第六話「ヴォルデモート卿」
まるで、劇場で映画を観ているようだった。自分が物語の登場人物として参加しているような錯覚すら覚えてしまうほどの臨場感溢れる映像とサウンド。
映画は少女の生まれた日から始まり、自分の意思で飛び降り自殺をした終わりまでの彼女の人生を事細かく描いている。
序破急で例えるなら、穏やかで、両親の愛に包まれ、友人達に囲まれて過ごす幸福の幼少時代が【序】。
友人と同じ相手に恋をしてしまい、世界の全てが敵に回ってしまった苦痛の少女時代が【破】。
恋人の死によって、精神を病み、復讐と殺人の快楽に酔いしれた殺人鬼時代が【急】。
あまりにも哀しく、あまりにも恐ろしく、あまりにも醜悪な記憶の追走を終えると、【私】はふかふかのベッドに横になっていた。天蓋付きの豪華なベッド。服は肌触りの良い寝巻きに着替えさせられていた。部屋の中には私以外に人の姿は無い。窓にはしっかりと鉄格子が嵌められ、扉にも頑丈の鍵が備え付けられているから逃げる事は出来そうにないけど、少しは自由に動けそう。
ベッドから抜け出して、部屋の中を探索する事にした。部屋の中にはクローゼットとチェストが一つ。それに丸い形のテーブルと椅子が置いてあるだけだ。
クローゼットの中には女物の服が並んでいた。チェストの中は特に何も無い。とりあえず、着替える事にした。寝巻きを脱ぐと、下着がしっかりと着せられていた。クローゼットの姿見に映る自分の姿に呆然とした。
軽く波打つ黒髪は整えられて、腰まで伸びている。黒い瞳は大きく見開かれ、潤んだ唇が僅かに開いている。なんだか、違和感を感じる。十五年も男として生きて来たからなのか、女である自分が酷く奇妙に感じる。
乳房に軽く触れると、痺れるような痛みを感じた。この痛みは生前に胸が膨らみ始めた頃、感じたものに似ている気がする。第二次性徴の時に出来たしこりを触った時、こんな風に痛みを感じた。
きっと、この体は出来たてなんだ。本来は長いプロセスを経て生み出され、成長する筈の人体が急速で作られた事で様々な変化が肌の内側で起きているに違いない。
クローゼットから比較的身に着けやすい服を取って、着替えた。上から被るだけで着られるワンピース。
着替えた後、椅子に座り、物思いに耽っていると、コンコンと扉をノックする音が響いた。鍵が開錠され、扉が開く。入って来たのは小さな女の子だった。虚ろな表情で女の子は俺の傍にやって来た。
「目が覚めたのですね? お加減は如何ですか?」
酷く棒読みな口調で少女は問い掛けた。十中八九、服従の呪文に掛けられているのだろう。
「あなたは?」
「私はジゼル・マクレーン。貴女様のお世話を申し付けられました」
「誰に命じられたの?」
「ヴォルデモート卿です。貴女様が御目覚めになりましたら、お連れするよう命じられております」
「……分かった」
ジゼルは私を連れて部屋を出た。彼女がどういう子で、どうしてここに居るのかは分からない。ただ、彼女の過ごす筈だった幸福な未来は永久に訪れないだろう事だけは分かる。
可哀想だし、何とかしたい。だけど、私に出来る事なんて何も無い。杖も無く、運動能力も低い女の身で操られた状態の彼女を連れて逃げる事なんて出来る筈が無い。
せめて、彼女がヴォルデモートの反感を買わないように素直に従おう。
しばらく歩いていると、不意にジゼルが足を止めた。ジゼルが扉をノックすると、中から彼の声が響いた。ヴォルデモートの声だ。
「入れ」
ジゼルがゆっくりと扉を開き、中に入ると、私も後に続いた。部屋にはヴォルデモート一人だった。他に死喰い人の姿は見当たらない。
「貴様は外に出ていろ」
「かしこまりました」
ヴォルデモートの命令を受けてジゼルが部屋を出ると、私はヴォルデモートと一対一になった。ヴォルデモートは本を読んでいたらしく、栞を挟むとローブの内側に仕舞った。
「座れ」
ヴォルデモートの命令に私は素直に従った。椅子に腰掛けると、ヴォルデモートはゆっくりと俺に視線を向け、やがてゆっくりと口を開いた。
「一週間が経過した」
「……え?」
突然の言葉に私は首を傾げた。
「貴様が眠っている間に過ぎた時間の事だ」
「一週間……」
私の意識が途切れたのは元の体から剥がれた直後だった。
