第十話『スリザリンの継承者』

 ハリーは聡明だ。俺様が教えた事は一度で覚える。だからこそ、想定して然るべきことだった。
 ドラコ・マルフォイが編み出した、縛られた行動の内で此方に情報を伝える方法は見事なものだった。
 殴り合いという、誰もそれが《友情を深め合う儀式》などと思わないハリーの天然が生み出した《偶然の合言葉》でヤツは俺様にコンタクトを取った。
 結果はハリーの一撃でヤツが吹っ飛ぶという間抜けなものだったが、それは仕方がない。なにしろ、毎日忙しく働き、休日はアウトドアで体を動かしているハリーの肉体的ポテンシャルは純粋培養の魔法使いと比べると雲泥の差がある。
 重要な事はその後にヤツが持ち掛けたチェスの試合だ。あれは一種の賭けだったのだろう。その時点で俺様が気付けなければ全てが水の泡だ。だが、ヤツは賭けに勝った。
 本来、俺様は静観に徹するつもりだった。日記の分霊とて、俺様とダンブルドアを同時に敵に回したくはあるまい。故に、此方が手を出さなければ、ハリーに手を出す事もない。
 だが、ドラコは勇気を示した。両親と己の命を背負い、尚諦めない強き意思。
 ヤツのメッセージをダンブルドアに伝える。その程度なら手を貸してやろう。その程度の気紛れを起こさせるだけの力があった。

「ねえ、魔王。話があるんだけど……」

 ハリーが思いつめた表情を浮かべて言った。
 この状況を招いた原因は俺様にある。

『どうした?』
「ドラコの事……」

 だが、これは良い機会なのかもしれない。
 日記の分霊だけではない。|本体《オリジナル》も復活の時を伺っている筈だ。
 いくら遠ざけても、いつか運命の糸はハリーを絡め取る。
 
「魔王。僕、ドラコを助けたい」
『……そうか』

 ならば、運命に負けない強さを与えよう。如何なる困難にも立ち向かえる意思を鍛えてやろう。

『分かった。それが貴様の選択なら是非もない』

 友の為に戦う。その意思は十分な火種となる。
 勇気を燃え上がらせ、意思を鋼の如く鍛えよう。
 コレはその為の試練となり得る。

『ならば、戦いの用意をしなければならんな』

 我が分霊よ。貴様が何を企み、何を為そうがどうでもいい。
 だが、精々足掻け。ハリーが高みへ登る為の踏み台としてな。

「……え? 戦い?」
『ん?』

 何故、そんな困惑の表情を浮かべているんだ?

「戦うの?」
『何を言っている、当然だろう。まさか、怖気づいたのか?』

 だとしたら、些か失望を禁じ得ない。

「えっと……」
『どうしたのだ?』
「……僕、魔王ならドラコの心配事がなんなのか知ってるのかと思って聞いただけなんだけど……」
『……え?』

 第十話『スリザリンの継承者』

 魔王が黙ってしまった。よく分からないけど、なんだか恥ずかしがってるみたい。

「えっと……、どうしたの?」
『あ、あのクソジジイ!!』

 魔王が叫んだ。どうやら、ダンブルドアが一枚噛んでいる様子。

「魔王?」
『……クソッ! ハリー! 貴様、チェスの暗号に気付いたわけではないのか!?』
「え? なにそれ……」

 聞くに堪えない罵詈雑言を吐く魔王。怒り方が子供みたい……。

「詳しく教えてもらえる? 戦うって言ってたけど、それって誰と?」
『……ええい、もういい!! ハリー!! 選択は貴様に委ねるぞ!!』

 荒々しく魔王は事の次第を説明してくれた。
 どうやら、魔王はドラコとチェスを通じて語り合っていたみたい。その内容は魔王の分霊箱に纏わる話。
 魔王が子供の時に持っていた日記が今回の分霊箱みたい。その意思が新世界を作ると言いながら悪逆非道の限りを尽くしているらしい。
 どうしよう……。深刻な内容なのに、分霊の言っている事が幼稚過ぎて言葉が見つからない。
 今の世の中が気に入らないから全部壊して自分の思い通りになる世界を作るって、なんだか子供の癇癪みたい。

「……魔王」
『それで、貴様はどうする?』

 答えは決まってる。ドラコの事も助けてあげたいし、なにより日記の分霊も魔王の一部。なら、魔王の為に回収しないといけない。
 それに、魔王の子供の頃の姿を見てみたい。

「僕の答えは変わらないよ」
『そうか……。ならば、もはや何も言うまい』

 魔王は嬉しそうだ。

「それで、戦う準備って、何をするの?」
『まずは武器だな』
「武器?」
『行けば分かる。取りに行くぞ。三階の女子トイレへ向かえ』
「うん……って、え? 女子トイレ?」
『そうだ。女子トイレだ』

 武器って、女子トイレにあるの?
 
