第七話『チーム《メゾン・ド・ノエル》』

 暗い牢獄の中で僕は魔王を感じていた。響いてくる過去の声だけじゃない。本物の魔王が近づいてくる。
 僕は少しだけ昔の事を思い出した。魔王と出会った時の事、ダーズリーの家から逃げ出した時の事、隠れ穴で過ごした日々の事、隠れ穴から逃げ出した後の事。
 初めの頃、僕達は魔王の隠れ家に身を寄せていた。お金もろくに無くて、あの時は本当に餓死してしまうかと思った。そんな時に見知らぬおじいさんが僕にパンを恵んでくれた。
 温かくて美味しいロールパン。僕の記憶にある限り、あの時のパン以上に美味しいものとは出会った事がない。
 それからしばらくして、ワームテールと出会った。初めは人間に変身出来るネズミなんだと思ってた。だって、魔王が紹介する時にそう言ったんだもの。
 ワームテールが何処からか稼いで来たお金を魔王がギャンブルで増やした。そして、メゾン・ド・ノエルを作り上げた。定期的に収入を見込める店を作ると決めた時、僕がパン屋を希望したんだ。それから制服を作ったり、パンを試作したりと大忙し。
 休日には魔王がいろいろなところに連れて行ってくれた。たくさんの魔法生物と触れ合った。たくさんの景色を見た。たくさんの思い出を作った。

「……魔王」

 魔王と過ごした日々。それはまるでステンドグラスのように美しく、僕の記憶を彩っている。
 自分が幸福な人間なのだと胸を張れるようになった。
 ドラコ達と友達になれて、優しい人達に恵まれて、それは全て魔王のおかげで手に入れられたもの。
 魔王は僕の光。僕の導。僕の家族。僕の愛しい人。
 ああ、彼が来る……。

「待たせたな」
「……待ちくたびれちゃったよ」

 誰よりも強くて、誰よりも僕を見てくれる人。
 ああ、うれしい。ようやく会えた。
 僕の……、魔王。

 第七話『チーム《メゾン・ド・ノエル》』

 縋り付いてくるハリーの頭を魔王は撫でた。ハリーが魔王を恋しがっていたように、魔王もハリーを想っていた。
 
「……少し、痩せたようだな」
「うん……」
「ハリー。分かっただろう? 俺様がどういう存在か……」

 魔王の言葉にハリーはクスリと微笑む。

「昔から知ってる」
「ハリー……」
「もう、離さないからね」

 ハリーは魔王という存在……、ヴォルデモート卿という存在の真実を知った。
 自らの目的の為に大勢の人間を傷つける悪魔。その悪意はハリー自身にも向けられた。
 それでも尚、ハリーの魔王に対する想いは何も変わらない。

「……それが貴様の選択か?」
「そうだよ。ずっと前から僕の選択は変わらない。これからもそう……、僕は魔王と一緒にいる」

 その言葉が魔王の心に浸透していく。向き合う事から逃げ続けた理由はハリーから拒絶される事を恐れたからだ。
 ヴォルデモート卿が復活し、力を付けていけば、いずれはハリーも知る事になると分かっていた。
 話に聞くだけでは分からぬ悪意。その真髄に触れた時、ハリーはきっと己を拒絶すると考えた。そして、恐怖した。
 離れたくなど無い。それでも、ハリーから拒絶の言葉を向けられるより、何倍もマシだと思った。

「……ハリー。その選択は貴様に苦痛を与えるかもしれんぞ」
「いいよ。例え、どんなに苦しくても、どんなに痛くても、それが魔王に与えられるものなら、僕はとても嬉しいと思うから」

