第七話『ウィーズリー家の人々』

 気持ちのいい朝を迎えた。体の痛みに呻く事も、空腹に喘ぐ事も、埃を吸い込んで息苦しくなる事もない。こんなに爽快な気分で起きる事が出来るなんて思わなかった。
 ベッドから起き上がると、床で眠っているビルに気付いた。

「あっ……」

 僕がベッドを占領してしまったせいだ。
 夏とは言っても夜は冷え込む。毛布一枚で凌ぐ辛さを良く知っているから、僕は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
 
「ん……、あれ? ああ、起きたんだね、ノエル」
「ごめんなさい、ビル。僕がベッドを使ったから……」
「気にしないでよ。僕が君にベッドを使ってもらいたかったんだ」
「でも……」

 ビルは困ったような表情を浮かべた。

「オーケー。今夜からは僕もベッドで寝る。一緒に寝よう。それでいい?」
「え? う、うん」
「じゃあ、下に降りよう」

 髪がくしゃくしゃになるくらい撫でられた後、腕を引っ張られて一階に降りた。

 第七話『ウィーズリー家の人々』

 一階には既にビルのお母さんがいた。慌ただしく動き回っている。

「おはよう、母さん」
「あら、おはよう。今日は早いわね。ご飯はまだよ?」
「そっか。じゃあ、ノエルに庭を案内してくるよ」

 ビルが僕の手を引っ張る。だけど、僕の目はビルのお母さんに釘付けだった。
 彼女が杖を振る度に鍋や包丁が踊る。

「あら、興味があるの?」
「えっと、その……」

 小さく頷くと、彼女はとても嬉しそうな顔をした。

「あらあら! その歳で家事に興味を持つなんて関心だわ! ああ、でも杖がないと教える事は出来ないのよね……」
「あっ、杖ならあります!」
「え!?」

 二人が驚いた表情を浮かべる。どうしたんだろう。

『お前が杖を持たせてもらえている事に驚いているんだ。……本当の父親が遺した遺産を使って買ったと言え。家から逃げ出して、記憶を頼りに父親の住んでいた場所へ行き、そこで秘密の金庫を見つけたと言え。あの隠れ家の事を話しても構わない』

 魔王の言葉をそのまま口にすると、二人は納得の表情を浮かべた。
 僕ではとても思いつかない言い訳を彼は巧みに組み立てる。

「そうだったのね」

 ビルのお母さんは僕の頭を撫で付けた。

「そのお金は大切にしなさい」
「は、はい」

 ビルのお母さんは取り上げる素振りをまったく見せなかった。
 ペチュニアおばさんやバーノンおじさんが聞いたら直ぐに取り上げて、自分の物にしていた筈なのに……。

「そう言えば、私の名前を言ってなかったわね。モリーよ」
「ぼ、僕はハ……ノエルです。ノエル・ミラー」
「ええ、知ってるわ。さあ、ノエル。一緒に朝食の準備をしてみましょうか」
「はい!」

 モリーに連れられてキッチンに向かうと、ビルが気まずそうに咳払いをした。

「えっと……、僕も手伝うべきかな?」
「キッチンに三人も入らないわ」
「……はーい」

 キッチンは外から見た印象通り、すごくごちゃごちゃしていた。

「気をつけてね。刃物とかもあるから怪我をしないように」
「は、はい」
「杖の振り方はわかる?」
「いえ、その……、全然」
「なら、基礎の基礎からね。今日は杖無しでいきましょう」
「え?」

 実のところ、家事に興味があったわけじゃない。ただ、彼女の魔法に興味があった。
 杖をオーケストラの指揮者のように振り、料理を作っていく。その光景は今まで見て来たどんなものよりも魔法的だった。
 とは言え、杖を使わない家事なら得意分野とまではいかなくてもそれなりに出来る。痛みと共にペチュニアおばさんから散々仕込まれたから。

