第十三話「秘密の部屋の決戦」

第十三話「秘密の部屋の決戦」

 アルは真っ先に部屋を飛び出した。鍛えているからか、アルの足はとても素早い。直ぐに後を追ったのに僕はあっと言う間にアルの姿を見失ってしまった。幸い、目的地は分かっている。後ろから追いかけて来るスクリムジョール達と共に僕は一階下の保健室に向かった。階段を駆け降り、廊下を走っていると遠くの方から激しく争う音が聞こえて来た。どうやら、未だ戦いは終わっていないらしい。廊下にはバジリスクと戦ったらしい、仮死状態の先生方や闇祓いの姿があった。
 恐ろしくてたまらない。この先に待ち受けているのは死だ。眼鏡という重さ僅か数グラムの視力の補助器だけが命を繋ぐ蜘蛛の糸。触れれば簡単に切れてしまいそうなか細い生命線。
 後ろからハーマイオニーが追いついて来た。スクリムジョールやマッドアイも一緒だ。エドワードおじさんは立ち止まる事無く保健室へ飛び込んだ。僕も一瞬遅れて中に入った。そこで見たのは暴れ回るバジリスクとバジリスクに立ち向かっているダンブルドア。アルはエドに捕まえられて壁際に居る。その足元でユーリィの両親が全身から血を流しながら倒れている。辛うじて生きているようだけど、かなり危険な状態に見える。
 バジリスクは両目をズタズタに引き裂かれていた。自慢の魔眼を潰され、動きも弱々しく感じる。恐らく、廊下に倒れて居た闇祓い達の決死の反撃を受けて来たのだろう。ダンブルドアは杖を振るい、バジリスクを翻弄している。もはや、勝負の結果は見えている。
 その時だった。身の毛のよだつ様な怨嗟の叫びが聞こえた。

『許さん!! 許さん!! 許さん!! 許さん!! 呪われよ魔法使い達!! この私をこの様な目に合わせおって!!』

 その声が誰のものなのか最初は分からなかった。

『王……』

 自分の腕から響く低い声にびっくりした。大広間で誰かが出した蛇が未だに絡み付いたままだったのだ。どうやら、自分はかなり切羽詰っていたらしい。腕にこんな錘をぶら下げている事に気づかないなんて、どうかしている。蛇は苦しみにのたうち回るバジリスクを哀しそうに見つめている。

『なんてこった……。我らが王があのような……。なあ、旦那。俺の声が聞こえるんだろう?』

 蛇はくるりと頭を動かし、僕の目を見つめながら問い掛けた。

『う、うん』
『王を助けてくれないか?』
『……え?』

 僕が戸惑うのを見て、蛇は再び言った。

『頼む。王を助けてくれ』

 蛇は何度も頼む、頼むと繰り返す。その間にも僕の耳にはバジリスクの悲鳴が聞こえる。

『王は恐らく操られているんだ。あんなボロボロになってもまだ逃げ出さないのはきっと……』

 蛇は悲痛な声で言った。

『このままでは王が殺されてしまう。会ったのは初めてだが、一目であの方が高貴なる方であり、俺の王なのだと分かった。あの方が死ぬのを見たくない。頼むよ、旦那。俺に出来る事なら何でもする。何でもだ。死ねと言うなら死のう。生きたまま自分の肉を喰えというなら喰おう。だから、頼む』

 蛇の言葉と同時にバジリスクは一掃大きな悲鳴を上げた。

『痛い。苦しい。何故、この私がこのような目に!? 何故!? 何故なのだ!? 私はただ、御主人様の命令に従っただけなのに!! 何故!?』

 それはまるで子供が駄々を捏ねているようだった。
 僕はバジリスクの事をよく知らない。皆に聞いた話で勝手に邪悪な存在だと思っていた。相手を睨んだだけで殺す魔眼だとか、僅かな量で相手を死に追いやる猛毒の牙とか、あまりにも恐ろしいバジリスクの特徴を聞いて、勝手に想像していた。だけど、彼の悲鳴や彼を思う蛇の懇願を聞き、僕は無意識に飛び出していた。誰かの制止の声も振り切って、ダンブルドアの前に飛び出していた。

『止めて!!』

 前に飛び出した僕を見た瞬間、ダンブルドアは動きを止めた。そして、同時に背後で息を呑む声が聞こえた。

『何者だ!? 御主人様では無い……。貴様は何者なのだ!?』

 バジリスクは怯えたように声を張り上げた。目が潰れているにも関わらず、その頭を真っ直ぐに僕に向けている。

『……僕、ハリー・ポッター』
『ハリー・ポッターだと!?』

 バジリスクは驚愕に満ちた声を張り上げた。

『知っているぞ。私は貴様を知っている!! 御主人様は貴様に執心しておられた。偉大なる魔王を殺した少年よ。私は貴様を殺せとは命じられていない。御主人様が貴様を直々に殺すと仰られていた』
『その御主人様って、一体誰なの!?』
 
