第七話『戦いを経て』

 木乃香とネギは麻帆良の冬の制服の他に暖かそうなマフラーと手袋を着けているが、それでも吐いた息が直ぐに真っ白な靄になってしまう今日の寒さにはあまり意味を為さなかった。手袋の下の手は冷たく冷え切ってしまい、足の指は感覚が麻痺している気がする。
 ネギの肩にはペットに扮している、オコジョ妖精のアルベール・カモミールがキョロキョロと首を振って居るが、時折変に首を振ったり、頷いているみたいに首を上下させる。
 傍目には、落ち着きの無いオコジョだが、実の所口を開いていないにも関らず、ここに居る三人と一匹の内の一人を除いて、しっかりと会話しているのだ。
 魔法使いのネギと、オコジョ妖精のカモ、それに昨日からファンタジーの世界に踏み込んだ少女、明日菜の三人は、念話という特殊な技術を使って心の中で会話しているのだ。
 明日菜は魔法使いの事をしったばかりの素人だ。時々ファンタジーに関っていない木乃香が話しかけると、その度に挙動不審になり、木乃香は心配そうに見ている。逆に念話と同時進行で何かをする事になれているネギは自然に木乃香とも会話を楽しんでいる。
 念話の内容は殆どが明日菜に対する魔法使いに関しての説明だ。かなり丁寧に説明しているが、明日菜は巧く理解出来ずに何度もカモが説明をしなおした。

『それでさ~、私ってやっぱり魔法って使えないの?』

 悲しそうな明日菜の言葉に、カモはさすがにウンザリしていた。最初こそ、丁寧に気遣いながら言っていたのだが、何度も言ってもこの調子なのだ。明日菜には魔法は使えない。というよりも、明日菜は“魔法”のみならず、“異能”の殆どと相性が悪いのだ。

『姉さん、何度も言ってるッス。姉さんの場合は”魔力完全無効化能力“が邪魔になっちまうんスよ』

 それが答えなのだった。それでも、明日菜は諦めきれずに居る。一般的な女子中学生の明日菜にも、一時は魔法少女に憧れた時期もあった。箒に乗って、不思議な呪文で何でも出来る魔法少女に。その可能性の扉が開いたのに、自分には魔法が使えないなんてあんまりだ! 明日菜には到底我慢出来る事ではなかった。

『でもでも、私の能力って“拒絶”しなければ、魔法を無効化しないんでしょ?』

 それだけが明日菜にとっての頼みの綱だった。自分の力を拒絶する筈が無いし、それなら自分でも魔法が使える筈だと主張しているのだ。カモはその何度も繰り返された問答にいい加減疲れてきていた。大きな溜息をする。

『いいッスか? 確かに姉さんの異能は“拒絶”をしなければ魔法は打ち消さない。コレは確かッス。でも、問題も在るんスよ。てか、もうこれっきりにして下せえ……』

 カモの説明は、簡単に言えば演算能力の足りなさだ。元々、バカレンジャーなどと呼ばれてきた明日菜の演算能力には期待出来ない。最早、何か“恒久的にナニカに演算能力を割いている”としか思えない程に余裕が無いのだ。
 勿論、日常生活に置いてそこまで問題では無いだろう。時間を掛けてゆっくりやれば勉強だって出来ない訳ではない。それでも、普通の人間よりも何倍も努力をしなければならないのだが……。
 魔法を使うには、術式を覚えたり、魔力があったりだけでは足りない。感覚で出来るという天才を除いては、自分の魔力の調整や魔法の構築、命中精度や魔法自体の操作などにも演算能力を割かなければならないのだ。
 明日菜の場合はそれに加えて“異能”にまで演算能力を割かなければならない。簡単に言えば、明日菜の“異能”である“魔力完全無効化能力”は、明日菜の無意識な“拒絶”を察知して発動する。それは無意識にアレは良い、またはアレは駄目という演算を行っているに他ならない。ギリギリに近い演算能力を魔法の構築や魔力操作などに割いてしまえば、“異能”に演算能力を割けなくなる。そうなれば、判断出来なくなった能力が強制的に魔法を無効化してしまう可能性が高いのだ。

