
 いかに英霊であろうともただではすまない――――そう、ウェイバーは思った。だが、現実はウェイバーの予測をアッサリと裏切った。
 ランサーのサーヴァントは樹木の散弾の嵐の中を掻い潜り、尚も速度を上げ神威の車輪へと差し迫った。

「お、おいライダー!! 来てるぞ!! まだ、飛べないのか!?」
「大方回復したが、今の段で飛翔しようとすればランサーの奴に隙を曝す事になるわ!!」

 ライダーは言いながら手綱を操り今度は道路の反対側へとチャリオットを滑らせた。いつしか風景が変わり、真横に見えるのは原生林では無くコンクリートで塗り固められた壁面であった。どうやら、冬木を遥かに離れ、別の街へと到達し掛けているらしい。
 神威の車輪の大鎌は樹木よりも遥かに強度の高いコンクリートの壁面を軽々と粉砕し、コンクリート製の散弾へと変貌させた。只人ならば当れば即死は免れぬ時速400kmオーバーのコンクリートの散弾。されど、ランサーは臆する事無くその豪雨の中を突き進む。
 その様はウェイバーを見惚れさせるほどに勇ましかった。

「これは……まずいな」

 大鎌でコンクリートや樹木を粉砕した事によって、神威の車輪の加速度は伸び悩んでいた。その間にもランサーは人智を遥かに超越した速度で迫る。
 そして、ついにランサーは神威の車輪の御者台へと到達した。

「オオオオオオオオオオオオオォォォォォォオオオオオオオ!!!」

 一気呵成にランサーは破魔の紅薔薇を振るった。防護力場によって護られている筈の御者台は何の抵抗も見せる事無くランサーの槍の一撃を受け大きく破損した。
 ウェイバーは慌てて隣に座る少女を抱き抱えながらライダーにしがみ付いた。少女は気を失っているらしく何も反応が無かったが構っている余裕は無い。

「坊主!! 男ならば護ると決めた女を死ぬまで離すでないぞ!!」
「わ、分かってる!!」

 ライダーはウェイバーと少女を片腕で抱き抱えるように支えながら叫び、ウェイバーは無我夢中で叫び返した。
 隣町が視界に映ると同時にライダーは手綱を操り更なる加速を飛蹄雷牛に課した。
 御者台は大きく破損したとは言え車輪は未だ健在だが、次の攻撃に耐えられる保証は無い。

「ライダー、固有結界は駄目なのか!?」
「無理だな。ランサーには一度見られている。展開の隙を見過ごす筈が無い」

 ライダーの言葉にウェイバーは己の愚かさを罵った。ライダーの固有結界はまさに切り札だったのだ。それを序盤も序盤に開帳してしまった。
 己がライダーを信じず、恐怖に駆られ、後先を考えずに令呪を使ってしまったが故に。

「ごめん……」
「謝るな。例えどのような結果になろうと、己の決断を後悔してはいかん。それよりも、己の決断を無駄にせずに次に繋げる努力を致せ」

 ライダーの言葉にウェイバーは弱々しく頷いた。

「案ずるな。準備は整った!!」

 ライダーは獰猛な笑みを浮かべると後方に迫るランサーに向かって叫んだ。

「ではな、ランサー!!」
「逃がすものか!!」
「往くぞ、ゼウスの仔らよ、神威の車輪を牽きいて我が覇道を突き進め!! 遥かなる蹂躪制覇――――ヴィア・エクスプグナティオッ!!!」

 瞬間、莫大な魔力が神威の車輪を包み込んだ。直後、ウェイバーは強烈なGによって、強制的に意識を飛ばされた。
 高度三千メートルまで上昇し、ライダーは神威の車輪を滞空させながら舌を打った。

