第二話「ダイアゴン横丁」

 ホグワーツの入学を心に決めた日から丁度一年。11歳の誕生日を迎えた日の朝にホグワーツから手紙が届いた。
 大急ぎでジェイクとソーニャを起こして手紙を開くと、そこには入学案内と学用品のリストが入っていた。

「いよいよ今年か……」

 感慨深そうに言うジェイクにソーニャは目を細めた。

「そうね。後一ヵ月後にはユーリィはホグワーツの寮に入るから、ちょっと……寂しくなるわね」

 そう言われて、初めて両親と離れ離れになる事を自覚した。ずっと一緒に居た。幼稚園や学校には通わずにずっと家で勉強していたから、二人と離れて暮らす事をイメージ出来なかったのだ。途端に寂しくなった。唇を噛み締めて顔を歪めると、ソーニャが頭を撫でてくれた。

「大丈夫。アル君も一緒だから、きっと寂しくないわ。それに、きっとたくさんの友達が出来る。必ずね」
「アルフォンス君のところにもきっと手紙が来ている筈だ。今日、一緒にダイアゴン横丁に行こうじゃないか」
「……うん」

第二話「ダイアゴン横丁」
 
 ロンドンに到着したのはお昼時だった。折角だから昼食はダイアゴン横丁で食べようという話になり、入り口のある漏れ鍋を目指し、チャリング・クロス通りを歩いている。しばらくすると、本屋とレコード店の間にあるみすぼらしいパブがあった。ジェイクとエドが最初に入って行き、ソーニャとアルの母のマチルダが続いた。俺はアルと顔を見合わせると恐る恐る中に入った。
 中はまるで浮浪者の溜り場のようだった。酒臭い男がギョロッとした目を向けてくるので、思わずアルの手を握り締めた。アルも怖がっているのだろう、手が凄く冷たかった。

「ユーリィ、アルフォンス君。こっちだ」

 ジェイクの声に慌てて俺達は裏庭に出た。裏庭はあまり広くなく、六人も居るとかなり狭く感じた。ジェイクは俺とアルを呼び寄せた。

「ここにダイアゴン横丁の扉があるんだ。よく覚えておくんだよ? ここを杖で叩くと……」

 ゴミ箱の少し上のレンガをジェイクが杖でつつくと、途端にレンガが勝手に動き出した。思わず歓声を上げた。徐々にアーチが出来上がっていくと、アーチの向こう側に待ち望んだ魔法界の姿があった。

「ようこそ、二人とも」

 ニヤリと笑い、エドが大袈裟な身振りで俺とアルの手を取った。

「ダイアゴン横丁だ!!」

 俺とアルは駆出したくなるのを抑えるのに理性を総動員する必要があった。それ程までに初めて見るダイアゴン横丁は魅力的だった。箒の専門店や魔法薬の問屋などが立ち並び、ペットショップではフクロウが通りを歩く人々に愛嬌を振りまいている。

「最初にお昼にしましょう。オルコットの店でいいわよね?」

 マチルダが言うと、異論は上がらなかった。

「昔、パパ達の同級生だった女性が営んでいるレストランだよ。味は保障する」

 ジェイクの言葉に胸が躍った。
 ジェイクは割と味に煩い方で、ソーニャの料理以外を褒める事は滅多に無い。ずっと昔、俺がソーニャを手伝って初めて手料理を振舞った時に「まだまだ修行が必要だね」と駄目だしされたのは今でも根に持っている。いつかジェイクに美味いと言わせてみせるぞ、と誓って今でもソーニャに料理を習い続けている。
 日常に根付いた魔法は覚えていて損は無いとソーニャが根気強く教えてくれたから、家事に関する呪文はそれなりに使えるようになった。
 実の息子の手料理すら褒めないジェイクが褒める料理だ。きっと美味しいに違いない、と期待に胸を膨らませながら俺達はオルコットのレストランへと向かった。

「僕達はちょっと銀行からお金を卸して来るから先に行っててくれ」

 そう言って、ジェイクとエドとは途中でお別れになった。
 しばらく歩いていると、オルコットの看板が見えた。中に入ると綺麗な装飾に目を引かれた。壁にはたくさんの動く絵があり、天井からは豪奢なシャンデリアが吊り下がっている。床もふかふかの絨毯で覆われていて、いかにも高級です、と言わんばかりだ。

「ソーニャ!! それに、マチルダ!!」

 中に入って少し待っていると、店の奥からふくよかな体型の女性が出て来た。たっぷりとした栗毛を後ろで纏めて、愛嬌たっぷりの笑みを振りまくその女性にソーニャとマチルダは顔を綻ばせた。