『というわけで、姉さんは魔法を使えないんス。まあ、演算能力をあまり割く必要の無い、そうッスね~、技術的な物なら出来るかもしれないッスけど。さすがにそういうのは俺っちにも専門外なんスよ』

 カモの長い説明が終わると、明日菜は落ち込んでしまい肩を落とした。いきなり明日菜が落ち込み始めたので木乃香は本気で心配になって、本日何回目かの「保健室行く?」を言ったが、明日菜は首を振って断るだけだった。

『すみません明日菜さん……』

 ネギは傍目には木乃香とお喋りしている様に見えるが、それでも明日菜に対して引け目を感じていた。結果的には明日菜は自分の為に戦った。だが、それに巻き込んだのは自分なのだ。
 コチラの世界に入るにしても、最初があんな命の危険のある戦いだなんて冗談ではすまない。一歩間違えれば明日菜が死んでいたかもしれない上に、他のクラスメイトまで巻き込んでしまい、ネギは朝からこの調子で明日菜に謝り続けている。
 他のクラスメイト達には、直接謝ることが出来ないので、その分まで明日菜に対して自責の念を抱いている様だった。明日菜はそんなネギに困り果てていた。実際、カモに何度も魔法の話を振るのも、ネギに昨日の事を気にしていないというアピールの為でもあったのだ。
 明日菜とネギの体の傷は全て麻帆良に駐屯している“癒術師(ヒーラー)”が完全に癒してくれた。癒術師とは、回復魔法の専門家で大抵の魔法機関に最低一人はこの癒術師が駐屯しているのだ。
 明日菜に至っては、今朝もバイトに行ける程に回復していた。もうすぐ校舎が見えてくるという場所に来て、明日菜はネギがまた謝りださない様に適当な話を振った。

『じゃあさ、魔法使いって具体的にどんな職業に就くもんなの?』

 明日菜の問い掛けに、ネギは木乃香とお喋りをしながら念話で答えた。明日菜は二人の人間と同時にお喋り出来るネギに軽い感嘆の声を上げた。

『そうですね~、癒術師なんかが働く病院もありますし、魔法を研究する学者もいます。司法機関もありますけど、他にも後進に教えを授ける師匠や教師になる魔法使いも居ます。芸術関係の仕事をする人も居ますし、古代の遺跡から宝を発掘するトレジャーハンターなんかも居ますよ』
「トレジャーハンターか~、かっこいい!」
「はえ? 明日菜、いきなりどうしたんや?」

 明日菜は思わず普通に口で歓声を上げてしまい、周りから奇異な目で見られ、木乃香からは本気で心配そうな眼差しを受けた。

「あ、えっと、何でも無いの! ちょ、ちょっと、この前のテレビ思い出しててさ」

 明日菜が慌てて言い繕うと、木乃香は唇に人差し指を当てて可愛らしく小首を傾げた。

「ん~? 最近、トレジャーハンターの特集なんてあったん?」
「あったんだって! と、とにかく早く行かなきゃ、そろそろ時間がやばいわよ!」

 誤魔化すように明日菜は木乃香の手を引っ張って駆け出した。

「あ、待ってください明日菜さん、木乃香さん!」

 ネギも慌てて追い掛けると、今日も慌しい一日が始まるのだった。

 教室に入るとクラスメイトの少女達がざわついていた。

「どうしたんやろ?」

 木乃香は首を傾げながら教室に入ると、口に手を当てて驚いた様に目を丸くした。木乃香の様子に首を傾げつつ、明日菜とネギも教室に入ると、ネギと明日菜の目に金砂の様な輝く金色の髪を持つ少女とその傍らに傅く翠髪の少女に気が付いた。
 明日菜はニヤリと笑みを浮かべ、ネギは嬉しそうに喜色を浮べた。エヴァンジェリンはネギと明日菜に気が付くと顔を赤らめてソッポを向いてしまったが、茶々丸は薄く微笑んで会釈をした。その様子に、クラスメイト達は驚いて固まってしまったが、明日菜はネギの背中を叩いた。