夢というのは時間の感覚を狂わせる。例えば、通常の夢は起きる寸前の二十分の間に見ると言われている。しかし、夢の中ではその何倍もの時間を過ごしている気がする事がある。その現実の時間とは違う夢の中で認識している時間を主観時間と言う
私の見た記憶の夢は決して短くなかった。一週間という時間は眠っていた時間としては長いようで、夢を見ていた時間としては短いようでもある。
「昏睡状態のまま、目を醒まさぬ貴様をどうするか考えていたところであったが、杞憂だったらしい」
「……私に何をさせたいんですか?」
舌を噛み切るのは怖い。だけど、私の存在が連合にとって不利になるなら迷わない。そうじゃないなら、せめて死ぬ寸前までにヴォルデモートの側に被害を与えてから死ぬ。
償いにもならないけど、少しでも自分の命を連合の為に使い捨てたい。まずはヴォルデモートから情報を引き出さないといけない。
「少し待っていろ」
ヴォルデモートは指をパチンと鳴らした。すると、ジゼルが中の入って来た。湯気が漂う紅茶を運んで来た。
ジゼルが紅茶を私とヴォルデモートの前に置くと、彼は私に飲むように勧めた。
毒が入っているのかもしれない。でも、それならそれで構わない。意味無く死ぬなら、せめて精一杯苦しんで死にたい。
一口飲んだ瞬間、私は自分の肉体の支配権を失った。
「真実薬だ。さて、では質問をさせてもらおうかな」
なんて、愚かなんだろう。せめて、自分の死を連合の為に使いたいなんて欲を掻いたが為に私は連合を不利にしてしまう。
予言によれば、私はヴォルデモートの勝利を決定付ける情報を握っているらしい。恐らく、ハリーの事。明かしてはならない秘密。
真実薬の効能に逆らおうと、必死に舌を噛み切ろうと神経を通じて指令を送るが、肉体はまったく言う事を聞いてくれない。
嘗て、ジャスパーが自分の世界と称した【暗闇の世界】に私は居た。闇の中、ヴォルデモートの声だけが響く。何も出来ない無力感に苛まされながら、私は勝手に秘密を明かす私自身の声を聞いていた。
『まずは、貴様自身の事を聞くとしよう』
『はい』
『貴様の名前はなんだ?』
『ユーリィ・クリアウォーター』
『そうではない。貴様の生前の名前だ』
『…………?』
『生前の名前を言えと言っている』
『……冴島誠?』
奇妙な質問が続いた。好きな色は藍色。好きな動物は犬。好きな食べ物はチョコレート。
ハリーの事を聞くわけでもなく、生前の私についての質問を続けるヴォルデモートの意図が分からない。
『生前の好きだった景色は何だ?』
『学校の屋上から見た街の景色』
『では、生前、愛していた男の名前はなんだ?』
『小早川春』
『では、貴様が愛している男の名前はなんだ?』
『アルフォンス・ウォーロック』
何を聞いているんだろう。自分の恋愛遍歴を聞かれて、私は耳まで赤くなった――――心の中で。
『なるほど、大体分かった』
何が分かったんだろう。結局、ハリーの事には一切触れなかった。
ヴォルデモートが指をパチンと鳴らすと、私は肉体の支配権を取り戻した。
困惑する私にヴォルデモートは言った。
「このヴォルデモート卿が……面白いではないか」
何が面白いんだろう。生前の私の好き嫌いを聞くだけ聞いてヴォルデモートは満足してしまったらしい。
「えっと……、聞かないんですか?」
「何をだ?」
「その……、いろいろ」
言ってしまってから、しまった、と思った。わざわざ、自分から蒸し返すなんて、あまりにも愚かな行いだ。
恐る恐るヴォルデモートを見ると、彼は笑っていた。
「俺様にとって、今のはただの確認作業だ。まあ、色々と合点がいった。だから、安心しろ。俺様が貴様を殺す事は無い」
「……えっと?」
意味が分からない。今の好き嫌いに関しての質疑応答で何の合点がいったんだろう。それに、私を殺すつもりが無いって、どういう事だろう。
「むしろ、貴様を守ってやろう。貴様の死は俺様にとっても都合が悪いからな」
「あの……、意味が分からないのですが……。私を殺さないって、どうしてですか? もし、真実薬で情報が引き出せていないというなら、拷問なりなんなりすればいいじゃないですか」
どうして、私を殺してくれないんだろう。苦しませてくれないんだろう。パパを殺したみたいに私を殺せばいいのに、守るだなんて、一体、何を考えているの?
