第八話「裏道」

 闇祓いの監視を解く方法は一つだ。彼らが僕を問題視する理由を掴み、解決してやればいい。
 僕はフレッド達から受け取った忍びの地図を使い、監視の目が遠退いている瞬間を利用してリジーの転移魔法を使い『秘密の部屋』に入った。
 ホグワーツの結界はあくまでも対人を仮定したモノだから、フェニックスや屋敷しもべ妖精などの魔法生物の魔法は擦り抜けてしまう。
 他の魔法使い達は屋敷しもべ妖精という存在を軽んじているが、実に愚かだ。彼らは使い方次第で最強の手駒になる。
「リジー。相変わらず、君は実に有能だ」
 頭を撫でながら褒めると、リジーは恍惚の表情を浮かべた。
「さて……」
 僕は口調を変えた。
『シグレ。お前に仕事を与える』
『何なりと命じるが良い』
『現在、ホグワーツの城内を跋扈している闇祓い達については把握しているかい?』
『無論。かの者達はシリウス・ブラックなる死喰い人の侵入を警戒し、魔法省と現校長が招き入れたのだろう?』
『そうだ。……よく知ってたね?』
『言った筈だ。我は常に汝の隣に潜んでおる』
 言葉を失った。
『え、あれって文字通りの意味だったの!?』
『……うむ。我は汝がホグワーツに居る限り、常に傍に潜んでおる』
『そうだったのか……。え? じゃあ、わざわざココに来なくても、君に命令しようと思ったら壁にでも囁き掛ければいいのかい?』
『然様』
『……そ、そうか』
『して、命令は?』
『あ、ああ。僕の傍に控えていたなら、僕を常に監視している者達がいた事にも気付いているね?』
『無論』
 なら、一言くらい忠告するなりしろよ。
 いや、蛇に対して気を利かせろなどと言っても無駄か……。
『……不満そうだが、主よ。安易に我が汝に言葉を投げ掛ければ、汝の隣に常に控えておるハリー・ポッターにも我の『声』が届く事になるぞ。彼もまた、我の言葉を解する者なのだろう?』
『君の傍で口を滑らせていたのか……』
『もう少し、周囲に気を配る事をすすめる』
 前言を撤回しよう。思った以上に気が利く蛇だ。
『でもそうなると、ハリーも資格者という事になるけど、その辺はどうなるのかな?』
 ハリーが蛇を解する事が出来る事をシグレに知られた事はかなりの痛手だ。
 万が一にも裏切られる可能性が出てしまった。
『今代の主は汝だ、ドラコ・マルフォイ。例え、先代たるトム・リドルが目の前に現れたとしても、汝が我との契約を絶たぬ限り、汝の命令が優先される』
『……そうか』
 少しだけホッとした。いずれ、ヴォルデモートは復活する。
 その時、苦労して手に入れた手駒が奪われる可能性を危惧していたが要らぬ心配だったらしい。
『なら、命令だ。僕以外の命令に決して従うな。僕の命令だけを聞き入れ、命令通りに実行しろ』
『承った』
『……よし、それじゃあ――――』
 漸く本題に入れる。僕はシグレに闇祓い達を逆に監視するよう命じた。
 彼らがどこで何を話したか、正確に僕に伝えるよう命じると彼は迅速に動いてくれた。

 結果が届いたのはその日の夜だった。ハリーが完全に寝静まるのを待って、壁面に耳を押し当てる。
『主よ。どうやら汝を危険視している存在がいるようだ』
『誰だ?』
『その者の名はルーファス・スクリムジョールというらしい』
『闇祓い局の局長か……。理由は?』
『どうやら、汝の出自に対して、その人物像に差異があると感じたようだ』
『……どういう意味だ?』
『我は人間の感情に聡くない。故、我が聞いた監視者の言葉をそのまま伝える』
『頼む』
『監視者は【局長にも困ったもんだぜ。シリウス・ブラックの警戒に全力を注がないといけねぇって時にガキの身辺調査をさせるとかあり得ねぇよ。確かにマルフォイ家の出身にしちゃ、いい子ちゃん過ぎるとは思うけど】……と、仲間と話していた』
 関係ない事だけど、シグレは存外渋い声だ。その声で軽薄な言葉遣いをされると違和感が凄い。
『聞いているのか?』
『あ、ああ、もちろん。ありがとう、シグレ。大体分かったよ』
 とりあえず、事情は分かった。
 要は完璧を演じ過ぎたのだ。完璧なだけでは不完全だったという事だ。
 確かにマルフォイ家の人間に相応しい闇を僕は極力表に出さないようにしてきた。
 それが今回の監視に繋がったというわけだ。
 ハリーを始めとした善性を尊ぶ人間に対して好意的に思われる人物像を作ってきたが、今後は少しやり方を変えるべきなのだろう。
 分かってしまえば対処は実に簡単だ。
 監視者の目がある所であやまちを犯してやればいい。十三歳の少年らしい軽はずみなあやまちを……。
 