「ランサーめ……」

 遥かなる蹂躪制覇の発動の瞬間、ランサーは破魔の紅薔薇を投擲していた。破魔の紅薔薇は莫大な魔力の中を一直線に突き進み、神威の車輪を牽く二頭の飛蹄雷牛の内の一頭の心臓を貫いた。
 心臓を貫かれた飛蹄雷牛はライダーを上空へと逃がした直後、その存在を灰燼に帰した。今は一頭の飛蹄雷牛のみでチャリオットを率いている状態だ。もはや、常の超高速移動は望めない。

「すまぬな」

 相方を失い、瞳を潤ませる残った方の神牛にライダーは労わりと謝罪の旨を告げ、マッケンジー邸へとチャリオットを進ませた。

「チャリオットの修復にも些か時間が掛かるか……」

 戦果は無く、損害ばかりを被ってしまったが、ライダーの顔に憂いは無かった。
 隣に座るウェイバーに目を向けると、彼は気を失いながらも少女を手放さずに抱き抱えていた。

「少しは男を上げおったか」

 カラカラと笑いながらライダーは帰還の途についた。

 ウェイバーが目を覚ましたのは丁度神威の車輪がマッケンジー邸にほど近い広場に降り立った時だった。
 頭をトンカチで殴られたような鈍い痛みとケイネスにやられた傷の痛みにウェイバーは顔を歪めた。

「ここは……、逃げ切れたのか?」
「ああ、何とかな。それより坊主、怪我の具合はどうだ?」
「大した事無い。それより、こいつ、どうしよう……」

 ウェイバーの視線の先で少女は気持ち良さそうに眠っている。
 聖杯戦争を目撃してしまった以上、そのまま帰すわけにはいかない。
 暗示を掛けて今夜の事を忘れさせるにしても、ウェイバーの力量ではちょっとした拍子に思い出してしまうかもしれないし、忘れたままであってもケイネスが口封じに動く可能性を否定出来ない。

「教会に保護を求めるしかないか……」
「それが打倒だろうな。だが、今宵は動かぬ方が良いだろう。他のマスター共も動き出しているようだしな」
「ああ、とりあえず明日の朝になったら教会にこいつを連れて行こう。教会に借りを作るのはあんまり乗り気がしないけど、見捨てるわけにもいかないしな。おい、起きろよ」

 ウェイバーは少女を起こしながら生きているのだと改めて実感した。ランサーが現れ、あのケイネスと一対一で戦い、結果生き残れたのだ。色々な要因が重なった結果とはいえ、生き残れたという事実に思わず笑みが零れた。
 神威の車輪を異空間に戻しているライダーを見つめながらウェイバーは思う。やっぱり、この大男を召喚して正解だったのだと。あの背中を見て、自分の弱さを見つめ直し、今日、その弱さをほんの一歩程度は克服出来たと思う。

