第六話『魔王降臨』

「魔王。ハリーが今どこに居るのか調べて来ます」
「必要ない」
「え?」

 魔王は言った。

「ハリーの居場所だけなら、世界の裏側であろうと分かる。今はこうして離れているが、俺様の依り代はあくまでハリーの肉体だからな」

 魔王の眼が赤く輝き始める。

「魔法省。そこにハリーがいる」

 杖を振り上げる魔王。

「まっ、待ってください! 魔法省に居るとしても、あそこは広い! それに、入り口は監視されている筈です! 一度、ダンブルドアと合流した方がいいのでは!?」

 煙突ネットワークも監視されている可能性が高い。
 ここはダンブルドアの知恵を借りて、密かに侵入出来るルートを探るべきだ。

「必要ない。ウィリアムよ、一つ教えておいてやる。万が一、抜け道のようなルートがあったのなら、それは罠だ。俺様なら、そこに最大級の罠を仕掛ける」
「……魔法省全体が既にヴォルデモートの支配下にあると?」
「完全ではあるまい。だが、俺様に対する罠なら完全に掌握している必要はない。その為に俺様の姿に化けていろいろと悪事を働いたようだからな」
「アナタに化けて……?」
「俺様のこの姿は若き日のモノだ。恐らく、ハリーの魂とリリーの加護を取り込んだ影響だろう。オリジナルの姿はまったく違うものに変貌している」

 話は終わりだとばかりに魔王は杖を振り上げた。

「じゃ、じゃあ、どうやって侵入するつもりなんですか!?」
「決まっているだろう」

 魔王は笑った。

「正面玄関からだ。クリス、イヴ! ワームテールを頼むぞ!」

 そう言い残し、魔王は今度こそ姿を消した。

「しょ、正面玄関から……?」

 第六話『魔王降臨』

 ロンドンの中心街。ウェストミンスター寺院から少し離れた場所。人や車の往来が激しい場所に突如一人の男が現れる。
 ローブをマントのように靡かせ、黄金の髪をかき上げる。
 その芝居がかった仕草に人々は足を止める。

「さて、場所を空けてもらおうか」

 男は杖を振り上げた。すると、突風が吹き荒れる。立ち止まった人々は堪らず後退り、彼を中心に巨大な人垣による円が完成した。
 そして、再び杖を振る。直後、大地に亀裂が走った。コンクリートで塗り固められた道路が崩れていく。
 崩壊する地面。だと言うのに、男は動かない。足元に地面が無いのに、まるで見えない床があるかのように空中で停止している。
 人々が呆気に取られる中、男は崩れた足元に視線を向ける。

「では、お邪魔するとしようか」

 ゆっくりと男は地下へと降りていく。人々が覗きこむと、まるでビデオの逆再生のように地面が再生した。
 サラリーマンが地面を叩いてみても、そこには舗装された道があるのみ。
 そうした人々の驚愕を尻目に男……、魔王は地下深くまで貫通した穴を降り続け、一気に魔法省の深部たるアトリウムに到達する。
 天井の崩落を避けるため、壁際に寄り集まった魔法省の職員達は愕然とした表情を浮かべる。

「ヴォ、ヴォ、ヴォルデモート卿!?」

 騒ぎ始める彼らを無視して、魔王は歩き始める。ハリーの居場所は分かっている。その方向に向かって真っ直ぐに歩いて行く。 
 すると、目の前に人垣が現れた。闇祓いを初めとした優秀な魔法使い達が防衛網を築いたようだ。
 拍手したくなる程に見事な手際。魔王は微笑んだ。

「やあ、諸君。ハリーを返してもらいに来たぞ」

 その言葉で彼らは新聞の内容が真実であると完全に確信した。そして、この男をハリー・ポッターの下へ行かせてはならないという使命感を抱いた。
 彼らは悪意無く、ひたすらの正義感で魔王に挑む。世界の為、犠牲になった人々の為、勇気を振り絞る。

「ヴォルデモート!! 貴様の好きにはさせんぞ!!」

 勇敢な雄叫びと共に無数の魔法が襲い掛かってくる。色とりどりの閃光が殺到する。
 一つ一つが強力な呪詛。中には死の呪文まで混ざっている。
 当然だ。相手は世界を破壊する災厄の化身。悪意を振り撒く邪悪の権化。
 
「……ふむ、なっていないな」

 だが、魔王の余裕は崩れない。歩みも止めない。
 魔王はハリーの内で過ごす日々の中で夢の性質を利用した主観時間の研究を行っていた。
 その研究が行き着いた先がこれだ。

