第二話『消失』

 何故だ……。
 あの姿は間違いなく闇の帝王だった。
 どうして、ハリー・ポッターと闇の帝王が共にいる!?
 わからない。前後の記憶が曖昧だ。ここが何処かも、今が|何時《いつ》なのかも、何も分からない。
 だが、あの少女……いや、少年がハリー・ポッターである事は知っている。

『……簡単な話だ。ハリー・ポッターは闇の帝王と手を組んだ』

 今の声はなんだ……?
 いや、声など聞こえない。今のは私の思考だ。
 そうだ。ハリー・ポッターは闇の帝王と手を組んだ。
 
『これは由々しき事態だ。そうだろう?』

 そうだ。これは由々しき事態だ。

 第二話『消失』

「どういう事ですか!?」

 アルバス・ダンブルドアは掴み掛かって来た男を冷たく見据える。

「はて、どういう事とは?」
「惚けるつもりか!!」

 男が拳が振り上げられる。だが、その手を後ろに立つ別の男によって止められた。

「止さぬか、ウィリアム」

 止めておきながら、止めている方の男も表情に怒りを滲ませている。

「……聞かせて頂けるのでしょうな? 何故、ハリー・ポッターを敵の本拠地に差し向けたのですか?」
「ハリーが志願した。それに、適任だった」
「適任……? 十二歳の子供が適任だと……?」

 声を震わせながら、強張る体を抑え、セブルス・スネイプはダンブルドアを睨みつける。

「相手はあの闇の帝王だ!! 何故、我輩やウィリアムではなく、あの子を送り込んだ!?」
「ハリーには魔王がついておる。今のアレが牙を剥けば、敵う者などおらん。どれだけ数を揃えても無駄じゃろう。例え、それがあの者自身の分身であろうとな」
「だからと言って……、ハリーまで行かせる必要は無かった筈だ!!」

 ウィリアムの怒声にダンブルドアは首を振った。

「魔王を動かせる者はこの世で一人じゃ。ハリーが行かねば、アレは動かぬ」
「だから……、行かせたと言うのか!?」

 ウィリアムは杖をダンブルドアの胸元に突きつけた。

「何処だ……」

 憎悪と憤怒によって高ぶる心を必死に宥めながら、絞り出すように問う。

「ヤツの根城は何処だ!?」
「それを聞いてどうする?」
「決まっている!! ハリー|一人《ひとり》に行かせられるものか!!」

 ダンブルドアは言った。

「お主等を行かせるわけにはいかん」
「なんだと!? ハリーを行かせておいて、どうして僕を行かせない!!」

 激昂するウィリアム。その肩を誰かに掴まれた。

「止めないでくれ、スネイプ先生!!」

 振り向くと、そこには予想を裏切る人物が立っていた。

「落ち着け、ウィリアム」
「……ま、魔王!?」

 そこに立っていたのは敵の本拠地に乗り込んだ筈の魔王だった。

「ハリーは無事なのか!?」

 掴み掛かるウィリアムを鬱陶しそうに引き剥がし、魔王は頷いた。

「無論だ。今はメゾン・ド・ノエルで体を休めている」
「そっ、そうか……」

 ウィリアムはホッと安堵の溜息を零した。

「と、とにかく無事で良かった」
「顔を見に行くなら朝にしろ。さすがに疲れている筈だからな」
「ああ……」

 魔王はウィリアムから視線を外し、ダンブルドアに顔を向けた。

「終わったぞ」
「見事じゃ」

 魔王は肩を竦めて見せた。

「それにしても、随分とハリーから離れられるようになったようじゃな」
「日記の分霊も取り込んでやったからな」
「そうか」

 ダンブルドアは目を細めた。

「……残るはオリジナルじゃな」
「その前に残る分霊箱だ。やはり、万全を期す為にはヘルガ・ハッフルパフのカップとサラザール・スリザリンのロケットペンダントを確保しなければならん」
「確か、カップはベラトリックス・レストレンジに預け、ロケットは……」
「海辺の洞窟に隠した。だが、レギュラス・ブラックによって何処かへ移された」
「レギュラス・ブラックか……」

 暫くの沈黙の後、魔王が口を開いた。

「やはり、ブラック家の屋敷にある可能性が高い。だが、守り人は牢獄の中だ……」
「ワームテールを引き渡して貰えれば話は簡単に済むのだがのう」
「馬鹿を言うな。ハリーが許す筈がない」
「相手は後見人じゃ」
「ならば、自分で提案してみろ。見た事も無い後見人の為にワームテールを捨てろと」

 ダンブルドアは溜息を零した。

「そうなると時間が掛かる。無実という前提があっても、なにしろ十二年も前の話じゃ。証拠も揃っておる……」
「その辺りは貴様に任せる」

 魔王は踵を返した。

「……ハリーの下へ帰るのかね?」
 
 魔王は首を横に振った。

「オリジナルを追う」
「ま、魔王!?」

 魔王の言葉にウィリアムが目を見開いた。
 その彼に魔王は言った。

「明日、ハリーを迎えに行ってやってくれ。任せるぞ」
「待ってくれ、魔王!」

 慌てて追い掛けるが、魔王の姿は霞の如く掻き消えた。

「魔王……」

 その翌日、ウィリアムがハリーを迎えに行くと、ハリーは泣きじゃくっていた。

「魔王がいない……。魔王がいない……」

 同じ言葉を繰り返し、小さく体を丸めるハリー。
 その翌日も、その翌日も、月日が流れ、季節が変わっても、魔王は帰って来なかった。

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