第八話『禍福』
僕がウィーズリー家でお世話になるようになって一ヶ月が経過した。
ここでの生活にも慣れ始めている。
「おばさん、これは?」
「そっちの鍋に入れてちょうだい」
朝、目を覚ました僕は一緒に寝ているビルを起こさないように部屋を出て、モリーを手伝うことにしている。
モリーは気が向いた時だけでもいいって言ってくれたけど、お世話になる以上は何かを返したい。
朝食の仕度をしているとビルが起きて来た。彼の後にチャーリーとジニー。それからパーシー。最後にフレッドとジョージ、ロンが降りてくる。
いつも大体同じだ。
「今日も父さんは帰ってないの?」
朝食を並べ終えてビルとフレッドの間に座る。初めは端っこの席に座っていたのだけど、フレッドが僕の隣に座りたがった。
フレッドとジョージは未だに《どっちがフレッドでしょうかゲーム》を仕掛けてくる。時には変装する事もあるけど、さすがに目元を隠されても見分けられるようになった。
人の性格を見分けるコツは何も瞳だけじゃない。
「ええ、忙しいみたいね。何の仕事をしているのかは教えてくれないのだけど……」
「教えてくれないって?」
最初の日以来、アーサーは僕が起きる前後に家を出ている。夜もとても遅い。帰って来ない事すらある。
早起きの僕とモリー以外とは殆ど顔を合わせていないみたいだ。
「とても大きな問題を取り扱っているみたいなのよ。ダンブルドアやスクリムジョールも動いているみたいだから心配なの……」
「スクリムジョールって、闇払い局の局長じゃないか!? まさか、死喰い人が!?」
ビルが血相を変えた表情を浮かべる。チャーリーとパーシーも似たような反応をしているけど、フレッド達はチンプンカンプンな様子。
「そういうわけだから、勝手に外出してはいけませんよ? 特にフレッドとジョージ! いいわね?」
「はーい!」
「分かっておりますとも!」
「……ノエル、見張っておいてちょうだいね」
「は、はい」
フレッドとジョージは大体僕と一緒にいる。モリーの手伝いをしている最中も話し掛けてくるものだから、時々モリーが雷を落とす事もある。
そういうわけだから、二人の見張りは僕が適任というわけだ。
朝食を終えると、今度は家の中の掃除だ。料理は未だにアナログ式だけど、掃除の時は僕も杖を使うようになった。
モリーが丁寧に呪文の使い方を教えてくれたおかげで色々と出来るようになった。
「ノエルは真面目だね」
「母さんだって、別に毎日手伝わなくてもいいって言ってたじゃないか! 一緒にあそぼうよ!」
この調子で掃除の間中話し掛けられ続けている。
『……なんと鬱陶しい奴等だ』
魔王が呆れたように言った。だけど、彼らに悪意はない。純粋に僕と遊びたいと思ってくれている。
その気持ちはとても嬉しい。
「ごめんね。でも、僕がやりたいの」
「……ちぇー」
こう言うと、二人も引いてくれる。この家の人達はなによりも僕の意思を優先してくれる。
「じゃあ、あっちは俺達がやるよ」
そして、二人も手伝ってくれる。
「ありがとう」
二人が手伝うようになって、掃除の時間が短くなったとモリーも喜んでくれた。
掃除が終わると、今度は洗濯だ。この時間が実は一番楽しくて難しい。
この家には洗濯機なんていう文明の利器は無いのだ。と言うより、機械類がまったく置かれていない。
大きな樽に洗濯物と洗剤を入れると、杖を一振り。
僕はまだチョロチョロとしか出せないけど、フレッドやジョージは蛇口を全開に捻ったように大量の水を魔法で出す事が出来る。
水が貯まると、今度は水を回転させる。この作業は我儘を言って、一人でやらせてもらっている。
十回転させたら逆回転で十回。それをそれぞれ十回ずつ。終わったら下の方に付いている排水用の穴のキャップを外して、上から圧力を掛ける。
脱水が終わった洗濯物を外に干したら午前中の仕事は終了。
モリーが買い物に行き、僕達は庭で駆け回る。
パーシーは基本的に部屋で勉強しているけど、他の兄弟達はたいてい外で遊んでいる。
「ノエル。仕事は終わったのかい?」
日陰で本を呼んでいたビルが声を掛けてくる。
「うん! ビルは何を読んでるの?」
「友達からもらった本だよ。ブラジルに文通相手がいてね。為になる本を時々送ってくれるんだ」