「真実薬は俺様に全てを明かしてくれたぞ。それに、言ったであろう。貴様の死は俺様にとっても都合が悪いとな。現状、予言は全て実現している」
「全てって、どういう事ですか?」
「【希望を覆い尽くす絶望の足音が聞こえる。穢れた魂は八つ目の月が生まれる時、帝王に抗う純血の下に生まれるであろう。その者は希望を絶望へ変えるであろう。その者が在る限り未来は無い。その者を封じなければ、死が世界を覆うだろう。しかし、その者の死は新たなる絶望の呼び水となるであろう。その者の異界知識を帝王が手に入れた時、天秤は傾き、帝王の望む世界が不破なるものとなるであろう。されど、その世界に勝者は無く、敗者は一人……嘆きの丘で朽ち果てるであろう】」
ヴォルデモートは私に関する予言を口にした。彼は既に予言の内容を知っていた。
「我々と連合との戦局。構図を客観的視点から俯瞰すれば、予言の意味が見えて来る。この一週間で、我々も連合も多数の死者が出た」
息が止まった。
「し、死者ってどういう事ですか!?」
「そのままの意味だ。五日前、リトル・ハングルトンで我々と連合は真正面からぶつかり合った。その戦いで多くの死者が出た。その後、スクリムジョールの大臣就任を皮切りに魔法省全体が我々の討伐に乗り出し、数度ぶつかり合った。吸魂鬼、巨人、吸血鬼……、我々の側の戦力は揃っていたが、泥沼化している。この構図はまさに【死が世界を覆う】という予言に合致する」
あまりの衝撃に眩暈がした。私が眠っている間に事態は最悪な方に転がっていた。
「アルは……、アルは無事なんですか!?」
「アルフォンス・ウォーロックか? 奴が死んでいれば、我々の被害はもう少し少なかっただろうな」
ヴォルデモートは鼻を鳴らし言った。
「奴は我々にとって脅威となっている。……その在り方が我々と同一でありながら、敵対している事がその最たる要因であろうな」
アルが生きている。深い安堵と共に、彼が死喰い人と戦っているという現実に恐怖を感じた。
死喰い人との戦いとは死に直結している。いつ死んでもおかしくない状況に彼が置かれている。そのあまりの恐怖に体が震えた。
「俺様の配下は浮き足立ち始めておる。このまま、停滞すれば我々に未来は無い。いずれ、全面対決を仕掛ける事になるだろう」
そう言う彼の口調には焦りを感じなかった。むしろ、何だか余裕があるように聞こえる。
「怖くないんですか?」
「何がだ?」
「だって、聞いてると、貴方達は不利な状況にあるんですよね?」
「確かに、勝利の天秤は連合に傾いている。だが、このヴォルデモート卿を侮る事は許さんぞ。元より、俺様の配下は十五年前からのメンバーを除けば有象無象の寄せ集めに過ぎん。服従の呪文で操っているだけの人形も多い。幾ら消費しようが問題は無い。我々の勝利条件はダンブルドアとスクリムジョール、ハリー・ポッターの殺害だ。この三人は現在、連合にとっての希望となっている。厄介なのはダンブルドアのみだ。残る二人を殺す算段はついている。現状の停滞状態を崩せば、勝利は俺様の手の上だ」
そう言って、彼は紅茶を口に含んだ。
「……貴方は」
「ん?」
「貴方は、そんなに犠牲を払ってまで、何がしたいんですか?」
気がつくと、私はそんな言葉を口にしていた。
「貴方が純血主義者で、マグルを憎んでいるのは知っています。でも、分からない。多くの犠牲を払って、勝利したとして、貴方は何を得られるんですか?」
「勝者の栄光と確固たる地位が得られるだろう」
「それは、魔法省の大臣になるという事ですか?」
「いいや、大臣には適当な者を据える。そして、俺様は魔法界を裏から操るのだ」
「操って、どうするんですか?」
「……随分と踏み込んでくるのだな」
ヴォルデモートは私を一瞥すると、杖を取り出した。
「俺様の機嫌を損ねれば、貴様は冷たい骸となるのだぞ? それか、汚らわしい者達の慰み者にしてやってもいい。それを分かっているのか?」
「……死を与えてくれるなら、私は拒絶しません。苦しめてくれるなら、出来るだけ辛い思いをさせて欲しい。私は罪を犯したから、貴方が罰してくれるというなら、甘んじて受けるつもりです」
