スリザリンの生徒としての生活が始まった。授業に関しては何も問題ない。基本的には魔王から教わった事の復習。分からない事があっても、直ぐに魔王が教えてくれる。先生よりも魔王の方が詳しい事さえ多々ある。
寮生との関係も良好だ。特に僕が何もしなくてもドラコが全てを整えてくれる。
「ハリー。このお菓子をどうだい? 母上が送ってくれたものなんだ」
「わーい! いただきまーす!」
彼は僕をすごくちやほやしてくれる。自分から話題を振って話を盛り上げてくれるし、お菓子や紅茶を黙っていても用意してくれる。
魔法界の英雄に取り入ろうと頑張ってくれている。
「ドラコ! 僕、今度はチョコレートのお菓子が食べたいなー」
「チョコレートか……。わかった、用意しておくよ」
素晴らしい甲斐性だと思う。痒いところに手が届く感じ。闇の帝王を討ち倒した者に対して、思う所は人それぞれだと思うけど、彼は僕が煩わしい思いをしなくていいように周囲を諌めてくれさえする。
一つ問題があるとすれば、それはグリフィンドールと会合した時だ。
第六話『戦友』
昼食を食べる為に食堂に向かうと、時々ロン達と遭遇する。
「やっほー!」
僕が気軽に声を掛けると、ロン達はビクッとした態度を取り、ドラコは露骨に嫌そうな顔をする。
「ハリー。いつも言ってるだろう? 友人は選ぶべきだと」
「うん。選んでるよ?」
時々、ドラコは人を博愛主義者みたいに言う。別に誰も彼もが大好きってわけじゃない。
「ロン。そっちはどんな感じ?」
「……えっと、いい感じかな。そっちはどうなの?」
ロンはドラコを睨む。彼らは互いを毛嫌いしている節がある。
「ハリーは快適に過ごしているさ。貧乏人の君と違って、僕はハリーに全てを与えている」
「金で友情は買おうなんて、寂しいやつだな」
二人共、中々に辛辣だ。そして、流れ弾が僕に当っている。お金目当てで友達を選ぶ人間だと思われてるのかな?
言い合いは次第にヒートアップし始めて、互いに杖を取り出した。これはまずいと思って、二人に武装解除呪文を使う。
「お、おい!」
「何をするんだ!」
二人がムッとした表情を浮かべて僕を睨む。別に止めようとしたわけじゃないから怒るのは筋違いだ。
「魔法を使った喧嘩は校則違反だよ。だから、魔法を使わずに喧嘩をしたらいいと思うんだ」
「……え?」
「……へ?」
周囲に出来つつあるギャラリーに一歩引いてもらい、僕は二人に笑いかけた。
「男同士は杖なんか使わないで、殴りあうべきだよ! そうして友情を深め合うんだ!」
「……はい?」
ドラコが困惑している。何を言っているんだ、お前……。そういう顔をしている。
ロンも似たようなリアクション。
「僕は思うんだ。このまま互いに鬱憤を溜め込んだまま進むと、いつか取り返しの付かない程関係が拗れるって!」
二年間、パン屋の看板娘として多くの人と関わりを持った。そして、分かった事がある。
人間は思い込みの激しい生き物だ。だから、一度相手に悪感情を抱いてしまうと取り払う事は難しくなる。
ドラコとロンが互いに嫌悪している理由は互いの印象が最悪に近いから。だけど、本当の意味で相手の事を知っているわけじゃない。今の二人の関係は互いの両親の不和をそのまま受け継いでしまっている事が原因だ。
「ドラコ。ロンはすごく優しくて、とってもユーモラスなんだよ」
ドラコを構えさせる。
「ロン。ドラコはとても賢くて、気遣いの出来る人なんだよ」
ロンを構えさせる。
「お互いの事をもっとよく知れば、きっと二人は仲良くなれると思うんだ」
「……えっと、あの」
「ハリー……?」
僕は満面の笑みでレフェリーを務めた。
「大丈夫。フレッドとジョージにお願いして、先生が来ないようにしてもらったから! 存分に殴り合えるよ!」
「え?」
「え?」
周囲のギャラリーにはフレッドとジョージもいた。二人に事情を説明すると大喜びで協力してくれた。
