第十話「解決」

「ス、スス、スキャバーズ!? え、なにこれ!?」
「えええええええええ!? マジか!? マジなのか!?」
「嘘だろ!?」
「おっさん!? スキャバーズ、おっさん!?」
「誰あれ!? いつの間にいたの!?」
「ピ、ピピ、ピーター!?」
「どっひゃー!?」
「ペ、ペティグリュー!? 生きとったんか!?」
「オーマイゴッド……」
「おい……、これ、どうすんだよ……」
「ちょ、こいつがマジでアレなら彼って……、嘘!?」
「わ、私は初めからブラックは無実だと信じていたのです」
「苦しいと思いますよ、その主張は……」
「おい、アネット! とりあえず、魔法省に報告してこい!」
「局長にもな!」
「見た? キュートなネズミちゃんが一瞬で中年のおっさんになったわよ! ファンタスティックね!」
「あれって、変身術!? なんて、キモい変身なのかしら!!」
「落ち着け!! みんな、落ち着け!! ネズミがおっさんになっただけだぞ!!」
「おい、パーシー!! ネズミがおっさんになったって、結構な大事件だぞ!!」
「そ、そうよ!! どういう事なの、アレ!!」
「あーもう、飯喰ってる最中に騒ぐなよ!!」
「喰ってる場合か!?」
「っていうか、いつまで食べてるのよ!!」
「ちょっと、誰か私のお尻触った!?」
「誰が触るか!! 鏡を見てこい!!」
「名誉毀損だわ!!」
「だーまーれー!! とりあえず、全員黙れ!! うるさい!!」
「そうだ!! うるさい!!」
「うーるーせー!! うーるーせー!!」
「お前等が一番ウルセェ!!」
「おい、百味ビーンズ食べようぜ!」
「ウゲッ、鼻くそ味じゃねーか」
「え、お前、鼻くそ食った事あるの?」
「ち、ちげーし!! そんな感じだって思っただけだしー!」
「ジニー! 君の兄さん達はどうしていつも大事件を巻き起こすんだい?」
「それはフレッドとジョージだからよ。それ以外に理由が必要?」
「ハーマイオニー! 見た!? ネズミは仕事に疲れたおじさんの成れの果てという説が立証されたよ!!」
「やめて、ルーナ!! 怖い上に哀しすぎるわ!!」
「おい、セドリック!! 次のクィディッチでスリザリンを叩きのめしてくれよな!」
「う、うん。頑張るよ」
「わたし、あのおじさま結構好みかも」
「嘘でしょ!?」
「ハゲが好きなら俺なんてどうかな?」
「寝言は寝て言え」
「あのでっぷりしたお腹……、美味しそう」
「カニバリズムは駄目だと思います」
「性的な意味だから大丈夫よ」
「それもどうなんだ!?」
「ぼ、僕のカエルは大丈夫かな!? いきなりおっさんにならないよね!?」
「そう言えば、トレバーがさっき廊下を歩いてたぜ」
「また逃げ出したの!?」
「何故、可愛い女の子にならなかったんだ……」
「せんせー、ここに頭が悪い子がいますー」
「とりあえず、そろそろ授業の時間じゃない?」
「あ、ハグリッドだ!」
「そろそろ飽きてきたし授業行こうか!」
「あー、俺のフクロウも女の子に変身してくれねーかなー」
「だからモテねぇんだよ」
「ぶっ殺してやる!!」
「あははー、大混乱だね」

 その光景を前にして、俺は笑う他なかった。
 大広間は今、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図と化している。突然の事態に大はしゃぎしている生徒を教師が大広間から追い出し、俺達闇祓いが奴を包囲するまでに五分も掛かってしまった。
 万が一にもあり得ない事だと高を括っていた為に致命的な隙を作ってしまった。この間に逃げられていたらと思うと肝が冷える。
 だが、奴は俺達の作る円陣のど真ん中でボケッと突っ立っている。十三年前に死んだはずの男、ピーター・ペティグリュー。
 禿げ上がった頭の中年男が突然の事態を前に逃げようともせず呆然としている様は実に滑稽だ。
