第十二話「死んで生まれて」

第十二話「死んで生まれて」

 ダリウスに連れて来られたのは変身術の教室だった。中には連合の面々とママの姿がある。ママは蒼白な顔でマチルダに支えられている。

「ユーリィ……」

 ママは俺を見るなりワッと泣き出した。

「ママ……」

 まるで揺れ動く船の上を歩いているみたい。ふらつく足でママの下に辿り着くと、ママは俺を抱き締めた。

「ジェイクが……ああ……」
「パパ……」

 怖い。パパに何かあったらと思うと怖くて仕方が無い。俺の二人目の父親。俺を愛してくれるパパ。いつだって、彼は無償の愛を注いでくれた。
 傍に居てくれるのが当たり前だと思っていたから、彼が死喰い人に狙われるなんて思わなかった。

「俺のせいだ……」

 涙が止め処なく溢れて来る。パパが狙われたのは俺のせいだ。俺が居なければ、彼が襲われる事なんて無かった筈。

「いいや、我々の落ち度だ」

 スクリムジョールが言った。

「二人にも警護を付けていたんだが、手薄だった事は否定出来ない。三大魔法学校対抗試合で人手を割かれていた……なんてのは、言い訳にならんな。すまない」

 悔しそうに拳を握る彼に俺は何も言えなかった。ただ、パパの生存を祈る事しか出来ない。
 嘆き悲しむママに抱き締められながら、俺はママの胸元に俺と同じブローチがある事に気が付いた。

《永久に愛している》

 ママも受け取っていたんだ。パパからのクリスマスプレゼントを。パパからのメッセージを……。
 バタンと扉を開く大きな音がした。入って来たのはスクリムジョールの補佐官であるガウェインだった。焦燥に駆られた表情を浮かべる彼に不吉な予感が脳裏を過ぎる。

「局長。アズカバンから大量の脱獄者が出たと報告が!!」
「なんだと!? 警備を強化していた筈だぞ!!」
「吸魂鬼が裏切ったようです。警備として動員された特殊部隊は報告して来た者を除き全滅。彼も衰弱が激しく……」

 ガウェインの報告が続く中、再び部屋に闇祓いが現れた。クリストファー・レイリーは若々しくて端正な顔を焦燥に歪めながら入って来た。

「ファッジが行方不明になった!!」
「馬鹿な!? ファッジには精鋭を送っていた筈だぞ」
「ディエゴが裏切った。ロジャーは殺された」

 スクリムジョールは怒りに任せて壁に拳を叩きつけた。

「ディエゴが裏切っただと!? ロジャーが死んだだと……」

 ガウェインもショックを受けた表情で固まり、部屋の中は騒然となった。
 
「服従の呪文とは思えん。ディエゴは服従の呪文に対抗出来るからな……」

 クリスの言葉にスクリムジョールは浅く頷いた。

「とにかく、ユーリィとハリー、それにソーニャと警護を強化する。エドワード、マチルダ、クリス、ガウェイン、トンクス、アネット、マッドアイ、ダリウス。お前達は一時も離れるな。三人は決して一人になろうとするな。風呂もトイレも誰かと一緒に居ろ」

 スクリムジョールは素早く指示を出すと、扉に向かって歩き出した。

「待って下さい、局長!! 貴方の警護はどうするおつもりですか!?」
「私にまで警護を付けて居ては手が回らなくなる」
「冗談じゃありません!! ファッジの次に狙われるのは間違いなく貴方だ!! 三人の警護はクリス達に任せ、私は貴方の警護に付きます!!」
「ならん!! 特にユーリィとハリーは今後の世界の運命を左右する存在だ。どんな手を使ってでも守らなければならない。私に何かあったらダンブルドアに指示を仰げ」
「何かあったらですって!?」

 赤毛の闇祓い、アネット・サベッジは怒りに満ちた声を上げた。

「貴方が居なければ、誰がこの世界を守るというの!? 局長!! 今、この世界の命運は貴方の双肩に掛かっているんですよ!?」
「局長。幾ら何でも、アンタの命はそうそう簡単にチップにしていいもんじゃねぇ。そのくらい、分かってんだろ。ちっとは冷静になんな」

