第五話「組み分けの儀式」

 扉の向こうにはエメラルド色のローブを着た女性が待っていた。厳格そのものな顔つきで俺はちょっと苦手なタイプだ。
 彼女がマクゴナガル先生らしい。ハグリッドは引率をマクゴナガル先生に引き継いで去って行った。広々とした玄関ホールを横切り、大理石の階段を上がると、石畳のホールに出た。扉の向こうからは大勢の人の声が聞こえる。どうやら、ここが食堂らしい。きっと、この向こうでは上級生達が既に集まっているに違いない。
 俺達はざわめき声の響く扉の横にある小さな部屋に押し込められた。そこでマクゴナガル先生は簡単な寮についての説明を語ると「静かに待っていなさい」と言い残して部屋を出て行ってしまった。
 いよいよ組み分けの儀式が始まる。部屋の中は口々にどうやって組み分けされるのかを相談し合う声でいっぱいになった。

「きっと試練が出されるんだよ。凄く痛いって、フレッドが言ってた。たぶん、冗談だと思うけど……」

 恐らくロンだろう声が聞こえた。声の方に顔を向けると赤毛の男の子と黒髪の男の子が並んで立っているのが見える。きっと、あの子がハリーポッターだ。凄く不安そうな顔をしている。
 ロンの声が聞こえたらしく、ハーマイオニーは只管呪文集に載っている呪文を暗唱してみんなに不安を募らせている。アルとネビルもその一人で、二人は顔を真っ青にしている。

「だ、大丈夫だよ、二人とも。ただの寮決めの儀式だもの、難しい試練なんてある筈無いってば」

 元気付けるように言うと、二人は曖昧に微笑むだけで足をガクガクさせていた。仕方なく、俺はアルの両手を包み込むように握り締めた。
 昔、漫画で読んだ緊張を解す方法だ。

「大丈夫だよ、アル。大丈夫」

 漸く、アルは少し緊張が解れたらしい。冷たかった手が暖かくなった。ネビルにも同じようにやってあげると、ホッとしたような表情になった。ちょっと恥ずかしいけど、効果覿面だ。ハーマイオニーも俺達のやり取りを見て少し緊張が解れたらしく、呪文の暗唱は止めて何度も深呼吸している。
 そうこうしていると、突然壁の向こうからニュッと白い煙のようなものが漏れ出してきた。一瞬、火事かと思ったけど、直ぐに違う事に気が付いた。壁の向こうから現れたのは各寮のゴースト達だった。ゴースト達は新入生をからかったり、励ましたり、思い思いに語らっていたりと部屋を縦横無尽に飛び回り、皆の視線を釘付けにした。おかげでみんな緊張が解れたらしく、笑顔が戻った。
 それからしばらくして、マクゴナガル先生が戻って来た。

「組み分け儀式がまもなくはじまります。遅れないように付いて来てください」

 厳しい声でマクゴナガル先生が先導し、俺達は玄関ホールに戻って大広間へと足を運んだ。そこで俺達は再び歓声を上げた。素晴らしい、なんて言葉じゃ物足りない光景がそこには広がっていた。

第五話「組み分けの儀式」

 宙に浮かぶ無数の蝋燭。四つのとてつもなく長い机にはキラキラ輝く金色の皿やゴブレットが並び、広場の上座には先生らしき人達の姿がある。上を見上げれば、そこには満天の星空が広がっていて、俺は思わず圧倒されてしまった。

「天井が無いんだ!!」

 ネビルが思わず叫んだ。

「いいえ、本当の空が見えるように魔法がかけられているのよ。ホグワーツの歴史という本に書いてあったわ」
「へー」

 さすが博識だ。俺達は感心したようにハーマイオニーを見た。その本はうちにもあったけど、とても読もうとは思えなかった。広辞苑だって、それよりはずっと読み易い。
 先生達の机と生徒達の机との間にはスペースが設けられていて、そこに俺達は横に広がった。少しして、マクゴナガル先生が椅子を魔法で運んできた。その上にはみすぼらしい帽子が鎮座されている。間違い無い。あれが組み分け帽子なんだ。
 一瞬、広間が水を打ったかのように静まり返った。すると、帽子が勝手に動き出し、なんと歌を口ずさみ始めた。
 グリフィンドール、レイブンクロー。ハッフルパフ、スリザリン。四つの寮を称える歌が響き渡った。
 組み分け帽子の歌が終わると同時に組み分けの儀式は開始された。ABCの順に呼ばれ、Clearwaterの俺の順番はあっと言う間に来てしまった。心臓がドキドキと高鳴り、手には汗が滲んだ。椅子に座る前に周りの同じ新入生達の顔を見回した。みんな不安と期待の入り混じった顔をしている。その中にアルとネビル、ハーマイオニーの顔を見つけた。この時、俺はもうどの寮に入りたいかを決めていた。
 ダイアゴン横丁で出会ったボリスには悪いけれど、どうしてもグリフィンドールに入りたかった。ネビルとハーマイオニーは間違いなくグリフィンドールだろうし、アルも強くグリフィンドールを望んでいる。組み分け帽子は強く願うならば希望を叶えてくれる筈だ。
 俺は帽子を被りながら必死にグリフィンドールに入る事を願った。すると、帽子は囁くような声で話し掛けてきた。

