第八話『試合』

 僕はロンドン郊外にぽつんと佇む教会で魔王と会っていた。ダンブルドアから託された物を彼に渡すためだ。

「……ほう、ハリーがシーカーに」

 ハリーの近況を教えると、さっきまでの仏頂面が嘘のように剥がれる。
 本当は会いたくて仕方がない筈なのに、頑固な人だ。

「楽しくやれているみたいだな」
「魔王……。一度くらい、顔を見せてあげてもいいのでは?」
「冗談は止せ。折角、ハリーが自分の足で歩き出したのだ。ここで顔など見せたら台無しではないか」
「しかし……」
「ウィリアム、貴様には感謝している。貴様のハリーに対する献身は実に素晴らしい。信頼し、託して正解だった」

 魔王は立ち上がり、僕が運んで来た荷物を懐に仕舞う。

「狙いは分からんが、大所帯となった事で潜伏場所も限られる筈だ。確実に場所を突き止めて、消し去ってくれる」
「まっ、待ってください! レストレンジとブラックがヴォルデモートの陣営に戻った事で分霊箱の所在は分からなくなってしまった。迂闊に動いても……」
「ならば、レストレンジとブラックに場所を吐かせればいい。奴等以外に預けたのなら、そいつの口を割らせる」
「……魔王。まさか、このまま……、ハリーに会わないまま消えるつもりですか!?」

 魔王は何も答えない。

「魔王!!」

 立ち去ろうとする魔王の肩を掴んだ。

「いくら元気になったと言っても、あの子にとって貴方は特別なんだ! それなのに!」
「特別なままではダメなのだ」

 寂しげに彼は言った。

「俺様はあの子の害にしかならない」
「そんな事……」

 魔王は姿を霞の如く消した。
 
「なんでだよ……。アンタじゃないとダメなのに……」

 ハリーは僕を信頼してくれている。だけど、もっと近づきたくても見えない壁に阻まれる。
 あの子にとって、一番は魔王なんだ。あの子の世界は魔王とそれ以外に分けられている。

「……クソッ」

 僕はハリーを守りたい。幸せにしてあげたい。一緒にいたい。
 ノクターン横丁に入ろうとしていたところを止めた時から、僕にとっての一番はあの子になっていた。
 ぼろぼろな格好。やせ細った体。傷ついた心。今でも鮮明に覚えている。
 あの時、僕は心に誓ったんだ。

「これ以上、ハリーを泣かせるなよ……ッ」

 笑顔が一番似合うんだ。涙なんて、要らないんだ。
 魔王が消えたら、もう、あの子に笑顔は戻らない。
 あの子の幸せの為には魔王の存在が必要なんだ。

「消えるなんて許さない。絶対、何か方法がある筈なんだ。オリジナルを消して、魔王を生き残らせる方法が!」

 第八話『試合』

 最近、魔王に貰った卵が動くようになった。もしかしたら、もうすぐ生まれるのかもしれない。
 なんの卵なのかは聞いても教えてくれなかった。生まれた時のお楽しみらしい。
 楽しみだなー。また、家族が増える。

「君の名前も考えてあげないとね」

 明日はスリザリンチームのシーカーとしての最初の試合。
 ここ数週間は訓練漬けの毎日だったけど、その成果を試す時が来た。
 
「君も応援しててね」

 まるで応えるように卵はピクリと動いた。

 翌日、空は生憎の曇天模様だった。
 だけど、多少の雨なら続行するのがクィディッチだ。相手はグリフィンドール。つまり、ロンやフレッド達が相手というわけ。
 競技場で顔を合わせると、ロンは不敵な笑みを浮かべてドラコを見つめた。ドラコも同じ表情を浮かべている。

「ハリー。相手が君でも容赦しないぞ」

 フレッドが言った。いつものおどけた表情じゃない。

「もちろんだよ」

 みんな真剣だ。キャプテンのマーカスもグリフィンドールのキャプテンと睨み合っている。
 気合を入れよう。勝つのは|僕達《スリザリン》だ。

「さあ、選手達は空へ!」

 マダム・フーチの掛け声と共に僕達は上空へ舞い上がる。

「試合開始!」

 金のスニッチが解き放たれ、ブラッジャーが暴れ始め、チェイサー達が動き出す。
 
「やあ、ハリー!」

 緊張感に包まれていると、ロンが同じ高度まで上がってきた。

「君にも負けないからね!」
「僕だって!」

 ロンは手強い。僕よりもクィディッチというスポーツをずっと知っている。
 フレッドから、ロンはあがり症だって聞いてたけど、そんな素振りは少しも見せない。きっと、ドラコへの対抗心が心を奮い立たせているんだ。
 瞳がギラギラと燃え上がっている。
 僕達は互いに視線を逸し、スニッチを探し始める。
 