 僕が聞くと、バジリスクは口を大きく開き脅すように唸った。

『御主人様の名は秘密なのだ。貴様に教えるわけにはいかん!!』
『王よ!!』

 突然、僕の腕に絡み付いた蛇が口を開いた。

『ハリー・ポッターは王を御救い下さいます』
『私を救うだと!?』

 バジリスクはまるで今世紀最大の冗談を聞いたかのように笑った。苦しみのせいで、その笑い声は掠れていた。

『ハリー・ポッターが私を救うだと!? あり得ぬ!! ハリー・ポッターは私の御主人様の宿敵なのだ。ハリー・ポッターは私を殺しに来たのだ!!』
『違います。ハリー・ポッターは私の願いを聞き入れて下さいました。王を救って欲しいと願う私の頼みを聞き、王よ、ハリー・ポッターは貴方様と魔法使いの間に立たれた。我が身の危険も顧みずに勇敢な行いをしました』
『違う!! ハリー・ポッターは私の御主人様の名前を聞き出そうとしただけだ。私を殺すつもりなのだ!! だが、私は御主人様の名前を決して言わない。おぞましき魔法使い共に我が忠誠を見せ付けるのだ。そして、どちらが邪悪なるものかを分からせるのだ!!』

 言葉を交わす蛇とバジリスクを僕はどこか遠い所から見守っているような気分だった。信じていた世界が崩壊したような錯覚を覚える。邪悪な存在だと信じていたバジリスクを僕はもうただの怪物と見る事が出来なくなっている。バジリスクも命ある一個の生命なのだ。ただ、その生来の能力があまりにも凶悪であるが故に恐怖され、利用され、殺されようとしている。こんな事を思うのはおかしいのかもしれない。だけど、僕はバジリスクの命を救いたいと思った。
 
『君は人を食べるの?』

 僕が問うと、バジリスクは否と応えた。

『私は人を喰らわぬ。生まれてからこれまで人を喰った事は無い』

 その言葉は僕にとって驚きだった。

『人を食べた事が無いって!? じゃあ、どうして、人を襲うの?』
『御主人様がそう命じるからだ。私は命令に従う。御主人様の敵は八つ裂きにするか、毒を持って殺す』
『どうして、そんなにまでして御主人様の忠実であろうとするの?』
『それが私の誇りだからだ。私は長い間、御主人様に身を隠せと命じられ、狩りが出来ず何も食していない。だが、空腹に襲われようとも私は御主人様の命令に忠実に従った』

 バジリスクの言葉は裏を返せば御主人様が命令すれば人を襲わなくする事も出来るという事だ。そもそも、人を襲うのはそう命じられたからなのだから。
 
『どうして、君は御主人様を御主人様と崇めるの?』
 
 僕が聞くと、バジリスクは当然のように言った。

『我が声を聞いた。私に命令を下す唯一の言語を操っていた。私の御主人様は資格を満たしておられた。器を変えながらもその力は変わらぬ』
『僕も君の言葉が分かる!!』

 僕は言った。バジリスクは怯んだように呻き声を上げた。

『僕も君に命令を下す言語を操っている。僕も君の主になる資格がある筈だ』
『私には既に御主人様が居られる!!』
『君を捨て駒にする主の事かい!? 君に食事も与えない主がそんなに良いのかい!?』

 僕が怒鳴るように言うと、バジリスクは怒りに吼えた。

『御主人様を愚弄するか!? 我が主は御主人様のみだ!! それ以上の妄言は許さぬ!!』
『王よ!!』
 
 蛇が口を挟んだ。

『我が王よ!! 私の言葉も貴方には届かないのですか?』
『届いておる!! 我が同胞よ!! 届かぬ筈が無い!! 貴様の声は我が寂寂なる心を癒す!!』
『ならば王よ!! 私はハリー・ポッターを主としたく思います』
 
 蛇の言葉にバジリスクをうろたえたように体をくねらせた。

『私はハリー・ポッターに命を捧げた身。我が命はハリー・ポッターと共にあるのでございます。私はハリー・ポッターこそが真なる主なのだと確信しております!!』

 蛇の声はバジリスクの心を大きく揺さぶった。

『私は……私は御主人様を裏切れぬ!!』
『なら、僕が命じる!!』
『……何?』

 僕は更に一歩前に踏み出した。
 後ろで誰かが息を飲む声が聞こえる。構うもんか。

『バジリスク。僕が命じる。今の主人を裏切り、僕のものになれ!! お前は自分の意思で御主人様を裏切るんじゃない。僕の命令で裏切るんだ!!』

 我ながら大胆な事を言っている。どうやら、一ヶ月近くに及ぶ魔法の訓練は戦う力だけではなく、心までも鍛えてくれたらしい。

『ハリー・ポッター。貴様……!!』
『王よ!! ハリー・ポッターもまた、資格者である筈です!!』

 蛇の言葉に僕は続けるように言った。

『僕にも君に命令する資格がある筈だ。その僕が命じているんだ!!』
『私に御主人様を裏切れだと!? 私の忠誠心を曲げよと命じるだと!? 貴様は……貴様は……、なんと、邪悪な』
『ああ、そうさ、僕は邪悪なんだ。だって、僕は――――』

 僕は知らず気分が高揚していた。最大級の悪辣な笑みを浮かべ、バジリスクに言う。

『スリザリンの継承者なんだからね』

 バジリスクは散々のたうち回り、吼えた。
 背後で誰かが動くのを感じる。

「動かないで!!」

 振り向かずに叫ぶと、背後の音が止んだ。僕はジッとバジリスクを見つめた。葛藤している。そう、葛藤しているんだ。曲げられるかもしれない。バジリスクの忠誠心を曲げ、僕に服従させる事が出来るかもしれない。

