第十二話「理想郷」

 新月の晩……。
 暗闇を五台の車が走っている。その先頭の車両の窓が開く。
「魔法使いの家は魔法で隠蔽されているものらしい。だが、そこに存在しないわけじゃない」
 地球の面積を変えられるのならお手上げだが、そうじゃないなら隠れているだけだ。
 フェイロンは窓を開け、魔法使いの住処がある筈の場所に携帯対戦車グレネードランチャー、通称RPGを構えた。
 廃墟に見える空間へロケット弾が発射される。すると、奇妙な現象が起こった。
 ロケット弾が見えない壁にぶつかり爆発した。その衝撃は凄まじく、見えない壁にゆらぎを起こした。
「一撃では足りないようだな」
 二発目、三発目を着弾させると、見えない壁に亀裂が走った。
 壁が完全に砕け落ちると、さっきまで、廃墟だと思われていた場所に一軒の家が姿を現した。
「いくぞ」
 フェイロンは他の車から飛び出してきた目出し帽姿の男達に指示を出し、敷地内へ乗り込んだ。

 ガウェイン・ロバーズとリーマス・ルーピンから聞き出した情報。
 魔法使いは科学技術に対して無知であり、近代兵器への対策を殆ど取っていない。
 加えて、一般的な魔法使いは戦う為の魔法を殆ど覚えないまま一生を終えるらしい。
 家に敷くセキュリティの質にも差があり、特に血の浅い家の守りは脆弱と聞く。
 フェイロンは優先度をつける為と言って、セキュリティ強度の低い家を魔法使いにリストアップさせていた。

 玄関を爆破し、中に踏み込む。すると、恐怖に怯えた表情で杖を握る男がいた。
 銃声が響く。先頭の男が杖を持つ手を撃ちぬいた。続けて、他の男が家主と思しき男を手際良く拘束していく。
 拘束した男が身体検査を行う一方で、他の男達が別室を調べ始める。ものの数分で、その家の妻と幼い娘を拘束した。
「お、お前達は何者だ!? 何故、こんな事を!?」
「何故……? 何故と聞くのか……そうか、そんなに予想外か」
 フェイロンは娘と妻を拘束している男に指示を飛ばす。
「連れて行け」
「お、おい! 二人に手を出すな!!」
「それは君の態度次第だな。私達に協力するなら良し。さもなければ、あの二人の命は保障しない」
「ふ、ふざけるな! 誰が――――」
 フェイロンは銃の引き金を引いた。
「え?」
 銃声と共に倒れる妻の姿を見て、男は呆気に取られた。
「君が素直にならないと、次は娘の番だ。目が覚めたら返事をくれたまえ。あと、君以外にも何名かに同じお願いをするつもりだ。一番早く、我々の願いを叶えてくれた者以外、全員に死んでもらう予定だからあしからず」
 そう言って、男にスタンガンを押し当てた。
「ずらかるぞ」
「はっ!」
 男と娘を黒い袋に詰め、裏手に停めてある乗って来た車とは別の車に乗り込む。
 カモフラージュとして、乗ってきた車を別方向に向かわせ、用意したアジトの一つに向かう。
 道すがら、他の家を襲ったメンバーからの報告を受け取ると、どうやら『全て』うまくいったらしい。
 奇妙なほど、すんなりと事が進んだ。救出に来た魔法使いと戦闘になる事もなく、捕らえた魔法使いを脅迫したり、拷問しても、誰も助けに来ない。
 不気味に感じながら、フェイロンとその部下達は事を進めていった。

