第九話「密かなる企み」

第九話「密かなる企み」

 ディーンとシェーマスが襲われた事で一時的に授業が中止となり、全員が寮に戻された。
 闇祓いの精鋭達が警護する中で彼らを嘲笑うかのように行われたその犯行にグリフィンドールの警護を担当しているキングズリーとロジャーは険しい表情を浮かべている。

「闇祓いってのも当てにならないよなー」

 暖炉でマシュマロを焼きながらロンが呟いた。ロンの言葉は大半の生徒が抱いている気持ちを代弁している。クィディッチを禁止し、煩わしい眼鏡の装着を強制する闇祓い達に対して不満を抱いている者も少なくない。冬休みになっても継承者が捕まらなければ家に帰れない。ただ、この学校という名の檻の中でバジリスクに襲われる日を待つばかり。
 みんな、誰かに八つ当たりしたいだけなのかも知れない。恐怖と不満が募るだけの毎日に耐え切れず、誰かの責任として糾弾し、心の安寧を保とうとしているのかもしれない。
 
「まったくだぜ。俺達が折角見つけた抜け道や抜け穴を一つ残らず塞ぎやがったくせに!!」

 フレッドは苛々した様子でキングズリーを睨みつける。マッドアイと呼ばれる闇祓いの中でも一際異彩を放つ男が次々にホグワーツの抜け穴を発見し、その度に穴を塞いでしまい、フレッドとジョージは自分達のホグワーツでの抜け穴探しに費やしてきた多大な時間が無に帰したと嘆いている。
 必要の部屋はその範疇には無いらしいけど、僕達も闇祓いの目があって入る事が出来ずに居る。こんな時こそ、必要の部屋で何かをするべきなのに……。
 何も出来ない無力さが余計に恐怖や不安を煽る。
 アルはどうなのだろう? ここ数日、アルと会話をした記憶が無い。何となく、近寄り難い雰囲気があったからだ。ユーリィが襲われた事で誰よりも怒りを感じている筈のアルがこの状況をどう思っているのか気になり、僕は勇気を持って話し掛ける事にした。

「アル……」

 僕が声を掛けると、アルは僕を一瞥したまま眉を顰めた。機嫌を損ねてしまったかと思って出なおそうとすると、アルはおもむろに口を開いた。

「ハリー。ちょっと聞きたい事があるんだけど、いいか?」
「え? あ、うん。もちろん」

 アルは立ち上がると、僕の手を取って歩き出した。そのまま、ソファーで本を読んでいるハーマイオニーに近づいた。

「ハーマイオニー。聞きたい事があるんだけど、今いいかい?」

 アルが話し掛けると、ハーマイオニーはビックリしたように目を見開き、直ぐに本を閉じた。

「もちろんよ。良かった……。少し、元気になったみたいね」

 微笑むハーマイオニーにアルは頷いた。

「いつまでもジッとはしてられないからね。色々考えてたんだ。秘密の部屋や継承者について」
「……何か分かったというの?」
「そうじゃない。ただ、考えを整理したくなったんだ。その為に二人の知識と知恵を借りたい。駄目か?」
「駄目な筈無いわ。私も色々考えてたもの」
「僕もだよ、アル。でも、どこで話す? ここだと人が多過ぎるよ」
「なら、寝室に行きましょうよ。今は皆、誰かと居たいから談話室に降りて来てるし、寝室は空いている筈よ」
「でも、ハーマイオニー。女子が男子寮に来るのは……」
「なら、貴方達が女子寮に来る?」
「……男子寮でお願いします」

 時々、驚く程大胆になるハーマイオニーの意見で僕達の寝室に行く事になった。寝室に女の子のハーマイオニーが居るのは何だか新鮮で、それ所じゃない筈なのに胸が高鳴った。

「まず、一つずつ整理していこう」

 僕と違って、アルはまったく気にしていないらしい。
 羊皮紙を取り出すと、羽ペンで記入を始めた。

「まず、始まりはハリーの家に現れた屋敷しもべ妖精のドビーの警告」
「ドビーは僕にホグワーツへ行ってはいけない、と言ったんだ。秘密の部屋が開かれるって」

 その警告を僕が無視したせいで、大変な事態が起きてしまった。

「そのドビーの警告がまず疑問だったんだ」
「どういう事?」

 僕の疑問に答えたのはハーマイオニーだった。

「ドビーの警告は真実だったのよ。つまり、ドビーは秘密の部屋の事を知り、それを報せるべきでは無い立場にあった。これは、自分をお仕置きしたというドビーの行動と継承者がハリーに秘密の部屋について仄めかす事に利が無い状況から間違い無いと思うの。つまり、疑問というのはドビーがどんな立場に居るのか? という事よね?」