「俺様が憎いのではないのか? 貴様の父を殺した俺様を憎んでいるのではないのか?」
「憎む資格なんか、私にはありません」
そう、パパの死を悼む資格すらない。私は多くの人をこの手で殺めてしまった。小さな子も、老人も、善人も悪人も関係無く殺した。
確固たる信念も無く、ただ、自分の快楽の為に人を殺した。目の前の闇の帝王と比べても私はずっと罪深い。少なくとも、彼には信念がある。理解は出来ないけど、彼は彼の倫理に従って行動している。
だからこそ、彼には仲間が居る。彼の信念に心酔し、彼に力を貸す者達が居る。恐怖だけで、人を動かす事なんて出来ない。彼には確かに一定の人を惹き付けるカリスマがある。
「私は憎まれる側の人間なんです。だけど、私を心から憎んでくれる人はこの世界に誰も居ない。だから、せめて、苦しんで死にたいんです。誰もが目を背けたがるような死を迎えたい。心も体も粉々に砕いてもらいたい。貴方なら出来るでしょう? だから、私は貴方の反感を買いたい。だから、貴方の心に踏み込む事に躊躇いはありません」
「……俺様は言った筈だ。貴様を殺す事は俺様にとっても喜ばしくない結果を呼び込む事になる。それに、俺様が貴様如き小娘の願いをわざわざ叶えてやる義理も無い」
ヴォルデモートは指を鳴らし、ジゼルに新しい紅茶を運ばせた。
「いいだろう」
彼は言った。
「思考実験というわけだな。付き合ってやろうではないか」
「え?」
「魔法省を操り、何をするか……か。いつの間にか、手段が目的と摩り替わっていたな。魔法省を操り、俺様はまずマグル生まれから杖を剥奪する。魔法を使うのは純血の魔法使いのみで良い」
ヴォルデモートは紅茶を含みながら言った。
「剥奪した後は? 今の魔法省だって、マグル生まれが重要なポストに付いている筈ですよ? 彼らが居なくなったら、魔法省の機能は落ちてしまうのでは? 魔法省だけじゃありません。本はどうするんですか? 筆者は純血だけじゃありませんよ? レストランや雑貨を売るお店は?」
「確かに考えるべき課題ではある。現在、純血の魔法使いの総数は限られている。ある程度の妥協も必要だな。ある程度は奴隷として杖の所有を許すとするか……」
「どうやってですか? 奴隷にするにしても、服従の呪文を掛けたり、弱みを握ったりするなら、それなりに人手が必要ですよね? 純血の魔法使いを使うつもりなんですか?」
ヴォルデモートは沈黙した。まさか、考えていなかった、なんて事は無い筈だけど、私は更に質問を重ねた。
「それに、魔法界はイギリス以外にもあるんですよね? 勿論、イギリスと交友のある国もある筈ですよね? 彼らが乗っ取られた魔法省を奪還しようと動く可能性は無いんですか? それに、奴隷にされたり、杖を取り上げられた魔法使い達はどうなるんですか? 放置するだけなら、いつか、反旗を翻される可能性があるんじゃないですか? 杖が無くても、方法はありますよね?」
「……憂慮するべき点ではあるな」
ヴォルデモートは言った。
「最初は大まかな計画しかなかった。純血の魔法使いだけが魔法を操る資格がある。俺様は偉大なる魔法使い、サラザール・スリザリンの提唱する世界の実現を願い、行動した。初めは手駒を操る事に執心し、俺様の力を世に知らしめた。そして、魔法省を乗っ取る計画を立てた。俺様にとって、世の魔法使い共が俺様に傅き、マグル共を純血の魔法使いが奴隷として酷使する世界の実現こそが最終目的であった。だが、力だけでは為せぬ事もある……な」
「今、貴方は仲間を犠牲にしています。でも、彼らは貴方の望む未来に必要不可欠な人達の筈です。捨て駒にして、彼らが居なくなれば、貴方の未来は叶わなくなる」
分かった。
私は話しながら気付いた。
「貴方は……誰かに相談した事が無いんですね?」
彼はあまりにも孤独過ぎた。だから、誰かが客観的に彼の計画を聞けば直ぐに指摘されただろう事に気付かないままだったんだ。
