第十話『大切な幼馴染』

『まる たけ えびす に おし おいけ』

 桜咲家は代々近衛家に仕えてきた神鳴流の旧家だった。彼女の人生は初めから決まっていた。それでいいと思っていた。母に父の事を聞いても教えてはくれなかった。ただ、白い髪と白い眼が疎まれた。白い翼が疎まれた。

『あね さん ろっかく たこ にしき』

 母につれて来られたのは、桜舞い散る京都関西呪術協会の総本山。そこには、未だ髪が肩に掛かる程度で、左目の目尻の少し上辺りにリボンを結んでいる両手に美しい柄の鞠を抱えた桜色の着物を着た近衛木乃香が居た。
 不安と、母親から離される寂しさを抱えていた桜咲刹那は恐る恐る彼女を見た。その時に、直感した。運命の出会いなんて信じてる訳じゃなかった。それでも、木乃香の笑顔は刹那の心を捉えた。自分にあまりにも綺麗な笑みを向けてくれた少女に、刹那は微笑み返した。

『し あや ぶっ たか まつ まん ごじょう』

 綾取りをしていた時の話。

「次はお嬢様の番ですよ」

 良識のある者達はその姿を微笑ましく思った。

「このちゃんでええよ~」

 話せば話すだけ、一緒に居れば居るだけ、刹那にとって木乃香の存在は大きくなった。

「この……ちゃん」
「うんっ!」

 顔を赤くしてもじもじしながら愛称を呼ぶ刹那に、木乃香は満面の笑みを浮べた。その笑顔が余計に好きになった。

『せきだ ちゃらちゃら うおのたな』

 危ない事があったりもした。それでも、それはとても穏やかで楽しい日々だった。

『ろくじょう しちちょう とおりすぎ』

 ある時、二人は映画村で映画の撮影を見学していた。

「寅之助はん!」
「お雪、怪我は無かったか?」
「大丈夫でした……貴方が守ってくれたから」
「お雪……」
「寅之助はん……」
「はーい、カットーッ!」

 時代劇のラストシーン、守った男と守られた女のキスシーンを見ていた二人は顔を赤くしていた。

「はうぅ」

 刹那はあわあわしながら、心臓が破裂しそうな程ドキドキしてしまっていた。けれど、木乃香は顔を輝かせていた。

「大人って仲良いとチューするんやな~♪」
「ええっ!?」

 予想外の木乃香の反応に刹那は目を丸くした。

「せや! 約束しよ」

 すると、木乃香は刹那の瞳をジッと見つめて微笑んだ。

「うちとせっちゃんが大人になっても仲よぉおれたらここでチューすんの」
「大人になっても……?」
「そうや、大事な大事な約束やで~」

『はちじょう こえれば とうじみち』

 ある日の事だった。河原で鞠をついていた時に、木乃香が誤って川に溺れてしまった。鞠が転がって、それを追いかけた木乃香が石に躓いてしまったのだ。刹那は助ける事が出来なかった。

「お前がついていながらなんて事ですか!」

 母親に叱られ、結局は大人に助けられた。その時に刹那は木乃香に誓った。

「このちゃんごめんね……ごめんね……。ウチ、ウチもっと……もっと修行する! このちゃんを何事からも守れるくらいにウチは絶対強うなる!」

『くじょうおおじでとどめさす』

 その時から、刹那は木乃香を“お嬢様”と呼ぶ様になった。あらゆる困難と苦境を切り開ける様に修行をして。だから、目の前が真っ白になったのだ。

「せっちゃんが大事にしてるもの……、それに危険が迫ってるわ。そして……決別……」

 その日、元気や覇気が無く、様子のおかしい明日菜とネギの気を紛らわそうと、得意の占いを披露していた。易占いと呼ばれる占術の一つであり、算木と呼ばれる中国数学などで使われる細長い菜箸程度の長さと細さの板をジャラジャラと両手で握って占うものだ。

「そ、そんな……」

 わなわなと震えながら首を振り、刹那は椅子から崩れ落ちた。

「け、決別……?」

 真っ白になって床に倒れ込む刹那に、木乃香は慌てた。

「ご、ごめんなせっちゃん。でもこれ占いやから……」
「そ、そうですよ、元気を出して下さい」

 ネギが膝をついて刹那を助け起そうとするが、体格が違い過ぎてどれだけ頑張っても起す事が出来なかった。

「大事なもの……そんなっ、私にとって大事なものとは木乃香お嬢様以外考えられません……」

 刹那の脳裏に、何故か少しエッチなポーズを取ったり、水に濡れて服が透けていたり、フリフリの可愛らしい服を着てブリっ子ポーズを取っている木乃香の姿が大量に渦巻いた。

「その木乃香お嬢様が危険!? 決別ううううぅぅぅぅううう!?」

 頭を抱えて叫んでいる刹那に若干引きながら、明日菜は敢えて刹那を視線から逸らした。

「そ、そうだ~、ネギも占って貰えば?」
「え、私もですか?」

 ネギはチラリとブツブツ呟きながら何か危険なオーラを放っている刹那を見ながら顔を引き攣らせた。

「そ、そう言えば、木乃香さんの占術は珍しいですね。タロットや水晶とは大分違いますし」

 何とか話を逸らそうと、ネギは慌てて木乃香の手にある算木を指差した。

「易学とは、中国四千年の歴史があり、自然科学と様々な学問が組み合わさった易経に基づく占いの学問です。その理論に乗っ取り、算木と筮竹などを使い、吉凶を占うのが易占いというものです」
「ゆ、ゆえ吉。ウチよりも詳しい……」

