第二話「友達」

 ホグワーツの新学期が始まるまでの間、僕はハリーに合わなかった。手紙だけを送りながら、彼の中でダーズリー家の人々に対する憎悪を深めてもらった。
 あの一家は良くも悪くもハリーの事をよく見ている。ハリーの中に芽生えた純血主義の萌芽に彼らは直ぐ気付くはずだ。敵意は敵意を煽り、それが更なる敵意を生む。
 既に怒りと憎しみの悪循環を繰り返している所へ燃料が投下されたわけだ。
 今、キングスクロス駅のホームで彼を待っているけど、果たしてどんな表情を見せてくれるか実に楽しみだ。
「ハリー……」
 彼が物語中で純血主義に反発した大きな理由は二つある。
 一つはロン・ウィーズリーの影響。彼が純血主義を悪と教えたから、ハリーはそれを信じた。
 もう一つは彼の中にダーズリー家での教えがあった事。
 ダーズリー家では『まともである事』こそが正義だと信じられている。それも、マグルとしてのまともさだ。
 赤ん坊の頃からその教えを受け続けたハリー。それはもはや洗脳と言っても間違いではない。
 だから、ハリーには常に『自分はマグルとしてまともでなければならない』という思考が働いていた。
 どんなにマグルに酷い目に合わされても、マグルを憎まなかった理由がそれだ。
 自分もマグルなのだという無意識下での自覚が彼にあったからだ。
 既に一つ目の条件を遠ざけ、二つ目の条件にも種を撒いた。
「来た……」
 遠くからハリーが歩いてくるのが見える。駆け寄ると、ハリーは嬉しそうに顔を綻ばせた。
 だけど、その瞳に昏い光が灯っている事に気付いた。
「どうかした?」
「え、どうして?」
 首を傾げるハリーの耳元に口を近づけて囁いた。
「友達だからね。分かるよ」
「……敵わないな」
「話はコンパートメントで聞くよ。おいで、随分と細くなってしまったみたいじゃないか」
 どうやら、随分酷い仕打ちを受けたらしい。よく見れば頬が痩け、全体的にもやせ細ってしまっている。
 可哀想に……。
「コンパートメントにお茶の用意をしてある。ゆっくり心と体を休めるんだ。話はそれからでもいい」
「うん」
 どうやら大分無理をしていたらしい。今では演技を止め、憔悴しきった表情を浮かべている。
 コンパートメントに移動すると、彼は紅茶を飲みながらダーズリーの家で行われた虐待の数々を口にした。
 部屋に鍵を掛けられ、窓にも鉄の柵をつけられたらしい。
 料理は一日に一回。扉に付けられた『餌入れ』から入れられるコップ一杯の水とパンくずのみ。それを忘れられた日もあるという。
 その上、彼の従兄弟が一日一回、まるで日課のトレーニングのようにハリーをサンドバッグにしたと言う。 
「すまない、ハリー。君がそんな辛い境遇にいた事も知らずに……。君からダイアゴン横丁に行けないという手紙を受け取って、何かあったのではと心配はしていたんだけど……」
 僕は涙をこぼした。
「君の学用品は全て揃えてある。だけど、そんな事じゃ、詫びにもならないね……」
 悲しげな顔を作って、僕はハリーを抱き締めた。
「……来年からは僕の家に泊まりに来ればいい。父上と母上も歓迎するよ」
「ありがとう……」
「それにしても酷いな……あまりにも」
 僕は涙を浮かべたまま、怒りに満ちた表情をつくり椅子に戻った。
「……『魔法使い』に生まれた事はそんなにも罪深い事なのかな」
 僕の言葉にハリーの瞳が揺れた。
「マグルと魔法使いは一緒にいるべきじゃないのかな……」
 僕は何も言わなかった。
 自分の中で答えを決定させる為に。

 ホグワーツの二年目は一つの衝撃的なニュースで幕を開けた。
 ギルデロイ・ロックハート。魔法界のトップスターがクィレルの後釜として『闇の魔術に対する防衛術』の教師に招かれたのだ。
「僕はストレスで頭がどうにかなりそうだ」
 取り巻きの一人、ダン・スタークが眉間に皺をよせて言った。
 彼はロックハートの最初の授業で使命を受けて――只管使えない呪文を繰り返すという――辱めを受けたのだ。
 しかも、呪文が発動しない事を彼の才能の欠如が原因と言われた。
「しかし、教師として最悪な部類だな。自己を過信した無能が教師とは……ハァ」
 いつも無口なエドワード・ヴェニングスまでが饒舌に彼を貶めている。
「嫌われてるね……」
 僕としては面白い人だと思っている。彼の書いた小説……いや、教科書は実に読み応えがあった。
「素直に小説家としてデビューしておけば良かったのにね」
 ハリーも中々辛辣だ。まあ、ハリーもダンと同じく公開羞恥プレイを強制された被害者だから仕方がない。
「クラッブとゴイルはどうだい? 彼のことをどう思う?」
 エドやダンに更に輪をかけて無口な巨漢二人組に問いかけると、二人揃って吐き気を催したような顔をした。
「……せめて言葉で表現して欲しかったな」
 僕は他のメンバーに視線を向けた。
「フリッカ。君はどうだい?」
 フレデリカ・ヴァレンタインは少し考えた後に言った。
「顔も良いし、小説家よりハリウッドスターになった方が良いと思う。サインの書き方も様になってるし」
