死喰い人達のテロが世間を賑わせている中、僕は魔王の下を訪れていた。
魔王は死喰い人の一人を締めあげている最中だった。
第四話『逆鱗』
「この役立たずが」
どうやら、ろくな情報を持っていなかったようだ。ボロ雑巾のように成り果てた死喰い人はゴミ置き場に投棄された。
「それで、どうかしたのか?」
「……ええ、今日はハリーの事で来ました」
ハリーの名前を出した途端、常の威風堂々とした態度が崩れる。
変化の度合いは小さいけど、長い付き合いの中で分かるようになった。
「ハリーが自傷行為に耽っています」
「自傷行為だと!? どういう事だ!!」
掴み掛かってきた魔王に溜息が出る。
「あなたが帰って来ないせいですよ」
「ど、どういう事だ?」
僕はロンから聞いた話をそのまま魔王に伝えた。
ドラコが自傷行為を発見し、マダム・ポンフリーが精神安定剤を処方した事。
クィディッチの訓練中に危険な行為をした事。
そして、ハリーと面談をして分かった事を語った。
「ハリーは死に近づくとあなたの声が聞こえると言ってました」
「……どういう意味だ?」
「最初に聞いたのはグリフィンドールとの試合中。吸魂鬼に襲われ、墜落した時の事だそうです。恐らく、走馬灯のようなものなのでしょう。アレは死を前に脳が生きる手段を模索して起きる現象ですから」
「それが何故俺様の声を聞く事になる?」
「ハリーに生きる術を教えたのはアナタだ。だから、ハリーはアナタの声を聞いた。恐らく、そういう事でしょう」
そして、ハリーはその声を聞くために自傷行為へ走った。
「魔王。アナタはハリーと会うべきだ!」
「……それは、出来ない」
苦渋の表情を浮かべる魔王。
「アナタの言い分もわかります! だけど、ハリーにはアナタが必要なんだ!」
「……俺様が傍にいると、ハリーは幸せになれんのだ」
魔王は拳を握りしめる。
寂しい癖に、会いたい癖に、どうしてこんなに頑固なんだ。
「ハリーの幸せはあの子自身が決める事です!」
「ウィリアム!」
魔王は怒鳴った。
「分かるだろう? 俺様はヴォルデモート。闇の帝王の分霊なのだ。傍には居られんのだ!!」
「……そう言って、いつまで逃げ続けるつもりですか?」
「なんだと?」
険しい表情を浮かべ、魔王は僕を睨みつけた。
だけど、引く気はない。
「アナタは逃げてるだけだ」
「言葉に気をつけろ。誰が何から逃げていると言うんだ?」
「ハリーからだ! どうして、向き合おうとしないんだ!? あの子はずっとアナタを待っている!!」
「向き合って、どうしろと言うんだ!?」
魔王は叫んだ。
「あの子の傍には居られないんだ!! あの子は幸福にならなければならないんだ!! 俺様が奪ったものを取り戻さなければいけないんだ!!」
「あの子にとって、一番大切なものはアナタとの時間だ!! それなのに、アナタはハリーから逃げ続けている!! 離れなければいけないなら、説得してみせろ!! 何も言わず、ただ距離を置くなんて、そんなの逃げてるだけじゃないか!!」
「黙れ!!!」
癇癪を起こした子供のように魔王は僕を掴みあげた。
「貴様に何が分かる!? 俺様があの子を不幸のどん底に落としたんだぞ!! 過去はどうあっても覆せない!!」
「だからなんだよ!! 大切なのは過去じゃなくて、|現在《イマ》だろ!! 過去を覆せないなら、今幸せにしてやれよ!! それが出来るのは……悔しいけど、アナタだけなんだから!!」
魔王の手が離れる。
「大切なんだろ!! 愛してるんだろ!! だったら、ハリーの為に勇気を出してみせろよ!! 一度は世界を敵に回しておいて、子供一人に怯えるなよ!!」
「お……、俺様は……俺は……」
その時だった。急に炎が燃え上がった。その中から銀のドレスを着た少女と不死鳥、そして、ワームテールが現れた。
「ワームテール!?」
ワームテールは傷だらけだった。いつ死んでもおかしくない程の重症。
「ご、ごしゅ、さま……。はぃーが、はぃーが……」
口から逆流した血液を零しながら必死に何かを伝えようとしている。
「落ち着くのだ!! どうしたと言うのだ、ワームテール!!」
魔王が駆け寄り、抱き起こすと、咳き込んだ後にワームテールは言った。
「ハリーが……、捕まりました。処刑……される、と……」
その言葉と共にワームテールは意識を失った。
「ワームテール!!」
近寄ると、不死鳥のイヴがまるで死を悼むかのように唄を歌い始めた。その瞳にいっぱいの涙を浮かべて……。
「そんな……、ワームテール」
死んだ……。
ハリーが愛したネズミが死んだ。
「嘘だ……。君が死んだら……」
ハリーの笑顔が失われてしまう。
「なんだと……?」
魔王が目を見開いた。銀のドレスの少女。バジリスクのクリスが何かを魔王に伝えたようだ。
「魔王。クリスはなんと……?」
「……ハリーが魔法省に捕縛された。死喰い人に対する見せしめの為に処刑すると言っていたそうだ」
「なっ……」
頭が割れそうに痛む。怒りが際限無く湧き上がる。
「なんでだよ……。なんで、ハリーを……」
あの子は幸せになるべきなんだ。それなのに、どうして奪おうとするんだ!?
「魔王!! これでも、アナタはハリーから逃げ続けるつもりなんですか!?」
僕が叫ぶと、魔王は言った。
「……黙れ」
その言葉に、僕は再び声を荒らげようとした。
だけど、出来なかった。
ぷっつん。
そんな音が聞こえた気がした。
「……もういい。もう、分かった」
魔王はワームテールをゆっくりと地面に寝かせると、静かに立ち上がった。
「行くんですか……?」
「……ああ」
「敵は魔法省。いや、恐らく、裏には死喰い人が……ヴォルデモートが糸を引いている筈」
「どうでもいい」
魔王は言った。
「邪魔をするなら、魔法省だろうが、死喰い人だろうが関係ない」
僕は随分前にダンブルドアに言われた言葉を思い出した。
「全員まとめて、叩き潰す」
――――ハリーには魔王がついておる。
――――今のアレが牙を剥けば、敵う者などおらん。
――――どれだけ数を揃えても無駄じゃろう。
――――例え、それがあの者自身の分身であろうとな。