「ほ~ら、アンタが頑張ったんだから、行ってらっしゃい」

 ネギは一瞬明日菜の顔を見上げると、その優しげな表情に心が温まる思いだった。

「明日菜さんは?」

 ネギは上目使いで聞くと、明日菜はニッと笑みを浮べた。

「私は後でよ。私が居たら、エヴァちゃんも素直になれなさそうだしね」

 ウインクして、明日菜はエヴァンジェリンを顎で指し示した。ネギはそれに頷くと、エヴァンジェリンのもとに駆け寄って行った。その様子に、固まっていた少女達は明日菜に集まった。

「ちょ、どういう事!? あのエヴァちゃんがサボらないで、なんかネギっちと仲良くなってるって」

 報道部の朝倉和美はとんでもないスクープを逃した気持ちになって明日菜を問い詰めるが、明日菜は「色々あったのよ」とはぐらかすだけだった。その明日菜の言葉に悔しげにネギの方を向いた和美は、遠くで楽しげに話すネギの姿に、肩の力が抜けた。

「ま、いっか」

 和美の溜息交じりの一言に、明日菜を問い詰めていた少女達もネギとエヴァンジェリンの姿を見て、何だかどうでもよくなってしまった。

「ま、エヴァちゃんがちゃんと授業に出てくれるんは嬉しいしな~」

 木乃香の言葉に、あやかも頷く。

「そうですわね。どういう経緯があったかは少し気になりますが……、それは詮索すべき事じゃないのでしょうね」

 それっきり、皆はそれぞれの席に戻って行った。何人かはエヴァンジェリンとお話したくてウズウズしているが、それは放課後まで待っていようと思い留まった。

「エヴァンジェリンさん!」

 ネギが駆け寄って行くと、エヴァンジェリンはビクッと肩を揺らしながらソッと顔を向けた。明日菜が居ない事にホッとしながら、エヴァンジェリンはネギに顔を向けると、目を星の用に輝かせて迫るネギにうっ、と少し冷や汗を流しながら「よお」と挨拶した。
 たったそれだけの事でも、ネギは嬉しくなって笑みを浮べた。

「おはようございます、エヴァンジェリンさん! 茶々丸さんもおはようございます!」
「うぐ……っ」
「おはようございますネギさん」

 満面の笑みで挨拶を返され、エヴァンジェリンは面を喰らい、茶々丸は笑みと共に挨拶を返した。

「と、とりあえず! あ、あれだよ。や……、約束だしな。サボらずに来てやったよ」

 頬を紅くしながら呟く様に言うエヴァンジェリンに、ネギはニッコリと笑みを浮べた。

「違いますよ?」
「うっ……」

 エヴァンジェリンは肩をビクつかせた。

「そうですマスター。昨夜の戦闘で交わされたネギさんとマスターの契約は、学校をサボらない……ではありません」

 茶々丸がネギに援護をすると、エヴァンジェリンは恨みがましく茶々丸を睨んだ。顔を真っ赤にして震えながらネギに顔を向けると、そこにはワクワクした笑顔で己を見つめる赤毛の少女の姿をした少年が居る。

「うう……っ」

 昨日の約束を思い出して、どうして自分は負けを認めてしまったんだ、と家に帰ってから何度も後悔した。せめて、あのまま『勝負は私の勝ちだ……が、見逃してやるよ。フッ!』とかやっとけば良かったと本気で後悔していた。自分は確かに『此度の戦いは私の負けだ!』と、宣言してしまったのだ。