 ハーマイオニーの言葉にアルは頷いた。

「もしかすると、ドビーは継承者の家の屋敷しもべ妖精なのかもしれないな」
「じゃあ……、もし、ハリーに警告した事がバレたら、最悪、殺されてしまうかも……」

 ハーマイオニーの言葉に僕は愕然となった。あの時、僕はドビーの言葉を煩わしいとすら思っていた。ホグワーツへ帰るな、なんて酷い事を言う悪魔の化身とすら思った。
 彼は命を賭けて僕に警告をしに来てくれたんだ。彼の言う事を素直に聞くべきだった。聞かなければいけなかった。

「だけど、生きているならまた接触しに来る可能性はある。命を賭けて、恐怖に耐えて、ハリーにわざわざ警告をしに来るような奴だ。実際に秘密の部屋が開かれ、ハリーが危機に直面している事態を指でくわえて見てるだけとも思えない」

 アルの言葉にハーマイオニーも頷いた。

「なら、その時に何とか保護をするべきじゃないかしら?」
「ああ、そうだ。その上でドビーには何としても主人の名を聞かせてもらう必要がある。何としてもだ」

 アルの瞳に一瞬凶暴な光が灯ったように見えた。

「アル。ドビーに酷い事はしないでね」

 僕の言葉にアルはニッコリと微笑んだ。

「ああ、勿論だ。勇気ある屋敷しもべ妖精には敬意を払うべきだろう」
「う、うん……」
「さて、ドビーの件はこの辺にしておこう。次はユーリィの件だ」

 その瞬間、背筋が寒くなった。明らかにアルの目つきが変わったからだ。
 一見、落ち込んでいるようにも見えるけど、その瞳は獣のようにギラついていて、何だか危うさを感じた。

「ユーリィは拷問を受けていた。だけど、二番目の被害者のアランは無傷だった。これには何か理由がある筈だ」
「それは……ユーリィが僕の友達だったからじゃ……」

 僕が言うと、ハーマイオニーが首を振った。

「それはどうかしらね。可能性が無いわけじゃないけど、あまりにも安易な考えだわ」
「なら、どうして……」
「俺が一番不思議に思ったのはユーリィが自分に刻み込んだ文字だ」
「どういう事?」

 アルの言葉は僕にはイマイチよく分からない。

「ユーリィは知り過ぎているんだ。敵がヴォルデモート。狙いはハリー。ここまでならただの推論で片付けられる。だけど、ユーリィは手段は日記とバジリスクという文字を残している。だけど、ユーリィはどうやって敵がバジリスクを使っている事を知ったんだ?」
「それは……」

 答えが出なかった。言われて見ればおかしい。ユーリィは第一の被害者なのだ。つまり、それまで秘密の部屋は開かれていない。被害者も出て居ない。敵がバジリスクを使う事など分かる筈が無い。

「それに、日記って何の事なんだ?」
 
 アルは言った。

「ユーリィは手段は日記とバジリスクと言った。だけど、バジリスクと並んで表記されていた日記とは何なんだ? ユーリィが日記を書いているところなんて見た事が無いし」
「意味がある筈だわ。もしかしたら、スリザリンの継承者が代々受け継ぐ魔術的な品なのかもしれない。それを使う事で秘密の部屋を開く事が出来る……みたいな」
「だとしても、それをどうしてユーリィは知っていたんだ? っクソ!!」

 アルは床に拳を振り下ろした。

「ユーリィが何か隠してるのは分かってたんだ。アイツが泣いてるのを見た!! なのに、俺は不貞腐れて……ックソ!!」
「待って! 泣いていたって、どういう事!?」

 ハーマイオニーが険しい表情を浮かべた。

「ロンの家からキングス・クロス駅に向かう前の話だ。青褪めた顔して、泣いてるみたいだった……。たぶん、あの時には何かを掴んでいたんだ」
「何かって、何を……? だって、秘密の部屋どころか、ホグワーツに到着する前にもうユーリィは秘密の部屋や継承者について既に何かを知っていたというの!?」