――――話をしよう。

 彼が聖杯に何を願い、この戦争に参加したのかを。それだけじゃない、聞きたい事は山ほどある。生前はどんな戦いを経験したのか、どんな事を思い生活していたのか。

――――僕はお前に認めてもらえる立派なマスターになってみせる。

 ウェイバーは心中で固く決意を固めた。
 そして、

「ギ――――――――」

 ウェイバーは口から夥しい量の血を撒き散らした。

「な、んで?」

 最後にウェイバーの目に映ったのは自分の胸元から生える血に濡れた剣先だった――――。

――――数時間前。

 雁夜が目を覚ました後、街中を探索していたセイバーはサーヴァント同士の交戦を確認した。人払いの結界が張られていたが、サーヴァントの侵入を阻む程の強度は無く、アッサリと侵入する事が出来た。気配を遮断し、ライダーとランサーの戦いを観察していると、マスター同士も戦闘を開始した。
 尤も、それは戦闘などと呼ぶのもおこがましい一方的なものだった。だが、それが功を奏したのか、圧倒的な強者であるランサーのマスターは弱者たるライダーのマスターを一思いに殺す事無く嬲り続けた。それがどれほど愚かしい事かも理解せずにだ。
 ランサーとライダーの戦いは拮抗している。だが、ライダーにはランサーと戦い、逃走するに至る切り札がある筈である。でなければ、ここに再びライダーとランサーの戦端の火蓋が切られる筈が無いのだから。そうそうにライダーのマスターを始末しなければライダーは再びマスターを引き攣れ逃亡を図る可能性は十二分にある。そうなれば再び聖杯戦争は停滞してしまうだろう。
 それでは困る。主の命は刻一刻と削られているのだ。願わくば一刻も早く終結してもらわなければならないのだ。見たところ、ランサーのマスターは戦闘者として未熟であり、ライダーのマスターはそもそも魔術師として未熟。どちらも消すのは容易いだろう。だが生憎、ランサーのマスターには実体が無い。辺りは暗いがよく見れば彼が歩いた所にある草花に踏まれた様子は無く、彼が幻影であると教えてくれている。このままではライダーは離脱してしまう。ならば、とセイバーはマスターに許可を貰い一計を案じた。
 己が栄光のためでなく――――フォー・サムワンズ・グロウリー。セイバーの宝具の一つであるそれはセイバーの姿を白銀の鎧の騎士からここに来るまでに擦れ違った少女の姿に変えた。ステータスを隠蔽し、サーヴァントである事を秘し、少女の思考回路をトレースする。
 手近な木の枝を折り、少女が愛用している竹刀に偽装し、非力な少女を装いながらライダーのマスターをランサーの目の届かない場所へ誘導した。結果的にはどういう意図かは図れなかったが、アーチャーの横槍によって目的を達成する事が出来た。
 始末する前にライダーが追って来て宝具に乗せられたのは想定外だったが、最終的にライダーのマスターを手段を他の陣営に知られぬように殺すという目的を達成する事が出来た。暗殺者紛いのやり方に不快感はあるが、手段を選べる程に恵まれた立場では無い。目の前には咄嗟に腰の剣を引き抜き迫るライダーの姿があるが、セイバーは少女の姿のまま雑木林の中へと駆け込んだ。
 劣化している現在の敏捷はCだが、敏捷Dのライダーよりは速度で増さる。宝具たるチャリオットを再び喚び出し、騎乗し、駆け出すまでのアクションの間にセイバーは雑木林を抜け、霊体化し、手近な民家に侵入すると、再び己が栄光のためでなくを発動した。既に侵入した一家は眠りに落ちていた。
 窓辺に近寄ると、ライダーが宝具で上空を疾走する様子が見えた。正々堂々と刃を交えずにこのような結末に至ったとなれば、その胸中の憤りは察して余りある。深い罪悪感を感じながらセイバーはライダーがセイバーの捜索を諦め、マスターの遺体の場所に戻るのをジッと待ち続けた――――。

 ライダーは深い憤りと羞恥に顔を歪めながら神威の車輪をマッケンジー邸近くの広場に再び着陸させた。己の現界していられる時間はそう残されてはいない。
 マスターが死亡した状態で無理に宝具を解放した為に残存していた魔力が瞬く間に底をついてしまったのだ。ウェイバーを貫いた剣は紛れも無くセイバーのもの。恐らくは擬態する類のスキルか宝具だったのだろうが、よもやセイバーがあのような手段を取るとは思いもしなかった。
 否、もはや見苦しい言い訳など意味は無い。常に警戒を怠ってはならなかったのだ。己の失態が原因でウェイバーを死なせ、件の下手人を捕らえる事も出来なかった。故、ならばせめてと、守ってやる事の出来なかったマスターを埋葬しようと戻って来たのだ。

「すまんな、坊主。仇を取る事は――――ッ!?」

 神威の車輪を消し、ウェイバーの遺体の場所に歩を進めたライダーの目に驚愕の色が浮かんだ。
 先ほどまでそこに横たわっていた筈のウェイバーの遺体が姿を消していたのだ。

「坊主……?」

 訝しむライダーの声が夜の雑木林にこだました……。

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