どうして、こんな事に……。
頭がおかしくなりそうだ。ここ一年余りの記憶が曖昧で、気がついたら恐ろしい犯罪の片棒を担いでいた。
魔法省の役人が現れ、慌てて逃げ出した。だが、いつまでも逃げ続ける事は出来ない。
「見つけたぞ」
走り疲れた私の前に男が現れた。闇夜に浮かぶ真紅の瞳が私を見下ろしている。
その背後には日刊預言者新聞の一面を飾った凶悪犯達の顔が並んでいる。
「ま、まさか……」
雲の隙間から月明かりが漏れる。月の光に濡れた黄金の髪をかき上げ、男は微笑んだ。
「名乗らせて頂こう。|我はヴォルデモート卿《I am Lord Voldemort》。どうかお見知り願うよ、アサド・シャフィク殿」
その姿、その名乗り、その正体に私は呼吸を忘れた。
死んだ筈の男。嘗て、魔法界を絶望へ叩き込んだ悪の帝王。
「貴殿は良く期待に答えてくれた。だからこそ、俺様は来た。これは褒美だ」
杖を向けられる。緑の閃光が視界を埋め尽くした。
痛みはない。ただ、眠るように……、私は闇の中へ沈んだ。
第六話『暗躍』
アルバス・ダンブルドアが校長室で日刊預言者新聞に目を通していると、慌ただしい様子でウィリアムとセブルスが入って来た。
「ダンブルドア! 日刊預言者新聞は読みましたか!?」
「ほれ、このように」
ウィリアムの開口一番に持っている新聞を見せるダンブルドア。
「……些か、トムを侮っておった」
「トム……。では、やはり帝王の手引だと?」
セブルスの言葉にダンブルドアは頷いた。
「魔法省の高官やホグワーツの理事が一斉に反旗を翻すなど、他に考えられん」
アズカバンの集団脱獄は彼らの手引によって行われた。それぞれ地位と名声を持ち、魔法界に大きな影響力を持つ者達だ。
「……日記の分霊が築いた地下聖堂を覚えておるな?」
二人が頷くと、ダンブルドアは言った。
「あの時、聖堂にいた者達はマグルが半数。他は子供やマグル生まればかりだった。他の|犠牲者《・・・》は終ぞ発見出来ず、当時行方不明になった者も他にはいなかった」
「……故に魔法省は捜査を打ち切った。日記の分霊が消えた時点で事件は解決していると判断した。そうでしたね?」
すべてはヴォルデモート卿が遺した呪具による忌まわしい事件という事で公表される事も無かった。
魔法省大臣を始め、高官達は今尚ヴォルデモートの存在を恐れている。今の平和な世が壊れる事を忌避している。
だからこそ、マルフォイ家も処罰を受けなかった。事件そのものを魔法省は無かった事にしたのだ。
「独自に調査を続けたが、やはり他の犠牲者達の痕跡は見つからなかった。恐らく、今回のアズカバン集団脱獄に加担した者は当時日記の分霊に仕掛けを施された者達なのだろう」
「周到ですな……」
セブルスの言葉にダンブルドアが頷く。
「まったくじゃ。ドラコに自らの拠点を魔王へ教えさせた時点でここまでの準備が整っていたという事だ。魔王に勝てば己が、万が一にも敗北した時はオリジナルが行動を開始出来るように」
「シリウス・ブラックもヴォルデモートの手に落ちたのでしょうか?」
「現状は憶測の域を出ないが、甘い期待は捨てるべきじゃろう」
ダンブルドアの言葉にウィリアムは表情を曇らせる。
「……では、残る二つの分霊箱は」
「ヴォルデモート卿の手に戻ったと考えるべきじゃろうな」
つまり、行方を追う事が非常に困難になったという事だ。
ウィリアムは舌を打った。
「……何故だ。シリウスは無実だった筈! 何故……、脱獄など」
「ッハ、一言二言甘言でも囁かれたのだろうよ。ヤツの頭に詰まっている物は穴あきだらけのスポンジ同然だからな」
セブルスは嫌悪感に満ちた表情で言った。
「スネイプ先生は彼を知っているのですか?」
「……甚だ遺憾だが、知っている。いけ好かない男だった。粗野で愚かで、どこまでも忌々しい……」
憎悪に満ちた声。ウィリアムは僅かに目を見開いた。
「そこまでじゃ、セブルス。お主とシリウスの確執はよく知っておる。だが、憎しみで瞳を濁らせてはならぬ」
ダンブルドアの言葉にセブルスは歯を食いしばるような表情を浮かべた。
よほど、シリウスの事が嫌いらしい。
「よく聞くのじゃ、二人共。もはや、誰が味方で、誰が敵かも定かではない。だからこそ、慎重に動かねばならぬ」
「だが、あまりのんびりもしていられないでしょう。既に帝王は復活していると考えて行動するべきだ。つまり、何事も迅速さが求められる」
「もっともな意見じゃ、セブルス。迅速に、慎重に、賢明に動くのじゃ」
ダンブルドアは言った。
「まずは分霊が不特定多数の者に施した仕掛けを解明せねばならぬ」
「……では、調査に向かいます」
「吾輩も……」
「頼む。お主等が頼りじゃ」
二人が去った後、ダンブルドアもまた部屋を後にした。