 迷いは晴れた。

「……ならば、もう知らぬ。覚悟しろ、ハリー。俺様は二度と貴様を離さない。永劫、我が物としてくれる」
「うん!」

 嬉しそうな笑顔を浮かべるハリー。魔王は困ったように見つめ、その手を取った。

「帰るぞ、ハリー」
「うん。帰ろう、魔王」

 二人が牢獄から出ると、そこには無数の魔法使い達が集まって来ていた。その中には見覚えのある者もいる。

「そこまでだ、ヴォルデモート!!」

 キングズリー・シャックルボルト。闇祓い局のエースが先陣に立っている。
 その後ろにはギラギラとした眼でハリーを睨むシリウスの姿。

「ハリー・ポッター!! 実の父と母を殺した男に懸想するとは、恥を知れ!!」

 憎悪の篭ったシリウスの叫び声にハリーは眉一つ動かさない。
 その態度が余計に彼の怒りを増長させる。

「許さんぞ!! ジェームズとリリーの顔に泥を塗りおって!!」

 ハリーはそんなシリウスに目もくれず、魔王と共に前を向く。

「貴様!!」

 シリウスが杖を振り上げた。同時に他の魔法使い達も杖を掲げる。
 魔王がつまらなそうに杖を振り上げようとするが、ハリーが止めた。

「ハリー……?」

 その手から杖を掴み取り、そして、初めてシリウスを見た。

「僕達は帰るの」
「貴様に帰るべき場所など無い!!」
「ううん」

 ハリーはニッコリと微笑んだ。

「あるよ」

 ハリーは暗闇の広がる天井目掛けて叫んだ。

「来て、イヴ! クリス!」

 炎が天井を埋め尽くす。そして、その中から不死鳥と銀のドレスの少女が姿を現した。
 ざわめく魔法使い達を尻目にハリーは言う。

「クリス。力を貸してもらえる?」
《当然だ。まったく、遅過ぎるぞ》

 クリスが一歩前に出る。そして、その瞳が爬虫類を思わすモノに変化した瞬間、殆どの魔法使い達が倒れ伏した。
 突如現れた少女に意識を奪われた者達は揃って彼女の瞳を見てしまったのだ。バジリスクの魔眼を……。

「ほう、殺さずに生かしたか」
《……もう、面倒なしがらみなど不要だろう?》

 クリスの言葉に魔王はククッと笑った。

「その通りだ」

 ハリーも微笑んだ。別に殺していても何の感情も湧かなかったと思う。だって、この人達は魔王に牙を剥いた。
 だけど、クリスはハリーの為に手加減をした。その心遣いが嬉しかった。

「……ねえ」

 ハリーは一歩前に出て、キングズリーを見つめる。

「貴様……」

 睨みつけるキングズリーにハリーは言った。

「アナタ、オリジナルでしょ?」
「……は?」
「ん?」

 キングズリーと魔王が同時に疑問の声を上げる。

「ああ、魔王に分からないように対策してあるんだね」
「何を言っている……」

 険しい表情を浮かべるキングズリー。その隣で石化を免れたシリウスもハリーを睨みつけている。

「出鱈目をほざいて混乱させるつもりだろう!! その手には乗らんぞ!!」

 その言葉にハリーは笑った。

「出鱈目? ヤダなー、僕が魔王を間違える筈が無いじゃない。|呪文よ終われ《フィニート・インカンターテム》」

 ハリーの思いがけぬ言動と行動に動揺したキングズリーの体にハリーの呪文がぶつかる。
 すると、その体が急激に変化した。ニワトコの杖による解呪呪文は如何なる魔術効果も打ち消す。キングズリーに化けていた者の変身術も例外ではなかった。
 そして、現れた男は蛇のようにのっぺりとした顔だった。