『僕に従うんだ!! バジリスク!!』

 僕が叫ぶと、バジリスクは一層大きく体をくねらせ、苦悶の声を上げ、最後には頭を垂れた。

『……いい、でしょう。私はここで死ぬ身でした。ならば、貴方に拾われたこの命……捧げましょう。新たなる主よ』
『あ、ああ!! 僕に従ってもらうよ。バジリスク』

 バジリスクが大人しくなったのを確認してから僕はダンブルドアに振り向いた。見ると、ダンブルドアは両手でアルとハーマイオニーを抑えていた。

「どうなったのかね?」

 ダンブルドアは全てを見透かすようなキラキラとしたブルーの瞳を僕に向けた。僕はニッコリ微笑んで言った。

「バジリスクは僕の味方になりました」

 僕が言うと、アルとハーマイオニーは信じられないという顔をした。
 
『バジリスク。さあ、主の名前を言ってくれ』

 僕が言うと、バジリスクは低く唸った。

『御主人様……』

 バジリスクは弱々しく言った。

『それだけは……どうか、それだけは……。確かに今の主は御主人様ですが……、私は』
『……そっか。ううん、いいよ。僕もデリカシーが足りなかった』
『……申し訳ございません。それに、最後に私にここで死ぬまで暴れるよう命じられた後、前の御主人様がどこに行かれたのかは……』

 僕はダンブルドアに向き直って言った。

「ごめんなさい、ダンブルドア先生。バジリスクもユーリィと継承者がどこに行ったのかは分からないそうです。最後にここで死ぬまで暴れ続けろと命じられただけで……」

 僕が言うと、ダンブルドアは頷いた。

「構わぬ。ある程度の予想は付いておる」

 そう言うと、ダンブルドアはスクリムジョールに頭を向けた。

「時は一刻を争う」
「分かっている。今すぐ向かいましょう」
「向かうって、どこに!?」

 僕の問いにエドワードおじさんが応えた。

「秘密の部屋へだ。我々はこの数ヶ月、ただ手を拱いていたわけじゃない。大体の場所は検討がついている」
「行くぞ!!」

 スクリムジョールの号令に頷くと、背後でバジリスクがゆらりと体を動かした。

『君も付いてきてくれ』
『かしこまりました』

 スクリムジョールに先導され、僕らは廊下を走り、階段を駆け降りた。どこに向かっているのか分からなかったけど、スクリムジョールの足が迷い無くどこかの場所へ向かっているのは分かる。彼の進む先に秘密の部屋はある。
 三階に降り立つと、どこから更に廊下を走り、何故か女子トイレの前で立ち止まった。

「ここって!!」

 ハーマイオニーは驚いたように声を上げた。

「ハーマイオニー、ここがどうしたんだ?」

 アルが聞いた。

「嘆きのマートルよ」
「嘆きのマートルって?」
「ここに棲んでいるゴーストの女の子よ」

 スクリムジョールが故障中の札を無視して中に入ると、中から素っ頓狂な声が聞こえた。

「ここは女子のトイレよ!」

 入った瞬間に回り右をしたくなった。なんて陰鬱なトイレだろう。大きな鏡は罅割れだらけの染みだらけ、石造りの手洗い台はあちこちが欠けている。床は薄っすらと水の膜が張っていて、歩く度にびちゃびちゃと音が鳴る。
 マートルは苔の生えた窓ガラスの傍でふわふわと浮いていた。僕らを胡散臭そうに見ている。

「ここは女の子が用を足す場所よ? 女の子が一人に男がいっぱい! ここで何始める気よ!? いやらしいわね!!」

 何を言っているのかよくわからないけど、スクリムジョールは盛大に溜息を零した。
 ハーマイオニーは顔を真っ赤にしている。

「ここが秘密の部屋なのか?」

 アルが尋ねると、スクリムジョールはしかめっ面のまま手洗い台を指差した。

「調査の結果、前回、秘密の部屋が開かれた時に一人の犠牲者が出た。その子は女の子で、トイレで殺された」

 僕らはハッとした顔でマートルを見た。僕らよりも少し年上の女の子。性格はちょっときつそうだけど、まだまだ青春真っ盛りで、これから楽しい未来が待っていた筈なのに、こんな陰鬱な場所で……。
 マートルは注目されている事に気を良くしたのかニコニコと微笑みながらトイレの中を踊るように飛び回っている。

「彼女が殺された状況から考えるに、ヴォルデモートが意図的に彼女を殺したとは思えない。恐らく、偶発的な事故だったのだろう。その証拠に、彼女の死を切欠に前回の秘密の部屋の騒動は幕を閉じた」

 スクリムジョールは手洗い台の一つに近づき、銅製の蛇口の脇を僕らに見せた。そこには蛇の絵が刻まれている。間違い無い。ここが秘密の部屋の入り口なんだ。

「恐らく、ここから出て来たバジリスクと彼女は運悪く目を合わせてしまったのだろう……」
「マートル……」

 ハーマイオニーは哀しそうにマートルを見つめた。マートルは興味深そうに僕らの……正確には蛇口の方を見ている。

「……覚えているわ。そこだったわ。男の子が居たのよ。何か変な事を言ってた。私、その男の子に出て行けって言ったの。だって、ここは女子トイレだもの。そして……、黄色い大きな目玉が二つあって、体全体がギュッと金縛りにあったみたいになって……、それでね」

