第七話「殺意」

第七話「殺意」

 ユーリィが攫われてから二日が経過した。何も出来ないまま、時が過ぎていくのを待つのは暗澹たる想いだった。出来る事と言えば、銃の手入れと戦闘訓練のみ。
 今夜、漸く俺達は動き出す。

「ダリウス……」

 ダリウスから貰った拳銃を見つめていると、奴との訓練の日々を思い出す。厳しかったが、その分だけ俺は強くなれた。
 未だに、奴が俺達を裏切ったなんて信じられない。初めから、裏切るつもりで近づいて来たなら、どうして俺にマグルの武器の扱いなんて教えたんだ。マグルの武器の有用性を奴は俺に教え込んだ。殺人のみを目的に生み出されたマグルの爪牙。その爪が、牙が、自分に向けられると知りながら、何故教えたんだ。

「俺をヴォルデモートの側に引き入れるつもりだったのか?」

 それはあり得ない。奴は一度として、俺の前で闇の勢力を賛美した事が無い。引き入れるつもりがあったなら、もっと、アクションがあった筈だ。
 分からない。奴は何を考えて、俺にマグルの爪牙を与えたんだ。何故、俺を強くしたんだ。俺がどんなに強くなっても、自分には敵わないとでも確信していたというのか。

「まあ、いいさ。お前が敵に回るってんなら、殺すだけだ。お前は俺の命より大切なユーリィを攫った。その罰は受けて貰うぜ」

 必要の部屋のダリウスとの特訓場。部屋には様々な武器が置いてある。その中から持って行く武器を吟味する。ここにある武器は全て、必要の部屋が用意した物ではなく、ダリウスが持ち込んだ物だ。
 この部屋を作る時に念じた事は【ダリウスとアルフォンスのみが入れる部屋であり、部屋の状況が保存される部屋】という内容だ。俺はここでダリウスから様々な武器の扱いを学んだ。
 
『魔法使いとの戦いで必要なのはスピードだ。杖を振る暇なんざ与えるな。呪文を唱えられる前に先手を打て』

 俺はベレッタM92FSを手に取った。アメリカ合衆国のマグルの軍隊が正式採用している拳銃だ。複列弾倉で、装弾数は15+1発。口径は9mm。ダブルアクションの機構を備え、精密射撃には向かないものの、連射性に優れている。手入れを怠らない事が条件だが、反動が少なく、信頼を置ける一品だ。
 出会った年のクリスマスに奴がプレゼントしてくれた特殊なガンホルダーに仕舞う。このガンホルダーには三丁までの銃を仕舞う事が出来る上、特殊魔法加工によって、重量は殆ど無い。
 取り出したい時は取り出したい銃を念じればグリップが顔を出す仕組みになっている。ワンテンポ遅れるが、重い装備をジャラジャラ身に着けているよりはずっとマシだ。

「後は、これも必要だな……」

 ドイツのH&K社のMP5。ベレッタと同じく9mmパラベラム弾を使用する。開発は1965年とかなり古いが、今尚人気を誇る理由はクローズドボルト・ローラーロッキングシステムにある。そのシステムにより、MP5登場以前のボルト解放式のSMGとは比べ物にならない命中精度を実現した短機関銃だ。
 当初は費用の高さから評価が低かったのだが、1977年にドイツ赤軍が起こした連続テロ事件【ドイツの秋】の一環であるルフトハンザ航空181便ハイジャック事件を通して一躍人気モデルとなった。犯人を瞬く間に殺害し、人質をほぼ無傷で救出したSAS隊員の活躍はまさにこの銃の性能の高さが故だった。
 装備出来るのは後一丁。俺はグロック19を選んだ。軽量かつ、操作性に優れ、しかも装弾数は15+1発。マニュアルセーフティーを外す手間が掛からない点でいざという時に頼りになる。
 
「これも持って行くか……」

 空間拡張呪文を使った小型バッグに手榴弾と閃光弾を入れる。効果範囲が広いから、仲間が近くに入ると、迂闊に使えないのが欠点だけど、いざという時があるかもしれない。
 軍用ナイフも一本携帯する事にした。南アフリカのカスタムナイフメーカー、クリスリーブ社製の一品。ハンドルからブレードに至るまで、全てがスチール製の為、頑丈さに定評のあるナイフだ。ハンドルは中空になっている為、見た目より軽く、操り易い。
 用意は出来た。そろそろ皆と合流する時間だ。行こう。

 玄関ホールに到着すると、既にメンバーが揃っていた。これから向かうのはリトル・ハングルトン。ユーリィの居場所を探る手掛かりが見つかれば御の字だが、優先すべき目的は別にある。
 
「集まったな」

 二日間、動かなかった理由はただ一つ。

「わしらの負傷も癒えた。ここから反撃を開始するぞ」

 マッドアイを含む闇祓い達の戦線復帰が可能になるのを待っていたのだ。
 ユーリィが攫われた時にリトル・ハングルトンに向かったメンバーは連合の主力メンバーだった。彼らが居ない状況で戦闘になるのを防ぐ為、俺達は二日間待った。
 
