第四話『メゾン・ド・ノエル』

 髪はブラックのシュシュで纏め、ワインレッドとブラックのチェックドレスに袖を通し、エプロンを付ける。いつでも顔を隠せるようにフード付きのケープを羽織り、リボンで固定して完成。
 魔王がデザインして、魔王が魔法で作った制服だ。女の子用の服だけど、正体を隠す為だから仕方がない。まあ、今は正体を隠す必要も無いけど、常連さんが混乱しちゃうから名前もノエル・ミラーのままで通す予定。
 鏡で身だしなみをチェックする。笑顔の練習もして部屋を出る。階段を降りると仕込み作業をしているワームテールがいた。

「おはようございます!」
「おはよう、ワームテール! 久しぶりの仕事だね!」
「腕が鳴りますよ!」

 ワームテールはホグワーツで過ごす間も時間を無駄にしていなかったみたい。幾つもの新商品を考案し、魔王にプレゼンテーションをしていた。
 幾つかは没になったけど、採用になったものも多い。輸入品を取り扱っている店から仕入れた明太子を使ったソースをフランスパンに塗ったパンは最高に美味しかった。
 店に行くと、バターロールの生地やデニッシュの生地で作った新発売の食パンを魔王が魔法でスライスしていた。6枚切りが一番たくさん売れる。

「おはよう、魔王!」
「おはよう」

 最近、魔王はキッチリ挨拶を返してくれる。嬉しくなって、頬が緩んだ。

「ウィリアムが店の前を掃除しているぞ」
「はーい! 挨拶してくるね!」

 外に出ると、ビルがアンネお婆ちゃんと話をしていた。
 ビルは魔王がスカウトしたみたい。ダンブルドアの秘書が本業だけど、夏休みの間はこの店でアルバイトをしてくれる事になった。

「おはよう、ビル! アンネお婆ちゃんもおはようございます!」
「おはよう、ノエル。制服がよく似合ってるね」
「おはよう、ノエルちゃん。ああ、今日からまたこのお店のパンを食べられるのね! 待ち切れなくて、来ちゃったわ」 

 お店の掃除や材料の調達で再開に一週間も掛かってしまった。アンネお婆ちゃんは再開の日をずっと待ってくれていた。
 
「ワームテールが新商品を作ったの! すっごく、美味しいんだよ!」
「まあ、それは楽しみだわ!」

 僕は店の看板を見上げた。《メゾン・ド・ノエル》。それがこの店の名前だ。
 フランス語で、意味はそのまま《|ノエル《ぼく》の家》。
 店のシャッターを開け、自動ドアのスイッチを入れる。ビルが掃除を終えて中に入ると、丁度、時計が開店の時刻を指した。
 鳥の鳴き声が響き渡る。それが開店の合図だ。

「いらっしゃいませ! 《メゾン・ド・ノエル》にようこそ!」

 第四話『メゾン・ド・ノエル』

 初日は思った以上に大盛況だった。常連さんは一年経っても変わらず買いに来てくれた。フランクおじさんなど、新商品を一揃いと大好物の塩パンを二十個も買ってくれた。
 ビルは初めての作業にも関わらず、接客や品出し、レジ打ちまで完璧にこなしてくれた。
 夕方、空が茜色に染まり始めた頃、パンも売り切れて店仕舞い。今日の売上は98万円ちょっと。魔王が真剣な表情で売上の計算をしている。

「完璧だ。見事だぞ、ウィリアム。ワームテールとは大違いだ! ヤツは商品の値段を日に五度は間違える上、釣り銭も間違えるからな」

 魔王は優秀な従業員にご満悦だ。
 店は基本的に週休2日。週末は休みにしている。だから、金曜日は特に大忙し。常連さんは休日分も買って行ってくれるから客単価が増えて、売上が100万を超える事もしょっちゅうだ。
 そして迎える休日。ポケットにワームテールを入れて、ビルや魔王と一緒に出掛ける。土曜日は魔法関係の事に使う。魔法学校に入学した未成年の魔法使いは基本的に外で魔法を使ってはいけないのだけど、監督者が居れば話は別。ビルが近くにいれば堂々と魔法を使える。
 以前みたいにドラゴンの棲息域には中々行けなくなったけど、魔具の作成に使う素材集めは何も立ち入り禁止区域のみにあるわけじゃない。
 素材を集め終えたら魔具の作成に入る。一日で出来るものもあれば、平日でも仕事が終わった後に続きを行う事もある。ビルは魔具の作成に興味を示して、僕と一緒に魔王から教えを受けるようになった。
 日曜日はレジャーの日。どこに行くかは僕が決める。遊園地でも、海でも、山でも、どこにだって魔王が連れて行ってくれる。

「……なんだ、その目は」
「いえいえ、なんでもありませんよ」

 魔王とビルはとても仲が良い。互いに認め合っている感じ。時々、両方に嫉妬してしまう事がある。
 そういう時はワームテールに話を聞いてもらっている。ワームテールはいつだって僕を一番にしてくれる。
 実は最近、ワームテールから動物になる方法を教えてもらっている。過去の記憶がないせいか、理論的とは言えない教え方だけど、段々とコツが掴め始めている。
 どういう動物になるかは本人の資質次第みたいで選択する事は出来ないみたい。
 出来ればライオンとかウマみたいなかっこいい動物がいいんだけど。
 
 そうこうしている内、飛ぶように時間が過ぎた。気付けば誕生日を迎え、ワームテールが焼いてくれたケーキでお祝いをした。
 魔王は小さな卵をくれて、ビルはニンバス2001という箒をくれた。本当はドラコと見に行くはずだったのに彼から連絡が来ない。此方から手紙を送っても返事すら返って来ない。
 他にもロン、フレッド、ジョージ、チャーリー、モリー、ハーマイオニー、ネビル、ロイド、アラン、パンジー、ミリセント、ダフネ、マリア、フレデリカから届いた。
 一つだけ差出人不明のプレゼントが届いたけど、魔王はそれがダンブルドアからの物だと直ぐに見抜いた。中身は透明マントという姿を消す事が出来る魔具。とても珍しい物で、ポッター家に伝わっていた物を預かっていたらしい。

 夏休みも残り一週間に迫った日、ロンから手紙が届いた。

《フレッドとジョージがうるさいんだ。ねえ、君の家に行ってもいい? パパがハリーの安全の為に行くべきじゃないって言うんだけど……》

 その手紙を魔王に見せると、『別に構わない。だが、ビルを迎えに行かせろ』と言ってくれた。
 手紙の返事をヘドウィグに持たせて、ビルに迎えに行くよう頼むと、二つ返事で了解してくれた。
 その翌日、メゾン・ド・ノエルの従業員が三人増えた。

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