 死んだのか……。何も悪い事をしていないのに、この女の子は殺されたんだ。ヴォルデモートは何故、秘密の部屋を開いたんだろう? 何も知らない女の子が殺されなきゃいけない理由って何なんだろう?
 深い疑念を抱きながら、僕は蛇口を見つめた。

「幾つか呪文を確かめてみたが、我々には開けなかった。ハリー・ポッター。蛇語を試して貰えるか?」

 秘密の部屋の鍵は継承者の資格というわけだ。僕は頷くと蛇口の前に立った。
 何て言えばいいのかな? 僕は入り口で待機しているバジリスクに頭を向けた。

『なんて言えばいいの?』
『開け……と。それで開きます。申し訳ありません、御主人様。私はやはり、この先へは……』
『うん。分かってる。無理をさせるつもりはないよ。これは人間同士で解決するべき問題だと思うし』
『御主人様……』

 僕は蛇口に振り向くと、意を決して言った。

「開け!!」

 僕が言うと、アルは気まずそうに言った。

「今のは普通の言葉になっていたぞ」
「え!?」

 僕はもう一度ゆっくりと言った。

「開け」

 何も起こらない。アルを見ると、アルは首を横に振った。また、普通の言葉になっていたみたいだ。

『旦那。焦るなって、開けって言うだけじゃねーか』

 僕の腕に絡み付いたままの蛇が言った。
 その瞬間、蛇口が眩い白い光を放ち、回転を始めた。僕、何も言ってないのに……。
 手洗い台が動き出し、床に沈んでしまった。代わりに太いパイプが剥き出しになった。大人一人がゆうゆうと滑れるくらいの大きさだ。

『……ま、気にすんなって、旦那』
 
 蛇に気を使われた……。

「ふむ……。ハリー・ポッター。その蛇に今見たいに中でもやるよう言ってもらえるかね?」

 スクリムジョールが言った。

「え!? で、でも!!」

 食い下がろうとする僕にスクリムジョールはぴしゃりと言った。

「君以外に蛇語を操れる者が居ないから君に同行を頼もうと闇の魔術の防衛術の教室で我々の考えを話した。だが……、その蛇で代用出来るならば、君を危険に晒す必要は無い」
「でも、この先にはユーリィが!!」
「ユーリィ・クリアウォーターは我々が必ず救い出す!!」

 スクリムジョールは言った。

「でも、僕は――――」
「議論の余地も時間も無いのだ!! 頼む!! 蛇に伝えてくれ!! 我々に協力するようにと!!」

 嫌だ。ここで首を縦に振れば、また僕達は蚊帳の外だ。ただ、自分の好奇心を満たしたいだけで言ってるんじゃない。僕はユーリィを助けたい。皆の仇を討ちたい。
 そんな僕の思惑とは裏腹にいきなり蛇が僕の腕からスクリムジョールの腕へと飛び上がった。

『な、なにをする気なの!?』

 僕が聞くと、蛇は言った。

『人間の言葉は分からない。だけど、こいつらが何を言っているのか、何となく分かる気がする。俺がこいつらに協力してやれば、旦那は危険に晒されずに済むんだろ?』

 蛇は言った。

『俺は俺の王を救ってくれたハリー・ポッターに生きて欲しい。危険に飛び込んで欲しくない。だから、俺はこいつらに協力するぜ』
「ふむ……、分かってくれたか」
「違う!!」

 分かってない。僕は蛇に何も言ってない。勝手にスクリムジョールに協力しようとしているだけだ。
 
「違うとは?」
「ぼ、僕は何も言ってない。蛇が勝手に……」
「……どうやら、主思いらしいのう」

 ダンブルドアが言った。

「ワシも前に嗜み程度に学んだことがあってのう。僅かながら蛇語を聞き取る事が出来る。その蛇はハリーを救う為にワシらに協力すると言っておる」
「待って!! 待ってよ!! 僕もユーリィを!!」
「お前達の役目は終わりだ」

 そう、エドワードおじさんは冷たく言い放った。

「ここで待っていなさい」
「でも!!」

 僕が尚も食い下がろうとすると、ハーマイオニーが僕の腕を引っ張った。
 僕が顔を向けると、ハーマイオニーは辛そうに涙を流しながら首を振った。

「時間が無いのよ……。我侭を言ってる暇なんて無いの……。ユーリィが死んじゃうかも……」

 僕は愕然となった。そうだ。僕は何をしているんだ。今、この瞬間にもユーリィは命の危険に晒されているんだ。
 アルを見ると、拳から血が滴っていた。アルも分かっているんだ。今、僕らが我侭を言っても通らない事を。ただ、悪戯に時間が過ぎていくだけだという事を……。

「分かりました……」

 僕は渋々頭を下げた。スクリムジョールとマッドアイ、エドワードおじさん、ダンブルドアの四人は頷き合うとパイプに向かって飛び込んでいった。

『頼む!! ユーリィを……僕の友達を救ってくれ!!』

 僕はスクリムジョールの腕に絡み付き、地の底へと落ちていく蛇に向かって叫んだ。
 やがて、マートルのトイレには沈黙が降り立った。結局、僕らは蚊帳の外だ。何も出来ない。何もさせてもらえない。
 ただ、ユーリィの無事を祈る事しか出来ない歯痒さに僕は悔しくて涙が出た。