 魔王の指示に従って三階の女子トイレに入ると、いきなり女の子に話し掛けられた。

『あらあら? ここに誰かが入って来たのは半年振りだわ!』

 体が半透明で、声が反響している。ゴーストだ。

「こんにちは。お邪魔するね」
『ごゆっくりーって、あら? あらあら? あなた、男の子?』
「そうだよ?」

 ゴーストは甲高い悲鳴を上げた。

『ここは女子トイレよ! 男子禁制よ!』
「うん、知ってる」
 
 賑やかな子だ。いろいろ話し掛けられたけど、とりあえずやるべき事を済ませよう。

『……マートル』

 魔王は彼女を知っているみたい。指示を出しながら、彼女の名前をつぶやいた。

「マートルって言うの?」
『おんやー? 私ってば、名乗ったかしら?』
「ううん」
『なら、どうして知ってるの?』

 質問に応えず、僕は水道の蛇口を見た。蛇の刻印がある。

『以前、動物園に行った時の事を思い出せ。蛇の言葉で《開け》と言うのだ』

 動物園には五回くらい行った。その時、蛇に話し掛けられて吃驚した事を覚えてる。
 どうやら、僕は蛇と会話出来る特殊な能力を持っているみたい。
 魔王に言われた通り、四苦八苦しながら蛇語を使うと、そこに地下へ伸びる穴が現れた。
 マートルもびっくりしてる。

『うわー、思い出した! 私、こっから出て来た何かに睨まれて死んだのよ!』
「そうなんだ」

 きっと、犯人は魔王だ。

「一緒に来る?」
『絶対イヤよ! 明らかに危険な臭いがプンプンするもの!』
「じゃあ、行ってくるね」

 マートルに手を振って飛び降りる。滑り台みたいになっていて、下まで到着するのに結構な時間が掛かった。
 足元には動物の骨が散らばっている。

「武器って、生き物なの?」
「バジリスクだ。蛇の王と呼ばれる怪物で、蛇語を解す者に従う」

 魔王は実体化した。

「少しじっとしていろ」
「うん」

 魔王は長い布で僕の目を覆った。

「バジリスクの目は魔眼なのだ。見た者に死を与える」
「マートルを殺させたの?」
「……ああ、そうだ」

 魔王の被害者か……。

「行くぞ……」
「うん」

 僕は魔王の手を握った。
 足元が不安定な上、目が見えないと歩き難くて仕方がない。
 途中からおぶってもらった。

「……もう少しだ」
「うん」

 首に手を回して、ギュッと抱きついた。
 
「……不安か?」
「ううん」
「そうか……」

 しばらくすると、空気が変わった。ヒンヤリとしている。なんとなく、広い場所に出たんだと思った。
 
《……何者だ?》
「……魔王、今の声って」
「黙っていろ」

 魔王は蛇の言葉を使い始めた。

《俺様を覚えているか?》
《……ああ、覚えているとも。また、契約を結びに来たのか?》
《今回は俺様じゃない。この子だ》

 魔王は僕を降ろした。

《ハリー・ポッターだ》

 目隠しが解かれる。そこには瞼を閉じた巨大な蛇がいた。
 
《資格はあるのか?》
《もちろん》

 魔王は僕の肩に触れた。

「応えてやれ」
「えっと……」

 僕は蛇を見つめた。

《これでいいの?》
《なるほど、資格は持っているようだ》

 蛇は身を捩り、僕の目の前まで来た。

《よろしい、契約を交わそう。新たなる継承者よ》
「継承者……?」
「この蛇はスリザリンの創始者であるサラザール・スリザリンが遺した遺産なのだ。これと契約するという事はスリザリンの継承者となる事を意味する」
「スリザリンの継承者……」

 蛇は僕に言った。

《なんなりと御命令を》

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