「包丁の使い方が上手ね」

 モリーは事ある事に褒めてくれた。新鮮な感覚だ。

「後でお洗濯の方も手伝ってもらえるかしら? その時はあなたにも杖を使ってもらうわ」
「は、はい!」

 力いっぱい返事をすると、モリーに笑われてしまった。
 彼女も僕に合わせて魔法を使わない調理方法に切り替え、一緒に朝食を完成させた。
 朝食を運んでいると、小さな女の子が立っていた。

「えっと……」
「あなた、ノエル・ミラー?」
「う、うん」

 女の子は僕をジーっと見つめた。

「なにしてるの?」
「え? えっと、お手伝い……?」
「ふーん」

 なんだか怖い。

「おっ、美味そうな匂い。ああ、君がノエルだな」

 緊張した空気を打ち破ったのはビルより少し背の低い、だけど、ビルよりもガッチリとした体躯の男の人だった。

「チャーリー、おはよう」
「おう、おはよう、ジニー」

 チャーリーは気さくな笑顔を浮かべた。

「おはよう、ノエル」
「お、おはようございます」
「そう緊張するなよ。リラックス、リラックス。俺達は家族になるんだぜ」

 僕の肩をポンポンと叩いて豪快に笑う。乱暴な雰囲気なのに、ダドリーとは全然違う。とても優しそう。

「ほら、ジニー。邪魔になるから席につこうぜ」
「えー、もっとお話したいよ」
「あとでゆっくりな」

 そう言って、チャーリーは僕に向かってウインクをした。
 こんなに上手なウインクは見たことがない。

「おはよう、みんな。あれ? ああ、君がノエルか」

 今度はメガネを掛けた男の人だった。ビルより低くて、チャーリーより大きい。ただ、二人と比べるとすごくほっそりしていた。

「は、はい」
「パーシーだ。よろしく頼むよ」
「ノ、ノエルです」
「うん。聞いてるよ。一応言っておくけど、あまり節度のない行動はしないように」
「は、はい」
「言ったからね? 子供とはいえ、他人の家である事を忘れてはいけないよ」
「パーシー。お前は余計なお世話って言葉を覚えたほうがいいぞ」

 いつの間にかチャーリーが目の前に立っていた。パーシーの肩をに手を回して、食卓の方に連れて行く。

「ノエルとは家族になるんだからな」
「わ、わかってるよ。ただ、僕は節度を忘れないようにって……」
「朝食の手伝いをしてる子にその心配は必要か? お前は頭が固すぎるぞ」

 呆然としていると、今度は僕と同じくらいの背格好の男の子が現れた。

「パーシーは頑固者なんだ。だから、あんまり気にしないほうがいいよ」
「えっと……」
「僕はロン。ロン・ウィーズリー。ノエルだよね? よろしく」
「よ、よろしく」
 
 欠伸をしながらロンも席につく。
 本当に不思議な家族だ。パーシーが少し注意を促しただけで、誰も僕を追いだそうとしない。
 
「……ノエルが手伝っている姿を見ても誰も手伝わないとはね」
  
 モリーが呆れたように呟いた。ピクピクと眉間が痙攣している。

「えっと……、モリーさん?」
「ああ、本当にノエルは良い子だわ」

 そう言って、テーブルに座る面々を物凄い目つきで睨むけど、食卓の面々は全く意に介していない。すごい光景だ。
 朝食を配膳し終えると、僕とモリーも席についた。大きな机には所狭しと料理が並んでいる。

「そう言えば、父さんは?」
「今朝早く、魔法省に呼び出されたわ。なんでも、大きな問題が起きたみたいなのよ」
「大きな問題ですか……?」
 
 パーシーにモリーは肩をすくめて見せた。私にはさっぱり分からないわ、と言っているみたい。
 
「はいはーい! みんな、注目!」

 みんなが朝食を食べ始めようとした途端、新たに二人の男の子が現れた。僕やロンよりも少し背が高い。
 注目するべきは二人の見た目。まるで鏡合わせのようにそっくりだ。服装まで同じものにしている。

