第五話『不穏』

 第五話『不穏』

 時計の針が進んでいく。二年目が終わりを告げ、ホグワーツは夏季休暇に入った。
 一縷の望みを持って帰って来たメゾン・ド・ノエルにも魔王の姿はない。

「大丈夫……。大丈夫……」

 崩れ落ちそうになる体を壁に預け、何度も深呼吸を繰り返す。
 すると、ポケットからワームテールが飛び出してきた。肩に登って、キューキューと励ましてくれる。

「ありがとう、ワームテール」

 僕は孤独じゃない。魔王が居なくても、大丈夫。
 例え、魔王が僕に愛想を尽かしたとしても……。

《大丈夫か?》

 吐き気を我慢していると、リュックサックからバジリスクが顔を出した。

「……うん、平気」

 心配ばっかり掛けさせていられない。
 
「ワームテール。僕は明日、仕入れの手続きをしてくるよ。また、美味しいパンをよろしくね」

 任せろとばかりに胸を叩くワームテール。

《……私も何かするべきか?》
「う、うーん……、その姿だと……」
《姿か……》

 突然、バジリスクの姿が光に包まれた。次の瞬間、目の前に色白な少女が現れた。

「え? え?」

 目を丸くする僕に少女は言った。

《これならば問題あるまい》
「バジリスクなの……?」
《他に誰がいる?》

 びっくりした。人間に化ける魔物もいるとは聞いていたけど、バジリスクにも出来るとは思っていなかった。
 銀の髪に金の瞳。まるで人形のように綺麗な姿だ。

「……とりあえず、服を着ようか」

 彼女は生まれたままの姿だった。慌てて、衣装部屋から服を運んで来る。

《面倒だな》
「裸でうろつく人間を見た事ある?」
《……面倒な生き物だ》

 彼女に渡した服は前に魔王が制服の試作として作ったもの。
 白い布地のドレスは彼女にとてもよく似合った。

《……ふむ》
「ごめんね、動き難いでしょ? 明日、別の服も買ってくるから」
《いや、いい。主から与えられたモノだ。なにより、私に似合うと思ったのだろう?》
「え?」

 言い当てられた事に驚くと、バジリスクは笑った。

《素直だな、主よ》
「……えっと、そう言えば魔眼は大丈夫なの? 目を見ても何とも無いみたいだけど……」

 照れ臭くなって話題を変えたけど、よくよく考えたらバジリスクの眼を見てしまった事に今更気付いた。

《問題ない。この姿はあくまで仮初のものだ。この眼球も本当の意味での私の眼ではない》

 目元を指さして言うバジリスク。

「ふーん……。あっ、それと名前も決めないと!」
《別にバジリスクのままでもいいのではないか?》
「いや、良くないよ……」

 どんな名前がいいかな……。

「今までの御主人様は君になんて名前をつけたの?」
《……私に名付けを行う奇特な者などいない》
「そっか……」

 なら、ちゃんと考えて決めよう。
 魔王はいつもクリスマスにちなんだ名前をつけてた。ノエルもニコラスもフランス語でクリスマスを意味している。

「うん、決めた! 今日から君の名前はクリスティーンだ」
《安直だな》
「うっ……」

 確かに、もう少し捻った方が良かったかも……。
 
《だが、良い名だ。感謝するぞ、主よ》

 クリスは微笑んだ。その笑顔があまりにも綺麗で、顔が熱くなった。

「よっ、よーし! 明日から三人で頑張るよ!」

 気合を入れた途端、眠気に襲われた。

「……とりあえず、寝ようか。そうだ!」
 
 僕は杖を振った。すると、体に変化が起こり始める。
 ワームテールに教えてもらった動物に変身する魔法。
 変化が収まると、僕の体は子鹿に変わっていた。

《今日はみんなで一緒に寝よう》

 二階の寝室に上がると、クリスも人化を解いてヘビに戻った。
 一緒に眠るヘビとネズミとシカ。そこに籠から飛び出したヘドウィグも混ざる。自然界や動物園でも滅多に見ない光景。
 これがパン屋の店員達だなんて、一体誰が思うだろう?
 僕は楽しくなって笑った。

 クリスはヘビだから当然の如く人と話せない。だから、いつも口を閉ざしているのだけど、その見た目の可憐さ故に大人気となった。
 連日、メゾン・ド・ノエルは満員御礼。とてもじゃないけど、三人では回せなくなった。ビルに助けを求めると、フレッドやジョージ、それにドラコを連れて来てくれた。

「……あの子がバジリスクだって?」

 ビルにだけ、クリスの正体を教えた。すると、彼は口をポカンと開けたまま固まってしまった。
 こんな彼を見るのは初めてだ。よっぽど、衝撃的だったみたい。
 それから増えた戦力と一緒に忙しい毎日を過ごした。
 魔王がいない寂しさを感じる余裕もない日々。いつだって、フレッドとジョージが賑やかにしてくれるし、ビルとドラコは優しくしてくれる。クリスとワームテールも僕を一人にしない。
 そして、瞬く間に夏季休暇が終わりを告げた。

 その日、ビルは新聞を読んでいた。そして、あり得ないものを見たような目で一面に掲載されているニュースを読んだ。

「馬鹿な……。何故だ!?」

 その様子に僕達が驚いていると、彼は立ち上がった。

「ど、どうしたんだ?」

 フレッドが聞くと、ビルは険しい表情を浮かべた。

「アズカバンで複数の囚人が脱獄した」

 ビルは店を出て行った。きっと、ダンブルドアの下に向かったんだ。
 ドラコが彼の置いていった新聞を拾う。覗きこんでみると、脱獄犯達の名前と顔写真が掲載されていた。
 ロドルファス・レストレンジ、ベラトリックス・レストレンジ、ラバスタン・レストレンジ、アントニン・ドロホフ、オーガスタス・ルックウッド。
 そして……、シリウス・ブラック。

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