 説明しようと口を開いた木乃香よりも先に、一緒に木乃香の席の回りに集まっていた図書館探検部の三人組の一人、綾瀬夕映がスラスラと易占いの解説をして、木乃香は無念そうに肩を落とした。

「そ、そうなんですか。アーニャに見せて上げたいな……」
「アーニャさん?」
「おっ! ネギっちのお友達~?」

 ネギは苦笑いを浮べながら、ロンドンで占いの修行をしている筈のアーニャを思いだした。図書館探検部の宮崎のどかが首を傾げると、同じく図書館探検部の早乙女ハルナが興味深そうに耳を傾けた。

「ハイ、私の幼馴染の女の子なんですけど。いっつもツンツンツンツンしてる元気な子です」
「イギリスのご友人なのですか?」
「ええ、向こうの学校のクラスメイトで」

 夕映が問い掛けると、ネギはアーニャを思い出して少しだけイギリスが恋しくなった。

「それはそうとさ」

 不意に、ハルナがネギの肩を抑えて木乃香の席の前の椅子に座らせた。

「とりあえず占って貰いなよ。ネギっちの場合はどんな結果が出るのか興味あるし」
「えっと……」

 ハルナの言葉に、ネギは未だにブツブツと何かを呟いている刹那を見て顔を引き攣らせた。

「だ、大丈夫やって。所詮は占いやもん」

 冷や汗を流しながら弁解する木乃香の後ろから明日菜はむむむと唸った。

「でもさ、木乃香の占いって実際当るわよ? この前も明日は快晴って天気予報で言ってたのに雨だって占いの結果が出て、本当に雨になっちゃったし。他にも色々……」
「や、やっぱり私は……」

 そろ~っと椅子から立ち上がろうとするネギの肩をムフフとハルナは抑えつけた。

「いやいや、占いなんだから、悪い事が出たら回避する様に心掛ければいいのよ」

 そのハルナの言葉に、刹那の体がビクリと震えた。

「わ、分かりました。ど、どんと来いです木乃香さん!」

 精一杯の気合を入れて、まるで真剣勝負の様にムムムと木乃香を見つめるネギに、木乃香は困った様な笑みを浮べながら占いを始めた。

「当るも八卦! 当らぬも八卦~!」

 ジャラジャラと算木を振る木乃香に、明日菜は「この掛け声聞くとなんか不安になるのよね……」と苦笑いをしていた。

「むむっ! ネギちゃんの未来は!!」
「未来は!?」

 周りを取り囲む少女達が声を揃える。

「お……」
「おっ!?」
「男の子が見えるで!」

 ビシッ! という音を立てて空気が凍った。ネギは額からダラダラと嫌な汗を流した。

『ど、どうしようカモ君。もしかして私が男ってバレちゃったり……』
『いや、易占いに関してそこまで詳しい訳じゃ無いッスけど、あそこまでてきとうな方法じゃ占える訳が……』

 焦っているネギにカモはうむむと首を傾げている。元々、易占いは50本の筮竹を用いて、専用の占具も必要なのだが、木乃香の場合は本数もてきとうで占具も使っていない。挙句にあの呪文では占いなど出来る筈が無い。
 仮にネギの正体を言い当てているとすると、それはそれで疑問が残る。カモはネギのポケットから顔を出しながら難しい表情をした。明日菜達は男の子が見えるという言葉に、即座に『彼氏っ!?』と心の中で叫んでいた。
 ここに居る少女達は誰一人浮いた話の一つも無い乙女ばかりだ。ネギに男の子の影が見えたという事に好奇心を抑えきる事など不可能に近い。目を輝かせて明日菜が木乃香に詰め寄った。

「なになになに? ネギに男の子が見えるってどんな子よ?」

 目を爛々と輝かせている明日菜に木乃香は冷たい汗を流しながら意識を集中させた。

「あかん、イメージが崩れてしもうた……。黒髪のネギちゃんより少し高いくらいの背やったで?」
「ありゃりゃ。もしかして私のせい?」
「明日菜のアホーッ! 折角未来のネギっちの彼氏候補がどんな子か分かる所だったのに~~!!」
「惜しかったです……」
「う~ん、特ダネっぽかったんだけどな~」

 木乃香の言っていたのが自分の事では無かった事に安堵したネギは、明日菜達の言葉に顔を引き攣らせた。正体がバレなかったのはいいが、さすがに彼氏なんて冗談じゃない。
 それでふと、黒髪の少年というワードに首を傾げた。

