キングス・クロス駅から徒歩で二十分。グリモールド・プレイス十二番地に普通の人の目には見えない秘密の屋敷がある。
そこが僕の新しい家。
二週間前、シリウスと出会い、正式な養子になる為の手続きを行った。色々と面倒な手順を踏む必要があったけど、なんとか全てを終える事が出来た。
ダーズリー家には一度だけ挨拶する為に帰ったけど、僕がシリウスの養子になる事を告げると「せいせいする」の一言だけだった。
初めて訪れたブラック邸はかなり荒れていた。十年近く放置されていたせいだ。
掃除をしようにも下手に触れると呪いの掛かる物や屋敷しもべ妖精の生首を剥製にしたものなど、一筋縄ではいかないものばかりで生活出来るように環境が整うまで丸一週間もかかった。
その間、僕達はルーピン先生の家に泊まった。先生はシリウスやパパと学生時代よく行動を共にした仲らしい。先生の家に厄介になっている間、僕は二人から両親との思い出話をこれでもかというくらい聞かせてもらった。どうやら、パパは思っていたよりもずっとワイルドな人だったみたい。
僕からも今までの十四年間で起きた事を簡単に説明した。自分の身の上話を家族にするのは実に不思議な気分だった。
ダーズリー夫妻は僕の学校生活に欠片も興味を示さなかったから……。
その過程でシリウスが僕の友人関係に懸念を抱いている事が分かった。そもそも、寮がスリザリンである事にも不安を抱いている。
一時は決定的な亀裂が入り掛けた程だ。
折角家族になれた僕達に早々訪れた危機を救ってくれたのは他でもないドラコだった。屋敷の清掃を手伝いに来てくれた彼がシリウスを説得してくれた。
シリウスも無罪証明の立役者であるドラコ本人には強く出れないみたいで説得に折れるまでに一時間も掛からなかった。
フリッカ達も手伝いに来てくれて、彼らの人となりを見て、シリウスもやがて自分を恥じ、友人関係に茶々を入れてしまった事を謝ってくれた。
調度品の一部を売り捌いたり、特に手の施しようのない物をダンブルドアの力を借りて処分したりと大忙しの一週間を乗り越えた後、シリウスはすっかりドラコ達を気に入るようになっていた。
当然の事だと思う。だって、彼らはみな、僕の素敵な友人達なのだから。
新生活がはじまって直ぐ、僕はある事に気がついた。
シリウスに家事を任せてはいけない。
彼は一言で言うと子供のまま大人になってしまった人だ。自分で言ってて酷いと思うけど、実に的を射ていると思う。
興味のある事には凄い集中力を発揮するけど、興味のない事……例えば、料理や掃除は適当にやろうとする。
彼に掃除を任せた部屋は埃を軽く払っただけで水拭きすらしていなかったし、料理は味付けすらまともにしていない具材を焼いただけのものをまな板に乗せて直接食卓に置いた。
その一件以来、家事は完全に僕の担当になった。ほんのちょっとだけ、料理や掃除の指導をしてくれたペチュニア叔母さんに感謝しながら、今日も朝ごはんを作っている。
夏休みの間は大丈夫だけど、学校が始まったらシリウスは一人で生活出来るのだろうか? 最近、その事ばかり心配している。
家族が出来ると無邪気に喜んでいた頃が懐かしい。義父が出来たというより、体ばっかり大きくて手の掛かる子供が出来てしまったみたいだ。
「悪い気分じゃないんだけどね……」
新品の包丁で野菜を切り、湯だった鍋に落としていく。
魔法を使った料理は難易度が高過ぎて手が出なかった。
料理の為に色々な道具や材料を適度に動かすのは相当な集中力と経験が必要でドラコでさえお手上げ。僕達の中だと出来るのはフリッカだけだ。
料理の仕上げに取り掛かっていると、シリウスがリビングに入って来た。
「うーん、いい匂いだ」
「おはよう、シリウス。朝ごはんはスープとスクランブルエッグだよ」
「ああ、ハリーの料理はこの世で何よりも美味い! 生きてて良かったと心から思うよ!」