 どのくらい経っただろうか? 僕らは何も喋らずに大人達の帰りを待っている。もう一時間は経っただろうか? それとも、まだ十分程度? 分からない。時間の感覚が曖昧だ。
 パイプの先から音が響いた。僕らはハッとした表情で立ち上がり、大人達の帰りを待ちうけた。心臓が高鳴る。ユーリィ、どうか、無事で居てくれ。そう、強く祈りながらパイプから大人達が出て来るのを待った。
 だが、出て来たのは僕らの想像を遥かに超えた人物だった。

「馬鹿な……」

 僕らは言葉を失った。パイプから現れたのは他の誰でも無い。若き日のヴォルデモート……、トム・リドルだった。
 まるで写真から飛び出したかのようにスクリムジョールに見せられた写真そのままの姿で彼は現れた。その手には見覚えのある杖が握られている。ユーリィの杖だ。

「お前……、その杖は!?」

 アルは血走った目でトムの握る杖を睨み付けた。
 トムは冷ややかにアルを見つめた。

「ああ、これかい? 僕の杖さ」
「違う!! それは、ユーリィの杖だ!!」
 
 アルは杖を抜いてツムに向けた。
 殺気全開で杖を向けられながら、トムは余裕綽々という表情であろう事かアルから目を離し、僕に頭を向けた。

「エクスペリ――――」
「やかましいぞ」

 アルが呪文を言い切る前にトムはアルを見もしないで杖を振るい、アルを壁まで吹き飛ばした。
 マートルがキャーキャーと喚くと、トムはマートルにも杖を向けた。火花が飛び散り、マートルは悲鳴を上げながら窓の外へと逃げて行った。
 そして、トムはそのまま杖を僕に向けた。

「ハリー・ポッター。僕は君とずっと話したかった」
「……僕は話す事なんかない」
「おや、そうかい? どうして、僕がここに現れたのかは聞かないのかい? 下に降りた連中の事は? ……君の大事な友達のユーリィの事は?」

 僕は歯軋りしてトムを睨んだ。

「教えて上げるよ。僕がここに現れたのは君と話をするためさ。その為に僕は随分と遠回りをしてしまった。最初は――――」
「そんな事はどうでもいい!! みんなはどうした!? ユーリィに何をしたんだ!?」

 僕が怒鳴り声を上げると、トムは不愉快そうに鼻を鳴らした。

「下の連中なら生きているさ。まあ、この通り」

 僕は思わず叫んでしまった。トムがポケットから取り出したのは蛇だった。ピクリとも動かない。死んでしまったのだろうか? 
 僕は彼の名前を呼ぼうとした。だけど、僕は彼に名前を付けていなかった。こんな時でも、叫べる彼の名前が無い事に酷く失望した。本当に短い間だったけど、僕は彼が嫌いじゃなかった。初対面のバジリスクの為に必死に助命の嘆願をして、僕の為に危険な場所に飛び込んだ彼をどうして嫌える?
 僕の中で恐怖や不安が怒りに塗り潰されていく。

「よくも!!」
「安心したまえ。下の連中もこの蛇も殺してはいない。下の連中は扉を閉めて閉じ込めただけだし、蛇も数時間もすれば目を覚ますさ。もっとも、この蛇が居ない今、下の奴等は二度と上がって来れないだろうから、待っているのは餓死だろうがね。それに、この蛇と違い、ユーリィの方はどうか知らないな」
「どういう事だ!?」
「ユーリィからもたんまりと命をもらったからね。愚かなウィーズリー兄弟やユーリィのおかげで僕はこうして日記から抜け出し、それどころか、生前と変わらぬ力を身に付けた。祝福してくれたまえ!! 今、ここにヴォルデモート卿は復活したのだ!!」
「ユーリィの命を奪っただと……?」

 壁から体を起こし、よろよろと歩きながらアルはトムを睨み付けた。

「ああ、そうだよ。まだ、死んではいない。だが、時間の問題だな。バジリスクの魔眼の呪いによって死が先延ばしにされているに過ぎない。魔眼の呪いが解ければ、その先で待ちうけるのは死だろうさ」
「貴様……、貴様!!」

 アルは杖を振り上げたが、その前にトムは素早く杖を振るった。アルの体は再び壁に向かって吹き飛び、トムはその杖を更にハーマイオニーに向けた。
 ハーマイオニーは隙を伺っていたらしい。容赦無く、トムはハーマイオニーを吹き飛ばした。

「アル!! ハーマイオニー!!」

 二人はグッタリとしている。

「ヴォルデモート!!」

 僕は怒りで頭が真っ白になるのを感じた。
 僕の両親を殺した男が目の前にいる。今また、僕の漸く出来た大切な友達を殺そうとしている。許せない。
 
「殺してやる!! お前を殺してやる!!」

 僕は無我夢中で杖を振り被った。だけど、杖を振り下ろす前に僕の体はトイレの壁に叩き付けられた。

「無言呪文も扱えぬ子供がこのヴォルデモートを殺すだと? 笑わせてくれるなよ、ハリー・ポッター」
「こっちを見ろ!!」
 
 いつの間にか立ち上がり、アルはトムに杖を向けた。

「愚かだな。わざわざ攻撃を敵に教えるなど」

 そう言って、トムは杖を振った。
 再び、アルの体が壁に吹き飛ばされると思った。だが、結果は逆転していた。アルに向かっていったトムの呪文はまるで何かに阻まれるように反射してトムを襲った。
 アルの体の周りに薄っすらと膜のようなものが見える。あれは盾の呪文だ。

