第七話「風雲」

 思わず笑ってしまいそうになった。僕が両親と敵対する? あり得ない
「……どうやら、あなた達は前提を間違えているようだ」
「なに?」
 本当に分かっていない様子だ。ガウェインだけじゃない。他の騎士団員達も困惑の表情を浮かべている。
「まさか、あなた達は闇の帝王と真っ向勝負でもする気ですか?」
「……今直ぐというわけではないが、いずれは――――」
「なら、はっきり言います。それでは死者を量産するだけだ。意味が無い」
 会話の主導権を握る為に少し強めの口調で言った。このままだと手駒にすらならない。
 案の定、彼等は険しい表情を浮かべた。
「どういう意味かな?」
 比較的冷静さを保ったルーピンが問う。
 他の人達が割って入る前に結論を言ってしまおう。
「ダンブルドアが死んだ以上、盤面は圧倒的に帝王が有利なんだ。だから、僕達は絶対に彼等と真っ向勝負をしてはいけない。さもなければ、待っているのは死だ」
「おい、ドラコ。それは言い過ぎだろ。確かにダンブルドアを失った事は痛手だ。だが――――」
「痛手どころじゃないんだ、ダリウス。前提を間違えていると言った筈だ」
「前提?」
 ダリウスが眉を顰める。
「そもそも、君達は盤面を『死喰い人の陣営』と『不死鳥の騎士団の陣営』に分けている。そこが間違いだ。盤面の上に立つ資格を持っているのは三人だけなんだよ」
「……三人ってのは?」
「無論、帝王とダンブルドア、そして、ハリーだ」
「ドラコ。その例えは間違ってるんじゃないか? 盤面で例えるなら、その上に立つのはやっぱり俺達だ。ダンブルドアやヴォルデモートは指し手だろ」
 ダリウスの言葉を支持するように他の人達も頷く。
「違うよ」
 僕は言った。
「確かに騎士団や死喰い人はダンブルドア達にとって重要な手駒だ。だけど、違うんだよ」
「何が違うんだ?」
「騎士団と死喰い人。言い方は悪いけど、結局は消費されるだけの物という事さ」
「……なんだと?」
 一斉に殺気立つ騎士団達。ハリーが咄嗟に僕を守ろうと動いた。
 だけど、必要無い。
「十五年前を思い出せば分かる筈だ。帝王亡き後、死喰い人達は為す術無く囚われた。ダンブルドアと帝王。どちらかが倒れた時点で勝負はほぼ決している」
「随分と断定的に言うね。勝負がほぼ決しているって? 冗談じゃない! ダンブルドア亡き今も、彼の意思を受け継ぐ者達がいる!」
「なら、ヴォルデモートが復活した方法を分かる人はいる? 二度と蘇らないよう、完全に消滅させる方法が分かる人は?」
 誰もが押し黙った。分かる筈がない。よほど、闇の魔術に精通している者でなければ、決して辿り着く事の出来ない解答だ。
「君には分かるとでも?」
 アーサーが言った。
「……さあ、それは僕にもわからない」
 失望したような視線が突き刺さる。だけど、これだけ言えば十分だろう。
「僕が言いたい事は一つ。少なくとも、ヴォルデモートが復活したメカニズムを解明するまでは手を出してはいけないという事だよ。さもなければ、殺しても蘇る不死の存在を相手に終わらない闘争を繰り広げる事になる。何人死ぬか想像もつかない」
「し、しかし! 放っておけば、マグル生まれやマグルが死ぬんだぞ!! 前回を知らないから悠長な事が言えるのだ!! 何人死んだと思っている!!」
 キーキー声でディーダラスが喚く。
「だから、みんな揃って自滅するの?」
「黙れ、若造!! 何も知らない子供が――――いや、お前はルシウス・マルフォイの息子だったな」
 憎悪に満ちた目を向けてくる。
「おい、ディーダラス!」
「騙されるな!! この小僧は我々を謀るつもりなのだ!! 帝王に通じておる!!」
 単細胞もここまで来ると笑えてくる。彼が必要以上に騒いでくれたおかげで他のメンバーが冷静になれた。
「待って、ディーダラス! だけど、この子の言葉には一理あるわ」
 エメリーンの言葉にディーダラスは顔を赤く染めた。
「何を言っておるのだ!! では、お前は戦わないと言うのか!? 何の罪も無い者達が無惨に殺されていく様を傍観すると!? そんな真似が出来る筈無い!! あんな哀しい光景を見てしまったら……」
 ディーダラスは涙を流した。
「分かっておる。何の策もなくヤツに挑む事は無謀だと……。だが……、だが……!」
「……何も挑むばかりが戦いじゃない」
「ドラコ。お前には何か考えがあるのか?」
「とりあえず、今はマグル生まれの魔法使いを保護する事に専念するべきだ。悲しきかな、純血の魔法使い達の多くは帝王の主張を多かれ少なかれ支持している。特に魔女狩りの時代の事を今に伝える一族は」
「バカバカしい! 時代は変わったのだぞ! もはや、純血主義など少数派だ!」
 豊かな髪を振り乱し、スタージスが言う。
「僕は事実を言っているだけだ。マルフォイ家の嫡男として、多くの旧家と付き合いがある。その中で知った事だけど、表向きはマグル生まれを賛美していても、裏では軽蔑している者が殆どだ。あなた達にも覚えがある筈だ。魔法力を持たないマグルやスクイプを見下す節が。その考えの行き着く先が純血主義なんだ」
「し、しかし――――」
「マグル生まれは決して純血主義と相容れない。故に大人しく排斥されるか、抗うしかない。まずは彼等を守るんだ。それこそが戦いの第一歩となる。その間に僕の方で帝王に探りを入れる」
「お前が?」
 ダリウスが怪訝そうに表情を歪める。
「信じるかどうかはそちらに任せるが、他に適任などいない筈だ」
 後は彼等の判断次第となる。ここで肝になるのはジェイコブの存在だ。
 彼と僕達が親しくなった事はハリーの口から伝えられている筈。大分言葉に気を使った上で……。
 僕がマグル生まれどころか、マグルと友好的に接している事はここで大きな判断材料となる筈。