「黒髪の少年?」

 ネギにも友達は少なからず居る。だが、メルディアナの生徒達は金髪が多かったし、黒髪の生徒も居たがそこまで接点は無かった。日本からの留学生も居たが、彼は染めていて傷んだ金髪にしていた。なんでも、疎外感を感じて無理矢理染めたらしく、ネギやアーニャは同情を隠せなかった。そんな訳で、黒髪の少年と言われてもピンと来なかったのである。

「ネギっち、黒髪の少年って心当たりとかある?」

 和美はそれとなくネギに問い掛けるが、ネギも不思議そうな顔で首を振った。

「前の学校にも黒髪の人は居ましたけど、あまり接点は無かったんです。日本人で、ここに来る前に日本語を教わった留学生の友人も金髪でしたし」
「え? 日本人なのに金髪なの?」
「ええ、何でも疎外感を感じるからって、無理矢理染めたらしくて」
「そ、そうなんだ……」

 和美は苦笑いを浮べた。

「木乃香、他に何か見えなかったの?」

 明日菜が聞くが、木乃香は首を振った。

「なんや、ネギちゃんの周りに霧が掛かってるみたいでうまく見えないんよ。微かに見えたんが、黒髪の男の子だけやったんや」
「むむむ、その男の子が気になるわね」

 ハルナは触覚の様に跳ねた髪をピクピク動かしながら言った。

「ですが、ネギさんに心当たりが無い以上調べようが無いのですよ」

 夕映が至極当たり前の事を言いながら“味噌汁ソーダ”という、どう考えてもおいしくなさそうなジュースを飲んでいると、和美達も「そりゃそうだ」と呆気なく引き下がった。
 ハルナだけは未だ気になっているようだが、好奇心旺盛な筈の和美も、意外なほど気にしている素振りがなかった。基本的にジャーナリストとして現実主義の和美は占いをノリで楽しむ事はあっても、そこまで信じていないというのが真実なのだが。

「ってあれ? 桜咲さんは?」

 明日菜はさっきまで刹那がブツブツ独り言を言っていた場所に刹那の姿が無いので首を傾げていると、のどかがボソボソと答えた。

「その……さっき『私がお嬢様を必ずやお守りしてみせます~~!!』って叫びながら飛び出して行きました」
「せっちゃん……」
「桜咲さんって時々ハジけるよね」
「銃刀法を気にしないあたり、元からハジけてると思うです」
「あれは一応許可貰ってるらしいよ?」
「和美が言うならそうなんだろうね~って、中学生が貰えるもんなの? それ……」
「桜咲さん、不思議な人です……」

 思い思いに勝手な事を言う少女達に、ネギは何と言っていいか分からずに苦笑いを浮べながら木乃香の片付けの手伝いをした。

『覚悟を決める時が来たッスね』

 今は部屋のケージの中でペット用の運動器具で運動をしているカモから冷酷な言葉が浴びせられる。

『カ、カモ君。だって私男……』

 焦って声が震えているネギは、今現在、明日菜達に連れられて大浴場に向かっていた。ちなみに、屋上にある大浴場とは違う一階奥にある『麻帆良COOP涼風』という大浴場だ。
 結局占いでネギと明日菜の気を晴らそう作戦があまり上手くいかなかったので、強硬手段を和美達がとったのだ。さすがに涙目で和美に懇願されては堪らず、演劇部にスカウトされても問題無いような演技力に騙されたネギは、頷いてしまったのだ。

『ヨッホッと、俺っちにゃさすがに出来る事はありやせん。開き直るが吉ッスよ』
『見捨てないで~!』
『見捨て!? いやいや、オコジョ聞き悪い事言わないで欲しいッスよ……』
『ごめん……じゃなくて! 助けてよ!』
『んな事言われても……。頷いちまったのは姉貴なんスよ? 自分の責任は自分で果たしてくだせえ』
『にゃっ!? カ、カモ君……?』

 いきなりバッサリと冷たく斬り捨てられ、ネギはビクッと肩を揺らしてのどかに「大丈夫ですか?」と心配されて「大丈夫です……」と声が震えない様に頑張らないといけなかった。

『いいッスか? 姉貴も魔法世界的にはもう完全に子供扱いって訳にゃいかねえんス。自己責任って言葉をこの機会に胸に刻んでくだせえ』

 あまりにも冷たい言葉に、ネギは納得がいかなかった。

『ど、どうしてそんな……酷いよ!』
『俺っちは姉貴をこの修行期間中甘やかす為に来た訳じゃ無いんスよ? そこんとこ勘違いして貰っちゃ困るッス。今、姉貴や明日菜の姉さんの修行プランを考えてるんスから、そのくらいは自分でどうにかしてくだせえ』

 そう言い放つと、カモは強制的に念話のラインを遮断してしまった。カモに冷たく突き放され、ネギはショックを受けて呆然としていると、一行は大浴場に到着した。

 その頃、突き放したカモは胸を押えながら震えていた。

「ざ、罪悪感がヒシヒシと……」

 ネギに言ったのは真実ではあるが、それでもネギに冷たい事を言ってしまった事に自己嫌悪しながらカモは溜息を吐いた。実際、カモがネギについて来たのは別に甘やかす為ではない。戦闘や修行などに関してのアドバイザーとしてネカネに任されたのである。日常生活に於いては最低限のアドバイスはするが、それ以上何でもかんでも助け舟を出しているとネギが成長出来ないので、自分の責任は自分で取らせるという方針をとったのだが、胸がチクチク痛んでしまうのはどうにかならないか? とカモは再び溜息を吐いた。