 僕達の下では試合が動き始めていた。グリフィンドールのチェイサーはアンジェリーナ・ジョンソン、アリシア・スピネット、ケイティ・ベルの三人。対して、此方はマーカス、グラハム、そしてドラコ。
 連携の面ではグリフィンドールが上手い。それでも、箒乗りとしての能力はスリザリンが上だ。
 観客席がどよめく。
 アンジェリーナからドラコがクアッフルを奪い取った。そのまま、アリシアとケイティを振り払ってゴールへ向かう。
 思わずスニッチ探しを止めてドラコの動向を追ってしまった。

「行け、ドラコ!」

 僕の応援が聞こえたかどうかは分からない。その瞬間、ドラコは一気に加速した。
 
「させるか!」
「行かせないぞ、ドラコ!」

 フレッドとジョージが迫る。ブラッジャーをクラブで叩き、ドラコへ向かって吹っ飛ばす。

「見えてるぞ!」

 ドラコはブラッジャーが直撃する寸前に急降下した。目標を見失ったブラッジャーはそのまま飛んで行く。
 ジョージが再びブラッジャーをドラコにけしかけたけど、これも的確に躱す。

「いけいけ、ドラコ!!」
「まずは先取点!!」

 ドラコがクアッフルをゴールに叩き込んだ。 
 あまりにも完璧な先取点。いつもスリザリンを悪く言う実況席のリー・ジョーダンさえ何も言えずにいる。

「やりやがった、アイツ!」

 少し上の方で同じようにドラコを見ていたロンが嬉しそうに叫んだ。
 その背中を金色の光が走った。
 
「見つけた!」
「なっ!?」

 幸運の女神は僕に味方した。ロンが追い掛けて来るけど、先に加速体勢に入った僕には追いつけない。
 
「ドラコに負けたくないのは君だけじゃないんだ!」

 あんなカッコイイ姿を見せられたら、燃えない筈がない。

「負けるかってんだ、このぉぉぉおおおお!!」

 追い縋ってくる。ロンの箒も僕と同じニンバス2001。ビルは僕とロンの両方に箒をプレゼントしてくれたんだ。
 箒の性能が同じなら、モノを言うのは乗り手の腕。
 小手先の技術ではまだロンに敵わない。だけど、スピード勝負なら……ッ!

「僕が勝つんだ!!」

 観客や選手達も僕達がスニッチを見つけた事に気付いたみたいだ。
 歓声と共にブラッジャーが襲い掛かってくる。フレッドだ。

「行け、ロン! お前がグリフィンドールの勝利を勝ち取るんだ!!」
「うおおおおおおおお!!」

 フレッドの叫びにロンが雄叫びをあげる。
 避けた代わりにスピードを失った僕は慌てて体勢を整える。その間にロンに並ばれてしまった。

「ロン!!」
「ハリー!!」

 スニッチは観客席の方へ向かう。僕達は全速力で追い掛けた。観客や障害物を避けながら追い掛ける。
 やっぱり、こういう技術はロンが上手だ。

「負けない!!」
「僕が勝つんだ!! ドラコにも、ハリーにも!! 僕がグリフィンドールを勝利させるんだ!!」
「僕だって、スリザリンに勝利を!! スリザリンが最強なんだ!!」

 スニッチが観客席を抜けた。遙かな上空へ舞い上がっていく。僕達もほぼ同時に飛び出した。
 空から水滴が降ってくる。雨だ。一気に土砂降りになった。それでも、金の軌跡だけは見失わない。

「おおおおおおおおおおおおお!!!」
「はああああああああああああ!!!」

 雲が眼前に迫る。その瞬間、スニッチは急降下を始めた。僕達はまるで宙返りでもするかのように箒を転回させ、そして……、見た。

「なっ……」

 天空を舞う黒衣。アレはホグワーツの防衛の為に配備されたアズカバンの看守である|吸魂鬼《ディメンター》。
 奴等が近づいてくる。同時に頭が酷く痛み出した。
 誰かの悲鳴が聞こえる。集中が掻き乱される。
 僕は杖を取り出した。

「消えろ!!」

 前に魔王から教えてもらった呪文。幸福な感情を意識しながら、僕は杖を振った。
 魔王と出会った事。魔王と過ごした日々。魔王から貰った幸福。

「|守護霊よ、来い《エクスペクト・パトローナム》!!」  

 杖の先から白い輝きが飛び出す。それは牡鹿を象り、吸魂鬼に向かっていく。
 溢れるようなパワーで守護霊は吸魂鬼を蹴散らしていく。
 安堵した途端、体勢が崩れた。
 濡れていたせいか、吸魂鬼の影響か、僕の体は箒を離れた。
 落下していく。土砂降りの雨と共に地上へ落ちていく。スニッチを掴み呆然としているロンと目があった。

「ハリー!?」

 ロンが追い掛けて来る。だけど、きっと間に合わない。もう、地面は間近まで迫っている。
 意識が掠れていく。

――――ハリー!!

 闇に沈む直前、僕は聞こえる筈のない声を聞いた。
 だって、彼はここにいない。だけど、まるで本物のような声が僕の脳裏に木霊した。

「……ああ、魔王の声だ」

 死が迫る中、僕の心はとても暖かくなった。
 ……不思議な旋律が聞こえる。まるで、鳥の鳴き声のような……。

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