「アニー!!」

 二人は揃って女性の名を呼んだ。アニー・オルコットは二人をその大きな腕で抱き締めると、二人の頬に熱烈なキスをした。

「あらあら、この可愛い子ちゃん達はどなたかしら?」

 二人を放すと、アニーの視線は俺達に向けられた。

「私の息子のユーリィとマチルダの息子のアルフォンス君よ、アニー」
「何て可愛らしいのかしら!! うちの息子とは大違いだわ!!」

 アニーは俺達の頭を撫でながら言った。

「また、そんな事言って。ボリス君が聞いたら怒るわよ?」

 マチルダの言葉にアニーは頬を膨らませた。

「いいんです!! もう、あの子ってば、夏休み以外はちっとも帰って来ないで、夏休みの間も友達の家にお泊りばっかりでちっとも顔を見せてくれないのよ!!」

 ご機嫌斜めになってしまったアニーをソーニャとマチルダがあやしていると、お店の扉が開いた。
 途端にさっきまでの泣き顔が嘘だったかのようにアニーは営業スマイルを浮かべた。

「いらっしゃいませーって、ボリス!!」

 入ってきた男の子を見るなり、アニーは営業スマイルを脱ぎさって、鬼の形相を浮かべた。

「ただいま、母上。お客さん?」

 いかにも気難しそうな顔をした大柄な男の子だった。彼がアニーの息子のボリス・オルコットらしい。

「ただいま、じゃないわ!! もう!! ホグワーツから帰って来たかと思ったら直ぐに飛び出して行っちゃって!!」
「すまないと思ってる。だけど、約束があったんだ」
「言い訳はお止し!! 母さんは凄く寂しかったんだよ!! さあさあ、もうどこにも行かせないからね!!」
「了解。手伝うよ。直ぐに仕度する」
「あ、ちょいとお待ちよ!! 帰って来たばっかりで疲れてるだろう?」
「別に疲れてないよ。それより、お客さんを入り口で放置するのは良くないと思うよ」
「あらま!! そうだったわ。ごめんなさいね、みんな」

 まるで嵐のような人だと思った。冷淡そうな雰囲気を持つボリスとはとても親子に見えない。

「さあさあ、こっちよ!! 後からジェイクとエドも来るんでしょう?」
「ええ、グリンコッツに行ってるの」

 ソーニャが言った。

「じゃあ、とりあえず飲み物を持ってくるわね」
「お願いするわ」

 マチルダが人数分の飲み物を注文すると、アニーは店の奥へと戻って行った。
 アニーが居なくなると、途端に静かになった。

「凄い人だったね」

 アルが目を丸くしながら言った。

「でも、良い人だね」

 俺が言うと、マチルダは「そりゃそうよ」と言った。

「アニーは学生時代から凄く優しくて度胸のあるハッフルパフの優等生だったんだから」
「旦那のシーザーも勇敢だったわ」
「ええ、スリザリンだったのが不思議なくらいの人格者でもあったわ」

 マチルダの言葉にソーニャは咎めるような視線を送った。

「スリザリンは関係無いわ」
「でも、スリザリンから死喰い人が多く出たのは事実じゃない」
「もう、相変わらずスリザリンが嫌いなのね」
「当たり前じゃない!! あの連中のせいでどれだけの人がっ!!」
「はいはい、そこまで!!」

 顔を歪めるマチルダの前にアニーがワインを置いた。

「息子達の前でする話じゃないと思うよ?」

 その言葉にマチルダは俺とアルを見て気まずそうな顔をした。

「ごめんなさい。どうしても、思うところがあるのよ」
「分かっているわ。でも、もうあの時代は終わったんだから、いい加減吹っ切りな!! これでも食って、さ」

 アニーはマチルダの頭を子供をあやすように撫でると、テーブルの真ん中に綺麗に盛り付けられた料理を置いた。

「当店特性の料理をどうぞご堪能あれ」

 笑顔を浮かべるアニーに俺とアルは安堵の溜息を零した。マチルダはスリザリンや闇の勢力の話になると人が変わったように怖くなる。でも、それは仕方の無い事だと俺もアルも分かっている。
 たくさんの人が死んだらしい。親しかった友達や家族が何人も死んで、今でも死んだ人達の夢を見るそうだ。ソーニャも死喰い人やヴォルデモートの話題に触れると怖いほど冷たい目付きになる。