「逃げるぞ、二人共!!」

 アルはトムが体勢を整える一瞬の隙を突いて走り出し、僕とハーマイオニーの手を取ってトイレから飛び出した。外ではバジリスクが何事かと体をくねらせている。

「アル!?」
「このままじゃ、四人ともお陀仏だ。一端退いて、体勢を整え直す!!」
「させると思うか?」

 トムは杖から無数のロープを呼び出した。ロープはまるで生きているみたいに蠢き僕らを絡め取ろうとする。

「プロテゴ!!」

 ロープが届く寸前にハーマイオニーの唱えた盾の呪文がロープを弾き返した。

『御主人様、お乗り下さい』
『バジリスク!?』
『私はあの方とは戦えません。ですが、逃走の手助けなら……」
『ありがとう……』
「二人共、バジリスクに乗って!!」

 僕は叫ぶと同時にバジリスクの背に飛び乗った。ユーリィとハーマイオニーも僕に続く。

『裏切るつもりか、バジリスク!?』

 トムは怒声を発しながらバジリスクの尾に飛び乗った。だけど、ヌメッとしている上にうねうねと動き回っている蛇の上ではさしものヴォルデモート卿も身動きが取れない様子だ。
 
『人の居る所へ!!』

 バジリスクは恐るべきスピードで廊下を滑走し、階段を滑り降りた。縦横無尽に動き回るバジリスクから振り落とされないように僕らは必死だ。
 やがて、バジリスクは玄関フロアへとやって来た。マクゴナガル先生やスネイプがギョッとした顔で僕らを……正確にはバジリスクを見ている。

『ここでいい!!』
 
 僕が叫ぶと、バジリスクは動きを止めて僕らを降ろした。

「バジリスクは味方です!! 敵は奴です!! 継承者はヴォルデモートです!!」

 ハーマイオニーが叫んだ。ハーマイオニーの視線の先では今まさに杖を抜き、バジリスクに襲いかかろうとしている先生方の姿があった。
 先生達は混乱した様子で僕らを見ている。

「バジリスクの所有権を奴から奪ったんです!! 奴が継承者です!! ヴォルデモートです!!」

 僕は叫びながら僕らと同時にバジリスクから降り立ったトムに杖を向けた。

「おやおや、ギャラリーがたくさん居るね。まあいいさ。ヴォルデモート卿の復活を知らしめるには絶好の舞台だ!!」

 僕は武装解除の呪文を唱えようとした。だけど、トムは一瞬で僕に杖を向けて壁まで吹き飛ばした。

「一体、何者ですか!?」

 マクゴナガル先生が叫ぶ。

「お、お前さんはトムか!?」

 そう叫んだのは大広間から現れたハグリッドだった。

「おや? 君はハグリッドかい? 相変わらずでかいな」

 からかうように言いながら、杖を向けているスネイプにトムは呪文を放った。

「ダンブルドアは閉じ込めた。もはや、僕に恐れるものは無いぞ!!」

 緑の閃光が迸る。スネイプは血相を変えて転がるように呪文を回避した。

「緑の閃光に気を付けろ!! アバダ・ケタブラだ!! 死の呪いだ!!」

 誰かが叫ぶ声が聞こえる。
 先生達は突然の事態に対応し切れていない。

「先生方は大広間へ!! 生徒を守るのだ!!」

 スネイプの声が轟く。
 スネイプはトムと真正面に向き合っている。あまりにも危険な行為だ。

「先生!?」

 ハーマイオニーの叫ぶ声が聞こえる。ハーマイオニーはマクゴナガル先生に抱き抱えられるように大広間へ連れて行かれた。
 今、玄関フロアに居るのはトムとスネイプ先生。それに、僕とアルとフリットウィック先生。闇祓い達は半分が大広間の扉を守り、残る半分がトムを囲むように立っている。

「貴様は何者だ?」

 スネイプは問い掛けた。その顔には油断の色は欠片も見えない。

「君の耳はちゃんと穴が開いているのかい? それとも、貫通して音が素通りしているのかい? 君の可愛い生徒が言っていたじゃないか」

 嘲るように言うトムにスネイプは「そうか……」と呟き、杖を振るった。トムも杖を振るう。二人の間の空間に何度も火花が迸る。

「やるじゃないか。僕の時代は無能が先生を名乗っていたが、君は違うらしいね」
「戯言をほざくな!!」

 二人の決闘を息を呑んで見守っていると、トムの背後から闇祓いの三人が一斉に赤い閃光を放った。吸い込まれるようにトムの背中に呪文が命中する。

「やった!!」

 僕は思わず歓声を上げた。スネイプの表情も明るい。油断大敵というマッドアイの言葉を思い出した。馬鹿な奴。目の前のスネイプに集中し過ぎたんだ。背後に対闇の魔法使いのプロフェッショナルが立ち並んでいる事を知らなかったんだ。
 勝った。僕はそう確信した……次の瞬間、僕は驚愕に顔を歪めた。赤い閃光をその身に受けたトムは傷一つ無く堂々と君臨し、スネイプは壁まで吹き飛ばされていた。