「マスターは学校に来る時から動不審になっていました。恐らく、ネギさんとお友達になる事に緊張してるのでしょう」

 茶々丸が真顔で言うと、ネギは「エヴァンジェリンさん……」と感動した面持ちでエヴァンジェリンを見つめ、エヴァンジェリンは拳を握り締めて射殺さんばかりの目付きで茶々丸を見たが、茶々丸は時計を確認していて気が付かなかった。
 あとでネジを巻いてやる。そう心に硬く決意すると、覚悟を決めて大きく息を吸った。ネギに顔を向けると、その覚悟は一瞬で萎んでしまった。

「あ、あれだよ! 昨日は……そう! 血だ、血が足りなかったのさ! 本当なら私が勝っていたに決まっているんだ!」
「マスター……」
「うっ……」

 エヴァンジェリンに茶々丸の呆れと落胆の視線が突き刺さった。実際は、茶々丸は素直になれないエヴァンジェリンを心配しているだけなのだが、エヴァンジェリンはそう感じた。冷や汗をダラダラと流しながら、エヴァンジェリンは俯きながらブツブツと呟いた。

「え、何ですか? エヴァンジェリンさん」

 その呟きを聞こうと耳を近づけると、エヴァンジェリンは顔を真っ赤にして耳元で怒鳴った。

「分かったよ! きょ、今日から私と……その、お前は友達だ!」

 生まれて初めて、羞恥で死ねると感じたエヴァンジェリンは、「エヴァンジェリンさん……」と感激した目で見てくるネギの頬を外側に引っ張った。

「引っ張ってやる! お前の頬を引っ張ってやる!」
「いひゃふぃれふ~(いたいです~)」

 両手をブンブンと振り回しながらネギは涙目になり、お返しとばかりにエヴァンジェリンの頬を思わず引っ張った。

「ふぉわ!? ふぁ、ふぁふぃをふぉふ~~!!(うわっ!? な、なにをする~~!!)」

 二人は頬を引っ張り合い、その様子に茶々丸は嬉しそうな笑みを浮べた。

「ああ、マスターがあんなに楽しそうに……。ありがとうございます。貴女方のおかげですよ、明日菜さん」

 いつの間にか隣に来ていた明日菜に、茶々丸は礼を言った。明日菜はクスッと笑みを浮べると、首を振った。

「私よりネギのおかげよ。それよりさ、これからもよろしくね? 茶々丸さん」
「よろしくとは?」

 茶々丸は首を傾げた。

「なんとなくね、私達は前から友達だけど、今日から改めてって意味」

 ウインクしながら言う明日菜に、茶々丸は笑みを浮べて差し出された手を握った。

「はい、明日菜さん。これからもよろしくお願いしますね」

 その様子を見守る影があった。教室の扉の外で、この麻帆良学園の総括理事長をも務める学園都市全体の学園長、近衛近右衛門と二年A組の担当教員であるタカミチだ。

「エヴァンジェリンも、ナギの思いをようやく汲んでくれたようですね」

 タカミチは嬉しそうに笑みを浮べてネギとじゃれ合うエヴァンジェリンを見つめた。

「やっと……、やっと光に生き始めたのじゃよ」

 皺だらけの顔を歪めて笑みを浮べた近衛近右衛門は、大きく溜息を吐いた。

「儂は、恐らく恨まれるじゃろうな。必要な事……そうは言っても、もしかしたら、このまま平穏に生き続ける事も出来るかもしれないという未来を奪おうとしておる。のう、タカミチや……」
「何ですか?」

 タカミチは近右衛門に顔を向けた。タカミチは近右衛門を、どこか弱々しい、本当に小さな普通の老人の様に感じた。

「儂には出来ぬのじゃよ。もう、大層長く生きた。これからはネギ君達若い世代の時代じゃ。彼や彼女達を守ってやってくれ。年寄りは、最後の大仕事を終えたら、隠居して静かに余生を過ごしたいの……」