「ほう、グリフィンドールを望むのかね」
「グリフィンドールがいいです。どうか……」
「そうかね。君はレイブンクローこそが相応しいと思うのだが……」
「お願いします。どうか……」
「ふーむ」

 低い声で組み分け帽子は熟考するように唸った。

「勇気が無いわけではない。そうまで願うならば、よろしい! グリフィンドール!!」

 俺は「ありがとう」と呟きアル達に手を振った。皆も手を振り替えしてくれたのを確認して、グリフィンドールの席へと向かった。机に着くと、赤い髪の背の高い男の子が抱擁で迎えてくれた。

「ようこそ、グリフィンドールへ!!」

 それからも組み分けはどんどん進んで行った。ハーマイオニーとネビルも無事にグリフィンドールに選ばれ、俺の隣でアルの順番を待っている。ハリーポッターがグリフィンドールに決まるとグリフィンドール生はみんな喝采を上げたけど、俺達はそれどころじゃなかった。

「アル。アル、どうかグリフィンドールに……」

 必死に願っていると、ついにアルの番が回って来た。

「グリフィンドール!!」

 帽子に触れるか触れないかというところでアッサリとアルはグリフィンドールに決まった。思わず脱力してしまい、ハーマイオニーに心配された。アルは心底ホッとした顔で俺の隣に座った。

「良かった。みんな同じ寮だったね」

 ネビルの言葉に俺は心底頷いた。

「みんな、これから七年間よろしくね!!」

 俺が言うと、三人はニッコリ笑顔で頷いてくれた。
 それから校長のダンブルドアが一言二言語ると、金の皿やゴブレットにこれでもかという程の豪華な食事が現れた。確か、屋敷しもべ妖精が魔法で運んでくれているんだっけ。シェパーズパイやローストビーフ、俺の大好物がいっぱい並んでいる。皆、飢えた獣のように皿に手を伸ばしているけど、料理は次から次へと継ぎ足されて行って、足りなくなる事は一切無かった。ある程度お腹が満たされると、ネビルが自分の事を語ってくれた。
 八歳の時におじさんに二階から落とされたと聞いた時は思わず心配になってしまった。普通魔法界の子供は七歳で魔法力に目覚めるらしく、ネビルが八歳になるまで魔法力に覚醒しなかった事で周りを相当やきもきさせていたらしい。
 みんなの話を聞いている内に食事の時間は終わった。瞼が重くなる中、ダンブルドアが注意事項を言うのに耳を傾けるのはかなりの難題だった。
 最後に校歌を思い思いの調子で歌った。俺はお気に入りのアニメソングの曲調を真似して歌って見た。フレッドとジョージらしき赤毛の双子がのんびりのんびり歌うものだから寮に向かうまでが凄く長かった。
 最初に抱擁で迎えてくれたのはパーシー・ウィーズリーだったらしい。パーシーに先導され、俺達は眠い眼を擦りながら只管階段を登った。漸く寮の部屋に入った頃には疲労困憊していて、豪華な談話室には目も暮れずにみんなさっさと寝室へ向かってしまった。
 俺は新入生用の寝室の中の一室にアルとネビルと一緒に入った。すると、後から二人組みの男の子が入って来たけれど、誰なのか確認する余裕も無く、寝巻きに着替えると一瞬で夢の世界へ埋没してしまった。
 翌日、目を覚ました時に例の二人と挨拶をした時は俺もアルも吃驚してしまった。
 二人のルームメイトはあのハリーポッターとロン・ウィーズリーだった。
 原作だと二人のルームメイトはネビルとディーン・トーマス、それにシェーマス・フィネガンだった筈だけど、よく考えればこの部屋を最初に決めたのはネビルだった。ディーンとシェーマスがここに入る前に俺達が占拠してしまったらしい。