◇◆

「……よくやってくれたね、アーニャ」
 ドラコ・マルフォイは虚ろな目をした女性に言った。
 彼女の名前はアネット・サベッジ。『闇祓い局局員』と『情報屋』という二つの顔を持つ女。
「それにしても、君には色々と驚かされたよ」
 ドラコが彼女と出会ったのは二年前。
 彼女はシリウス・ブラックがアズカバンから脱獄を果たした時、ホグワーツの警備の為にやって来た闇祓いの一人だった。
 明るい女性。差別意識を持たず、マグル生まれにも、スリザリンの純血主義者にも、別け隔てなく優しさを振り撒く女。
 多くの生徒が彼女に悩みや相談を持ち掛けた。
 他の闇祓い達からの信頼も厚く、穢れた一面など、ある筈が無いと誰もが信じた。
「魔法使いを憎む魔法使いか……」
 彼女が闇祓い局に入った本当の理由――――それは、魔法使いを殺せるから。
 ただ、それだけ。
 裏ではレオ・マクレガー探偵事務所を始めとした一部のマグルに情報を流し、魔女狩りが横行した時代に戻そうと画策していた。
「裏稼業で本名を使うなんて、大胆不敵にも程があるよ」
 ジェイコブとの二度目の接触の時、ドラコは彼に開心術を使った。彼の持つ全ての情報を引き出すためだ。
 彼の記憶を都合のいいように改竄した後、レオ・マクレガー探偵事務所の人間全ての身元を洗った。
 その中に驚くべき素性を持つ者が“二人”いた。その内の一人が『情報屋のアネット・サベッジ』。
 ドラコは初め、単なる同姓同名の別人だと思った。
 彼の知るアネットが反魔法使い派の人間とは思わなかった上、情報屋などというアンダーグラウンドの稼業で本名を使う者が居るなんて想像もしなかったからだ。
「確かに、アネットの名前も、サベッジの姓も、どちらも珍しいものじゃないけど」
 マグルでは、魔法使いの個人情報に辿り着く事など不可能という事も織り込んでの事なのだろうが、それにしても感心してしまう。
「……しかし、君がレオ・マクレガー探偵事務所の者達と懇意にしてくれていた事が、今回大いに役立った」
 情報屋として動く時、彼女は他の魔法使いにバレないように慎重を期していた。
 だからこそ、リジーに攫わせるのは簡単だった。探偵事務所の人間と接触する瞬間を狙えばいいのだから。
 彼女を使ったおかげで闇祓い局の人間や不死鳥の騎士団の人間の半数以上を手中に収める事が出来た。
 フェイロンを唆し、力添えをしたのも彼女だ。
 魔法使いの家にはマグルが近づけないように魔法が掛かっている家が殆どだが、その結界を超え、守護を破れるように細工を施したのも彼女だ。
「い、言うとおりにしたわ……。だから……、こ、これをもう……」
「まだ、そんな事を言う余裕があるのか……」
 ドラコは嗤いながら腕を擦った。
 その瞬間、アネットは絶叫した。
 脳を焼くような痛み。
 スクリムジョールが味わった苦痛や彼女自身が味わった苦痛、他の者が味わった苦痛の記憶が彼女の脳に流れ込む。
 彼女には常に見張りの目がある。その目が彼女の裏切りを許さない。
「ゃめ……もぅぅ、ぃぁ……やめ……ぉねがぃ……」
 小さく身を屈め、必死に懇願する様は実に滑稽だ。
「君は自分の意思で魔法使いの道を選んだわけじゃない。ただ、魔法使いになれると言われ、親がノリ気になってしまったから、この世界に入る事になっただけ……。その上、選ばれた寮はスリザリン。マグルの友達と疎遠になり、マグル生まれという事で純血主義の者達に蔑まれ、不幸な青春時代を送った。確かに哀れだ……」
 ドラコは愉しそうに怯える彼女を見下した。
「その果てに魔法使いの身で魔法使いを憎むようになり、自分を偽りながら復讐を企て、そんな自分に酔っている……。こんな哀れな生き物は少ないよ。だから、これは慈悲だ」
 ドラコは杖を彼女に向ける。
「アバダ・ケダブラ」
 緑の光がアネットの体を貫き、その命を奪った。 
 ドラコは躯と化した女から興味を失い、マグルの新聞に視線を落とした。
 そこには数日前、テレビ放映された映像の真贋を議論する有識者達の写真が掲載されている。
 フェイロンは家族を人質に取り、魔法使いに全国ネットのテレビの前で魔法を使うよう命じた。その結果、世界中から映像の真贋を問う声が沸き起こっている。
 今はまだ、ただのガセであるという説が優勢だ。だが、今頃は街頭でも魔法使いが曲芸師のように人前で魔法を披露している筈。

――――娘を、息子を、母を、父を殺されたくなければ魔法を世間に公表しろ。

 その命令に逆らう者は殺され、従う者達はテレビや普及し始めているインターネット上の人気者になっている。
 同時に魔法使いの『悪行』が誇張して世間に流布され初めている。
「喜べ、アネット。お前の望みはもうすぐ叶うぞ」
 世間は魔法使いの存在を徐々に認知し始める。そして、魔法使いを悪と定め、攻撃を始めるだろう。
 そうなるように仕向けている。
「魔法使い達よ、選ぶがいい。滅びるか、団結するか……、残された道は二つに一つだ」
 
 人は裏切る生き物だ。ならば、裏切れないようにしてやればいい。
 革命家レフ・トロツキーは第二次世界大戦直前にナチス・ドイツが勢力を高めていく様を指してこう言った。
『ボリシェヴィズムかファシズムかという選択は多くの人々にとって、サタンか魔王かの選択と同じようなものである』
 結果、ナチスは絶望に苦しむドイツの人々によって勝利にまで押し上げられた。
 同じように絶望を突きつけてやればいい。
 悪意と悪意の狭間で押し潰されるか、一方の悪意に縋りつくか。
「裏切れば死ぬ。だから、誰も裏切れない」
 ドラコは嗤った。
 一度大きな傷跡を作れば、もはや世界が元に戻る事はない。
 魔法使いはマグルを憎み、マグルは魔法使いを憎む。
 共通の敵は団結を強めていく。
 魔法使いが魔法使いと、マグルがマグルと手を取り合い、一致団結する世界。
 戦争こそ、|理想郷《ユートピア》だ。

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