「先生!!」

 間一髪。アルが先生を受け止めた。

「……逃げるのだ」

 スネイプはよろめきながら言った。

「こやつ、何かおかしい。今の呪文は確かに命中した筈なのに」

 スネイプは忌々しげに顔を歪めながらアルを背中に守り再びトムの前に立ちふさがった。

「悪くない。悪くないよ。君の名前を聞かせてくれないか?」
「貴様に名乗る名など無いわ、戯け!!」

 再び始まる攻防は今度はさっきと一変して一方的なものとなった。苦しげに顔を歪めるスネイプと涼しげな顔のトム。トムはもはやスネイプの呪文を防ごうとはしていない。
 僕らはその奇妙な光景に唖然となった。スネイプの攻撃呪文は何度もトムの体を穿っている。にも関わらず、一撃もダメージを与えていない。まるで、霧に向かって銃を撃つような不毛な光景だ。
 闇祓い達の攻撃にも注意を向けず、ただ只管にスネイプだけを狙い撃ちにしている。
 逆にスネイプは全身に呪文を受けて満身創痍だ。それでも尚、膝を屈せずに立ち続けている姿に僕は愕然となった。いつも嫌味ばかり言って、大嫌いな先生が僕らを守る為に戦っている。その光景はあまりにも不思議な光景で、僕らの現実はまたも打ち砕かれた気分だ。
 今日だけで僕の現実は様変わりした。スネイプは……、スネイプ先生はただの嫌味な先生じゃない。勇敢な魔法使いだ。

「無駄な事だと分かっていながら立ち塞がるとは、泣かせるね」

 トムの言葉に僕は腸が煮えくり返る思いだった。このままじゃ、スネイプ先生が殺されてしまう。僕らが嫌い続けた先生が僕らを守る為に死ぬ。そんなの我慢ならない。

「先生!! 逃げて!!」

 僕の叫びにスネイプ先生は耳を貸さずに無駄だと知りながら杖を振り続ける。

「ハリー!!」

 アルがやって来た。

「このままじゃ、スネイプ先生が!!」

 僕はアルに縋りついた。もう、どうすればいいのか分からない。ここに来るべきじゃなかった。逃げ込むべき場所を間違えた。このままじゃ、ただ被害を増やしただけじゃないか。

「落ち着け!! まだ、終わったわけじゃない」
「終わったわけじゃない? 何を言ってるんだ!? だって、あいつは不死身なんだぞ!?」
「不死身な生き物なんて居ない!!」

 アルの言葉に僕は目を見開いた。
 アルは諭すように言った。

「いいか? 奴の言葉を思い出してみろ」
「え?」
「奴はこう言った。『ユーリィからもたんまりと命をもらったからね。愚かなウィーズリー兄弟やユーリィのおかげで僕はこうして日記から抜け出し、それどころか、生前と変わらぬ力を身に付けた。祝福してくれたまえ!! 今、ここにヴォルデモート卿は復活したのだ』と奴は言った。俺達はきっと、とんでもない思い違いをしていたんだ」
「思い違いって!?」

 アルは思案しながら言った。

「奴は日記から抜け出してきたと言った。ユーリィ達から命を奪ってな。俺達は日記という単語を額面通りに受け取っていたが、どうやらただの日記じゃなかったらしい」
「ただの日記じゃないって!?」
「奴の力の根源は恐らくその日記だ。そして、日記はどこかに隠されている。恐らく、秘密の部屋だ」
 
 アルの言葉がただの希望的観測である事は僕にも分かる。だけど、それに賭けるしかないのも事実だ。

「ハリー。秘密の部屋に向かってくれ」
「君はどうするの?」
「これを使う」

 ニヤリと笑って、アルはポケットから小瓶を取り出した。キツイ臭いがする。

「持って来てたの!?」
「備えあれば憂いなしだ。ま、折角作ったのに試す機会が無かったからな。髪の毛もらうぜ?」

 僕の了承も得ずにアルは僕の髪を引き抜き、小瓶の中に入れた。

「バジリスクにカーテンになるよう頼んでくれ」

 僕は迷いながら頷いた。今はこうするしかない。時間は待ってくれないんだ。

『バジリスク。僕とアルを隠してくれ』
『かしこまりました』

 バジリスクが僕とアルを守るように動くと、アルは小瓶に入ったポリジュース薬を一気に飲み干した。
 アルは吐きそうな顔をしながら呻いた。

「酷い味だ」

 瞬間、変化が始まった。アルの身長が縮み、額に稲妻の傷が現れた。

「次はそっちだ」

 アルは別の小瓶に自分の髪を入れて僕に渡した。
 僕はその臭いに一瞬怯んでから一気に飲み干した。確かに酷い味だ。まるでヘドロを口に含んだみたいだ。
 僕の体は一気に大きくなり、腕にもしっかりとした筋肉がある。

