第二話『三番目の意思』

 最近、ドラコの様子がおかしい。
 目の下に隈を作り、体も痩せ細っている。明らかに異常だ。

「ねえ、保健室に行こうよ!」
「……必要無い。ちょっと、寝付きが悪いだけなんだ」
「ダメだよ! 最近、鏡は見た? ドラコ、酷い顔をしているよ」
「うるさいな……」
「え……?」

 ドラコは鬱陶しげに僕を睨みつけた。

「放っておいてくれよ。君には関係の無い事なんだ」

 そう言い残すと、ドラコは僕から離れて行った。
 関係ない。その言葉が胸に突き刺さる。

「なんで……、みんな」

 魔王も僕から離れた日の事を未だに話してくれない。
 僕は無関係。そう言って、教えてくれない。
 心が揺れる。

「……もう、知らない!」

 それ以来、僕はドラコと口を聞いていない。寝室でも互いに口を開かず、そして……。

 第二話『三番目の意思』

 二年前、当時の魔法界は緊張状態が続いていた。ハリー・ポッターの失踪。そして、その一件から掘り起こされた彼に対する養父母の虐待行為。
 原因となった闇祓い局局長ルーファス・スクリムジョールとホグワーツ魔法魔術学校校長アルバス・ダンブルドアは責任を追求されていた。
 それはルシウス・マルフォイにとって、一つの好機だった。
 彼にとって、ダンブルドアはホグワーツの校長として相応しくない人物だ。前校長アーマンド・ディペットから校長職を受け継いだ途端、それまでの純血優遇思想を撤廃し、マグル生まれに対して贔屓を行うようになった。
 何者にも平等にチャンスを与える。別け隔てなく接する慈愛に満ちた人物。そうした彼に対する評価を聞く度に反吐が出た。あの男はむしろ純血主義者を軽んじている。そうした思想を悪と断じ、差別している。
 薄汚い|蛆虫《マグルうまれ》共はそうしたヤツの思想を持て囃し、血を裏切る者達も賛同した。嘗て、我らの同胞を殺す事を正義としたマグル共に媚び諂い、血を薄めていく愚か者共。
 この好機を逃すわけにはいかなかった。ダンブルドアを失脚させ、真に相応しき者に校長の座を授ける。その為にハリー・ポッターが失踪した時、彼は地下の封印を解いた。
 
『……二年間、色々とルシウスやドビーに調べさせたよ。そのおかげで、今の状況を正確に分析する事が出来た』

 地下に封印されていた一冊の本。それは闇の帝王がルシウスに託した分霊箱だった。その内に潜む、若かりし頃のヴォルデモート卿の意思はドラコ・マルフォイに囁きかける。

『実に興味深い。元々は一人の人間だった。それが二つの意思に分かれ、敵対している。現在の所、ハリー・ポッターに憑依している方の意思が一歩優位に立っているね』
「……なにをするつもりですか?」

 震えながら、ドラコはヴォルデモート卿を睨みつける。
 その瞳に宿る意思に彼は笑みを浮かべる。

『中々の気骨だ。凡愚共とは違うな、ドラコ。安心するといい。今のところ、ハリー・ポッターに手を出す気はない。それよりも、力を付ける事の方が大切だからな』
「……僕の父上や母上の魂を散々喰らっておきながら、まだ足りないと!?」

 怒りを滲ませるドラコの叫びを受け流し、ヴォルデモート卿は言う。

『ああ、足りないな。全然足りないよ。本体や魔王と呼ばれている意思に対抗する為には』
「あなたの目的は何なんだ!?」
『もちろん、ヴォルデモート卿の復活。そして、真なる理想郷の実現。その為に必要な事をするだけだよ』
「理想郷……?」
『純血主義を尊び、穢れた血を徹底的に排除する。魔法界をあるべき姿に戻すのだ。そして、いずれは表世界を我が物顔で歩く蛆虫共を排除し、理想の世界を作り出す』

 それは純血主義を掲げる者達の理想。混ざり者を淘汰し、表の世界を取り戻す。

「だけど、それは……」

 あまりに現実味のない夢物語だ。
 嘗て、ゲラート・グリンデルバルドという闇の魔法使いがその野望を掲げ、魔法界に革命を起こそうとした事がある。
 私設監獄ヌルメンガードの建設、マグルや魔法使いの大量殺戮など、大規模な事件を起こした彼も最期は野望を成し遂げる事もなく牢獄に繋がれた。
 目の前の男も結局は野望を断たれた。
 最悪、最強と謳われた者達でさえこれなのだ。

『結局の所、ダンブルドアなんだよ。ヤツを殺す事さえ出来れば、後はどうとでもなる。実際、グリンデルバルドもヴォルデモート卿も実質的にはダンブルドアに敗れた』
「……つまり、ダンブルドアには誰も勝てないって事じゃないか」
『そうかな? ボクはそう思わない。未来のボクはグリンデルバルドと同じ過ちを繰り返した。歳を取って、耄碌したのかもね。だけど、今のボクなら彼を打ち倒す事が出来る』

 その自身に満ち溢れた表情にドラコは不安を抱いた。この男ならば、本当に成し遂げてしまいそうだと……。

「どうするつもりなんだ……?」
『まずは手駒の確保だね。《千里の道も一歩から》さ。やる事は山程ある。一緒に頑張っていこうじゃないか』
「……もう、父上や母上には手を出さないでくれ」

 絞り出すようなドラコの言葉にヴォルデモート卿は微笑んだ。

『ダメダメダメダメ』

 人差し指を振りながら、楽しそうに言う。

『君の両親の立場は実に便利だからね』
「お、お前!!」
『……まあ、君の態度次第で命だけは助けてあげられるかもしれないね』

 ドラコは煮え滾るような感情を必死に押さえた。

「僕にどうしろと?」
『とりあえず、夏休みに山を登ろうじゃないか』
「山……?」

 困惑するドラコにヴォルデモート卿は言った。

『まずはハグリッドだ。アレはウスノロだけどダンブルドアに対して有効な手札になる』

 ドラコは父を思った。母を思った。大切な友を思った。

「……ハリーを殺すのか?」
『まさか! それは……まあ、無いとは言わないけど、ほぼ無いと言い切っていいよ。むしろ、魔王という異物を取り除いてあげよう。後は君の望む通りにしてやればいい。なんならペットにでもしてみればいいんじゃないか? 魔法界の英雄を従順な下僕にする。実に爽快な気分だと思うよ』
「……ゲス野郎」

 ドラコの憎しみの篭った視線を心地よさそうに受け止め、ヴォルデモート卿は言う。

『ボクが世界を正してやる』

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