「さあ、気を取り直して、ジェイクとエドはまだだけど、先に乾杯しましょう」

 ソーニャの音頭に俺達は各々の飲み物を掲げた。
 ジェイクとエドが来たのはそれから料理が三品程消化された後だった。
 程よくお腹が満たされて、俺とアルはボリスと話をしていた。

「俺はレイブンクローの三年生だ」
「じゃあ、ママと同じなんだ」
「ユーリィの母上もレイブンクローの出身なのか。なら、後輩になるかもしれんな」

 ボリスは母親のように口数が多い方では無かったけれど、とても優しい性格なのだという事が直ぐにわかった。気難しい顔をしながらも俺達の疑問に確りと答えを返してくれた。ただ、一つ、組み分けの儀式についてを除いて……。

「あれは実際に体験してからのお楽しみだ。その方が思い出に残る。大丈夫だ。痛いとか苦しいとかじゃない」

 そう言った彼は、初めて笑顔を見せてくれた。ニヤリと言う表現がぴったりな、実に悪そうな顔だった。
 
 ボリスにホグワーツでの再開を約束し、俺達はレストランを後にした。最初に制服を作る為にマダム・マルキンの洋装店に向かっている。

「僕達、どの寮に入るのかな……」

 アルが言った。

「同じ所がいいね」
「うん……。僕、出来ればグリフィンドールに入りたいけど、駄目ならレイブンクローがいいな。レイブンクローにはボリスさんが居るし」
「俺もレイブンクローがいいな。少しでも知り合いの多い寮に入りたいし」
「不安だな~。一人っきりでスリザリンに入ったら、僕やっていけるかな~」
「だ、大丈夫だよ」

 元気付けようと言ってはみたものの、俺もアルと同じ気持ちだった。ジェイクとソーニャはスリザリンでも良いと言ってくれたけど、やっぱりちょっと遠慮したいし、知り合いが誰も居ない寮で生活するなんて想像するのも嫌だ。生前の二の舞になるのが目に見えてる。

「二人とも、不安なのはわかるけど、着いたから中に入るぞ」

 エドワードの言葉にいつの間にかマダム・マルキンの洋装店の前まで来ていた事に気が付いた。店頭のショーウィンドウにはクィディッチ用らしきユニフォームやカラフルなローブが飾られている。
 中に入ると、男の子がお婆さんに叱られていた。

「ネビル!! シャンとおし!! ちゃんと測れなくて、ぶかぶかの制服でホグワーツに通う事になってもいいのかい!?」
「うぅ……、ごめんなさい……」

 涙目になってる男の子に俺は心底仰天していた。ネビルという目の前の男の子の事を俺は知っていた。ネビル・ロングボトム。ハリーポッターの物語に登場する主要人物の一人だ。

「おや、みっともないところをお見せして申し訳無いねぇ。ネビル! 私は先に薬問屋に言って買い物をしてるから、採寸が済んだらちゃんと来るんだよ!!」

 そう言うと、おばあさんは俺達に会釈をして去って行った。取り残された男の子は勝手に動き回る巻尺に翻弄されながら心細そうに顔を歪めていた。

「えっと、ネビル……君?」

 俺が声を掛けると、ビックリした様子でネビルは俺を見た。

「えっ……? あの、えっと、君……あの……」
「あ、えっと、初めまして。俺、ユーリィ・クリアウォーター。さっき、おばあさんが君の名前を呼んだのが聞こえたんだ」
「あ、そうなんだ。うわっ」

 俺の言葉に納得したらしいネビルの頭を巻尺がまるでミイラのように包み込んだ。

「ネ、ネビル君!?」

 俺とアルは慌ててネビルに近寄ったけど、巻尺は勝手に離れて行った。

「び、びっくりした……」
「大丈夫かい……?」

 アルは心配そうにネビルを見た。

「えっと……」
「あ、僕はアルフォンス。アルフォンス・ウォーロックだよ」
「あ、僕ネビル。ネビル・ロングボトム」
「……ユーリィ、アル君」

 俺達が互いに自己紹介をしていると、入り口からソーニャが声を掛けてきた。
 いつの間にか知らない女性が一緒に居た。

「ママ達は先に他のお買い物を済ませちゃうから此方のマルキンさんに採寸してもらってね。後で迎えに来るからロングボトム君と仲良くね」
「あ、うん!」
「は~い!」

 ソーニャ達が去って行くと、俺とアルはネビルと同じように巻尺に翻弄されながら採寸を行った。
 その間、ネビルと少しだけ打ち解ける事が出来た。
 初めて出会った原作の登場人物と三人で俺達は一緒の寮になれる事を必死に願った。そうなったら全員グリフィンドールにならなければならないのだけど……。

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