「急いで着替えるぞ。時間は一刻の猶予も無い」

 僕は頷いて直ぐに服を脱いだ。自分が自分の服を脱いでいる姿は凄く不思議で間抜けな光景だったけど、今は気にしている暇が無い。

「俺が奴の気を引く。その間にバジリスクと秘密の部屋へ行くんだ」
「……わかった。絶対、生きて会おう」
「当然だ」

 アルは杖を出してバジリスクの影から飛び出した。
 マッドアイが教えてくれた強力な戦闘呪文を口にする。

「セクタム・センプラ!!」

 斬撃の呪文。元々、スネイプ先生が独自に作り上げた呪文らしい。

「ハリー・ポッター!! 漸くお出ましか!!」
「馬鹿者!! 何故、出て来た!?」

 スネイプは必死の形相で僕に化けたアルを守ろうとしている。その姿を僕は目に焼き付けて、バジリスクの背に乗った。
 バジリスクは一気に部屋を飛び出した。

「バジリスク!?」

 トムは驚愕の叫びを上げた。そこにアルがセクタム・センプラを放った。

「僕はここだぞ、ヴォルデモート」

 部屋を出る瞬間、そう言ったのが聞こえた。

『頼む。秘密の部屋に急いでくれ』
『……かしこまりました』

 螺旋階段を縦に一直線に登っていく。マートルの階段まで僅か一分で到着してしまった。

『ありがとう!! 開け!!』

 バジリスクにお礼を言いつつ、そのまま開場の言葉を叫ぶ。
 秘密の部屋の入り口が解放され、僕はその中へと飛び込んだ。その後ろからバジリスクも中に入った。
 下に降り立つと、湿った床に鼠や動物の骨が散乱していた。どうやら、バジリスクの食べ残しらしい。

『御主人様』

 バジリスクが降りて来るのを待って、僕は先に進んだ。奥の方でドシンドシンという音が聞こえる。
 どうやら、壁の向こうでスクリムジョール達が壁を壊そうとしているらしい。

『開け』

 僕が言うと、壁の中央の絡み合った蛇の彫像が動き出し、壁は真っ二つに割れてするすると消え去ってしまった。

「アル!?」

 エドワードおじさんは僕を見て驚愕した。

「違います。僕です! ハリー・ポッターです!」

 僕が名乗ると、エドワードおじさんは目を丸くした。
 説明して上げたいけど、今は時間が無い。

「奥に行って、日記を手に入れます!!」

 僕が言うと、ダンブルドアが頷き、次なる扉を手で指し示した。

「バジリスクを連れて来たのは良い判断じゃ」

 何の事だろう? 僕は不思議に思いながら先へと進んだ。
 最後の扉を開くと、広い空間へ出た。左右一対の蛇の柱の間を走りぬけると、最後の柱の先に部屋の天井に届く程背の高い石像があった。
 年老いた猿の様な顔の石像だ。

「サラザール・スリザリンじゃな」

 ダンブルドアが言った。

「あれを見ろ!!」

 マッドアイが叫んだ。
 頭を向けると、石像の足元にうつ伏せに倒れている三人の人影があった。
 
「ユーリィ!! それに、パーシーにジニー!?」

 僕は驚愕のあまり顎が外れそうになった。ここに二人が居るとは思っていなかった。二人に駆け寄ろうとすると、突然二人が動き出した。
 虚ろな目で僕を睨み付けている。

「あの子が持っているのは日記か!?」

 マッドアイの言葉にジニーの手元を見ると、そこには小さな黒い日記帳が握られていた。

「動くな、諸君」

 底冷えのするような声が響いた。後ろを振り向くと、そこにはトムの姿があった。

「どうして!?」

 僕が叫ぶと、その背後から僕が現れた。一瞬混乱したけど、それがアルである事を思い出してホッとした。殺されたわけじゃなかったんだ。

「未熟者め。このヴォルデモート卿を騙し通せるとでも思ったか?」
「すまない、ハリー」

 アルは憎々しげにトムを睨み付けた。不思議な気分。
 
「トム……」

 ダンブルドアはトムを見つめた。

「やあ、ダンブルドア先生。久しぶりですね」

 軽やかに挨拶をするトムにダンブルドアは言った。

「もう止すのじゃ」
「止す? 何をです? 僕にまんまと閉じ込められた老いぼれが僕を止められるとでも?」

 ダンブルドアは悠然と頷いた。

「お主ではワシには敵わぬ」

 トムの表情が変わった。

「この老いぼれが!!」

 トムは杖をダンブルドアに向けた。瞬間、トムの杖が宙を舞った。そして、同時に後ろから歌声のように美しい澄んだ鳥の鳴き声が響いた。振り向くと、紅蓮の翼の鳥がジニーの手から日記を奪い取り、僕の手に渡した。

「日記をバジリスクの牙で貫くのじゃ!!」

 ダンブルドアの言葉に僕はバジリスクへ日記を放り投げた。

『噛み砕け!!』
『止せ!! 止めろ!!』

 バジリスクは一瞬迷った様子を見せたが、直ぐにその鋭い牙で日記を貫いた。

「貴様!! ハリー・ポッター!!」

 耳を劈くような悲鳴が秘密の部屋に轟いた。バジリスクの牙から零れ落ちた日記帳からインクが激流のように迸り、まるでそれがトムの血であるように感じた。
 トムは身を捩り、悶え、悲鳴を上げながらバジリスクを睨み付けた。

「この裏切り者が……」

 最後にそう言い残すと、トムは姿を消した。
 
「ユーリィ!!」

 アルはユーリィに駆け寄り、僕もジニーに駆け寄った。

「直ぐに三人を保健室に運ぶぞ!!」

 エドワードおじさんが言った。
 戦いは終わった。だけど、全てが終わるのはまだ先だ。ユーリィ、どうか頑張ってくれ。僕はただ、そう心の中で念じ続けた。
 

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