「大体、明日は体育があって同じ部屋で着替えるんスから……」

 自分のやった事に間違いは無いのだ! そう、何度も何度も自分に言い聞かせながら、カモは用意しておいた濡れたハンカチで運動して火照った体を冷やすと、近くに敷いておいた紙に考えた修行プランを書き込んでいた。

「姉貴に加えて姉さんの分も考えないといけないってのが辛いぜ。エヴァンジェリンに全般的に任せても問題は無さそうだが……。とんでもない無茶させられて廃人にされたら堪んないしな。木乃香の姉さんも、今の内から修行プランを練っておいた方が……」

 独りでブツブツ呟きながら、カモは熱心にネギや明日菜の修行プランの作成に精を出した。

「今度、タカミチの野郎とエヴァンジェリンと席を設ける必要がありそうだな。エヴァンジェリンの野郎はタカミチに頼むか……」

 カモが頭を悩ませている間、ネギは精神的に悩んでいた。目の前では次々に少女達が服を脱いでいく。別に欲情する事も無く、顔を赤くする様な事も無いのだが、倫理的な面で悩んでいると、ネギは段々気が滅入る思いだった。
 基本的に、ネギの体は意外と肉付きが良かった。元々、ネギを女体化させている薬は“使用者が女性として生まれた場合”の肉体に変化させるのだ。年齢詐称薬の様な幻術では無く、体の仕組みそのものを変化させるので、最初は違和感が酷く、何度か気分が悪くなって吐いた事もあった。胸の大きさも意外に掴もうと思ったら掴めてしまう程あり、加えてネカネがお風呂に一緒に入る事が昔から多かったので、女性の体には別に感慨も何も無いのだ。
 ただ、見てはいけないモノであるから、それを見てしまう事が良心を酷く苛ませるのだ。やがて、諦めた様にネギはノロノロと制服のブレザーのボタンを外し始めた。ワイシャツのリボンを外してスカートのホックを外して脱ぐと、ワイシャツのボタンを外している時に不意に視線を感じて振り向くと、史伽と風香が突然泣き出した。

「うえええええん!!」
「あんまりです~~~~!!」
「へ?」

 いきなり史伽と風香が泣きながら脱衣場を出て行くと、ネギは目を白黒させた。

「ひゃぅっ!?」
「この感触……B?」
「うそ!?」

 いきなり和美はネギの背中に回り込むと胸を揉むと、その感触から戦慄の表情を浮べながら呟いた。トップバストとアンダーバストとの間の差を和美のゴッドハンドが測定した結果10.6cm。実の所、ネギの背が低いというのはつまり一般的な日本の中学二年生の明日菜達から見ればであり、英国生まれで食事も毎日豪勢だったネギの身長は実は夕映や史伽、風香よりも高く、大体日本の小学六年生の男子と同じ程度の身長がある。
 数えて10歳でおかしいとも思えるが、大きさもほどよく、日本人には少ないネギの円錐型のバストは、胸の大きくない少女達に敗北感を与えたが、そこで明日菜は愕然とした表情を浮べた。それは、ネギがブラジャーでは無く、普通の子供用のランニングを着ている事だった。

「ちょっ! アンタ、ブラジャーしてないの!?」
「んっ……はぁ。ふぇ?」

 和美にムニムニと胸を揉まれて言い知れぬ感覚に目を丸くしていたネギは明日菜の驚愕の叫びに、我に返った。

「って、か、和美さん! やめてくだ……うひゃん!」
「うへへ、いいではないかいいではないか~」
「やめなさいって!」

 ネギの反応が楽しくて悪ノリしだして、左手で胸を揉み、右手をソロッと下腹部に移動させようとした時に、明日菜が和美の頭を叩いてネギから離した。

「にゃはは、ごめんねネギっち」

 すぐさま明日菜の影に隠れて子犬の様に目を潤ませて和美を警戒するネギに、和美は言い知れぬ快感を覚えたが、嫌われたくはないので素直に謝った。

「でさ、アンタってブラジャー着けないの?」
「ブ、ブラジャーですか……」

 ネギはあまりブラジャーというのが好きではなかった。ネカネがサイズを測って買って来た事があるのだが、恥しさよりも胸の圧迫感が不快だったのだ。嫌がるネギに、胸の形が崩れたら問題だとネカネは何度も説得したが、すぐに外して放り出してしまうネギに諦めてしまったのだ。

「その……あんまり好きじゃなくて……」
「いや、好きじゃないから着けないってもんじゃないでしょ」

 基本的にブラジャーが無ければ動き難いし、形も崩れたりと問題だらけだ。明日菜はネギの頬を抓った。

「いいから、アンタの大きさだと着けないと拙いのよ! アンタ持ってないの?」
「えっと、お姉ちゃんは荷物に入れてたんですけど、重たくなるし着けないしと思って出して持って来なかったので……」
「アホかあああ!!」
「うにゃん!?」

