第二話『悪夢』
日刊預言者新聞を読む人間は大人ばかりじゃない。ホグワーツの生徒達も新聞を手に取り、その内容を知った。
ハリー・ポッターは闇の帝王の後継者。情報は新聞を読んでいない生徒達の間でも瞬く間に広がっていく。
寮の垣根さえ超えて、生徒達は団結する。親兄弟を死喰い人に殺害された生徒を中心に食事を取っていたハリーは取り囲まれた。
「……お前が例のあの人の後継者ってのは本当なのか?」
形式ばかりの問い掛けに対して、ハリーが答える前にドラコが声を荒げた。
「そんな筈がないだろ!! お前達、そんな新聞に踊らされるつもりか!?」
「ふん、なるほどね。やっぱり、マルフォイ家は黒だったんだ。十三年前は逃げ切ったみたいだけど、これは言い訳が立たないんじゃないかな?」
その声はスリザリンの生徒のものだった。
「なんだと、ザビニ!!」
ドラコが掴みかかろうとすると、ザビニが杖を振った。吹き飛ばされるドラコをロンが受け止める。
「おい! 何をしてるんだ!」
ロンが叫ぶと、今度はグリフィンドールから声が上がった。
「やっぱり、ウィーズリー家も帝王に与したんだ! 父さんが言ってたぞ! お前の父親は帝王に繋がってるって!」
「なっ……、出鱈目を言うな!」
ロンが顔を真っ赤にしながら怒鳴ると、他のグリフィンドール生もウィーズリー家の批判を始めた。
レイブンクローやハッフルパフの生徒も同調し始める。
「お前ら、いい加減にしろよ! 父さんも俺達も、ハリーだって潔白だ!」
「このタイミングであんな記事が出まわるなんて、おかしいと思わないのか!?」
フレッドとジョージが身の潔白を訴えるが、聞く耳を持つものはいない。
これは中世の魔女狩りの再現だ。黒だと言わない限り、疑われ続ける。不毛なループ。
「落ち着かぬか!!」
そこにスネイプが割って入った。後ろからダンブルドアや他の教師達も追随してくる。
「みな、落ち着くのじゃ」
ダンブルドアの静かな声が大広間に広がる。
「で、でも……!」
それでも、生徒達は口を閉ざし続ける事が出来ない。
特に親兄弟を殺害された生徒達は憎悪をハリーに向け続けている。
対するハリーは無表情のまま、彼らを見つめている。
「聞くのじゃ、諸君」
ダンブルドアが口を開く。だが、話し始める前に大広間へ大勢の魔法使い達が雪崩れ込んできた。
「……何事かね?」
ダンブルドアが睨む先、先陣を切って現れたのは闇祓い局の局長に就任したガウェイン・ロバーズとエースであるキングズリー・シャックルボルトだった。
「アルバス・ダンブルドア。魔法省はハリー・ポッターに対して逮捕状を出した。協力してくれますね?」
ガウェインの言葉にダンブルドアはハリーを隠すように移動した。
「生徒を売り渡す教師がいると思うのかね?」
ダンブルドアの体から放たれる言い知れぬパワーに気圧されそうになるガウェインを支え、キングズリーが前に出る。
「あなたはもう、この学校の校長ではありませんよ」
「……ほう」
キングズリーの手にはダンブルドアの解任状があった。過半数を大きく超えるホグワーツの理事による署名が付与されている。
「あなたはハリー・ポッターが闇の帝王と繋がっている事を知っていましたね?」
「……キングズリー。お主……」
キングズリーは背後に合図を送った。すると、一匹の大柄な犬が現れる。
「お主は……」
首からロケットを下げた犬はハリーを見る。その近くで呆然としているネズミを見つけ、その姿を変貌させた。
悲鳴があがる。そこに現れた者は脱獄囚のシリウス・ブラック。だが、闇祓い達は微動だにしない。ブラックが杖を振り上げても黙認している。
そして、杖がネズミに向けられた瞬間、生徒達は再び驚愕の声を上げた。
そこに禿頭の小男が現れたのだ。