 そんな馬鹿な、と叫びそうになった。
 それは幾ら何でも考えられない。ドビーから秘密の部屋の事を聞いてから一ヶ月ちょっとの間、僕は毎日ユーリィやアルと遊んでいた。何かを調べている気配なんて無かった。
 
「夏休みの間に何かがあったという事かしら……? でも、一体……」
「夏休み……。まって、そうだ。そうだよ!! マルフォイの一家にあった!!」
 
 僕の言葉にアルとハーマイオニーは怪訝な顔をした。

「どういう意味だ? マルフォイの一家にあった事が何だって言うんだ?」
「僕、ロンに聞いたんだ!! マルフォイの父親は昔、ヴォルデモートの配下だったって!! もしかして、その時にユーリィは何かを知ったんじゃ!?」
「そう言えば、ユーリィの様子がおかしくなったのは、ダイアゴン横丁から隠れ穴に帰って来た日の翌日!! ルシウス・マルフォイか……。確か、父さんに聞いた事がある。嘗て、ヴォルデモートの服心として好き勝手やっていたらしい。だけど、ヴォルデモートがハリーに倒されたと聞くや自分は操られていたのだ、なんて言い出しやがったらしい」
「じゃあ、敵はヴォルデモートと言うのは……」
「ああ、ルシウスの事かもしれない。マルフォイ家なら屋敷しもべ妖精の一匹や二匹飼っていてもおかしくない。ドビーがマルフォイの家の屋敷しもべ妖精なんだとすれば、話が繋がる!!」

 暗闇に光明が差したような気分だ。ほんの少し前までは継承者の影に怯えるばかりだったのに、今や犯人を追い詰める側に立っている。

「だとすれば、継承者はドラコ・マルフォイの可能性が濃厚だな。確かめる一番手っ取り早い方法は奴を拷問して吐かせる事だが……」
「待って!! それは駄目よ!! 幾ら何でも、拷問なんて!! 確証も無いのよ!?」

 ハーマイオニーの言葉にアルは頷いた。

「勿論、分かってる。下手をすれば、こっちが継承者扱いされかねない。だから、確証を得るために行動が必要だ。何か、策は無いか、ハーマイオニー?」

 冷静に返されて戸惑い気なハーマイオニーにアルは問い掛けた。
 ハーマイオニーは少し考えてから、頷いた。

「あるにはあるわ。だけど、とても危険だし、とても難しい」
「構わない。方法があるなら、教えてくれ」

 ハーマイオニーは熟考してから零すように言った。

「……ポリジュース薬」
「ポリジュース薬って?」

 僕が聞くと、アルも首を傾げた。

「ポリジュース薬……。飲んでから1時間、変身したい人物と全く同じ外見になる魔法薬よ。これを使って、スリザリンの生徒に成り済まして情報を聞き出す。これしかないと思う。けど、校則を何十個も破る必要がある上に材料の入手も難しいわ。闇祓い達が跋扈している中では特に……」
「必要の部屋はどうだ?」

 アルの意見にハーマイオニーは首を振った。

「魔法薬の材料まで揃っているとは思えないわ。幾ら、あそこが万能の部屋だとしても……」
「だけど、ユーリィはあそこで料理の修行をしたと言っていた。少なくとも、料理のための材料は用意してくれるらしい。なら、魔法薬の材料を用意してくれる可能性もゼロじゃない。試して見る価値はある」
「……でも、必要の部屋まではどうやって行く気なの? さっきも言ったけど、闇祓いが跋扈しているのよ?」
「透明マントを使おう」

 僕は言った。

「あれなら、見つからずに必要の部屋に入れる筈だよ」
「よし、今夜行動しよう」

 僕達は頷き合うと、夜を待つ事にした。ネビルやロンには作戦を伝えない事になった。
 とても危険な賭けだから、出来るだけみんなを巻き込まないようにしないといけないからだ。

 深夜、僕とアルはこっそりと寮を抜け出した。キングズリーとロジャーが談話室を見張っているから、こっそりと行動しないといけない。
 透明マントを頭から被り、女子寮に向かう。ハーマイオニーは既に準備万端だった。透明マントに入ると、羊皮紙を僕とアルに渡した。