 ダリウスも眉間に皺を寄せながら言った。

「ディエゴの裏切りとロジャーの死に熱くなるのも分かる。だが、己の死は世界の滅亡と同義なのだと自覚しろ、スクリムジョール」

 マッドアイは鋭い声で言った。 
 スクリムジョールは歯を噛み締め、体を震わせた。

「すまん……。だが、私は一刻も早く魔法省に向かわなければならん。ファッジが居ない今、補佐官が政治を取り仕切る事になるだろうが、奴はファッジ以上に無能な男だ。下手をすれば、取り返しのつかない事態になりかねん」
「ガウェインとアネットを連れて行け」
「しかし、それでは三人の警護が……」
「わしとダリウス、それにクリスとトンクス、エドワード、マチルダが居る。それに、不死鳥の騎士団やまだまだ若造だがアルフォンスも居る。そうそう死喰い人なんぞに遅れは取らん」
「……分かった」

 スクリムジョールはスネイプやマクゴナガル、ルーピン達に頭を下げた。

「すまないが、任せる」
「生徒を守るのは当然です。どうか、貴方も無事で……」

 マクゴナガルの言葉にスクリムジョールは深く頷き、踵を返して部屋を出て行った。
 
「ダンブルドアは?」

 アルがトンクスに聞くのが耳に入った。

「緊急の要件で各方面に手紙を出しているみたい。それに、ボーバトンやダームストラングの校長と話し合うと言っていたわ」

 事態は一夜にして急転してしまった。ルーナとダンスを踊ったのが遠い昔の事のように思える。
 心に暗雲が立ち込めたまま、時間は残酷な程いつも通りに過ぎて行く。一分一秒がパパの生死を分ける中、パパの居場所を掴む手掛かりは一切無い。
 そもそも、捜索に使える手があまりにも少ないみたい。精鋭集団は俺達の傍を離れられず、多くの連合の面々は魔法省やアズカバンの事で大忙しだから……。

「パパ……」

 ブローチの文字はあれから一度も変わらない。
 あれから何度も呼びかけているのに、パパは答えてくれない。
 不安が募る中、夜が更けていく。
 涙も枯れ果てた時だった。俺のブローチが突然光出した。慌てて浮かび上がってくる文字を読むと、心臓が飛びあがりそうになった。

《僕は生きている》

 ブローチにはそう刻まれた。ソーニャは食い入るように見つめ、マッドアイ達を呼んだ。
 すると、ブローチの文字が再び変化した。

《リトル・ハングルトン》

 リドルの屋敷がある村の名前だった。マッドアイは即座にクリスと共に立ち上がった。

「マチルダとダリウスは三人の警護を引き続き行え。エドワード、クリス、トンクス、ルーピン。お前達はわしと共に来い!!」
「了解!!」

 マッドアイは使命に燃えた眼差しで言った。

「罠の可能性もある。だが、奴らを捕らえる好機かもしれん。ディーダラス、お前はダンブルドアにこの事を伝えろ。ヘスチア、魔法省に向かい、スクリムジョール達に報告を頼む。アーサー、万が一の場合に備え、ヘスチアと共に魔法省に向かい、【奴】を連れて来い」

 紫のシルクハットを被ったキーキー声のとピンクの頬をした黒髪の魔女、それにロンのパパの三人に素早く指示を飛ばし、マッドアイは部屋を飛び出して行った。その直ぐ後をエドワード達が追い、ディーダラス達も自分達に割り振られた仕事を為すために飛び出して行く。
 