 結果が出るまでに要した時間は二日だった。
「信じるぞ、ドラコ・マルフォイ」
 ガウェインの言葉に僕はしっかりと頷いてみせた。
 全てが変わった夜からほぼ一週間が経過し、世界はより一層絶望的な方向へと転がっていた。
 彼等の判断の後押しをしたのは日刊預言者新聞の一面だった。実質的な『魔法省の陥落』を意味する記事。
 もはや、猶予は残されていなかった。

◆◇

 探偵事務所の空気は最悪だ。俺がドラコ達から聞いた情報を伝えてから、みんな昏い表情を浮かべている。
 フェイロンは特に気が立っている様子で誰とも話をしようとしない。
 俺はみんなを刺激しないようにそっと席を立った。そういえば、昔はこんな気遣い出来なかったな。いつの間にか、すっかり文明人の仲間入りをしていた。
 ここのみんなには返し切れないくらいの恩がある。
 フェイロンはここのメンバーをファミリーと呼んでいるけど、俺にとってもそうだ。
「どこに行くの?」
 事務所を出た所でマヤと出くわした。
「あれ? 今日は仕事じゃなかったっけ?」
「仕事って言っても、記事を編集長に渡すだけだからね。それより、どこに行くつもり? なんか、顔が恐いよ?」
「ちょっと遊びに行くだけだよ」
「遊びに……ねぇ。じゃあ、お姉さんが一緒について行ってあげる」
「なんでだよ!?」
 意味がわからない。
「あれれー? お姉さんが一緒だと照れちゃうのかにゃー?」
「ウゼェ」
 そろそろ約束の時間が迫ってる。ここで長居しているわけにはいかない。
「いいから放っておいてくれよ。俺はこれでも忙しいんだ」
「遊びに行くのに?」
「遊ぶのに忙しいんだよ! 子供なら当然だろ」
 何がおかしいのか、マヤは吹き出した。
「あはは、そうだよね! ジェイクはまだまだ子供だもんね!」
「な、なんだ、その反応……」
「いやー、いっつも難しい顔してるし、子供っぽい所とか全然無いから……。うん! ちょっと、安心」
「……なんか、腹立つ反応だな。まあ、いいや。俺はこれから友達に会いに行くんだよ。だから、ついて来ないでくれ」
「はーい! そういう事ならついて行ったら悪いもんね!」
「そういう事。じゃあな!」
 俺はマヤから離れて待ち合わせ場所に急いだ。今日はドラコに渡したメモに書いた待ち合わせの日。
 一度は逃げられたけど、二度目があるか分からない。だから、誰にも今日の事は言ってない。
 ポケットには情報屋のアネットから貰った特別製のボイスレコーダーがある。何かあっても、これで情報を残せる筈だ。
 みんなが本当の笑顔を取り戻す為には、もっと世界の真実……その深層に踏み込む必要があると思う。
 ドラコが言っていた事が真実かどうかも分からない状態じゃ、今までと何も変わらない。

