第九話『病心』

 何が起きたのか理解出来なかった。ハリーの体が一瞬で燃え上がり、チリ一つ残さずに掻き消えてしまった。
 観客席から教師達が競技場へ飛び降りてくる。
 僕は呆然と立ち尽くしていた。

「何処だ、ハリー!!」

 ウィリアムが必死にハリーの名を呼んでいる。他の教師達は呪文で何かをしている。

「ドラコ!!」

 ロナルドが降りて来た。

「ハ、ハリーはどうしちゃったの!?」
「……僕に分かるわけないだろ! いきなり、燃えて……それで……」

 その時だった。競技場の外から拡声呪文を使ったフリットウィックの声が響いた。

「いました!! こっちです!!」

 走り出す教師達の後を追い掛ける。他の選手達も後から付いて来ている。

「そう言えば、見たか?」

 マーカスがウッドに話しかけている。

「ああ、吸魂鬼がいた。ポッターはきっと……」

 怒りが込み上げてくる。

「吸魂鬼だと……。ホグワーツを警護する為に来たんじゃないのか!? クソッ!!」

 今の声は僕じゃない。だけど、僕の内心そのものだ。
 前を走る教師達も口々に囁き合っている。

「あそこだ!」

 誰かが叫んだ。前を向くと、フリットウィックが手を振っている。その足元に誰かが寝転んでいる。
 見覚えのある赤い髪、ハリーだ。

「ハリー!!」

 ウィリアムが悲鳴を上げた。僕達も教師を押し退けてハリーに駆け寄る。

「ハリー!! 冗談は止せ!!」

 ハリーを抱きかかえるウィリアム。

「落ち着け! 気を失っているだけだ」

 スネイプがウィリアムの肩を掴んで諭した。

「火傷もないようだな。あの炎は一体……」
「それは恐らく……」

 フリットウィックが恐々と何かを差し出した。そこには一羽の雛鳥がいた。

「これは……、まさか!」

 ウィリアムが目を見開いた。

「知っているのか?」

 スネイプが問う。

「恐らく、不死鳥の雛だ」
「なにっ!?」

 僕はそっとハリーに近づくダンブルドアを見た。以前、校長が不死鳥を飼っていると聞いた事がある。

「フォークスではない」

 ダンブルドアの言葉を裏付けるように、空から一羽の不死鳥が降りて来た。雛鳥の前に立ち、唄を歌い始める。
 
「では、この不死鳥は……?」
「分かる事はこの者がハリーの窮地を救ったという事だけじゃ。とにかく、ハリーを医務室へ」

 ウィリアムがハリーを抱きかかえた。すると、不死鳥の雛は羽も生え揃っていない状態の翼を羽ばたかせた。
 ぎこちない飛び方でハリーの周りを舞う。すると、フォークスが雛に飛び方を教えるかのように近づいた。

「さて、諸君!」

 ダンブルドアが手を叩いて僕達の注意を引く。

「ハリーは無事じゃった! 故、観客達の不安を拭い、期待に応えねばならぬ!」

 その言葉に納得がいかなかった。今直ぐ、ハリーを追いかけたい。だけど、教師達が僕達を競技場へ連れ戻した。
 ダンブルドアがハリーの無事を報告すると、観客達の感心はグリフィンドールの勝利に向いた。久方振りのスリザリンの黒星に他寮の生徒達は歓声を上げている。
 選手達は一人も納得していない様子だが、奴等にとっては過程などどうでもいいのだろう。

「……僕、気づかなかったんだ。落ちてくるハリーと目が合った。スニッチを掴んで、勝ったと思って、呆然としてたんだ……。もしかしたら、ハリーが死んでたかもしれないってのに!」
「ロナルド!」

 他の誰よりも早く、僕はロナルドの襟を掴んだ。

「ドラコ……」
「悪いのは吸魂鬼だ!」
「でも……」
「いいから、今は自慢気にスニッチを掲げとけよ。……後でハリーの見舞いに行こう」
「……うん」

 ロナルドはスニッチを頭上に掲げた。すると、観客達は声援を彼に送った。
 複雑そうな表情を浮かべている。
 優秀な兄を持つ弟。ロナルドはいつも劣等感を抱いていた。
 いつか、脚光を浴びる自分を夢見ていた。それが今、実現している。
 過程に不服があるのだろうが、徐々に頬が緩みだした。
 それでいいと思う。これは勝者が得るべき正当な報酬だ。

「ッハ、これで勝ったとは思わぬ事だ。寮対抗杯は今年も必ずスリザリンがいただく」
「言ってろ、フリント。我がチームには優秀なシーカーが入った。これからはグリフィンドールの時代だ」
「まぐれで喜ぶとはめでたい奴等だ。優秀なシーカーならば此方にもいる。今回はあくまで事故だ。……吸魂鬼め」

 キャプテン同士の会話も弾んでいる。そう言えば、昔はもっと険悪だったな。
 僕やハリーを始めとして、最近は寮の間を超えた関係を築く者が増えてきている。
 これはきっと、良い変化というものなのだろう。