 明日菜は両手を振り上げて怒鳴った。

「何でブラジャーで荷物が重くなるのよ!? 明日買いに行くわよ! んで、命令! ちゃんと着けなさい! わ・か・た・わ・ね?」

 明日菜は凄い形相でネギに一言ずつ区切って言った。
 裸の明日菜が下着姿のネギを脅しているのはかなり珍妙な姿だったがさすがに明日菜の言い分が正しいので敢えて誰も突っ込まなかった。

「で、でも……」
「でもじゃない! そうね、アンタこの前私を裏の世界に巻き込んだわよね? その謝罪として受け入れなさい。それとも、巻き込んでおいて何にも責任無いとか言わないわよね?」

 小声で他の人に聞こえない様に呟くと、ネギは顔を青褪めさせながらも、言い返すことが出来ずに「ひゃい……」と頷いた。かなり悪質な手段だったが、事が事なので明日菜は心を鬼にした。心の中で良心がチクチク痛んだが、ネギの為と思って拳を握り締めて顔に出さない様に頑張るのはかなりの苦行だった。
「んじゃ、お風呂入るわよ! さっさと下着脱ぎなさい!」
 そう叫ぶと、明日菜はネギのランニングとパンツを無理矢理脱がした。

「キャ~~ッ!」

 普通の女の子の様に叫ぶネギを無視して、良心の痛みを誤魔化す様に、ちょっとネギに仕返しする様に、明日菜は右手でネギを抱えると脱衣場をでて大浴場に入って行った。

 三分程度体温と同じ程度の温度に設定したシャワーで湯洗をして、長い髪の毛を纏めると体を洗ってネギ達は湯船に入った。湯船に浸かると血行が良くなって毛穴が開いてシャンプー時に汚れが落ちやすくなるのだ。
 いつの間にかクラスメイトの半数以上が入って来て、思い思いに髪の毛を纏めて湯船で汚れと一緒に疲れも落としていた。

「それにしても広いお風呂ですね」

 キョロキョロしながら広すぎる浴場内を眺めるネギに「せやろ~」と木乃香が得意気に口を開いた。

「うちの学校自慢の大浴場なんやで」
「いい湯でござる~」

 ネギのすぐ隣では楓が細い目を更に細めて頭にタオルを置いてゆったりしている。遠くでは史伽や風香が湯船に飛び込み、あやかに怒られているのが見える。ネギは少し離れた場所で夏美と一緒にお喋りをしている那波千鶴の大きな胸を見て、自分の胸と比べて何となく感心していると、明日菜に叩かれた。

「な、なんですか!?」
「アンタはその大きさでいいんだから、那波さんと比べるな! 変に胸の大きくなる体操なんかすると折角の形が崩れちゃうんだからね?」
「く、比べてなんかないですよ!」

 さすがに胸の大きさで張り合おうとしたなんて思われるのは色々な意味で嫌なのでネギは頬を膨らませて文句を言ったが、明日菜はクスクス笑うだけだった。

「んじゃ、そろそろ髪の毛洗いましょ」

 薄っすらと汗が出て来たタイミングで明日菜が提案してきたので、ネギは頷くと湯船から出た。丁度その時、大浴場の扉が開いて刹那が入って来た。その手には何故か夕凪が握られた状態だった。

「せっちゃん、なして刀持ってるんや?」
「お嬢様はお気になさらずに」

 さすがに木乃香がツッコミを入れると、刹那は木乃香に近づく全てに目を光らせながら夕凪をいつでも抜刀出来る状態にした。

「刹那さん、相変わらずのハジケっぷりね」

 生え際からツムジに掛けて、頭皮ごと小刻みに振動させてシャンプーを髪に馴染ませながら、明日菜はチラリと薄目を開けて警戒心全開の刹那を見ながら横で長い髪の毛にシャンプーを馴染ませているネギに言った。

「うう、私シャンプー中は目が開けられないんですぅ」
「眼を離せないわ……」
「ふえ?」

 明日菜は木乃香の占いに出て来た黒髪の少年の事を思い出して頭を悩ませた。マッサージをしながらシャワーでシャンプーをゆっくり時間を掛けながら濯いでいると、ネギはタオルを取ろうと鏡の前で段差になっているシャンプーや石鹸などが置いてある場所に手を伸ばした。
 カタンと音を立てて石鹸が金属製の石鹸置きごと落ちてしまった。目を瞑ったままタオルを手探りで探していて誤って落としてしまったのだ。キュルキュルと落ちた石鹸が滑り、何とかタオルを掴んだネギが顔を拭くと、背後からスパンッ! という音が聞こえた。

「ほえ?」

 振り向くと、凄い勢いで真っ二つになった石鹸がネギの顔面目掛けて飛んできていた。

「ヒィ!?」

 咄嗟に目を閉じると、目の前でパシンという音が聞こえた。恐る恐る目を開けると、明日菜が右手のタオルで顔を拭きながら左手でネギの目の前で石鹸を掴み取っていた。

「あ、ありがとうございます」

 顔も向けずに飛んできた石鹸をキャッチした明日菜にネギは驚きながら礼を言った。

「別に、それより! 桜咲さん、危ないから斬るにしても方向考えてよね? てか、どうしたのそんなに殺気立って……」
「お見事です。ですが、お嬢様に危害を加える者は須らくを排除します」
「いや、別にネギが木乃香に危害加えようとした訳じゃ無いでしょ」