 そうボヤキながら、近右衛門はこの麻帆良学園本校女子中等学校にある学園長室に向かった。

 授業中に、先生達の殆どはエヴァンジェリンの姿に驚いていた。一時間目と二時間目のガンドルフィーニの化学実験の授業の時はみんなで少し離れた場所にある第一化学実験教室にやって来て、酸化と還元の実験の為の機材が乗っている机にそれぞれ座ったのだが、ネギとエヴァンジェリンの場所には肝心の実験器具が無かった。
 実験のグループ分け……というか席順は教室の席順と同じだ。二人一組で実験をする。理由は定かではないが、教室の席替えもしないし、教室の移動も無いので、半永久的に座席は移動しないのだ。
 チャイムが鳴って、ガンドルフィーニが入ってくると、エヴァンジェリンが居る事に驚き、次に実際はエヴァンジェリンが来ないだろうと思ってネギには別の生徒と実験を組ませようと考えていたのだが、慌てて実験器具を用意した。
 謝りながら実験器具をネギとエヴァンジェリンの机に置くと、少しだけ眉を顰めたが、ネギに実験用の薬品についてアレコレ講釈しているのを聞き、若干呆気に取られながらも苦笑して授業に入った。

「マグネシウムの酸化と銅の還元、それに加えて硫黄の還元もか……ちょっと面倒だな」
「サボっちゃ駄目ですよ?」
「分かってるよ……」

 小さく舌打ちをしながらも、渋々と実験器具にガンドルフィーニの指示通りに薬品を入れて実験をしていると、段々楽しくなってきたのか、調子に乗ったエヴァンジェリンは小さな声でネギに自分の魔法薬の精製の巧さを自慢したりもしていたが、授業中に話をするな! とガンドルフィーニに叱られ、ガンドルフィーニを睨むとネギに注意されるというちょっとおかしな光景が見れたりもした。
 当初こそ、エヴァンジェリンを危険視し、いつかまたネギを狙いだすのでは? とガンドルフィーニは考えたが、ネギとは良好な関係であると、何年も生徒達を見てきた教師としての観察眼が判断を下し、万が一の場合には全力を持って今度こそ、生徒達だけに危険な真似はさせん! と意気込みながら授業に集中する様になった。

「それじゃあ、今日の実験のレポートを木曜日の朝に化学係に渡す様に、そうそう、ネギ君とエヴァンジェリン君はコレを渡していなかったね」

 そう言って渡したのは実験レポートの書き方というプリントだった。

「宿題……」

 エヴァンジェリンは心底嫌がったが「じゃあ、今日帰ったら一緒にやりましょう!」とネギに半ば無理矢理に約束させられてウンザリ気な顔をしながらも、内心満更でもなさそうな表情を浮べた。

 三時間目は現国の新田が入ってくると、エヴァンジェリンの姿を確認した途端に目頭を押さえた。

「な、なんだ!?」

 さすがのエヴァンジェリンも面を喰らったが「ようやく……授業に出る気になったのだな」と心底嬉しそうに言い出す新田に何も言い返せなくなってしまったが、授業後にエヴァンジェリンにだけ大量の宿題を出された事で、エヴァンジェリンは喚きたてた。

「何を言っとるか! 今までサボっていた分を取り返さねばイカン!」

 新田の雷が落ち、目を白黒させて素直に受け取った。純粋に自分を思って怒られた事など無かったので、エヴァンジェリンは呆然としてしまったのだ。
 宿題は漢字の書き取りと読書感想文で、読書用に『約束の国への長い旅』という恐ろしく読んでいて疲れる本を渡されて、ウンザリした。