「客が来店したのだぞ? 言うべき事があるだろう」

 殺到する呪文。本来ならば躱す事など出来ない。隙間があったとしても、その場所を見つける暇など無いからだ。
 だが、魔王は隙間を容易に見つけ出す。
 魔王の主観で数秒間、魔王の視界に映る世界は時を止めた。壁のように見えても、呪文一つ一つは点であり、それは点の集合でしかない。
 停止した時間の中で観察すれば、通り抜けるだけの隙間など幾らでも空いている。

「これは指導が必要だな」

 まったくの無傷で呪文の壁を通り抜けた魔王に魔法使い達は戦慄する。
 それだけで戦意を失った者もいる。それでも尚、杖を向ける勇者に魔王は容赦無く杖を振るった。
 それは以前、魔王がクィリナス・クィレルに取り憑いていたオリジナルを打ち倒すために使った|最強《ニワトコ》の杖。
 ダンブルドアがウィリアムを通して魔王に預けた最強の武器。

「ワームテールは3日掛かったな」

 放たれた呪詛。掛けられた者は背筋を真っ直ぐに立て、そこから45度のお辞儀をした。

「いらっしゃいませ!! ご来店、誠にありがとうございます!!」

 次々に接客用語を口にして、彼らは驚愕に顔を歪める。

「そうだ。客が入って来たら、まずはお辞儀をするのだ。そして、《いらっしゃいませ》と言うのだ」

 そう言いながら、魔王は歩き続ける。通りがかりに「本日もご来店ありがとうございます!!」と言う魔法使い達の肩を叩いていく。
 なにか特別な事をしたわけではない。ただ、労うような感覚で肩を叩いた。

「ちなみに、その接客力養成呪文は俺様以外には決して解けん。まあ、接客を完璧にマスターすれば解除されるがな」
「ニーハオ!!」
「ふふふ、ちなみに時代はグローバル化だ。ワームテールに使ったものよりバージョンアップしている。三十ヶ国語程設定してあるから、頑張りたまえ」

 ニワトコの杖による呪術。それ即ち、ニワトコの杖以外では解除出来ない究極の呪い。
 魔王が解除しない限り、彼らにあるのは接客マスターか死。
 世界各国の言葉でお辞儀をしながら挨拶をし続ける彼らに背を向け、魔王は更に前へ突き進んでいく。

「ヴォルデモート!! 覚悟!!」

 第二防衛ラインに到達した。呪文の数がさっきの比ではない。今度は蟻の這い出る隙もない。
 
「無駄だ」

 魔王が杖を振り上げると、杖の先から炎の龍が現れた。呪文を呑み込み、更にその先の防衛ラインへ向かう。上空に広がる死の炎。
 魔法使い達の視線は否応にも真上に向けられた。そして、彼らも第一防衛ラインの魔法使い達と同じ運命を辿る。
 滑稽な光景に魔王は笑う。

「ハッハッハ、死にたくなければ頑張って接客を極める事だな」
「ようこそいらっしゃいませ!!」

 魔王は彼らの間を堂々と抜け、目の前の壁を破壊した。破壊された先で怯えていた魔法使い達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。そんな彼らに関心を寄せる事もなく、魔王は足元の地面を崩壊させる。大量のデスクや書類、建造物の破片と共に降り立った先は日刊預言者新聞の本部だった。
 騒然となる室内を魔王は歩き続ける。ハリーはもう目の前だ。

「……あの狸め」

 魔王はダンブルドアの顔を思い浮かべて舌を打った。
 ニワトコの杖を送って来た事といい、ハグリッド如きに遅れを取った事といい、十中八九、ここまでの展開を全て読み切っている。
 読み切った上で魔王を動かすために敢えてハリーを捕らえさせた。
 どこまでも忌々しい男だ。魔王は苦々しい表情を浮かべながら襲い掛かってくる魔法使い達を蹴散らしていく。
 百だろうが、千だろうが、万を越したところで魔王を止めるには力不足。遂に魔王は最深部たる神秘部に到達した。無数の光球が安置された空間。
 魔王は躊躇なく最大級の悪霊の火を放った。光球が燃えていく。そして、その裏に隠れていた死喰い人達が溶かされていく。

「……カロー兄弟。新参もいるな。だが、闇の印を受けた者の居場所は目を瞑っていても分かるぞ」

 何もかも焼きつくされた部屋を後にする。その先には奇妙な姿の動植物がガラスの中に閉じ込められていた。
 魔法生物の生体実験などを行っている部署だ。再び襲い掛かってくる魔法使い達を気絶させ、その奥へ進む。
 そこは無数の牢獄が広がる異空間となっていた。その中の一つを目指し、魔王は迷いなく進んでいく。
 強力な呪文で保護された扉を破壊し、中に入る。

「待たせたな」
「……待ちくたびれちゃったよ」

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