 呆れた様に夕凪を納める刹那に髪を優しく拭きながら言った。

「せやでせっちゃん。今日はなんか厳重やね? ウチは大丈夫やて」
「……お嬢様、お背中をお流しします」
「う、うん」

 どこか思い詰めた様に木乃香を鏡の前に座らせる刹那に木乃香は心配そうに見つめた。

「桜咲さん、なんだかいつも以上にピッタリですね」
「占いのせいでしょうか?」
「あ、本屋ちゃん」

 ネギが木乃香の背中を洗っている刹那を見ながら呟くと、いつの間にか隣で髪を洗っていたのどかが髪を拭きながら呟いた。

「占い? あ、そっか! 刹那さんの占い結果って大事なものが無くなるだっけ? なるほどね~」

 ニヤニヤしながら視線を向ける明日菜に、刹那はビクッとすると、夕凪を抜刀しようとして木乃香に止められた。

「あ、明日菜さん……」
「ごめんごめん」

 ネギが嗜めると明日菜は刹那に片手を上げて謝った。

 それからの数日、刹那の奇行は更に増えた。ある時、あやかが実家から届けられた最高級のメロンをお裾分けに来た時には、包丁をメロンと一緒にお盆に乗せていたからと部屋から叩き出し、木乃香に借りていた『ゾンビライダー(婿養子編)』全20巻を夏美が返しに来た時に転んでしまい、木乃香に分厚い本が降り注いだ時はその全てを切り裂いた。

「ウ、ウチの婿養子が……」

 バラバラに引き裂かれた『ゾンビライダー(婿養子編)』全20巻が降り注ぐ中、夏美は恐怖のあまり涙目になり、一緒に居た千鶴が慰め、明日菜とネギは唖然とし、木乃香は自分の本がバラバラになって顔を引き攣らせた。
 そして、極めつけはある夜の事だった。

「ウチ、ちょっとお手洗い~」

 ここ最近ずっと付き纏う刹那に若干ウンザリしていた木乃香はトイレに入ってスカートを下ろし、便座に座ると溜息を吐いた。

「さすがにせっちゃんもココまでは追って来ないやろ……」

 刹那の事は嫌いではなく、むしろ大好きな部類に入るのだが、さすがにキツかった。大きく溜息を吐いた木乃香は、不意に視線を感じて顔を上げた。そこには、小さな袴胴着姿の刹那がニコニコ笑みを浮べながら浮いていた。

「私は式神でお嬢様との連絡係をさせていただきます“ちびせつな”とお呼び下さい。お嬢様の安全の為に参りました」

 ちびせつなは少し頭悪いですが~、と言いながらニッコリと微笑んだ。

「ですからお嬢様、私の事はお気になさらずに……ふえ?」

 その言いながら、ちびせつなは鼻に痛みを感じた。立ち上がった木乃香がプルプルと震えながらちびせつなの鼻を抓んでいたのだ。

「せっちゃん!!」

 木乃香は怒りに震えながらドカドカとトイレから出て来た。

「もー、せっちゃん! なんでいつも以上にぴったりなん?」
「木乃香さん?」
「ちょっと、どうしたの?」

 普段見た事も無い程怒っている木乃香にジュースを飲みながらネギのランジェリーをカタログで探していたネギと明日菜は驚いた。ちなみに、大浴場での一件以降、刹那がぴったりと“夕凪を持ったまま”木乃香に付き纏うので、下手に商店街を歩けず、ネギはそれ幸いに下着を買いに行くのを先延ばしにしているのだ。
 それでも、部屋にあったランジェリーの雑誌でどんなのがいいか明日菜が執拗に聞いてくるので仕方なく見ているのだが子供っぽいのからアダルトな物まで何でも載っていて、さすがにネギも直視しずらく中々決まらずにいた。