「パパ……、大丈夫だよね」

 不安が募り、零すように言うと、ママは深く頷いた。

「大丈夫よ。あの人は諦めない人なの。絶対、生きて帰って来てくれる筈よ」

 大丈夫、と繰り返すママに俺は小さく頷いた。パパはきっと生きている。マッドアイ達がきっと連れて帰って来てくれる筈。 

「ユーリィ」

 ダリウスが声を掛けてきた。

「少し、今後の事で二人で話したい。準備室の方で少しお茶を飲まないか?」

 俺はママを見た。ママは涙を拭って小さく頷いた。

「何の話をするんだ?」
「色々な。ただ、少し込み入った話にもなる。後で話してやるからお前はここで待ってろ」
「……ああ」

 ダリウスと一緒に準備室に入ると、授業の教材が整頓されて置かれていた。
 ダリウスはポケットから小さな木箱を取り出した。その中には一組のティーカップがあった。

「少し、茶に凝り始めてな。テーブルに並べてくれないか? 俺は茶を淹れてくる」

 言われた通りにしようと、俺は木箱の中のティーカップに触れた。その瞬間、俺は天へ向かって落下した。
 この感覚を知っている。移動キーだ。でも、どうしてティーカップが移動キーになんてなってたんだろう。
 疑問が氷解する間も無く、俺は見知らぬ場所に飛ばされた。雪化粧に覆われた大地にポツンと立っている。

「ここは……」

 辺りを見回すと、満月の明かりに照らされて、一人の男が立っていた。

「……ヴォルデモート」

 能面のような顔をした男が居た。ヴォルデモートは杖を俺に向けている。

「会いたかったぞ。さあ、儀式を始めようではないか」

 ヴォルデモートは杖を振るった。すると、俺の体は金縛りにあったように動けなくなり、背後の地面が捲り上がって来た。雪でも土でもない。現れたのは十字架だった。
 俺の体は十字架に磔にされた。

「さて、ゆっくりとゲストを待つとしようではないか」

 ヴォルデモートはゆったりと佇みながら、俺のポケットに手を差し入れた。杖をアッサリと奪われてしまった。
 頭の中の整理が追いつかない。
 ただ、一つ聞きたい事があった。

「パパは無事なの?」

 答えを聞くのが怖い。
 
「会いたいなら、会わせてやろう」

 ヴォルデモートはそう言うと、地面に杖を向けた。すると、小さな棺が地面から浮かび上がって来た。
 俺は悲鳴を上げた。棺が開き、中から現れたのはパパの遺体だった。冷たくなり、肘から先の腕を切断された惨い姿。
 何を叫んでるのかも分からないくらい、俺は感情をぶちまけた。ヴォルデモートはそんな俺を楽しそうに眺めている。
 
「お前の父は勇敢だった。このヴォルデモート卿が認めよう。世に溢れる凡俗とは違う。お前の為にこの俺様を殺そうとまでしたのだ」

 パパは戦ったんだ。俺の為に戦ってくれたんだ。大好きなパパが俺のせいで死んだんだ。
 パパとはもう二度と話せない。もう二度と抱き締めて貰えない。もう二度と一緒に過ごす事が出来ない。

「殺してやる!! ヴォルデモート!! 殺してやる!!」
「ああ、お前の父も叫んでいたよ。よほど、お前を守りたかったのだろうな」

 パパの死を嘲笑うヴォルデモートに憎悪が際限無く溢れ出す。
 殺してやる。何度も叫び、何度も吼え、何度も怒鳴った。
 拘束を振り解こうともがく。けれど、拘束は固く、身動き一つ取れない。
 悔しさと怒りで頭がどうにかなりそうだった。クラウチに拷問された時でさえ、こんなにも怒りを感じる事は無かった。
 
「パパをよくも!! よくも!! ヴォルデモート!!」

 これほど他者の命を奪いたいと思った事は無い。これほど他者を甚振りたいと思った事は無い。
 どんな苛烈な拷問をしても生温い。死ですら生温く感じる。そんなに永遠の命が欲しいなら与えてやりたい。そして、首だけを固いコンクリートの箱に入れ、海の底に沈めてしまいたい。永劫終わる事無き孤独を味会わせてやりたい。

「む、来たようだな」

 ヴォルデモートはまるで俺の言葉を意に介さず、虚空を見上げた。
 すると、突然、五人の人影が現れた。

「ドラコ!?」

 一人はドラコだった。それに、あのアステリアというドラコの彼女も居る。
 ドラコの背後には彼の両親が居て、四人は拘束されていた。その更に後ろに佇むダリウスの手によって……。

「ダリウス……?」
 
 ダリウスは俺を一瞥すると、いつも通りの快活な笑みを浮かべた。

「よう」

 陽気な挨拶。
 俺は底知れない恐怖を感じた。何故、ダリウスはドラコを拘束しているんだろう。
 ダリウスは俺を助けに来てくれたんだ。そう、思い込もうとして、俺をここに連れて来た移動キーの持ち主が誰かを思い出し、出来なかった。