「ピ、ピーター!?」
ミネルバ・マクゴナガルが声を上げる。
キングズリーは言った。
「……おやおや、あそこにいらっしゃるのは十三年前に英雄的行動の果てに死亡した筈のピーター・ペティグリューではありませんか?」
「漸く会えたな、ピーター!」
憎悪に身を焦がすシリウスがピーターに近づいていく。ハリーは咄嗟に立ち上がった。
「近づかないで」
ハリーの言葉にキングズリーは笑った。
「ああ、決定的瞬間だ。ピーター・ペティグリューが生きていた。それはつまり、前提が覆った事を意味している」
キングズリーはダンブルドアを睨みつけた。
「無実の者に罪を負わせ、逃げ延びた死喰い人。それがピーター・ペティグリューの真実だ!」
キングズリーの言葉にマクゴナガルを始め、ピーターとシリウスを知り、過去の事件を記憶していた者達に衝撃が走った。
「私は……、俺は無実だった!! 俺はジェームズやリリーを裏切ってなどいない!! なのに、こいつにハメられたんだ!! 挙句、二人の息子は完全に闇に堕ちた!! 絶対に許さんぞ、ピーター!!」
シリウスの叫びと共に大広間の外から一人の大男が現れる。
怒りに満ちた眼差しをダンブルドアへ向けている。
「……許せねぇ」
「ハグリッド……」
敵意に満ちたハグリッドの形相に初めてダンブルドアの表情が歪んだ。
「全部分かってて……、その上で俺を追い出したんだな!!」
「違う。聞くのじゃ、ハグリッド」
「もうたくさんだ!! 俺は聞いたんだ!! ダンブルドア先生は全部知っていなさった!! ハリーがヴォルデモートと繋がってる事も、ハリーのペットがピーターだって事も、全部だ!! なのに、黙ってた!! 俺を追い出した!! あ、アンタは裏切ったんだ!! この魔法界を!! ヴォルデモートにつきやがったな!!」
憎悪と敵意を剥き出しにして、ハグリッドはダンブルドアへ掴み掛かった。
「止さぬか!!」
「止すのは貴様の方だ!」
止めに入るスネイプをガウェインが止める。
動揺が抜け切らない教師達の前にも闇祓い達が立ちはだかる。その瞳はどこか虚ろだった。
ダンブルドアはハグリッドの突進を躱し、杖を抜く。すると、ハグリッドは大粒の涙を流した。
「アンタは俺を殺す気なんだな!! ず、ずっと、信じてたのに!!」
その嘆きの声にダンブルドアは首を振った。
「違う……。違うのじゃ、ハグリッド」
「ウルセェ!! この裏切りもんがぁ!!」
ダンブルドアは杖を振り上げた。赤い光がハグリッドに向かう。だが、彼は失神呪文を受けても倒れなかった。
彼には巨人の血が半分流れている。その血が彼に魔法への耐性をもたせている。
ハグリッドの拳がダンブルドアに命中し、ダンブルドアの体を吹き飛ばした。
「校長!!」
スネイプが声を上げる。間の悪い事に、今はウィリアムが不在だ。
ガウェインを相手にしながら舌を打つ。
「やめぬか、貴様等!! 相手を見誤るな!!」
「見誤るだと? 見誤ってなどいない! そう言えば、貴様も死喰い人の嫌疑を受けながら、逃れた者の一人だったな。弁護したのはダンブルドア! その頃からか! 貴様等が闇の帝王に屈していたのは!!」
混迷を極める中、シリウスはハリーとピーターの前に立った。
「そこを退け」
「退かない」
「そうか……、残念だ!」
シリウスとハリーが同時に杖を振り上げる。ドラコ達も続こうとしたが、そこに一斉に呪文が発射された。
親兄弟を殺された生徒達が怒りに満ちた形相で杖を掲げていた。
吹き飛ばされる友人達に注意を削がれたハリーにシリウスの呪文が命中する。
吹き飛ばされるハリー。
そして、シリウスは懐かしき友に親愛の笑みを浮かべて見せる。
「会いたかったぞ、ワームテール。貴様を殺す事だけを考えて今日まで生きて来た」