「やあ! 君がノエルだね! 俺はフレッド!」
「俺はジョージだ!」

 満面の笑顔で僕に挨拶をする二人。

「ノ、ノエルです。よろしくお願いします」

 頭を下げると、二人はニンマリと笑った。

「おい、何をするつもりだ?」
 
 パーシーが警戒した表情を浮かべる。

「ここで花火や爆弾を爆発させたらタダでは済まさないわよ?」

 とっても怖い表情を浮かべてモリーが言った。と言うか、花火や爆弾ってどういう事だろう。この二人はテロリストなの?

『ああ、悪戯グッズの事だろう。この反応から察すると、この二人は相当な問題児らしい』

 そういう事か……。

「そんな事はしないよ。ただ、折角新しい家族が出来たんだ」
「ここは余興の一つもやらないとって思ってさ!」

 二人は交互にしゃべっているのに、まるで一人がしゃべっているみたい。それほど、二人は声もそっくりだった。

「余興?」

 ロンが首を傾げる。

「絶対碌でもない事を考えてる……」

 パーシーがうんざり気味に呟く。

「今日は何をするつもりなのかしら」

 ジニーは少し期待しているみたいだ。

「あの二人は双子なんだよ。いつも面白い事を思いつくんだ」

 ビルが教えてくれた。その顔は好奇心でいっぱいになっている。二人が何をするつもりなのか、ジニーに負けないくらい楽しみにしているみたいだ。

「そういうわけで!」
「どっちがフレッドでしょうかゲーム!!」

 双子の片割れが杖を振る。すると、どこからともなく現れた真っ白なシーツが二人を隠した。シーツの向こう側はまったく見通せない。
 しばらくすると、シーツが地面に落ちた。

「さて、どっちがフレッドか分かるかな!」
「さて、どっちがフレッドか分かるかな!」

 同じ声が重なり合って、とても不思議な響きになっている。
 それはそうと、さっぱり分からない。なにしろ、二人はあまりにもそっくりだ。

「うーん、左かな?」
「右じゃない?」
「僕は左だと思うよ」
「俺も左かな」
「どっちでもいいよ。ご飯が冷めちゃうじゃないか……」
「ノエルはどっちだと思う?」

 モリーに聞かれて、僕は必死に二人を見比べた。だけど、さっぱり違いが分からない。

『右だ。ああいう見た目で判断のつき難い人間を見分ける方法は瞳を見る事だ。そこに性格が現れる』

 魔王に言われて、僕は二人の瞳を見つめた。すると、そこに確かな違いを見る事が出来た。
 とても些細な差だけど、人の顔色を伺う事は得意分野だ。

「右がフレッド。左がジョージ」
 
 僕が答えると、二人は目を見開いた。

「えっ、正解なの?」
 
 ロンが聞くと、二人は同時に頷いた。

「も、もう一回!」

 ジョージが言った。杖を振って、自分達を隠す。
 それから間を置いてシーツを降ろす。

「どっちがフレッドか分かるかな!?」
「どっちがフレッドか分かるかな!?」
 
 魔王はすごい。今度ははっきりと分かった。
 フレッドは好奇心旺盛な瞳で、ジョージは優しい瞳をしている。

「さっきと同じ。左がジョージで、右がフレッド」
「も、もう一回!!」

 なんだか楽しくなってきた。二人は何度も《どっちがフレッドでしょうかゲーム》を繰り返した。
 モリーが怒るまで、それこそ十回以上も。
 二人共、モリーにガミガミ怒られながら僕を嬉しそうに見つめた。

「ノエル! 僕はどっち!?」
「ジョージ」
「僕は!?」
「フレッド」

 あまりにも嬉しそうな顔で聞くものだから、僕も嬉しくなった。

「ノエル! よろしくね!」
「ノエル! よろしくね!」
「う、うん。よろしく」

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