 折角のチャンスを不意にした愚かな男をガウェインとロジャーが捕縛し、服の袖を捲って腕を見た。
 そこには一見すると何もない薄汚れた肌があるだけだが、ガウェインが呪文を唱えると、そこに隠されていた刻印が姿を現した。
 その瞬間、数々の前提が崩れた。
「ピーター・ペティグリュー。この刻印は貴様が闇の帝王の配下であった証に違いないな?」
 ガウェインが杖を突きつけながら問う。
「……あ、え?」
 男はアホ面下げてガウェインの杖を見つめる。この期に及んで状況を理解出来ていないらしい。とんだウスノロだ。
 俺は奴の背中を思いっきり蹴りつけた。
「お、おい!」
 ガウェインが窘めるように声を荒げるが無視する。
「とりあえず、逃げられないようにしとかねーとな」
 奴の両腕両足の骨を折ってやると、聞き苦しい悲鳴を上げやがった。
「うるせぇぞ!」
 思いっきりゲンコツを喰らわせてやると、奴は涙を浮かべて震え始めた。
「おい、ダリウス!! まだ、私が尋問している最中だぞ!! そうではなくても、私刑目的の暴力はよせ!!」
「バーカ、そんなんじゃねーよ。まだ、近くに生徒達がいるだろ? こいつが人質に取ったり、危害を加えたり出来ないようにしただけさ。ついでに逃走防止も兼ねてな」
「し、しかし……」
「それより、尋問なんてまどろっこしい事してる場合じゃねーだろ。真実薬でとっとと情報を吐かせるぞ」
 十三年間、平和な時代が続き過ぎた。ガウェインは局長の副官を務める程の優秀な男だが、如何せん、まだ若過ぎる。
 経験が足りない。
 闇の帝王の陣営を相手にする時は容赦などしてはいけない。
 教師の一人が持ってきた真実薬を無理矢理口の中に突っ込むと、奴の口からは情報が駄々漏れとなった。
 十三年前の真実が明らかとなり、その場に居た者達の顔は一斉に青褪めた。
「決まりだな」
 俺はガウェインの肩をバシッと叩いた。
「シリウス・ブラックは無実だった。後はファッジや局長に頑張ってもらおうぜ」
「おい、ダリウス!」
「俺にはちょっとやる事が出来たから、行ってくる」
 去り際に喉を潰していく。これで呪文も唱えられない。
「ネズミに変身されると厄介だ。逃がすんじゃねーぞ」
 後ろでギャーギャーと喚く後輩達を尻目に俺はシレッと姿を消しやがったクソガキを探しに行く。
 数人のガキに聞くだけで居場所はすぐに分かった。悪ガキトリオと一緒にハゲの飼い主やってた坊主を慰めてやがる。
「元気だせよ、ロニー! 今度、俺達で金出しあって、フクロウを買ってやるからさ!」
「そうだぜ! フクロウは便利でいいぞー」
「スキャバーズの事は忘れなよ! な?」
「ほら、元気を出してよ、ロン」
「……スキャバーズがおっさん。スキャバーズがおっさん」
 ロン・ウィーズリーは見てて哀れになるくらいヘコんでいる。
 無理もない。ペットがいきなりおっさんになったら俺だってショックだ。
「おーい、ガキ共」
 声をかけると、悪ガキ共や不運な飼い主はギョッとしたような表情を浮かべたが、ドラコの奴は待ってましたと言わんばかりの余裕の表情で出迎えやがった。
「とりあえず、お手柄だったな」
「えっと……?」
「あー……って事はマジなのか」
「ウッゲェェェ。俺、立ち直れないかも……」
「勘弁して欲しいぜ」
「あはは……」
 約一名、事態を飲み込めてない奴がいるが無視しておく。
「ドラコ・マルフォイつったな?」
「ええ、そう言うあなたは……ダリウス・ブラウドフット?」
「覚えててくれたか、嬉しいねぇ」
 白々しい。
「お前さん、今回の事はどこまでが筋書き通りなんだ?」
 こいつは近くに俺が居る事を見越して、あの推理を繰り広げた。
 そして、その推理は完璧に真実を言い当てていた。
 あまりにも異常だ。俺達闇祓いやダンブルドアでさえ辿り着けなかった『解答』を学生という時間や知識を縛られた立場の人間が短期間で導き出すなど……。