「いつから……」
「ん? 俺が旦那の配下になったのがいつかって質問か?」

 息を呑んだ。彼はアッサリと自分をヴォルデモートの配下だと言った。
 服従の呪文に掛けられているようには見えない。

「最初からだ」
「最初から……?」
「ああ、言っとくが、ここ数年来の話じゃないぞ」
「え?」

 鳥肌が立つ。初めて会った日から、ずっと俺達を見守り続けて来てくれた彼の事が俺は怖くて仕方がなくなった。
 いつも暖かい笑顔を向けてくれたダリウス。いつも俺達に懸命に訓練してくれたダリウス。いつも俺達を守ってくれたダリウス。
 全部、演技だったの……?

「十五年前の第一次の頃から俺は旦那に加担していた。覚えてるか? 俺が初めて出会った日に話した俺の昔話」

 覚えている。

「……スラムで生きてたって。悪い事をしてたけど、奥さんのおかげで立ち直れたって」
「あれに嘘は殆ど無い。ただ一点を除いてな」
「嘘……?」
「ああ、立ち直ったって言ったが、あれは嘘だ。悪い事ってのは、一度手を染めちまうと、中々抜け切らないんだよ」
「でも、奥さんは!?」
「女房は俺の奴隷だ」
「……え?」

 奴隷。そんな不吉な言葉をダリウスは口にした。

「便利な呪文だよな。服従の呪文ってのはよ」
「何を言ってるの……?」

 怖い。

「初めて会った日に俺はチームの連中と居た。アジトを攻撃されて、俺も仲間も捕まった。築き上げてきた全てを壊されたんだ。そんな奴を許す筈が無いだろ」

 ダリウスは楽しそうに語る。まるで、遠い日の楽しい思い出を語るみたいに。

「俺は牢獄にぶちこまれた。だが、俺は襲撃の時に奴に服従の呪文を掛けた。命令は単純だ。杖を奪うなってな。奴は俺の杖を奪った事にして、俺の杖の所持を見逃した。そして、その事に気が付き、牢獄を訪れた奴に俺は再び服従の呪文を掛けた。本当に馬鹿な奴ってのは居るもんだ。一人でノコノコ現れるとはな。まあ、自分の失態を誰にもバレたくなかったんだろうさ」

 ダリウスが嘗て語った冒険譚の真実はあまりにも汚らわしいものだった。
 
「奴を操り、俺は真正面から牢獄を出てやったよ。脱獄じゃない。正規の手段で出てやったんだ。まあ、その為に奴には色々と悪事を働かせたがな」

 愉快そうに笑いながら彼は言う。

「そんで、ちょいちょい捏造した実績を持って、ロンドンに飛んだ。傑作だぜ。全てが終わって、術の効果が切れた後、奴は俺を殺そうとしやがった。だから、正気のまんま犯してやったよ。壊れるまで延々とな。んで、強力な忘却術を掛けて、俺好みに人格と記憶を作り変えた。俺の言葉ならどんな命令でも喜んで行う従順な女にしてやったんだ。ガウェインの奴なんざ、出来た嫁だ、なんて言いやがった」

 何で、そんな恐ろしい事が平然と出来るんだ。
 何で、そんな恐ろしい事を平然と言えるんだ。
 一緒に過ごしてきた彼のいつもの姿は全て演技だったのだと理解した。醜悪な彼の素顔に俺は恐怖と嫌悪の感情しか持ち得なかった。
 