「待たせたな」

 父さんが俺の肩に手を置いた。

「ああ、本当に待ち草臥れた。さっさと行こうぜ」
「ああ」

 出発するメンバーは前回、リトル・ハングルトンに向かったメンバーであるマッドアイ、クリス、トンクス、ルーピン、父さんの五人に俺とシリウス、スネイプ、ヘスチア、ディーダラス、マンタンガスを加えた十一人だ。更に別動隊して、ジャスパーもエメリーンと共に動く。
 他の連合のメンバーは半分が魔法省でスクリムジョールの援護に向かい、残りはホグワーツの防衛に専念する。
 三大魔法学校対抗試合が終わった訳では無い為、この学校には今、ボーバトンとダームストラングの生徒が出入りしている。ヴォルデモートがついに動き出したという事は、既に内部に闇の勢力の人間が潜りこんでいる可能性がある。
 警戒を緩めるわけにもいかず、俺達は戦力を分散せざる得なかった。
 ちなみに、ハリー達は留守番だ。その時が来るまではハリーを危険に晒す行為は極力避けるべきという意見に乗っ取り、ハーマイオニーやロン、ネビルはハリーの護衛として付きっ切りになっている。
 みんな、やるべき事を分かっている。だから、俺も俺のやる事に集中する。やるべき事を完遂させていけば、その先に必ずユーリィが待っている。

「では、行くぞ!」

 マッドアイの掛け声と共に俺達はホグワーツの城を出た。
 ホグズミードの村へと向かい、全員で一斉に姿をくらます。俺は父さんと付き添い姿くらましをした。
 そして、俺達はリトル・ハングルトンに足を踏み入れた。
 村は不気味な静けさを漂わせていた。人の気配がしない。マッドアイが近くの家の扉を乱暴に開くと、中は荒らされ放題だった。弄ばれた死体が散らばっている。

「奴らめ、この村の住人を皆殺しにしたのか……」

 これほどの事件だ。マグルの世界でも直ぐに知れ渡ってしまうだろう。
 それでも構わないというわけだ。マグルへの秘匿の原則など無視している。

「魔法界を手中に収めたら、次はマグル支配に乗り出すつもりのようだな」

 マッドアイは家から出ると、リドルの館へと足を向けた。
 少し離れた位置に姿現したのは自分達の存在を相手にアピールする為だ。
 胸がざわつく。命を賭けた戦いはこれまでにも何度も経験して来た。一度は死にかけた。だから、これは緊張や恐怖じゃない。
 俺はガンホルダーからMP5を取り出した。三キロ越えの重量を軽量化の呪文によって反動で銃身が上がらないギリギリまで軽くしている。魔法使いだから出来る反則だ。
 ゆっくりと、辺りを警戒しながら進むと、住宅街を抜けた途端、奴らは現れた。俺達を取り囲むように死喰い人が姿現してくる。取り囲んで一斉に攻撃を開始するつもりなのだろうが、そうはいかない。

――――死ね。

 躊躇いは無かった。撃ったら相手がどうなるか分かった上で俺はトリガーを引いた。
 MP5の優れた点は従来のボルト解放式とは違い、真っ直ぐに弾丸が飛んでいく事だ。フルオートで飛んでいく弾丸は姿現しした死喰い人に襲いかかった。
 9mm口径の弾丸は威力が低く、ロングレンジではあまり役に立たない。だが、この至近距離だ。ボディーアーマーを装着しているわけでも、盾の呪文を展開しているわけでもない隙だらけの魔法使い相手なら効果は覿面だ。
 最初、奴らは何が起きたのか分からないようだった。俺が持っている物が何なのかさえ分かっていなかった。ダリウスは仲間に銃の事を教えていないらしい。
 本当に、奴は何を考えているんだ。

「き、貴様……」

 一瞬、間を置いて、死喰い人達は次々に倒れていく。三十発の弾丸を2秒で撃ち尽くし、倒せたのは四人だ。残りはざっと数えて三十人前後。突然の事態に慄いている今が好機だ。急いでマガジンを取り変える。ダリウスが特に念入りに反復練習するよう命じた動きだ。MP5やグロックのマガジンの入れ替えは瞼を瞑っても出来る。
 ガンホルダーのポケットから飛び出したマガジンを再装填し、再びトリガーを引く。敵が態勢を整える前に殺せるだけ殺す。ユーリィを救う為なら、犯罪者になろうが構わない。邪魔をするなら殺すだけだ。後でアズカバンだろうが、何だろうが入ってやる。