 しかも、ピーター・ペティグリューが絶対に逃げ出す事の出来ない完全な包囲網に陥れた。
「……何の事だか」
「よう、ドラコ。ここはいっちょ、腹を割って話そうぜ。お前は何が目的だ? どうして、奴を捕まえさせた? ルシウス・マルフォイの息子が隠れ潜んでいた死喰い人を表舞台に引きずり上げた理由はなんだ?」
「お、おい、アンタ!」
 喚き立てようとするガキ共を一瞥して黙らせる。
「……俺に『嘘』は通用しないぜ。『真実』を話しな」
「僕が嘘を吐いてるって言うんですか?」
「むしろ、一度でも正直になった事があるのか?」
 そう言うと、初めてドラコは顔を歪めた。ほんの僅かだが、少しだけ人間味が見えてホッとした。
「ドラコ。俺と友達にならないか? お前の頭脳と能力は年齢を考えりゃ、桁外れだ。それを正義の為に使ってみないか?」
「……僕は十分、正義の為に使ってると思うんだけど?」
 十三歳のガキが『妖艶な笑み』なんてものを使いこなす。
 耐性の無いガキなら一発だろうが、俺には通用しない。
「ほう、今回の事も正義の行いだってのかい?」
「そうだよ。僕は単純にシリウス・ブラックの無実を証明したかっただけさ」
「それはまたどうして? 親戚の好ってヤツか?」
「そんなんじゃないよ。ただ……」
 そこで初めて、ドラコは本当の意味で子供らしい表情を浮かべた。
「シリウスはハリーの後見人なんだ」
「……らしいな」
「僕はハリーを大切な友人だと思ってる」
「……みたいだな」
「ハリーは叔母であるペチュニア・ダーズリーとその一家から虐待を受けてるんだ」
 そう言って、ドラコは昏い目を窓の外へ向けた。
「僕は二年前、ハリーの両親のアルバムを作って、彼にプレゼントした。僕はシリウス・ブラックという人が如何にハリーの両親と仲が良く、そして、気高い人物だったのかを知っているんだ。僕には彼が世間の言うような事件を起こしたり、帝王に傅く人間とは思えなかった。だから、彼が無実である可能性を信じていた。もし、彼が無実なら……」
 参った。こいつは今、何一つ嘘を言っていない。
 嘘と真実が分かる俺が言うんだから間違いない。
「今度は写真じゃない。本当の家族をプレゼント出来ると思ったんだ。彼をちゃんと愛してくれる……、本当の家族を」
「……どうして、そこまで?」
「だって……」
 ドラコは言った。
「ハリーは僕の大切な友達なんだ。友達の為に何かしてあげたいと思うのは、そんなに不思議な事かな?」
 一瞬、俺の勘が鈍っているのかと思った。
 まるで、ドラコ・マルフォイが本当に友達思いの優しい少年に思えてしまった。
「ドラコ。一つだけ教えてくれ」
「なに?」
「お前が望んでいるものは何だ? ルシウス・マルフォイの息子がスリザリンの宿敵であるグリフィンドールやレイブンクローの生徒と親しくしたり、マグル生まれとも別け隔てなく接する理由はなんだ?」
「……僕が望んでいるものは」
 ドラコは言った。
「幸福……。みんなと仲良くなりたいんだ。家族とも、友人とも、みんなと一緒に『この広い世界』で『幸せ』になりたいんだ」
 その言葉に嘘偽りは何一つ混じっていなかった。
 だから、俺はその言葉を信じる事にした。
 現に今回の件で得をした人間は冤罪を掛けられていたシリウス・ブラックのみ。
「ドラコ。みんなと仲良くなりたいか……。そのままでいろよ? お前さんとは敵対したくない。友達のままでいような」
「……うん、もちろん。僕とダリウスは友達だよ。これからずっとね」
 さて、少し頑張るかな。
 ハリー・ポッターに本当の家族を……か、いい願いだ。その為に子供が頑張ったんなら、次は大人が頑張らないとな。
 俺は気合を入れなおして彼らの傍を離れた。

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