「チームのヘッドやってたりして、俺は割と人の思考を誘導したりするのが得意なんだよ。そのせいか、忘却術とか洗脳術とかが得意なんだ」

 得意そうに言う彼に俺は嫌悪感を顕にして睨み付けた。
 すると、彼は楽しそうに笑った。

「お前ら、俺の事を完璧信頼してくれんだもんよ。動き易かったぜ。何も聞かなくても情報が向こうから来るし、何の警戒もしてこない」

 ダリウスはドラコを指差した。

「お前、ちょっとは妙に思わなかったか?」
「何を……」
「ドラコの野郎が素直過ぎて気持ち悪いって思わなかったのかよ?」

 ダリウスはむしろ呆れたように問い掛けてきた。

「どういう意味……?」
「ドラコの思考を誘導したんだよ。お前を守る為なら命を張れるくらいにな」
「え?」

 ドラコを見ると、彼は気を失っている。ドラコだけじゃない。彼の恋人も家族もみんな意識を失ったまま動かない。
 
「三大魔法学校対抗試合の第一試合でやつは見事に俺の期待に応えた。お前を護る為に迷い無くドラゴンの炎の前に踊り出た。従順な下僕のようにな」
「下僕って……」

 分からない。ダリウスは何を言ってるんだ。
 パパを誘拐した事といい、こいつらが何を狙っているのかがサッパリ分からない。

「まあ、これから嫌でも分かるさ。どうして、俺が手間暇掛けてこんな大掛かりな準備をしたのかって事がな」

 準備。彼は準備と言った。これから、彼は何かをするつもりだ。

「さあ、旦那。用意は万全に整いましたよ。連合の連中もまんまと罠に嵌ってくれた。ファッジの誘拐とアズカバンの集団脱獄。それに、嘘の拠点情報。奴らがここに来る事は万に一つもあり得ない」
「な、何が狙いなの!?」

 ダリウスは俺の問いに無言で返した。

「さあ、始めるとしよう」

 ヴォルデモートはゆっくりと杖を振るった。すると、何も無かった場所に大きな鍋が現れた。ダリウスは手早く鍋の中に色々な材料を入れ、火を起こした。
 人一人が十分に入れそうな大鍋。鍋の中の液体はふつふつと沸騰を始めた。まるで、それ自体が燃えているかのように火花が散る。

「準備が出来ましたよ、旦那」
「さあ、お風呂の時間だぞ、ユーリィ」

 ヴォルデモートはそう言うと俺を拘束から解放した。だけど、体はピクリとも動かない。

「脱がせ、ダリウス」
「了解」

 抵抗する間も無く、俺の着ていた服は下着一つ残さず取り払われた。寒々しい冷気に体が震える。
 ダリウスはそのまま俺の体を持ち上げ、鍋へと近づいていく。

「何をするつもりなの……!?」

 恐怖に全身を支配された。

「安心しろって。今からやんのはお前の中の絶望……ジャスパーの解放の儀式だ」
「ジャスパーの……?」

 どういう事なのかさっぱり分からない。

「お前の魂に張り付いているというジャスパー・クリアウォーターの魂に一つの肉体を与えるのだ。俺様が欲しいのは絶望の方だからな。お前はその後に父の後を追わせてやる。さあ、儀式は俺様が手ずから行うとしよう。【絶望の解放の儀式】を開始する!!」

 高らかに言うと、ヴォルデモートは朗々と呪文を唱え始めた。

「父親の骨、知らぬ間に与えられん。父親は息子を蘇らせん」

 パパから切り取った腕を高々と持ち上げ、ヴォルデモートは杖を振るう。
 すると、腕から肉が落ち、血が滴り、骨が露出した。ゆっくりと剥き出しになった骨は鍋の中へと沈んで行く。
 ダイヤモンドのように煌く水面が割れ、四方八方に火花が飛び、毒々しい青色になった。

「さあ、次だ。ドラコよ、起きるのだ」

 ヴォルデモートが杖を振るうと、ドラコはボウッとした顔で立ち上がった。

「しもべの肉、喜んで差し出されん。しもべはご主人様を蘇らせん」

 ドラコの口から淡々とした口調の呪文が飛び出した。そして、躊躇い無く自分の腕を持っていたナイフで切り落とした。
 その瞬間、ドラコの顔に一気に正気の色が宿り、彼は痛みに絶叫した。