「俺はユーリィ。ユーリィ・クリアウォーター」
「僕はアルフォンス・ウォーロック。よろしくね」

 お互いに自己紹介を済ませると、俺達は五人揃って談話室へと降りて行った。談話室にはもう数人の生徒が降りてきていた。

「あ、みんな!」

 ハーマイオニーも既に支度を終えていた。

「これから朝食を食べに行くつもりなんだけど、一緒にいかが?」

 ハーマイオニーの後ろには二人の女の子が立っていた。二人とも視線はハリーに釘付けだ。
 食堂に向かう途中で自己紹介をした。二人はハーマイオニーのルームメイトで、ラベンダー・ブラウンとパーバティ・パチルだそうだ。他の二人は早々に出て行ってしまったらしい。
 八人の大所帯になり、俺達は迷いながらも何とか食堂に辿り着く事が出来た。食堂も人がごった返していて、八人分の席は取れず、やむなく別れて座る事になった。俺はアルと一緒に座って紅茶とフレンチトーストを口に入れた。元日本人としてはここで納豆ご飯を食べたいな~なんて思って小声で注文してみたけど、さすがに無かったらしい。ご飯だけが出て来たのでありがたく頂戴した。
 食べ終わって、皆を待っていると、ネビルとハリー、それにロンだけがやって来た。

「女連中はもう少しお喋りしてるってさ」

 肩を竦めながらロンが言った。

「じゃあ、先に行こうか」

 アルの言葉に頷いて、俺達は最初の授業のある教室へ向かった。
 授業はどれも楽しいばかりとはいかなかった。映画や本で知っていたとはいえ、杖を振る授業は殆ど無くて、 マクゴナガル先生の変身術もフリットウィック先生の呪文学もクィレルの闇の魔術に対する防衛術も全て座学ばっかりだった。
 特にゴーストのビンズ先生の魔法史の授業は意識し続けないとつい意識が飛んでしまうくらいつまらない。
 そんな中、スネイプ先生の魔法薬学はいきなり実習授業となった。元々、理科の実験は得意だったから何とかおできを治す薬の調合に成功出来た。本にある通り、スネイプ先生はハリーに意地悪をしてたけど、リリーの事とか、未来の事を考えると、どうしても好きな子に意地悪しちゃう男の子って感じがして微笑ましく感じてしまった。
 最初の数週間は山のような宿題に追われてあっと言う間に過ぎ去ってしまった。

 俺は無人の部屋に一人居た。

「羊皮紙書き難い……」

 羽ペンと羊皮紙を使って何とか文字を書いているけど、正直言って、書き難いったらなかった。仕方なく、授業が終わった後にボールペンでノートに書きなおしてる。授業の復習にもなるから別にいいんだけど、面倒と言えば面倒だ。アルはあまり気にして無いみたいだけど、生前ノートとボールペンに慣れ親しんだ身としてはやっぱりこの利便性を捨てる気にはなれない。
「それにしても……寮の入り口と同じ階だったんだ……。ここ」
 自由時間に散歩していたらバカのバーナバスがトロールに棍棒で殴られている壁掛けをたまたま見つけたから本当にあるのかわからないけど、とりあえず試して見た。
 何も無い壁の前を行ったり来たりするのは馬鹿っぽいとは思ったけど、どうしても試してみたかった。必要の部屋を。

「勉強部屋って考えながらやったら、結構凄い部屋が出て来ちゃったな……」

 部屋の中は中央に大きな机が置かれていて、引き出しを開けてみると、中には大量の羊皮紙と羽ペンとインクが用意されていた。
 四方の壁には様々な本が並べられていて、欲しいと思うだけで壁から机まで本が飛んでくる。そういう魔法が掛けられてるらしい。
 ここの事は誰にも話ていない。アルやネビルはお人好しだから、この部屋の事を知ったら直ぐにみんなに話してしまうだろうし、そうなると色々とまずい。数年後にこの必要の部屋は不死鳥の騎士団と死喰い人との戦いでかなり大きな意味を持っているから、あまり人に知られていない方がいいのだ。

「まあ、それを差し置いても、ここは便利だから独占したいっていうのもあるんだけど」

 ここ勉強部屋に限らず必要と思えば何でも出してくれる。そう、俺が一番欲しいものを。それは、お風呂だ。

「一段落したし、ひとっぷろ浴びますか……」

 授業の内容を纏め終わり、俺は一度必要の部屋を出た。出る時にばれないよう、秘密の通路を必要だと考えながら出したから、入り口の壁から少し離れた暗い影になっている部分に出口が出た。そのまま、入り口の所まで戻って、誰も来ない事を確かめてからお風呂を出した。
 中に入ると、さっきまで石畳の勉強部屋だった部屋が柔らかい絨毯の敷かれた脱衣場に早変わりしていた。絶対に誰も来ないと分かっているから遠慮無く全裸になって浴場に向かった。湯船の傍に十個の蛇口があって、一つ一つが全く違う色のお湯が出て来る。面白いから全部入れてみた。