――――死ね。

 撃ちながら、小型バッグに入れた手榴弾を取り出し、敵陣に向かって放り投げた。片手で扱う訓練も十分に積んで来た。
 弾丸を撃ち尽くすと同時に手榴弾が爆発し、死喰い人が何人か死んだ。だが、まだ残っている。奴らも漸く事態が飲み込めたらしく、盾の呪文を展開した。
 一方的な展開はここまでというわけだ。だが、別に盾の呪文が万能な訳じゃない。銃弾や手榴弾の爆風は防げても、奴らの十八番までは防げない。

「アバダ――――」

 死の呪文を唱えようとした瞬間、マッドアイの手が俺の視界を遮った。

「使うな。ソレは消耗が激しい。これは殲滅戦では無いのだぞ」
「そうだ。俺達の目的はあくまで陽動。忘れるな」

 マッドアイと父さんの言葉に舌打ちしながら従った。立っている死喰い人の数は残り十四。まだ、数の上では向こうが有利だ。それに、手榴弾の爆発で致命傷は負ったものの、まだ動いているのが二、三人居る。早々に疲弊している暇は無い。
 MP5をホルダーに戻し、グロックを取り出す。グロックはトリガーを引くだけでセーフティーが解除される。それに、軽くて扱い易い。左手で杖を握りながらでも扱える。

「分かってるさ」

 マッドアイと父さんに適当に返事をしながら俺は生き残りを睨み付けた。どいつもこいつも仮面を被っていて容姿は分からない。もしかしたら、操られているだけの人形も混ざっているかもしれない。
 だが、そんな事はどうでもいい。ユーリィなら、体つきを見れば一目で分かる。それ以外の人間がどんなに死のうが知った事か。
 操られるようなヘマをしたのが悪い。まあ、俺の銃撃に全員がビビッた所を見るに、恐らく全員正気を保った生粋の死喰い人だろうがな。

――――一人残らず殺し尽くしてやる。

 胸のざわつきは歓喜のざわつきだった。
 殺せる。それが純粋に嬉しい。ユーリィの為、ハリーの為、みんなの為。そんな言い訳をするつもりはない。もう、俺はとうの昔に自分の本性を認めている。
 ああ、純粋に人を殺せて嬉しいし、楽しい。銃で死んでいった死喰い人共に対する手応えをもっと味わいたい。
 ここには、たくさん居る。殺していい人間がたくさん居る。
 ユーリィを攫った事への怒りと殺人への愉悦。二つの感情を胸に俺は銃と杖を構えた。

 戦いは長引いた。生き残った死喰い人達は必死に抵抗を始めた為だ。赤や緑の閃光が夜闇を裂き、戦いは激化の一途を辿った。
 俺が更に一人、マッドアイが三人、シリウスとスネイプがそれぞれ二人葬ったが、此方もディーダラスが負傷した。途中でマンタンガスが臆病風に吹かれ、奴らに背を向けて逃げ出そうとした所を追撃され、庇った為だ。
 残る死喰い人が六人になった所で隼の守護霊が現れた。

『なんとか見つけたわ』
「よし、撤退する!」

 マッドアイの掛け声と同時に父さんが俺の手を掴んで姿晦ました。

 次に視界が戻った時には俺はホグズミード村に戻って来ていた。
 直後、俺の周りに次々に仲間達が姿現した。人数が一人増えている。
 マッドアイが死喰い人を一人連れて来ていた。ローブから血が流れている。俺が最初に投げた手榴弾で重傷を負った奴の一人だ。マッドアイが仮面を剥ぐと、驚いた事に、そいつは知っている顔だった。

「最高だな」

 シリウスが喜悦を滲ませた声で言った。
 仮面を剥がされ、グッタリしているのはワームテールだった。

「会いたかったぞ、ピーター。まるで、待ちわびた恋人と再会したかのような気分だ」
「後にしろ。まずはハリーの中の分霊箱の摘出が先だ」

 マッドアイの言葉にシリウスは一瞬表情を歪めたが、ハリーの事を思いだして思い留まった。
 
「そうだな。まずは、じっくり役に立ってもらおうじゃないか。生まれて来た事を後悔させるのは後回しだ」
「では、我輩は準備に取り掛かるとしよう」

 必要な物は揃った。スネイプが去った後、俺達もホグワーツの城に戻った。
 戻る最中、シリウスはワームテールをどう甚振るかで悩み、トンクスやクリスに相談を持ち掛け困らせていた。
 
「アル」

 そんな三人に苦笑していると、父さんが肩を叩いた。

「ん?」
「後で話がある」

 さっきの戦いを褒めようとしてくれている感じじゃない。

「今言えばいいじゃんか」
「いや、しばらく親子の会話をしていなかったからな。少し、落ち着いた場所で話がしたい」
「……んなの、別に今じゃなくても」
「ジェイクが死んだ」

 父さんは低く言った。

「俺もいつ死ぬか分からん。今の内に話をしておきたい」
「……ずりぃぜ。ジェイクの話を持ち出すなんざよ……」
「お前にはユーリィ関連の話題が効果覿面だからな」

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