「……あはは。手を洗って、うがいをしてきてね。後、ヒゲもちゃんと剃らなきゃだめだよ?」
「オーケイ。ハリーは本当に母親似の性格だな。リリーもいつも……」
「その話は十回目だよ、シリウス。いいから、早くして! もう、出来るから!」
「アイアイサー!」
やれやれと肩を竦めながらエプロンを取る。すると、コンコンという音が鳴った。
窓の外に見慣れたフクロウがいる。
「ヘドウィグ!」
ハグリッドに買ってもらったシロフクロウはいつも完璧な仕事をしてくれる。
足に括りつけられている手紙を解くと、ドラコからのメッセージが記されていた。
「わーお!」
「ん? どうしたんだ?」
手洗いうがいを終えたシリウスが丁度戻って来た。
僕は手紙を彼に見せる。
「見てよ! ドラコがクィディッチ・ワールドカップのチケットを手に入れてくれたんだ! シリウスの分もあるよ!」
「オーマイガー!」
シリウスはひっくり返ってしまった。あまりのオーバーリアクションにドン引きしながら恐る恐る声を掛けるとガバリと起き上がり、僕から手紙を奪い取る。
「イヤッホー! やはり、持つべきものは友だな! さすが、ドラコ・マルフォイだ!」
2週間前の自分のセリフを思い出してからもう一回言ってみろ。思わず声に出しそうになり、必死に深呼吸をする。
『マルフォイ家の子だって!? ハリー! マルフォイは邪悪の代名詞と言っても過言じゃない悪辣な一族だ。悪いことは言わないから付き合う相手を選んだほうが良い!』
あの時は大喧嘩だった。ドラコが仲裁に入らなかったら、僕達の新生活は始まる前に終わるところだった。
本当に仕方のない人だ。
子供みたいにはしゃぎ回るシリウスを落ち着かせるのに結局三十分も掛かり、僕は朝食を温め直さなければならなかった。
シュンとする義父に慰めの言葉は掛けない。たまにはちゃんと叱らないと分からない人だからね。
心を鬼にする決意を固めて朝食を並べていく。
「……そう言えば、シリウスは贔屓のクィディッチ・チームってあるの?」
決意は五分で崩れた。どんどん萎んでいくシリウスに僕が根負けしてしまった。
話しかけると、まるでご主人に構ってもらう犬みたいに嬉しそうな顔をするものだから堪らない。
朝食を食べながらシリウスのクィディッチ談義を聞き、クィディッチ・ワールドカップに思いを馳せる。
世界中からやって来る刺客達に我が国が誇る公式チームは勝てるだろうか?
朝食後はダンと共に買い漁ったクィディッチ専門雑誌を開き、二人であれこれと議論を交わした。
たまらなく幸せな時間が過ぎていく。
◆
手に入った。
ハリーの新居であるブラック邸に清掃の手伝いを申し出た目的は二つ。
一つは当然、ハリーにより良い新生活を送ってもらうため。
残り一つはブラック邸にある分霊箱だ。
もっとも、盗み出したわけじゃない。
あそこにはブラック家そのものに仕えている屋敷しもべ妖精がいるから盗み出したりしたら直ぐにバレてしまう。
だから、僕は堂々と分霊箱である『サラザール・スリザリンのロケット』を『手の施しようのない闇の魔術品』のところに投げ込んだ。
後で、これらはダンブルドアに処分を依頼する予定になっている。
ダンブルドアは今、ニワトコの杖を所有している。あの杖で死の呪文を唱えれば分霊箱に封じられている魂の一部を完全に消滅させる事が出来る筈だから、後は任せておけばいい。
2週間前に見た夢。ヴォルデモートは復活を企み、行動を起こそうとしていた。
賭けに出ると言っていたが、具体的な事が分からないまま同調が切れてしまった事が悔やまれる。
何かが起きるとしたらクィディッチ・ワールドカップか三大魔法学校対抗試合だろう。
ピーターが居ない以上、ヴォルデモートも三大魔法学校対抗試合の情報は掴んでいないかもしれないから、本命はワールドカップの方だ。
警戒しておくべきだろう。
いずれにせよ、時が迫っている。