ビルが見せてくれた本は外国の文字で書かれていた。
「読めるの!?」
「もちろん」
「すごい!」
やっぱり、ビルはすごい。頭も良いし、運動神経も抜群。完璧という言葉はこの人の為にある言葉だ。
『……言っておくが、俺様も読めるからな? ざっと二十ヶ国語以上を修めている』
時々、魔王はビルと張り合おうとする。彼が凄い事はちゃんと分かってるのに……。
「ノエル! ビルとばっかり話してないで、一緒にあそぼうよ! 今日は箒に乗せてあげるからさ!」
「う、うん!」
「気をつけるんだぞ、二人共。ノエルに怪我をさせないようにな」
「分かってるって!」
「当然だ!」
チャーリーやロン、ジニーも混ざって箒に乗ったり、庭小人を投げ飛ばしたり、追いかけっこをしたり、僕達は夕方になるまで遊び続けた。
あまりにも楽しい日々。気付いた頃には僕はウィーズリー家の人々に心を許していた。
『……さて、今日は狼男の話をしてやろう。貴様の両親も狼男の友人が居たのだ』
モリーの手伝いを終えて、ビルと一緒にベッドに入って瞼を瞑ると、いつものように魔王がお話をしてくれる。
両親の話から始まり、僕がせがんだから色々な話をしてくれるようになった。
世にも奇妙な夜の生き物達の話。偉大な魔法使い達の話。心踊る史実の英雄譚。
『ヤツの名はリーマス・ルーピンと言ったな。フェンリール・グレイバックという狼男に噛まれた事で――――』
魔王の話はいつも楽しい。
あたたかいビルの体に抱きつきながら、魔王の声を聞いて眠りに入る。それが今の僕の一日の終わり方。
幸せだ。こんなに幸せな日々が来るなんて想像もしなかった。
そして、月日が流れていく。楽しい時間は瞬く間に過ぎていき、夏の終わりにビルとチャーリー、フレッド、ジョージの四人はホグワーツに向かう事になった。今までは夏休みだったから毎日一緒にいられたのだ。
キングス・クロス駅で9と3/4番線という壁の中に入った先にある不思議なホームから赤い汽車に乗り込む四人を僕達は見送った。
「ノエル。クリスマスには必ず帰るからさ」
ビルと離れる事になる。その事が自分でも驚く程に辛かった。
堪らなくなって涙を流すと、彼は僕を抱き締めてくれた。
「手紙も出すよ。だから、待ってて」
「……うん、ビル」
ビルが僕を離すと、フレッドとジョージに両脇から挟まれた。
「俺達も手紙出すからね!!」
「忘れちゃ駄目だよ!? 絶対だからね!!」
フレッドとジョージに懇願され、チャーリーにも頭を撫でてもらった。
「別に忘れちゃってもいいよ! 私達は一緒にいられるもんねー」
ジニーはクスクス笑いながら言った。
「ジ、ジニー?」
「いっつも兄さん達が独占してたから、これでやーっと、二人でゆっくり遊べるわね!」
「あ、あはは……」
不服そうな表情を浮かべる兄さん達に小悪魔的な笑みを浮かべるジニー。
「僕もいるんだけど……」
寂しそうに呟くロン。
ホグワーツ特急を見送った後、モリーおばさんに連れられて隠れ穴に戻ると、僕は急に家が広くなったように感じた。
「ねえ、今日からは私と一緒に寝ない?」
「え!? いや、それはさすがに……」
ビルが居なくなった事を気遣ってくれているのだろうけど、さすがに女の子と一緒に寝る事なんて出来ない。
丁重にお断りすると、ジニーは可愛らしく頬をふくらませた。
それからジニーとロンと一緒に夜まで遊び、四人だけの静かな食事を済ませると、僕はモリーが用意してくれた自室に入った。
元々、僕が来ると決まった時に準備していた部屋みたい。広々とした部屋で一人で眠ると、余計に寂しくなった。
それから数ヶ月が経過した日の事だった。久しぶりにアーサーが早く帰って来た。
どこか不安そうな表情を浮かべていて、ロンやジニーも心配そうにしている。
「ノエル、来てもらえるかな?」
「え? あ、はい」
帰って来るなり、ロン達に待っているよう命じると、アーサーは僕の手を引いて裏庭にやって来た。
困惑していると、魔王が静かに呟いた。
『ここまでか……。いや、意外と保ったほうだな』
どういう事か聞く前に、アーサーが口を開いた。
「君は本当にノエル・ミラーという名前の人間なのかい?」