 四時間目は神多羅木の数学だったが、神多羅木は入った直後に「ほぅ……」と呟いただけで、後はエヴァンジェリンを気にせずに授業を行った。エヴァンジェリンにも問題に答えるように言ったが、いい加減に宿題の多さに苛立ってきていたエヴァンジェリンは無視しようとしたが「出来なければ宿題を出さねばならんな。ああ、勿論この後の小テストで最下位から5名にも宿題を出すがな」と言われ、明日菜を含めたバカレンジャーは悲鳴を上げた。
 エヴァンジェリンもこれ以上の宿題は冗談じゃないとキチンと解答しようとしたが、

「な、何だこの問題!?」

 そこには『3で割って1余る整数と、3で割って2余る整数の和は3の倍数である。このわけを文字式を用いて説明せよ』と黒板に書かれているのだ。
 普通の数式ならエヴァンジェリンにも余裕だったが、論理の問題になると、今までサボってきたツケが回ってきて、即座に回答が出てこなかった。

「どうした、エヴァンジェリン君?」

 サングラスの神多羅木は、言い知れぬプレッシャーを放ち始め、エヴァンジェリンは感じた事の無い嫌な感覚に飲み込まれ始めた。すると、小さな声でネギが囁いた。

「エヴァンジェリンさん、3の倍数で割って1余るなら3の倍数プラス1です。それに、3の倍数は3に自然数をかけた物です」

 ヒントなら構わないのか、神多羅木はネギが囁く言葉を注意しなかった。ネギのヒントを聞いて、エヴァンジェリンはハッとした。

「そ、そうか、余りを足せば3になる。ならっ!」
「よし、分かったようだな、前に出て黒板に答えを書け」

 神多羅木はニヤリと笑みを浮べると、エヴァンジェリンに指示を出した。解答の求め方を理解したエヴァンジェリンは余裕を持って前に出て解答をチョークで書いた。
 aとbという記号を使い巧みに解答を導き出したエヴァンジェリンに「よくやった、正解だ」とニヒルに笑みを浮べた神多羅木は当然、エヴァンジェリンに宿題を出すことは無かった。

「助かったぞ」

 見事に正解出来た事で機嫌が良くなったエヴァンジェリンは素直に礼を言うと、ネギはニッコリと笑みを浮べた。

 昼食は明日菜、茶々丸、ネギ、エヴァンジェリンで食べる事になった。木乃香達はどうやら何か相談しているらしく、遠くで固まって何かをしているのが見えたが、明日菜はネギがどんなに聞いても答えてくれなかった。

「ふむ、オコジョ妖精とは珍しい使い魔だな」

 エヴァンジェリンはポケットから出て、木乃香に作ってもらったネギのお弁当のミートボールを一つ手に取って食べているカモを見ながら呟いた。

「珍しいの?」

 明日菜が聞くと「どうしてコイツまで……」と嫌な顔をするエヴァンジェリンを無視して茶々丸が答えた。

「そうですね。基本的にオコジョ妖精自体が少ないのもありますが、オコジョ妖精よりも梟や烏などを使い魔にする事の方が多いのです。諜報活動には飛行能力がある方がいいので」

 オコジョ妖精が出来る事は大概の魔法使いなら簡単に出来る事ばかりだったりする。それに、未熟な魔法使いだと扱い難い種族であり、忠誠心がここまで強いオコジョ妖精は珍しいそうだ。
 明日菜は茶々丸の説明を聞きながら「うっめ、メッチャうめ!」と小さな声で感動しながらミートボールを食べているカモを見つめた。
 見ているとお腹が空いて来る食べっぷりだ。明日菜もミートボールに舌鼓を打った。

