春が過ぎた。夏が過ぎた。秋が過ぎた。冬が過ぎた。
一年が過ぎた。二年が過ぎた。五年が過ぎた。十年が過ぎた。
魔王と共に姿を消したハリーを私は今も探し続けている。
「……まったく、あの薄情者め」
愚痴を零しながら、私は手紙の指し示す場所を目指して歩いている。
魔法省に入省して、たくさんの人脈を手に入れた。その中の情報筋から手に入れた手掛かり。
ノルウェーの北部にあるドラゴンの棲息域に、時折浮世離れした美しい女が現れるという。その女の髪は血のように紅く、出会った者を虜にしてしまうという。
「今度こそ当たりなんだろうな……」
暇を見つけては、あやふやな手掛かりを下に各地を回っている。
だけど、未だに辿りつけない。
秘境や異国へ赴いてはガッカリさせられるばかりだ。
「……あそこか」
目撃情報のあった場所に到着した。エメラルドグリーンの輝きを放つ、ドラゴンの抜け殻がある。
脱皮したばかりの抜け殻には魔力が残り、貴重な素材となる。少量であれば持ち出して保存する事も出来るが、本体を移動すると折角の魔力が霧散してしまうらしく、ここに放置されている。
今回は三日間猶予がある。それ以上はさすがに仕事を休めない。それまでに現れてくれる事を祈り、私はテントを設置した。これはビルから貰ったものだ。
彼は魔王と一緒なら何処に居ても幸せな筈だと達観したような事を言って、今もダンブルドアの秘書を続けている。闇の魔術に対する防衛術の授業も担当しているそうだ。
「十年か……」
フレッドとジョージはクィディッチの選手になった。共に一軍として大活躍している。
直接会えなくても、きっと自分達の活躍をハリーも見てくれている筈だ。彼らはそう言って、日々、訓練に励んでいる。
ロンはハーマイオニーと結婚して、私の部下になっている。入省時期は同じだけど、生憎と頭の出来が違った。だが、私がハリーを探す時間を作るために便宜を図ってくれている。その事にはいくら感謝をしてもし足りない。
パンジー達もそれぞれ日々の仕事に打ち込みながら出会いを求めているようだ。クラッブとゴイルを薦めたらグーで殴られたっけ……。
「ハリー……。君に会いたいよ」
あれ以来、私は多くの友を持った。掛け替えの無い親友達と共に様々な障害を乗り越えた。
それでも、心にはポッカリと穴が空いたままだ。
確かに、君にとって魔王は特別な存在なのかもしれない。私達は一番になどなれないのかもしれない。
「だからって、手紙の一つも寄越さないってのは無いんじゃないか?」
テント生活二日目の朝、ドラゴンの抜け殻をせっせと削る赤毛に私は思いっきり不機嫌な顔で声を掛けた。
「……え?」
キョトンとした表情を浮かべて、ハリーは僕を見た。
最終話『魔王と僕の歩む先』
「ごめんね、散らかってて」
僕は久しぶりに再会した友人を家に招いた。形式的な事を言っただけなのに、部屋の掃除を一手に担う我が家のメイドにハタキで叩かれた。
《なんだ、その言い草は! 言っておくが、埃一つ残さず綺麗にしているのだぞ!》
ガーッとクリスに怒られて涙目になる僕を彼は笑う。
「元気そうで何よりだ」
「……えへへ」
クリスはチラリと彼を見た後、そのまま書斎の方へ向かって行った。
「……パン屋は辞めたのかい?」
「うん……。メゾン・ド・ノエルには戻れなかったからね。他の所で再スタートしようかとも思ったけど……」
「そっか……」
メゾン・ド・ノエルには魔法省のメスが入った。捜査の名目で荒らされた店は廃墟のようになってしまった。
何度か店の前に行った事がある。その度に常連だった人々が寂しそうな表情を浮かべていた。
事情を話す訳にも行かず、僕は彼らに何も出来なかった。
「収入はどうやって得ているの?」
「畑仕事を少々」
この家の裏側には結構な広さの畑が広がってる。
「ここがリビングだよ」
リビングにはイヴとワームテールがいた。
「えっと……、ワームテールとチェスをしている子は?」
「イヴだよ」
「……え?」
イヴも人に化けられるようになった。その方が便利だからと魔王が特別な魔法薬を調合したのだ。
燃えるような赤い髪は僕とお揃い。近所の人には妹って事にしている。
「おや、アナタは!」
ワームテールは彼に気付いて傍まで来た。チェスを中断されたイヴが両手を上げて抗議している。
「やあ、ドラコさん。お久しぶりですね」
ワームテールは今ではすっかりおじいさんになってしまった。
腰が曲がって、前みたいに動き回れなくなっている。だから日がな一日、イヴとゲームをしている。