「な、なんだ、これは!?」

 痛みに喘ぎながら、ドラコは息も絶え絶えに叫んだ。

「ドラコよ」

 ヴォルデモートの声にドラコは顔を青褪めさせ、そして、俺とダリウスの存在に気が付いた。

「逃げて!!」

 俺は必死に叫んだ。だけど、ドラコは痛みに耐えながらゆっくりと立ち上がった。

「何をしているんだ……ダリウス!!」

 額から止め処なく汗を流しながらドラコは叫んだ。

「いいから、その腕をこの鍋に入れろ」

 ダリウスはそんなドラコに事も無げに言った。

「腕……これは、僕の腕か!?」

 ドラコは愕然とした表情で自分の切り落とされた腕を見た。

「早くしろ。出なければ、大切な家族が死ぬぞ?」

 ハッとした表情でドラコが振り向くと、そこにはいつの間にかワームテールの姿があった。彼は気を失ったままのルシウス達三人に杖を向けている。

「それに、ユーリィを救いたくば命令に従え」

 ヴォルデモートの言葉にドラコは唇を噛み締めた。そして、ゆっくりと自分の腕を拾った。

「駄目だ!! 逃げて、ドラコ!!」

 必死に叫ぶ俺を余所にドラコは両親を一瞥し、愛する恋人を一瞥し、俺を一瞥した。

「僕の腕をやる。だから、アステリアやユーリィや僕の家族を解放しろ」
「ああ、約束しよう。俺達に必要なのはお前の腕だけなんだ」
 
 嘘だ。そう叫ぼうとして、俺の声は音にならなかった。ダリウスが俺の声を封じたんだ。
 ドラコを止めようともがこうとするけど、体はビクともしない。その間にドラコは意を決して腕を鍋に投げ入れてしまった。

「ご苦労」
「さあ、くれてやったぞ。だから、早くみんなを!!」
「アバダ・ケダブラ」

 死んだ。俺の目の前でドラコが死んだ。俺達を助ける為に痛みに耐えて腕を鍋に投げ入れたドラコをヴォルデモートはアッサリと殺してしまった。
 
「最期に評価を改める働きをした。その功績は大きいぞ、ドラコ」
 
 物言わぬ死体となったドラコにヴォルデモートは言った。
 そして、未だ気を失ったままのルシウス達に視線を向け、杖を振るった。

「さて、人形も用済みだ」

 その瞬間、ルシウス達の姿は土くれに変貌した。偽者だったんだ。
 当たり前だ。いくら、ダリウスでも監視のついているルシウス達を早々簡単に連れ出せる筈が無かった。

「さあ、仕上げだ。ダリウスよ」
「了解。敵の血、力ずくで奪われん。汝は敵を蘇らせん」

 ダリウスは俺にドラコの手に握られたナイフを渡すと、自分の腕に突き刺させた。
 生々しい感触に吐き気がした。だけど、もう自分が何を考え、何を思っているのかすら理解出来ない。
 パパの死とドラコの死によって、俺の精神はパンク状態だった。
 その間にダリウスは己の血の付いたナイフを鍋に向け、血を滴らせた。すると、ドラコが腕を投げ入れた事で真っ赤に染まった液体は眩い閃光を放ち始めた。そして、ダリウスは俺をその大鍋の中に投げ入れた。そして、俺は再び死を迎えた。

 あれから、何が起きたのか分からない。どのくらい経ったのかも分からない。気が付いたときには全てが終わっていた。
 俺の視界は酷くぼやけていた。体のバランスが酷く悪い。起き上がる事も出来ない。

「……何が起きたの?」

 掠れた声。まるで、自分の声じゃないみたい。
 俺は必死に状況を確かめようと、辺りを見回した。すると、近くに人影があった。その姿を見た瞬間、俺は再び混乱した。
 そこには【俺】が居た。栗色の髪の小柄な少年が俺を薄っすら開いた目で見つめている。

「……マコちゃん」
「……ジャスパーなの?」

 ジャスパーは俺の中から出てしまったらしい。ヴォルデモートの計画は成功した。
 不意に腕を掴まれた。ダリウスだ。
 殺される。そう思った。用が済んだから殺すつもりなんだと思った。 
 だけど、彼は予想外の言葉を呟いた。

「女だったとは意外だな、ジャスパー。悪くない見た目だぜ」
「……え?」

 彼の瞳を見た瞬間。彼の瞳に映る自分の姿を見た瞬間。俺は全てを思い出し、全てを理解した。
 ああ、そうか……。全部、逆だったんだ。【絶望】はジャスパーじゃなかったんだ。本当の【絶望】は【私】だったんだ。

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