「これに書いてある通りに秘密の部屋を作って」

 僕とアルが頷くのを確認して、ハーマイオニーはそっと談話室に視線を向けた。

「行きましょう」

 透明マントは姿を消してはくれても、音までは消してくれない。足音を立てないようにこっそりと移動する。何とか入り口まで来たけど、ここで問題が起こった。
 キングズリーがこちらを向いて足を止めたのだ。扉を開けば気づかれてしまう。
 そのまま、時間だけが過ぎ去って行った。どのくらい待っただろうか? 漸く、キングズリーの視線が逸れ、僕達は急いで外に出た。太った淑女が困惑しているのを尻目に急いで秘密の部屋に向かう。
 そこで、身周りのスネイプと遭遇した。厳しい表情を浮かべ、ネズミ一匹逃さぬとばかりに視線を巡らせている。
 時間が何倍にも引き延ばされたような錯覚を覚えた。
 緊張のあまり汗が滴り、地面に落ちた。聞こえる筈が無いのは分かっているのに、その音でスネイプが振り向くのではないかと気が気じゃなかった。
 漸くスネイプが去ると、僕達は急いで必要の部屋を出現させて中に滑りこんだ。透明マントを脱ぐと、まるで全速力で走った後みたいに汗だくだった。

「やっぱり……、材料の調達は自分達でするしかないみたいね」

 必要の部屋には臨んだ物が一通り揃っていた。
 大鍋や調合に必要な道具が一揃い。薬学の本もズラリと書棚に並んでいる。 
 ただ、材料だけが無かった。

「仕方ないわね。材料の調達は別に策を練りましょう」
「なあ、ハーマイオニー」

 不満そうなハーマイオニーにアルが声を掛けた。

「どうして、ここまでするんだ?」
「どうしてって?」

 ハーマイオニーは不思議そうな顔でアルに振り向いた。

「俺は……ハーマイオニーは先生に報告して任せるべきだって、そう言うと思った」

 僕も同感だった。こんなに積極的にルールを破り、危険な行為をしようとするなんて、いつも理性的に行動しようとするハーマイオニーらしくない。

「私だって……本当は今知りえている事を全て先生方にお話するべきだと思っているわ」
「なら、どうして?」

 ハーマイオニーは言った。

「この際だからはっきり言っておくけど、私だって怒ってるの」

 ハーマイオニーの言葉にアルは面食らった表情を浮かべた。たぶん、僕も似たような顔をしている筈だ。

「ユーリィを拷問しただなんて、絶対に許せない!! ハリーを狙うのも許せない!! 継承者だか何だか知らないけど、一泡吹かせてやらないと気が済まないわ!!」

 ハーマイオニーの言葉に僕もアルも苦笑いを浮かべるしかなかった。
 継承者はとんでもないミスを犯した。学年一位の秀才を怒らせたんだ。頼もしい事この上ない。

「さあ、そうと決まったら時間を無駄には出来ないわ!! 少しでも戦う力を身に付けないと!!」

 そう言うと、ハーマイオニーは部屋の中央に向かった。必要の部屋を作るとき、薬剤調合用の部屋と同時に魔法の訓練用の部屋を作り、中央で分けたのだ。
 
「バジリスクをどうにか出来るとは思えないけど、死喰い人と戦う事になる可能性は大いにあるわ!! だから、出来る限り訓練に時間を当てるわよ!!」
「異議無し!!」

 僕とアルが揃って答えると、ハーマイオニーのスパルタ訓練はスタートした。
 夜は戦闘訓練。昼は魔法薬の材料調達。闇祓いの目を掻い潜りながらの作業はなんだかスパイアクションの映画の主人公になったみたいな気分だった。
 たぶん、僕らは調子に乗っていたんだ。一層厳しくなった警戒態勢の中、着々と材料をくすねるのに成功し、戦闘用の呪文の練習に明け暮れる日々に興奮していたんだと思う。
 漸く、材料が全て揃い、いざ調合を始めようと、必要の部屋に入り作戦会議を開始した時、居る筈の無い第三者の声が響いた。

「面白い事をやっているな、小僧共!!」

 そこには碧い瞳をクルクルと動かす恐ろしげな相貌の男が居た。
 マッドアイはニヤリと笑った。

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