「おお……」

 目の前に広がる光景はそう……、レストランのドリンクバーで全てのドリンクを混ぜた時のあれだった。

「まあ、友達居ないし、実際にやった事なかったけど……」

 お風呂の色こそ桃色でファンタジー色たっぷりだけど、臭いも甘くて悪く無いのだけど……。

「これ、お風呂って言えるのかな……」

 桃色の泡が浴槽の中で山になっている。混ぜ過ぎてもはやジュースじゃなくて別の何かになってしまったかのように、お風呂の湯船がもはやただの泡の山になってしまった。

「うーん、失敗かな……。いや、ちょっとずつ泡じゃなくなってるし、待ってればいっか」

 とりあえず、先に体を洗う事にした。切っても切っても肩まで伸びてくる栗毛を洗うのに無駄に時間が掛かって、体の隅々まで洗い終えると、湯船の方も大分落ち着いたらしく、うず高く積もった泡はただの濁り湯に変わっていた。ピンク色なのがただの……という言葉で合っているのかはわからないけれど。

「いやー、快適快適」

 髪を纏めて湯船に入ると温度はちょうど俺好みの温度だった。生まれ変わってからの唯一の不満はお風呂に中々入れない事だった。というか、基本的にシャワーばっかりだった。
 こうやって湯船でゆっくり出来る機会はそうそう無かったのだ。それはホグワーツも変わらず、湯船に入れるのは監督生以上の特権だったりする。

「さて……、これからどうしようかな」

 湯船に顔を付けながら、俺はこれからの事について考える事にした。

「賢者の石、秘密の部屋、ピーター・ペティグリュー、ヴォルデモートの復活、不死鳥の騎士団と死喰い人の戦争、七つの分霊箱……」

 手を出さなければ、きっとダンブルドアの策略でハリーがヴォルデモートを打ち倒す。それから先は平和な世界が続く。けど……。

「問題はその間なんだよね……」

 人が死ぬ。いっぱい死ぬ。その中にアルが居るかもしれない。ソーニャやジェイクが居るかもしれない。
 だから、出来れば四年生になる前に……、

「ヴォルデモートが復活する芽を完全に潰せないかな……」

 自分でも物騒な事を考えている事はわかってる。でも、考えずにはいられなかった。だって、少なくとも知った顔がこれから死ぬのだ。
 同学年だったり、先輩だったり、先生だったり、そういう人がこれから死ぬ。
 正直、誰が死のうがどうでもいい。
 だけど、その中にアル達が居ないとは限らない。だって、原作に明確に生きていると描写されていないからだ。

「必要なのは七つの分霊箱とそれを壊す手段だよね」

 壊す手段は分かっている。バジリスクの牙だ。それを入手するためには何としてもハリーにはバジリスクを倒してもらう必要がある。加えて、バジリスクの死骸から牙を手に入れなければいけない。
 上手く、バジリスクの牙が手に入ったら、次は七つの分霊箱だ。トム・マールヴォロ・リドルの日記、マールヴォロ・ゴーントの指輪、サラザール・スリザリンのロケット、ヘルガ・ハッフルパフのカップ、ロウェナ・レイブンクローの髪飾り、ナギニ、そして、ハリー・ポッター。

「日記は何もしなければ来年、ルシウスからジニーに渡される。指輪はリトル・ハングルトン。架空の村の筈だけど、ある筈だから調べればわかる筈だ。ロケットはシリウスの家。髪飾りは……必要の部屋。ナギニの居場所は分からない。ただ四年目の時点でリトル・ハングルトンに現れるのは確実……」

 問題はレストレンジ家の金庫に隠されているカップ……。それと、

「ハリーにヴォルデモートの死の呪文を浴びてもらう必要がある。それも、リリー・ポッターの防御が無くなった状態で……」

 そこで死んでもらっても構わない。けど、その後に一回は必ずヴォルデモートを殺さないといけない。それもネックだ。

「レストレンジの金庫はトンクスに開けさせるっていう手もあるのかな……。そうなると、彼女と出会う必要がある。一つ一つ回収してどこかに隠しておくのがベストか……。その為には……うぅ」

 頭がくらくらして、俺は慌てて湯船から出た。

「ちょっと……、考え過ぎちゃったかな」

 考えるべき事は一つで十分だった。

「アルは絶対に死なせない」

 だって、俺にとって生前も含めて唯一の……親友だから。

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