「……何故だ」

 ヴォルデモート卿は変身を解かれて尚、困惑した表情を浮かべている。

「分かる筈がない。俺様の変身は完璧だった!! 我が分霊やダンブルドアでさえ見抜けなかったのだぞ!!」

 その言葉にハリーはケタケタと笑う。

「言ったじゃない。僕が魔王を間違える筈がないって」

 それが当然のことのようにハリーは言った。

「馬鹿な……。そんな馬鹿な話が!!」
「……ねえ」

 激昂するヴォルデモート卿にハリーは呑気に近づいていく。慌てて止めようとする魔王とクリスを手で制して、ハリーは言った。

「もう、無駄なことは止めにしない?」
「無駄? 無駄だと!? 俺様の正体を暴いた事は見事だ。だが、貴様は勘違いしているぞ。まさか、もう勝ったつもりでいるのか?」

 赤く眼を輝かせるヴォルデモート卿。対して、ハリーは笑顔を崩さない。

「無駄だよ。アナタに僕は倒せない」
「……吠えたな、小僧!!」

 ヴォルデモート卿が杖を振る。緑の閃光が走る。
 誰かが悲鳴を上げた。誰かが怒声を上げた。

「無駄だって言ったのに」

 その光をハリーは殴りつけた。跳ね返る閃光がヴォルデモート卿の近くにいたベラトリックス・レストレンジに直撃して、彼女は死んだ。

「あーあー、酷い事するなー」

 まるで他人事のように言うハリー。対して、ヴォルデモート卿は表情を強張らせた。

「ど、どういう事だ……」

 ヴォルデモート卿は知らなかった。知る機会を得られなかった。
 ハリーを守る母の加護。その力が彼の如何なる呪文からもハリーを守りぬく事を……。

「ヴォルデモート卿」

 ハリーは笑いながら近づいていく。その姿に石化を免れた死喰い人達は怖気づいた。
 死の呪文さえ通じない存在。それは彼らの理解を超えていた。
 その上、背後には眼を向けただけで相手を石化させる怪物と自らの主と同一の存在がいる。
 
「ねえ、どうして怯えるの?」

 ヴォルデモート卿はその言葉にハッとした。体が震えている事に気がついた。
 目の前の年端もいかぬ少女のような姿の少年に彼は恐怖していた。

「……俺様を殺すのか?」
「どうして、そう思うの?」

 優しく諭すように問いかけるハリー。

「き、貴様は俺様を恨んでいる筈だ!! 両親を奪った俺様を……」

 恐怖が彼の言葉を押し出した。目の前の存在を少しでも理解しようと本能が彼の口を突き動かしたのだ。
 だが、少年は彼の理解出来ない言葉を返した。

「恨んでないよ」
「……は?」
「だって、アナタも魔王だもん」

 その言葉は嘗て日記の分霊にも投げ掛けた言葉だった。

「何故……、貴様は……」
「同じ質問ばっかりだね。答えなんて分かり切ってるじゃない」

 ハリーは微笑みながら言った。

「僕は魔王を愛してるんだ。だから、魔王の事なら何でも分かる。魔王の事なら何でも許せる。魔王になら、僕は何をされても嬉しいとしか感じない」
「く……、狂っている!」

 ヴォルデモート卿は杖を振り上げた。戦うためではない。彼は逃げ出すために杖を振り上げた。
 そして、その腕を何かに噛まれた。

「ぐっ……ッ」

 手から離れた杖を小さな生き物が銜えてハリーの下へ向かう。

「ワームテール!!」

 それは一匹のドブネズミ。死んだはずの男。
 イヴは楽しそうに唄を歌い始めた。彼女にはいくつかの能力がある。驚くほど重い物を持ち上げる事が出来て、如何なる場所へも転移する事が出来て、そして……、その涙で如何なる傷も癒やす事が出来る。
 瀕死の重傷を負ったワームテールは彼女の涙によって癒やされていた。
 そして……、

「|石になれ《ペトリフィカス・トタルス》!!」

 その後ろから新たな軍勢が加わった。先陣を切るのはウィリアム・ウィーズリー。
 その後ろにはアルバス・ダンブルドアやドラコ達の姿もある。
 
「馬鹿な……」

 金縛りの術を受けたヴォルデモート卿は声なき絶叫を上げた。確かにダンブルドアを殺せるとは考えていなかった。だが、こんなに早く到達して来る筈も無かった。
 ゲラート・グリンデルバルドとハグリッドを始め、ダンブルドアが攻撃し難いと感じる者を中心に戦力を組んだのだ。

「些か、魔王の方に戦力を割き過ぎたようじゃな。あの程度で儂を抑える事など出来ぬよ」

 悔しげに唸るヴォルデモート卿。
 その姿を見つめながら、ハリーはワームテールを肩に乗せた。
 ちょうどその時、ウィリアムと一緒に来たらしいヘドウィグが呆然としているシリウスの首からロケットを奪い取り、魔王に投げつけた。

「おっ、これだね」

 そして、ウィリアムもベラトリックス・レストレンジの死体から何かを見つけて魔王に投げ渡した。
 サラザール・スリザリンのロケット・ペンダントとヘルガ・ハッフルパフのカップを手に入れた魔王はその内に封じられた分霊を取り込んでいく。

「……さて、終わらせようか」

 ヘドウィグがハリーの腕に止まり、メゾン・ド・ノエルのメンバーが勢揃いした。

「魔王……」
「……安心しろ」

 不安そうなハリーの頭を撫で、魔王はオリジナルの下へ歩んでいく。

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