「しあわせー!」

 カモは満腹になってネギの机の上に横になりながら眠り始めた。

「自由な奴ね……」

 明日菜が呆れた様に言うと、ネギは苦笑した。

「カモ君、学校に来る時はいつもポケットの中だし、下手に喋れないからストレスが溜まってたみたいで」

 幸せそうなカモのお腹を優しく撫でながらネギは自分の分のミートボールを口に入れた。

「しかし、本当にうまそうだな。一つもらっていいか?」
「どうぞ!」

 エヴァンジェリンはネギの弁当箱に箸を伸ばすと、そのおいしさに感心した。

「なるほど、確かに美味いな」

 感心するエヴァンジェリンは自分の弁当箱に入っている卵焼きをネギの弁当箱に入れた。

「礼だ。茶々丸の卵焼きも負けてはいないぞ」

 ニヤリと笑みを浮べるエヴァンジェリンに「ありがとうございます!」とお礼を言うと、ネギは卵焼きを食べて感動した。
 溶ける様に柔らかくて甘い卵焼きはネギの好みにピッタリだったのだ。

「おいし~!!」

 ネギの様子に、明日菜も茶々丸に卵焼きを貰うと「確かに美味しい!」と歓声を上げた。基本的に食事を取らない茶々丸だったが、少し多目に作ってしまったので、最初から明日菜とネギにお裾分けするつもりだったのだ。
 実は、エヴァンジェリンが学校に行く前から挙動不審になっており、それを楽しそうですね、と言ったらネジを巻かれてしまい、分量を間違えたのだ。

「そうだ、代わりに私も茶々丸さんにミートボールあげる。はい、あ~ん!」
「!? えっと……あ、あ~ん!」

 突然の事に驚き、頭が熱を発するのを感じながら、茶々丸は味覚センサーを起動させて口を開いた。明日菜は茶々丸の口に自分のお箸でミートボールを運んだ。口の中にミートボールが入ると、茶々丸の口内に存在するセンサーが起動した。
 これは擬似的に食事が出来る様に作られた茶々丸にオプションとして作られた機能で、口の中に入った食べ物を味覚センサーで調査し、料理のスキルアップに繋げられる様になっているのだ。総合的な情報を集約し、この料理が美味しいのかどうかも品評する事も可能で、このミートボールは十分に美味しいと評価できる物だった。

「なるほど、これは美味しいですね。木乃香さんはお料理がお上手のようです」
「でしょでしょ~! でも、茶々丸さんの料理も負けて無かったわ!」

 実際、卵焼き以外にも色々と貰って、明日菜は幸せそうな笑みを浮べていた。明日菜の表情に、茶々丸は笑みを浮べると、明日菜はどんな料理が好きなのかを事細やかに聞きだしたりしていた。

 五時間目は源しずなの英語の授業で、ネギとエヴァンジェリンは以外にも難しい顔をしていた。

「なんだ……この『これはペンでしたか?』『いいえ、それは最初からパソコンです』ってのは……」
「と、時々不思議な言葉が出てきますよね」

 まるで新品の様な教科書を開くエヴァンジェリンは、最初のページのシュールな英文に首を傾げていた。

 六時間目は瀬流彦の社会で、時々エヴァンジェリンはネギにコッソリと「あれは実際は違ってな……」と教科書に書いてあったのとは違うらしい、自分の体験談を語っては一々リアクションを取るネギと楽しく過ごしていた。
 ちなみに、瀬流彦は自分の授業を楽しんでくれてるんだ、と勘違いして更に張り切り、何とも微笑ましい姿だった。

 放課後になると、エヴァンジェリンは茶々丸と帰ろうとしたのだがその前にネギ諸共に明日菜達に拉致され、昨日と同じ場所で今度は『エヴァちゃんとも仲良くなっちゃおうぜい! パーティー!』が開かれ、逃げ出そうとすると、タカミチまでやって来てニコニコしながら逃げ道を塞ぎ、その日は翌日が休みな事もあり、一晩中パーティーが続いた。

「コイツラの体力は化け物か……」

 無理矢理ダンス大会でネギと踊らされ、次から次へと食事を買ってくるせいで、エヴァンジェリンとネギはヘロヘロになってしまったが、その傍で酒も無いのに夜明けになっても少女達のテンションが留まる事は無かった。

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