第七話『罪』

 夏休みの最後は隠れ穴で過ごす事になった。三年前にここから逃げ出した。
 すごく懐かしい。

「ハリー! 待ってたのよ!」

 モリーに抱き締められ、僕は温かく隠れ穴に迎え入れられた。
 そう思っていた。中に入るまでは……。

「こんにちは」

 中にはジニーがいた。挨拶をすると、怖い顔で睨まれた。

「……どうして来たの?」
「え?」
「また、うちを滅茶苦茶にするつもりなの!?」

 その言葉には怒りと憎しみが滲んでいた。
 困惑で思考が停滞し、彼女の声が頭の中で反響し続ける。

「おい、ジニー!」
「なによ、本当の事でしょ!」

 フレッドが声を荒げると、ジニーは涙を零して叫んだ。

「……あちゃー」

 ロンは天を仰いだ。その表情には予想通りという言葉が浮かんでいる。
 ビルとジョージは暗い表情を浮かべながらジニーに掛ける言葉を探している。

「ア、アンタのせいで大変だったのよ! この疫病神!」
「ジニー! なんて事を言うの!」

 モリーが怒鳴りつけると、ジニーは階段に向かって走って行った。
 僕に分かる事は自分が招かれざる客だったという事実だけ……。

「……ごめんなさい」

 ここには居られない。一度逃げておきながら、戻って来ていい筈が無かった。
 玄関から外に飛び出す。
 あの時と一緒だ。僕はまた逃げ出そうとしている。

「待った!」

 柵を乗り越えようとして、手を掴まれた。振り向くと、ビルがいた。
 困ったように微笑み、そのまま僕の体を胸に引き寄せる。

「ごめんね。でも、逃げないで」

 ビルは僕から杖を奪い取ると、後ろから追い掛けて来るフレッドとジョージに言った。

「ちょっと話してくるよ」
「ま、待ってくれよ兄さん! 俺も!」

 フレッドが手を伸ばす。けど、手が届く前にビルは杖を振った。
 気付けば見知らぬ場所にいた。

 第七話『罪』

「ここは……?」
「良い眺めだろ。僕の秘密の場所だよ」

 そこは海岸だった。キラキラと輝く宝石のような紺碧。
 胸を突き上げてくる気持ちで闇雲に涙が溢れてくる。

「……もう、大丈夫だと思ってたんだ」

 ビルは辛そうに言った。
 涙を流したおかげで、少し落ち着いた。

「ビル……。僕が逃げ出した後、何があったの?」
「父さんがクビにされかけた。それどころか、アズカバンに送られそうになった」

 その言葉に血の気が引いた。
 アズカバンといえば、魔法界の監獄だ。そこに入れられた者は吸魂鬼によって感情を吸われ、廃人になる。

「そんな……」
「……ダンブルドアのおかげで何とかなったけど、その影響で家族がバラバラになりかけたんだ。パーシーがハリーを批判して、フレッドとジョージ、それに母さんが激昂した。僕も冷静ではいられなかったから、チャーリーとロンがいなかったらと思うと……」

 青褪めた表情でビルは言う。

「前にも話した通り、フレッドとジョージが闇祓い局に乗り込もうとした事があった。君の事、父さんの事、二人はとても怒っていたんだ。僕も……、本当は二人と一緒にスクリムジョールを殴りに行こうとしてた」
「……ごめんなさい」

 吐き出したいような自己嫌悪に駆られた。ジニーの言葉は的を射ている。好意に甘えるべきじゃなかった。

「……謝らないで欲しい」

 ビルは僕を抱き締めた。そんな資格なんて無いのに、身を任せてしまう。

「君は何も悪くない。年長者の僕が理性的でいるべきだったのに、衝動に任せてしまった……」

 ビルは悔いるように言った。

「ジニーは泣いていた。僕達がいつも怖い顔をしていたからだ。ロンが必死にあやしてくれていた事を覚えてる。ダンブルドアが手を差し伸べてくれたおかげで、僕達家族は元に戻れた」

 僕を抱き締める力が増した。

「ハリー。君に会いたかった。どうしても、元気な顔を見たかった。これは僕達の……、僕の我儘だ」
「ビル……」

 ビルの体は震えていた。

「また、やってしまった。僕は君を隠れ穴に招待したかった。また、一緒に僕達の家で過ごしたかった。君やジニーの事を何も考えていなかった……」

 彼の嚙みしめた唇から、うめきが漏れた。

「悪いのは僕だよ。甘えたんだ……。みんなが優しくしてくれるから、つけ上がったんだ」

 考えるべきだった。彼らに対して、自分が何をしてしまったのか……。
 
「……それは悪い事じゃないよ」

 ビルは言った。

「甘えて欲しいんだ。頼って欲しいんだ。僕は君を助けたい。それは今も昔も変わらない。これから先もずっと……」
「……どうして」

 分からない。

「どうして、そこまで……」
「……言葉で説明する事が出来ない。ただ、君と初めて会った時、僕は君を助けたいって思った。一緒に居たいと思ったんだ」
「十分過ぎるよ……」
「足りないくらいだ」

 僕とビルは互いに口を閉ざした。不思議な沈黙だった。言いたい事が互いに山程ある筈なのに、言葉に出来ない。
 映し合う瞳で語り合う。
 息苦しい。込み上げてくる感情の処理の仕方が分からない。

「……謝らなきゃ」

 漸く絞り出した言葉にビルは小さく頷いた。

「僕も……」

 再び、ビルの魔法で隠れ穴に戻る。中に入ると、不満そうな表情のフレッドとジョージがいた。

「抜け駆け野郎」
「クソ野郎」

 酷い言葉で出迎えられた。

「……ごめんなさい」
「いや、ハリーに言ったわけじゃないからね!?」
「そっちのクソ兄貴に言っただけだから!」

 謝ると、必死に誤解を解かれた。

「ひ、ひどいな、二人共」
「どっちがだ!?」

 双子に睨まれ、弱った表情を浮かべながらビルはモリーを見た。
 彼女も言葉を探しているみたいだ。

「母さん。ジニーは上?」
「え、ええ、ロンが慰めているわ」
「なら、降りてくるまで待った方がいいかな」
「……うん」

 モリーは僕達の気持ちを察したのか何も言わなかった。

 夕方になって、ロンがジニーを連れて降りて来た。
 相変わらず、睨まれている。

「……ジニー。ごめんなさい」

 頭を下げる。それ以外に出来る事なんて何もない。
 犯した罪があまりにも大き過ぎて、償う事なんて出来ない。
 
「……出て行って」

 ジニーは言った。

「アナタの事、大っ嫌い」
「……うん」

 当然の結果だ。
 僕はトランクを掴んだ。

「ハ、ハリー!」

 フレッドがもどかしげな表情を浮かべる。

「ごめんね、フレッド」

 外に出ると、ビルが手を握ってくれた。

「……一人で帰れるよ」
「知ってる。だけど、僕は君の護衛でもあるんだ」
「でも、今日は……」

 ビルは手を離してくれた。

「明日、迎えに行くからね」
「うん……」

 魔王に身を委ねる。風景が歪み、僕はお店に戻って来た。
 中に入ると魔王が実体化した。

「こういう事には時間が掛かるものだ」

 魔王の声を聞いて、決壊した。
 涙が止まらない。魔王に縋り付き、何度も何度も謝った。
 魔王は僕が泣き疲れて眠るまで、何も言わずに受け止めてくれた。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。