「……おめでとう、ロン」

 第九話『病心』

 試合から数日が経過した。僕は病院のベッドで目を覚まし、事のあらましを聞いた。
 
「君が助けてくれたんだってね」

 僕の周りを飛ぶ真紅の鳥。クリスによると、あの卵から孵ったみたい。
 不死鳥は名前の通り、不滅の存在。例え死んでも、灰の中から蘇る。だから、滅多に卵を産まないし、卵も孵らないそうだ。
 卵を産む時、不死鳥は完全なる終わりを迎える。その時、野生の不死鳥は自らが産まれた地に産み落とし、人に飼われた不死鳥は人に卵を託す。
 人に託された卵は野生の卵よりも一層孵化し難いそうだ。
 不死鳥は知性が高い。卵の時から人の感情を感じているそうだ。その感情を心地よいと感じた時、不死鳥は主人を認め、殻を破る。

「僕を認めてくれたんだね、ありがとう」

 ピィと元気に返事をしてくれた。とても可愛らしい。

「名前を考えないとね」

 悩む。やっぱり、クリスマスに因むべきだ。

「よし、イヴにしよう!」
《またしても、安直だな》

 クリスに呆れられてしまった。

「だ、駄目かな……?」

 不安になりながら聞くと、不死鳥は嬉しそうにピィと鳴き、僕の指を甘噛した。

「ありがとう、イヴ」

 こうなると、ヘドウィグの名前もクリスマスに因むべきだったかもしれない。後の祭りだ。
 不死鳥の餌についてはダンブルドアがこっそり手紙を届けてくれた。基本的には何も口にしなくていいみたいだけど、竹の実という珍しい木の実を好むみたい。
 滅多に見つからない物らしいけど、ダンブルドアが特別に幾つか包んでくれていた。
 一口与えると、イヴは嬉しそうに唄い始めた。

 イヴとの出会いから更に数日が経った。チームメイトに謝った後、次の試合に向けて猛練習を続けている。
 マーカスの気合は十分だ。次のレイブンクロー戦に向けて、作戦を幾つも用意している。覚えるだけでも一仕事。
 そうして忙しい日々を送りながら、僕はあの時の事を思い出していた。
 空から落ちる僕の体。地面が間近に迫った時、魔王の声が聞こえた。もう一度聞こえないか、試してみたくなった。

「おい、ハリー!」

 クィディッチの練習中、急降下の練習と言って、僕は地面に向かって加速した。
 すると、目眩と共に魔王の声が聞こえた。

――――止せ、何をしている!

 ギリギリで箒を旋回させる。すると、骨がバキバキと音を立てた。酷い激痛。

――――だから言ったのだ。この愚か者め。無茶をするな。

 これは、ずっと昔の記憶だ。魔王の期待に応えたくて、無茶を繰り返した日々。その時の魔王の言葉。

――――貴様は目を離せんな。

 走馬灯というものなのかな。その声があまりにも鮮明で、現実的で、まるで近くに魔王がいるみたいに感じられた。
 マーカスに怒られて、ドラコに医務室へ運ばれ、以降からは急降下訓練を禁じられてしまったけど、僕はまた声を聞きたかった。
 刃物で自分を傷つけるだけでも魔王の声を聞ける事が判明して、僕は嬉しくなった。
 手首をナイフで裂くと、真っ赤な血があふれた。そして、声が聞こえた。

――――何をしているんだ! 俺様がいつ、そんな事をしろと言った!

「ああ、魔王……。魔王の声だぁ……」

 もっと、聞きたい。もっと、感じたい。ああ、やっぱり僕には魔王が必要なんだ。
 魔王がいなくても大丈夫だなんて……、そんなの嘘っぱちだ。
 魔王の声を聞く度、取り繕っていた物が壊れていく。

「魔王……。魔王……」
「なっ、なにしてるんだ!!」

 腕を切りつけていると、ドラコが戻って来た。
 ナイフを取り上げられてしまった。

「う、腕が……」

 ドラコは僕を医務室へ連れ込んだ。マダム・ポンフリーに怒られてしまった。
 クスリを渡されて、一日一回飲む事を約束させられた。破ろうとすると、ドラコが睨んでくる。
 飲むと不思議と心が落ち着いた。魔王の声を我慢出来た。
 だけど、それも最初の数ヶ月だけだった。

「魔王の声を聞きたい……」

 本物の魔王が帰って来てくれないのなら、例え幻聴でも構わない。
 もっと、感じたい。
 腕を切る。クリス達が止めようとするけど、ワームテールやイヴに僕を止める力はない。クリスも僕が命じれば止められない。
 イヴは僕が切る度に涙を流して僕の傷を癒してくれた。だから、何度も魔王の声が聞けた。ドラコにも気づかれない。
 
「あはは……。魔王……。僕の魔王……」

 傷が大きければ、それだけたくさんの声が聞こえる。きっと、死に近づく程……。

「魔王……」

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