 そう言って、ロックハートのサイン色紙をどこからともなく取り出すフリッカ。
 ほぼ全員がギョッとした表情を浮かべている。
「ふぁ、ファンなの?」
 ハリーが恐る恐る問いかける。
「別に彼の著作は初版で全巻揃えてるけど、それだけだよ?」
 結構コアなファンだった……。
 付き合いが長い方だけど、知らなかった。意外とミーハーなのか……。
「アンよりマシ。さすがにプロマイドまで手を出す気は無いもん」
「え?」
 全員が勉強会に参加している女性メンバー三人の内で一番真面目な少女を見つめた。
 アナスタシア・フォードはそっぽを向きながら頬を朱色に染め、ボソボソと答えた。
「……しゅ、趣味は人それぞれでいいじゃないですか」
「お、女はああいうのが好みなのか……」
 ダンががっくりと肩を落としている。まあ、ロックハートとはキャラが大分違うしね。
「いや、一緒にしないでよ。私は違うから」
 真顔で否定するアメリア・オースティンにエドが心から安堵した。
「あと、エドもタイプと違うから」
 いっそ清々しい容赦の無さだ。エドが実に悲しそうな表情を僕に向けてくる。
 後で少し慰めてあげよう。
「それよりドラコ。もうすぐ、シーカー選抜試験があるじゃない? 受けるの?」
「ああ、そのつもりだよ」
「どんまい、ダン」
 アメリアがケラケラ笑いながらダンに言葉の槍を投げはなった。
 ダンまで悲しそうな顔で僕を見てくる。
「ドラコが志願するなら辞退する」
 声が震えている。
 まったく、アメリアは厳しいんだか優しいんだか分かり難いな。
「だったら僕が辞退するよ。ただし、ハリーも志願するから簡単にはいかないと思うけどね」
「待ってくれ! そういうつもりでは!」
 ダンが立ち上がって声を張り上げる。
「ダン。僕もクィディッチが好きだし、選手になりたいとも思ってる。けど、どうしてもって程じゃないんだ。本気でなりたい君が僕に遠慮して辞退するくらいなら、僕が降りるよ。ただし……、これはハリーにも言うけど、シーカーになった暁には一度の敗北も許さないよ」
「ド、ドラコ……」
「ドラコ……」
 正直、僕はクィディッチなんてどうでもいいんだけど、この二人にとっては違う。
 折角だから二人の好感度を稼ぎつつ、無駄な体力を消費するイベントを避けたわけだが、二人は感動に打ち震えている。
 まったく、可愛いな。スポーツに燃える熱血は僕が愛おしく思う人間の美徳の一つだ。
 勇気とか熱血とか、僕は持っていないから羨ましい。
「そう言えば、選抜試験の受付は今日だったと思うけど、二人はもう申し込んだの?」
 フリッカの言葉にダンとハリーが顔を見合わせる。顔色がみるみる悪くなっていく。
「ああ、それなら……」
「ちょっと行ってくる!!」
「急ぐぞ、ハリー!!」
 飛び出して行ってしまった。
「……二人の参加についてはフリントに話を通してあるから僕の辞退について後で言っておくだけで良かったんだけど」
「二人はそれほど本気という事だな」
 エドの言葉に僕は思わず噴き出してしまった。実に熱血しているな。
「ドラコ」
 フリッカが僅かに声色を変えた。
「どうしたんだい?」
 僕の配下としての顔を見せるフリッカ。
「寂しい」
「え?」
 僕は思わずエドと顔を見合わせた。
「一年目は我慢したけど、もう少し私に構って欲しい」
 別に蔑ろにしたつもりはなかったんだけど……。
「ハリーはもうドラコにゾッコンだよ。だから……」
 この勉強会に参加しているメンバーはハリー以外、幼少期から一緒にいる。
 丹念に僕への忠誠心を植え付けてきた。だけど、まさか構って欲しいと頼まれるとは思わなかった。
「分かった。僕に出来る事なら何でもするよ。何をして欲しい?」
「……もっと、私を見て」
「見てるつもりなんだけど……」
「あなたが目的のために手段を選ばない事は知ってる。今はハリーの心を手に入れるために行動していて、その行動全てに計算が入っている事も……」
「僕の行動って、大体打算だって知ってるだろ?」
「知ってる。だから、そうじゃなくて……」
「……デートでもするかい?」
「する」
 どうやら、満足行く答えを返せたみたいだ。
「……エド達は何かあるかい? この際だから聞いてあげるよ?」
「私もデートでいいよ」
「……私もデートでいいです」
「俺もデートでいい」
「……オーケー。ダンにも聞いておこう」
 困った。口元が緩んでしまう。
「しかし、エドはアメリアが好きなんじゃなかったのかい?」
「たった今、振られた」
「うん……、悪かった」
「それにアメリアは好きだが、ドラコも好きだ」
「うん。僕も好きだよ」
 前はこまめにそれぞれと二人の時間を作っていたけど、その時間を今はハリーにばかり使っていた。
 その事を不満に思っていたらしい。まったく、愛しい友人たちだ。
「とりあえず、順番は先着順にさせてもらうよ?」
 だけど、これはハリーの籠絡に使える一手だ。
 敢えて放っておく事も愛を深める為に重要な事なのかもしれない。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。