 待ち合わせの場所には予想通りというか、ドラコとハリーの他にも二人いた。
 大人だ。どちらも怪しい服装。
「よう! 一週間振りだな」
 景気付けに元気よく挨拶をすると、ドラコが苦笑した様子で手を振り返してきた。
 相変わらず、良い女だ。……いや、男だったな。
「相変わらず、元気だね」
「それが取り柄だからな。それより、そっちの二人は? お仲間か?」
「そうだよ。彼はダリウス」
 黒人の方を指差して言う。
「彼はシリウスだ」
 今度はやたらハンサムな白人男だ。
「ダリウスにシリウスか、よろしくな。俺はジェイコブだ」
「ああ、二人から話は聞いているよ。……本当にマグルなんだね」
 マグル……ああ、魔法族じゃない者って意味だったな。
「おう! 生まれも育ちもマグルだぜ。それで、ここに来たのは俺の記憶を消す為かい?」
「もちろん、違うよ。分かってるから顔を出したんでしょ?」
 ドラコの言葉に笑って答えた。
「記憶を消す為なら、姿を見せない方が効率良いしな」
「なら、無駄な説明は省こう。ジェイコブ。君の所属している組織の長に会わせてもらえないかな?」
「駄目だ」
「……どうしても?」
「当然だろ。お前達と会話するのも、取引するのも俺だけだ」
 軽く睨みつけながら言うと、ドラコはクスリと微笑んだ。
 嫌な笑い方だ。何かを企んでいる。
「……なら、せめて君の仲間と話をさせてくれ。別に危害は加えない」
 そう言って、ヤツは路地に視線を向けた。
 そこには険しい顔をしたマヤの姿があった。
「……来るなって言ったのに」
「ジェイコブ。これはどういう事?」
 どうやら、相当怒っているみたいだ。だけど、今は説教を聞いている場合じゃない。
「おい、ドラコ。マヤには手を出すな。お前が杖を抜く前に一人は必ず殺すぞ」
「おお、怖い。だけど、安心してよ。彼女に手なんて出さない。ただ、君以外の信用ある大人に話を聞いてもらいたかった」
「俺に信用が無いってのか?」
「子供が持てる信用なんて、君が思ってる程高く無いよ」
 この野郎、言ってくれるぜ。
「その通りだけど、むかつくぜ」
「ほらほら、リラックスしてよ。僕達は警告しに来ただけなんだ」
「警告? 俺達に何かさせたかったんじゃねーのか?」
「君達には僕達からの警告を広めて欲しい。その代わり、騒動が收まったら君達に助力を約束するよ。人探しとかに限られるけど」
「……それで、警告ってのは?」
 ドラコは言った。
「前に教えた魔王の事を覚えてるね?」
「おう」
「ヤツが魔法界の中枢を支配してしまった」
 ……関係ないが俺はマヤが貸してくれた日本のゲームが大好きだ。
 魔王か……。さて、ロトの勇者はどこにいるのかな? 

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