「どうも」
ドラコはイヴにも手を振った。だけどイヴにはチェスの方が重要みたい。チェス盤を指差して、ワームテールを呼んでいる。
「すみません」
ワームテールは申し訳無さそうにドラコに頭を下げてイヴの下に戻った。
「イヴとワームテールはとっても仲がいいの」
「みたいだね」
二人が遊んでいる場所から少し離れた所に僕達は座った。
「でも、ビックリしたよ。あんな場所にドラコがいるなんて思わなかった」
「本当に苦労したよ」
眉間にしわを寄せながらドラコが言った。
「普通、友達に手紙の一つくらい寄越さない?」
かなり怒っているみたい。
「ご、ごめんなさい……。だって、僕と繋がっている事を知られたらドラコ達が大変な目に会うと思って……」
「……それでも、連絡が欲しかったよ。ずっと、心配してたんだ」
「ごめん……」
縮こまる僕にドラコは微笑んだ。
「冗談だよ。いろいろと言いたい事があった筈なんだけど、君に会えたら吹っ飛んじゃった。ねえ、魔王はいないの?」
「も、もうすぐ帰って来ると思う」
「そっか」
ドラコは僕の服装を見た。
「それにしても、なんだか森の魔女って感じの服装だね」
「えへへ……、素材集めの時はいつもこれなんだ」
ポケットが山程あって、魔具もいろいろな場所に引っかかっている。
「ちょっと、着替えてくるね」
「うん」
ドラコを待たせて、僕は部屋に戻った。
手際よく身支度を整えて戻ると、ドラコは目を丸くした。
「スカートなんだ……」
「え? あっ……、うん」
しまった。いつもの癖でいつもの服を選んでしまった。
「……聞いてみたい事があったんだ」
「な、なにかな……?」
「君って、魔王を父親として好きなの? それとも……ああ、もういいよ」
顔を真っ赤に染める僕を見て、ドラコは察したようだ。
「……そっか」
どんな反応が返って来るか心配だったけど、ドラコはどこか寂しそうな表情を浮かべた。
「ドラコ?」
「……今、君は幸せかい?」
「うん!」
それは即答出来た。すると、ドラコは嬉しそうに微笑んだ。
「これからも遊びに来ていい? ビルやフレッド達も連れて来たいんだけど」
「えっと……、大丈夫かな……」
「魔法省の事なら大丈夫だよ。なにしろ、十年で色々と変わったからね。未だに君の事を嗅ぎ回っている人間は僕くらいのものさ」
「そっか……。なら、大丈夫だよ」
「……ありがとう」
その日、僕は夜遅くまでドラコと語り合った。
十年の間に起きた様々な出来事。ロン達の近況。聞けば聞くほど聞きたい事が増えて、気付けばリビングのソファーで眠っていた。
気付いた時にはドラコが帰っていて、代わりにトムがいた。
「……おはよう、トム」
「おはよう、ハリー」
僕はトムの顔を見つめた。
「な、なんだ?」
この十年で僕達の間にもいろいろと変化が起きている。
一つは呼び方が変わった事。魔王っていう呼び方も好きだったけど、今は名前で呼んでいる。
僕はトムが好きだ。それは今も昔も変わらない。
彼に身も心も捧げ、姿形も変えられた、あの日から変わらず、この人を愛している。
制御されていない魔力による肉体の変質。それは僕の心が大きく影響している。
彼は確かに父親に似た部分を母親のモノに近づけようとした。だけど、僕がママの幼いころの姿とそっくりに変わった理由は僕がそれを望んだからだ。
|魔王《トム》が男の人だから、僕は女の子になろうとした。性別までは変わらなかったけど、今でも僕の容姿は女性にしか見えないものになっている。
僕はずっと前から、僕を救けてくれた瞬間から、ずっとこの人に恋をしていた。
「ねえ、トム」
「なんだ?」
「僕達はずっと一緒だよね?」
「何を今更……」
不思議そうな表情を浮かべるトム。
思いを告げた事はない。だって、それは望み過ぎだからだ。
ただ、いつまでも一緒にいられたら、それだけで十分幸せなんだ。
「お前は俺のものだ。そして、俺はお前のものでもある。お前が許す限り、俺はお前と共に在る。在り続ける」
「……なら、永遠に一緒だね」
「……ああ。そうだ、散歩にでも出掛けるか?」
「うん!」
僕は麦わら帽子を被った。最近、日差しが強くて大変なんだ。
トムは玄関で待ってくれていた。時々、トムの方から誘ってくれる散歩の時間が僕にとって何よりも幸せな時間だ。
ただ、横に並んで歩くだけなのに、どうしてこんなに嬉しいのか、自分でも説明がつけられない。
いつも一緒。いつまでも一緒。
魔王と僕の歩む先はどこまでも一緒。
END