 その日はグリフィンドール対スリザリンの試合があった。今回もスリザリンの圧勝。吸魂鬼が現れる事も無く、シリウスの姿も見えず、ハリーはいつものように颯爽と勝利を決めた。
 僕は子供らしく勝利に浮かれて見せた。
 そのまま、アナスタシアを誰もいない空き教室に招き入れた。予め、エドワードにフリッカ達を近づけないよう命じておいたから完全に二人っきりの状態。
 忍びの地図を確認し、僕達と監視者だけがこの教室で行われる事を目撃する事になる。
「アン。今日は気分が良いから、ここで御褒美をあげるよ」
 それだけで蕩けるような表情を浮かべるアナスタシア。
 空き教室の中で彼女の喘ぎ声がこだまする。品行方正と思われている生徒が女生徒と性的な快楽に耽る。
 絵に描いたような醜聞だが、それが明るみに出る事は無いだろう。
 監視は僕に気づかれないように慎重に行われている。ここで乗り込んでくる事も無い筈だ。後は監視者が上司にこの件を報告すれば一件落着。
 スクリムジョールもドラコ・マルフォイという人間に決定的な人間性を見出す筈だ。
 案の定、アナスタシアを組み敷いている机の脇に広げた忍びの地図に監視者が離れていく様が表示されていた。
 十分だという結論に至ったのだろう。

 それから更に数日後、廊下を歩いていると僕を監視していたダリウスという男が話しかけてきた。
 若い内は程々に健全な関係を保っておけとありがたい忠告をしてくれた。
 僕は罪悪感と羞恥心の入り混じった顔を作って、彼から逃げるように走り去った。
 これで漸く問題が片付いた。そろそろ計画を実行に移すとしよう。

 走り去るドラコ・マルフォイの背中を見て、俺は思わず笑いそうになった。
 わざとらしい。
 どうやら、局長の考えは当たっていたようだ。アレは見た目通りの優等生じゃない。
 恐ろしく頭が良くて、人間を弄ぶ悪癖を持っている。
「俺達の監視に気付いて、その目的まで察したか? ったく、仕事で何ヶ月も御無沙汰な俺に見せつけてくれやがって……」
 奴に抱かれてウットリした顔を浮かべていた女の子が哀れでならない。
 アレは俺に奴の失態を目撃させる為の舞台だったのだ。その為だけに見ず知らずの男に彼女は痴態を見られたわけだ。
 自分に惚れている女を道具扱いとは相当イカれてやがる。
「だけど、まだまだガキだな。局長が危険視する程じゃねーや」
 本人は完璧な対処をしたつもりだろうが、俺から見れば稚拙過ぎて笑えてくるレベルだ。
 むしろ、警戒している相手に自分の本質を悟らせるという大失態をやらかしている。
 闇の帝王なら幼少期でももっとマシな方法を取った筈だ。
「問題無しって報告しとくか。これでやっと、面倒な雑務から解放されるぜ」

『――――との事だ』
『御苦労様』
 僕は秘密の部屋でアナスタシアに本当の御褒美をあげながらシグレからの報告を聞いていた。
「仲間に愚痴を零す程だから、僕の監視を彼が面倒に思っている事は分かっていた。だから、彼に僕が小物で取るに足らない存在だと確信してもらった」
 狂ったように悶えるアナスタシアの唇をそっと撫でる。
「結果は聞いての通りさ。これで彼から僕に対する関心は完全に消えたと思っていいはず。一応、引き続きシグレに彼を追跡させておくけどね」
 瞳を潤ませ、慈悲を懇願するアナスタシアに僕は微笑みかける。
「まったく、面倒だったよ」
 彼女に杖を向ける。
「君は今回、とても役に立った。だから、御褒美だ。今夜は楽しませてあげるよ。じっくりとね」
 彼女の瞳は歓喜の色を浮かべた。
 実に浅ましい姿だ。だが、だからこそ、彼女には利用価値がある。
「可愛いね、アン」
 いつでも使い捨てられる従順な駒というのは実に便利だ。

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