「いえ、私はお嬢様をお守りするのが役目……」

 刹那は木乃香の怒鳴り声に動揺しながら言うと、ハッとなった。木乃香が更に強く震えだしたのだ。

「せっちゃん、なんでいつもそうなん? お嬢様とか、家とか、もう沢山や! もう、ウチの事はほっといて!」

 刹那は目を見開いた。心の底まで木乃香の声が響き、カタカタと歯を鳴らした。

「そ、そんな、私は……すみません、お嬢様!」

 木乃香の拒絶の言葉に耐えられず、刹那は部屋から飛び出してしまった。

「ネギ、ちょっと追い掛けて。木乃香は私が話すから」

 咄嗟に、明日菜はネギに声を掛けると、ネギはすぐに頷いて刹那を追いかけた。

「刹那さん!」

 ネギが出て行くと、明日菜は小さく息を吐いた。

「木乃香、桜咲さんもやりすぎだけど、らしくないよ?」
「………………」

 反応しない木乃香に、ヤレヤレといった感じに明日菜は苦笑を漏らした。

「ちょっと、歩こうか」

 言って明日菜は木乃香を連れ出した。

 ネギは寮から少し離れた場所で木に向かって項垂れている刹那を発見した。

「刹那さん……。気にしなくても大丈夫ですよ。木乃香さんが本気で言ったんじゃないって、分かってるんですよね?」

 いつも冷静沈着な刹那のあまりの取り乱しように、ネギは少し驚いていたが、眼を細めて諭すように言った。

「分かってます、そんな事。お嬢様とは……幼少の頃から一緒だったんですから……」

 震える声で、刹那は口を開いた。

「幼馴染だったんですね」
「桜咲家は近衛家に仕えてきた神鳴流の旧家だったのです」
「神鳴流……ですか?」
「ええ、ネギさんが魔法使いなのは知っていますのでお話しますね。神鳴流は言ってみれば日本の刀を握る魔術師の一派なんです」
「日本の魔術師ですか!?」

 自分が魔法使いだとバレている事に驚いたが、それ以上に日本の魔術師についての興味が勝った。

「ええ、古来より伝わる神道や陰陽道と言った東洋魔術と剣術が合わさった流派の一つです」
「刹那さんは木乃香さんを護ってきたんですね。その、神鳴流で」

 刹那とネギは歩き出しながら話した。刹那の昔話をネギが只管聞くという感じだったが、ネギは刹那の話を聞く内に心が温かくなった。刹那は本当に木乃香の事を大切に思い、護って来たのだと分かったから。

「川から他の神鳴流に助けられた時、私は心に誓ったんです。絶対にこのちゃんを守り抜くと」
「刹那さんは、木乃香さんの“騎士(ナイト)”みたいですね」
「そんなかっこいいものでは……」
「でも、それだけ強く思いを貫けるなんて……、刹那さんはとても強い人ですよ」

 ニッコリと笑みを浮べながら言うネギに、刹那は柔らかな笑みを浮べた。

「ありがとうございますネギさん」

 その頃、明日菜と木乃香は寮の近くの公園のベンチでジュースを飲みながら話していた。

「大丈夫?」

 俯いている木乃香に、明日菜が声を掛けた。

「ウチ、言い過ぎてしもうたかもしれへんな……」
「木乃香……。アンタ、本当は桜咲さんにお嬢様って呼ばれるのが嫌だったんでしょ?」

 クスッと笑いながら明日菜は片目を閉じながら木乃香に言った。

「ちゃんと名前で呼んで欲しいわよね。だって、親友なんだもんね。心配しなくても、桜咲さんなら大丈夫よ。きっと……でしょ?」
「明日菜には敵わへんなぁ、――ウチ謝らんとあかんね」
「ん! じゃあ探しに行こうか」
「うん……あっ! でも、その前に」
「?」

 ベンチから立ち上がると、木乃香は近くの木に向かって声を掛けた。

「ちびせつなちゃん! もう怒ってへんから出てきーっ!」

 すると、木の影から三体のちびせつながひょっこり出て来た。

「何この可愛い生き物……」
「ちびせつなちゃんや。よう分からへんけど……三体も居たんやね……」
「どうもすみません」
「すみません」
「すみません……」

 三体のちびせつなは口々に頭を下げると、明日菜は呆れた様に頬を掻いた。

「そりゃ木乃香も怒るわよね……。まさかここまでついて来てたとは……」
「もうええから気にせんでええよ」

 苦笑混じりにちびせつな達を撫でる木乃香にちびせつな達は顔を輝かせた。瞬間、突然背後から唐突にナニカが飛び出した。

「な、何!?」

「刹那さんはそれで腕が立つんですね」

 刹那とネギも木乃香達の居るベンチからは離れた同じ公園内の大きなオブジェの前に座りながら話していた。

「神鳴流は極めれば完全無欠最強無敵の流派です。神鳴流最強と謳われる青山姉妹の妹は“ひな”という神鳴流全体を滅ぼしかけた妖刀を調伏して従えたそうです。姉の鶴子はそれこそ伝説クラスの英雄とさえ比肩する腕だとか……。このちゃ……お嬢様のお父上、関西呪術協会の長、近衛詠春様などは彼の英雄サウザンドマスターと同じパーティーだったとも聞いています」
「え……?」
「でも、私などまだまだ。もっと強くならなければ……大切な人を守れるほどに!」
「!」

 ネギは目を見開いた。刹那の話には今直ぐ問い質したい内容がかなり含まれていたが、それ以上に、刹那の決意にネギは心を動かされる何かが宿っていた。

「っと、すみません。先程から私事ばかりで……」
「いいえ、全然です」
「ネギさんは、どうですか?」
「え?」
「何か、目指しているモノや、護りたい人はいますか?」

 刹那の問い掛けに、ネギはネカネやアーニャ、メルディアナの友達を思い出した。そして、父の事を……。

「護りたい人はいっぱい居ます。それに、目指しているモノもあります」
「どんな?」
「私のお父さんも、とても強い人だったそうです。世の中の困った人を助ける仕事をしていて……。だから、私もそんなお父さんの様になりたいんです。大切な人を護れる人に……。きっと、私はお父さんみたいに皆を助ける事は出来ないかもしれません。それでも、目に見える……特に大事な人達を護れるように強くなりたいです」