「貴方は天才で、一人で何でも出来た。だけど、貴方の願う世界は貴方一人じゃ実現出来ない。誰もそれを貴方に教えてくれなかったんですね……。一人で出来ない事もあるんだって事を……。仲間は簡単に切り捨てていいものじゃないって事を……」
子供でも分かる事。だけど、彼は子供の頃から一人で何でも出来た。自分以外の人間を敵と駒に分け、駒は手駒として使い捨て続けた。
彼にとって、手駒に向ける信頼は己の思うままに操れるか否かに限られているに違いない。彼の願うままに動く忠実な人形には信頼を与え、動かぬ者は役立たずと切り捨てる。
「……切り捨てた分だけ、俺様の願いは遠ざかるという事か」
「貴方は……可哀想な人ですね」
つい、そう口走っていた。
「なんだと……?」
ヴォルデモートは初めて、私に対して怒りの感情の篭った視線を向けた。
構わない。殺されるなら望むところだし、拷問して苦しめてくれるな幸いだ。
「貴方は見せ掛けだけの友人じゃなくて、誰か一人でも心の底から信頼出来る友達を作るべきだった。それだけで、きっと、頭の良い貴方なら、こんな手段じゃなく、もっと違う方法を取れた筈です。だって、貴方の計画はあまりにも穴だらけだもの。願いを叶えるために、貴方は力の強さを求めてしまった。貴方の願いに必要なのは力の強さじゃなかった筈です。純血が尊ばれる世界を望むなら、同じ志を持つ仲間を集め、人々の考え方を変える別の手段を模索するべきだった。今の貴方は生前の私と変わらない」
そうだ。生前の私も同じ間違いを犯していた。
「結局、私は誰も信頼していなかった。だから、親にも、恋人だった春君に何も相談しなかった。真紀の言葉の裏を探る事もしなかった。きっと、相談しただけで、私の人生は変わっていた。貴方の人生も同じです。誰かに自分の願いについて相談していれば、きっと今とは違った世界が広がっていた筈。仲間に囲まれながら、自分の願いの為にもっと違う戦いに身を投じていた筈。今の孤独な貴方より、きっと、その方が実現する可能性が高かった筈」
「……妄想を垂れ流すのはその辺にしておけ」
ヴォルデモートは静かに言った。
「今からでも、仲間をただの駒として扱わないで、ちゃんと接すれば、きっと……」
「黙れ」
「貴方の力だけに惹かれた人ばかりじゃない筈です。貴方の願いや、貴方の人柄を愛してくれる人も仲間の中にいる筈です。その愛に向き合うべきです」
「黙れと言っている」
「仲間と対等に向き合えば、きっと!」
「黙れと言ったのが聞こえんのか!!」
ヴォルデモートの怒りに満ちた怒声に私は椅子から転げ落ちてしまった。
ヴォルデモートは立ち上がると、私に杖を向けた。
今にも殺されるかもしれないというのに、私の心を満たすのは恐怖ではなく、哀しみだった。
彼は愛を知らない。両親の愛も、友達との友情も何も知らない。
「誰かが、貴方を愛してあげていれば、きっと、貴方はこんな風にはならなかったのに……」
涙が溢れた。あまりにも哀しい人だ。
誰からも愛されず、皆から恐怖されるだけの人生。
「死を恐れ、泣いているのか?」
ヴォルデモートは嘲笑した。
私は首を振った。
「殺すなら、殺して下さい。怒りを感じているなら、私にぶつけて下さい。私はただ、貴方が可哀想で泣いているんです」
「俺様が可哀想などとよくも!」
私の体は吹き飛ばされた。壁に叩きつけられて、咳き込むと、喉の置くから血の塊が出て来た。内臓を痛めてしまったらしい。
「貴様は殺さん。だが、あまり戯言をほざくでないぞ」
怒りに満ちた彼はまるで駄々を捏ねる子供のようだった。
とても哀しく、とても辛そう……。
「ああ、良い事を思いついた」
ヴォルデモートは唇の端を吊り上げて言った。
「貴様の目の前でアルフォンス・ウォーロックを殺してやろう。無残な死を迎えさせてやろうではないか」
その瞬間、私の中での彼に対する哀れみの感情は消え去った。
目を見開き、怒りを向ける私に彼は嗤った。
「そうだ。その表情だ。俺様に哀れみを向ける事は許されん。貴様には最大級の絶望をくれてやろう。待っているが良いぞ」
ヴォルデモートはそう言って杖を振るった。
意識が奪われる。アルの顔が浮かんだ。
そして、目覚めた時、私は知らない場所に居た。