魔王の姿が消えた。そして、ヴォルデモート卿が苦しみ始めた。
何が起きているのか分からない。ただ、魔王が戦っている事だけは分かる。だから、僕は祈った。
「魔王……」
勝ち負けなんてどうでもいい。魔王に消えてほしくない。ただ、それだけだ。
やがて、ヴォルデモート卿は動きを止めた。
その体が光に包まれていく。分割された魂が一つに戻り、その肌に生気が宿っていく。肉体も大きく変貌を遂げ、やがて魔王の姿になった。
瞼を開き、僕を見つめる。僕は駈け出した。
第九話『離別』
「魔王!!」
間違える筈がない。例え、それが同一人物だとしても、魔王とそれ以外を僕は間違えない。
そこに立っていたのは、紛れも無く魔王だった。
「……安心しろと言っただろう」
呆れたように彼は言う。
「俺様が嘘を吐いた事があるか?」
「……割りといっぱい」
僕の答えに魔王は笑った。
「そうだったかな」
魔王が僕の頭を撫でてくれた。いつものように優しい手付き。まるで壊れ物を扱うかのように丁寧。
「……終わったようだな」
ダンブルドアが魔王に話し掛けて来た。その瞬間、魔王は拳を振りぬいた。殴り飛ばされるダンブルドアに周囲が騒然となる。
だが、当の本人達は笑っている。
「これで勘弁してやるよ、クソジジイ」
「ほっほっほ。いたいけな老人に酷い事をするのう」
朗らかな笑みを浮かべる二人。
「ま、魔王……?」
「さて、これで全部終わりだ。帰るぞ、ハリー」
「……うん」
僕は魔王の手を取った。そして、帰路につこうとして取り囲まれた。
当たり前の話だけど、彼らにとって、僕達は敵のままなのだ。
「ま、待て、ヴォルデモート!!」
彼らの瞳には困惑の色が浮かんでいる。今までの一部始終を見て、混乱しているようだ。
それでも、自分達の使命に従おうと勇気を振り絞っている。
正義は彼らにある。だけど、そんな事はどうでもいい。
「邪魔しないでよ」
僕は言った。
「僕達は帰るんだ」
すると、彼らは激怒した。
「何を……、何を言っているんだ!! 大勢の人を殺して、大勢の人を苦しめて、下手な茶番を打って、それで帰るだと!?」
「そんな事、許される筈が無い!!」
「貴様等を逃がしはしないぞ!!」
ヴォルデモート卿が引き起こした数々の事件。その罪は魔王に引き継がれた。
だけど、どうでもいい。僕にとって、彼らはただひたすら邪魔なだけだった。
「……これが俺様と歩むという事だ」
魔王が僕を見つめる。ちょっとしつこい。
「僕の答えは変わらないよ、魔王」
僕は微笑んだ。
すると、彼は僕を抱き上げた。
「仕方のない奴め……」
魔王はそのまま歩き始める。
「止まれ!!」
誰かが杖を振るった。だが、呪文が当たる事はない。
代わりにクリスがひと睨みして沈黙させる。
イヴの唄は僕等に勇気を、彼らに恐怖を与える。
「我は魔王。身の程を識る事だな、魔法使い達よ。貴様等が如何に徒党を組み、如何に強力な術を手に入れても、我が歩みを止める事は出来ない」
圧倒的なまでの力の差。それでも勇敢に立ち向かう者はいた。だけど、誰一人僕等を傷つける事は出来ない。
ビルやドラコ達が口を開こうとして、ダンブルドアがこっそりと杖を振るった。声を出せない事に驚き、それでも何かを訴えようとしている。
僕は声に出さず、口の動きだけで彼らに告げた。
さようなら、みんな。
「では、諸君」
魔法使い達の輪を堂々と通り抜けた後、魔王は振り返って言った。
「さらばだ」
イヴの炎が僕達を包み込む。そして、僕達は魔法界に別れを告げた。