 そう語るネギの横顔を見て、刹那はクスリと微笑んだ。

「私達は案外似た者同士かもしれませんね」
「ハハッ、そうかもですね」

 ネギが笑みを浮べる刹那につられて笑みを浮かた途端、突然遠くから大きな音がした。

「抜刀!」
「メア・ウィルガ!」

 同時に、ネギと刹那は立ち上がった。刹那は夕凪を抜刀し、ネギは部屋に置いてある杖を呼んだ。カモが開いた窓から飛び出す杖を待たずに走り出すと、視線の先に巨大な物体を捉えた。

「あれは!」
「木!?」

 遠くに見えるのは巨大な木だった。刹那に“ちびせつな”から、ネギには明日菜から念話が届いた。

「木乃香さんが!?」
「お嬢様が!?」

 届けられた念話の内容は、“木乃香が巨大な木に囚われた”というものだった。走るのさえもどかしい。お嬢様の下まで飛んでいければ……。そう、刹那は歯軋りをした。

「私はまた、またお嬢様を危険に! あの時も、吸血鬼の時だって……後から高畑先生に聞いた。護ると誓ったのに!」

 必死の形相で走る刹那は不意にハッとなった。

「まさか……あの占いはっ!?」

 今朝、木乃香が占った言葉が脳裏に甦った。『せっちゃんが大事にしてるもの……、それに危険が迫ってるわ。そして……』という占いを。

「けつ……べつ……?」
「まだです!」
「――――ッ!?」

 立ち止まりかけた刹那に、ネギが叫んだ。

「まだ、間に合います! きっと、だから諦めないで下さい! こんな所で立ち止まっても何も意味は無いです。未来は決まってません。嫌な未来なんてぶち壊して、もっと良い未来を掴みましょう! だって、刹那さんの思いはこんな事に絶対負けないくらい強いから!」
「――――ッ! 馬鹿でしたね……私は。決別するとしても、あんな訳の分からない木なんかにこのちゃんはやらない!」
「来たっ!」

 ネギは後ろから飛来した杖を確認して跳び上がった。杖の上に立ち、杖の速度を上げる。刹那はその姿を見て、雄叫びを上げた。

「例え、このちゃんに嫌われても構わない! ウチは、このちゃんを護る!」

 刹那は瞳を閉じた。瞬間、刹那の背中から真っ白な光を放つ翼が生えた。右手に握る夕凪を左手に握る鞘に納め、大きく目を開いた。

「このちゃん!」

 強く大地を蹴り、一気に夜天に飛び上がると、先を行くネギに追いついた。

「刹那さん!? その羽……」
「気味が悪いでしょうが、今は一刻を争います。今だけは一緒に……」
「気味が悪い? どうしてですか? 凄く綺麗ですよ!」
「――――ッ!? 全く、貴女は不思議な人ですね。こんな物が生えた私が綺麗ですか?」
「そうですよ、刹那さん。きっと、明日菜さんや木乃香さんだって同じ事を思いますよ!」

 ネギの言葉に目を丸くすると、苦笑した。何て事は無い、木乃香にすら隠していた一族や神鳴流の中でさえ疎まれた自分をこうも呆気無く受け入れるネギも、そして、同じくらい呆気無く受け入れるだろうと想像出来てしまった木乃香や明日菜……そして自分自身に苦笑した。

「ああ……なんて馬鹿らしい。力を貸してください。私は、このちゃんと決別なんてしたくありません!」
「勿論です。一緒に助けましょう。私だけじゃない、あそこには明日菜さんも居ます。みんなで助けましょう!」
「そう言えば、高畑先生に聞きました。明日菜さんはエヴァンジェリンの従者の茶々丸さんと互角だったそうですね。ああ、なんて心強い」

 小さな事に拘っていたのが本当に馬鹿らしく思えてくる。刹那は自嘲しながら鞘に納まったままの夕凪に気を纏わせた。視界の先で、ちびせつなが消え去り、明日菜が木乃香を助けようと仮契約のカードを構えていたが、木は枝を明日菜に振り落とそうとしていた。

「ネギさん!」
「ハイッ! 刹那さんは木乃香さんを!」

 お互いにタイムラグ無しに分かれた。お互いが助けるべき相手の下へ。

「ラス・テル マ・スキル マギステル! 吹け、一陣の風……」
「神鳴流・飛燕抜刀霞……」

 刹那は木乃香に向かいながら夕凪に手を掛け、ネギは杖に魔力を集中させた。右手だけで杖にぶらさがり、明日菜の下へ。

「『風花・風塵乱舞』!」
「斬り!」

 刹那は木乃香に纏わり付く木の蔦を切り裂き、ネギは明日菜に振り落とされる枝を風の魔法で吹き飛ばした。

「遅いじゃないの」
「お待たせしました」

 ニヤリと笑みを浮べながら言う明日菜に、ネギは振り返らずに微笑んだ。

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