◆
「おいおい、これから何が始まるんだ!?」
「ウィーズリーとマルフォイの決闘だってよ!」
「え!? 決闘は校則違反よ!」
「杖を使わない決闘らしいよ。だから、別に問題ないんじゃない?」
「え? いや、そうなのかな……?」
「どっちが勝つと思う?」
「俺はマルフォイに1シックル賭けるぜ!」
「私もマルフォイかな!」
「僕はロンに賭けるよ!」
「っていうか、なんで喧嘩してるの?」
「よく分からないけど、ハリーを取り合ってるっぽいぞ」
「あはは、楽しそう!」
「やれやれー!」
「一人を取り合い、二人の男が拳を振るう。絵になるわねー」
周囲が好き勝手な事を言い出す。気付けば賭け事までし始めている者まで現れている。
ドラコはハリーを見た。目をキラキラ輝かせている。これが正しい事だと信じている目だ。曇りの無い目で戦えと迫ってくる。
ロンは周囲を見た。逃げ出すスペースなど欠片もない。そもそも、ここで逃げたら大顰蹙だ。それに、男としてのプライドもある。
「ファイッ!」
そして、二人は《何故、こんな事に!?》と思いながら殴り合いを始める。確かに喧嘩を始めたのは二人だ。だが、これはいくらなんでも予想外の展開。
とても痛い。そもそも、魔法使いは殴り合いなどしない。殴られた所はもちろん、殴った拳まで激しく痛む。だけど、止める事が出来ない。
誰も止めてくれないのだ。
――――な、何故だ!? どうして、誰も止めないんだ!! クラッブとゴイルはどうした!?
――――ハーマイオニー!? 校則違反だよね、これ!!
周囲は囃し立てるばかりだ。互いの顔が歪んでいく。
――――おい、ウィーズリーの顔が見えないのか!? こんなに顔が腫れて、とても痛そうじゃないか!!
――――マルフォイの顔を見て、何も思わないのか!? 折角の男前が鼻血のせいで台無しになっているぞ!!
終わらぬ決闘。終わらせたいのに、終わらせてもらえない。
「ね、ねえ、二人を止めた方がいいんじゃない?」
女神が現れた。
「ダメだよ。二人はまだ戦ってる。これは男同士のプライドを掛けた決闘なんだ! どちらかが倒れるまで、彼らは戦う。じゃないと、きっと納得出来ないと思うんだ!」
魔王が女神を追い返した。男同士のプライドという禁断のワードを使われた事で、余計に止められなくなった。
いつしか、互いの目には涙が浮かんでいた。これは痛みによるものではない。相手に対する哀れみの涙だ。
痛くてたまらない。それは相手も同じだ。
同じ痛みを共有する事で二人の間には一種の絆のようなものが芽生えていた。
そして、倒れこむ二人。周囲は喝采を上げた。そして、先生が来た。みんなは逃げた。取り残された二人は教師に連行されていく。
◆
二人の友情劇を見届けた後、僕は取り残されたパンジーやクラッブ、ゴイル、ハーマイオニー、ネビルと一緒に食事を取った。
「……こ、これで本当に良かったの?」
ハーマイオニーが問う。
「こういう事は一度とことんまでやるべきなんだよ。ね?」
僕は話の矛先をクラッブとゴイルに向けた。二人は笑いながら何度も頷いた。
「……ドラコは鼻から血を流していたのよ?」
パンジーが怖い表情を浮かべる。
「でも、最後は二人共満足そうに倒れてたよ?」
ネビルが言った。僕も同意見。
レフェリーとして間近に居たからこそ倒れる瞬間の二人の顔を忘れられない。
まるで、あらゆる憎悪や憤怒から開放されたような爽やかな笑顔だった。
「うん! きっと、二人は互いに吐き出したいものを全て吐き出せたんだと思うよ!」
『いや、あれは痛みから……。まあ、いいか……』
その後、ロンとドラコの関係は劇的に改善された。後からドラコに聞いた事だけど、医務室でも色々と話をしたそうだ。
互いに噛み付き合う事もなく、まるで戦場を共にした仲のように会う度挨拶を交わす関係となった――――。