第三話「クルセイダーズ・Ⅲ」

 屍が積み重なっていく。マグルと魔法使い、両方の死体が日を追う毎に増えていく。
 ホグワーツの地下ではロクな食事を与えられないまま、ストレスの捌け口となる為だけに生かされているマグル生まれの生徒が監禁されている。
 ハーマイオニー・グレンジャーもその一人。杖を取り上げられ、逃げる事も出来ない状況下で、彼女は周りに声をかけ続けている。
 その顔に刻まれた傷は純血の魔法使いに付けられたものばかりじゃない。最底辺に貶められ、助け合わなければいけない筈の相手に殴られ、蹴られ、傷つけられた。
 それでも、彼女は生きている。弄ばれて死ぬ者、自ら死を選ぶ者、死を待ちわびている者が溢れかえる地獄の中で心を折らずに前を向いている。
「――――おまたせ、ハーミィ!」
 悍ましい臭気を気にも留めず、彼女は堂々とやって来た。
 他の生徒達は彼女の存在に怯えている。ココに来る女子生徒は男子生徒以上に苛烈な暴力を振るう。
 目を抉られ、骨を砕かれ、内蔵を引き摺り出される。目を背けたくなるような残虐行為を平然と行う。
 アメリア・オースティンが現れたら、必ず一人死ぬ。他の女子生徒でも、運が悪ければ殺される。
「久しぶりね、ルーナ」
 私の親友は自然な手付きで大きな棍棒を持ち上げた。
「わーお」
「しっかり、死んでね!」
 私は瞼を瞑り、意識を手放した。栄養失調と疲労は私に望まぬ特技を与えたのだ。いつでもどこでも、私は気を失う事が出来る。ただ、緊張の糸を手放すだけでいい。

 目が覚めた時、私は知らない場所にいた。
 たくさんの人がいる。中にはゴーストも混じっている。
 一番近くにいたルーナが私に気がついた。
「おはよう、ハーミィ!」
「おはよう、ルーナ。ここは?」
「必要の部屋! ヘレナが教えてくれたの!」
「ヘレナが?」
 私はルーナの後ろでふよふよと浮いている女性に視線を向けた。
 灰色のレディと呼ばれているレイブンクローのゴーストだ。
《大丈夫ですか? ハーマイオニー》
「ええ、大丈夫よ」
 彼女はルーナの友達で、私も時々話をする仲だ。
 ホグワーツの創始者の一人、ロウェナ・レイブンクローの娘。
「必要の部屋って?」
《ここは求める者に応える部屋。ここならば、身を隠す事が出来ると思い、ルーナに教えました》
「ここは凄いんだよ! なんでも、思い通りの部屋が作れるの! 例えば、トイレに行きたいって思いながら作ると、百のトイレがあなたをお出迎え!」
 とりあえず、言いたいことは分かった。ホグワーツの今昔にも載っていない情報だけど、隠し部屋や隠し通路の事は敢えて省かれているから仕方がない。
「……それで、彼らは?」
 見覚えのある顔とない顔が揃っている。
「今の状況を憂いている人達。ゴースト達が集めてくれたの!」
「ゴースト達が?」
 グリフィンドールの『ほとんど首無しニック』が赤毛の兄弟やクィディッチの実況を担当している黒人を始めとしたグリフィンドール生達に囲まれながらウインクした。
 ハッフルパフの『太った修道士』は三大魔法学校対抗試合で活躍したセドリック・ティゴリーを始めとした大勢のハッフルパフ生に囲まれながら哀しそうにしている。
 驚いた事にスリザリン生の姿もあった。『血みどろ男爵』の下に十人にも満たないが、スリザリンの制服に袖を通した生徒の姿がある。 
 残念な事にスリザリン生よりは若干多いものの、レイブンクローの生徒はまばらだ。チョウ・チャンを始めとした、我が寮の善良な生徒がヘレナの後ろから私に微笑みかけている。
「――――彼らが干渉するとは思っていなかったの。だからこそ、こうして集まる事が出来た」
 その声はスリザリンの生徒のものだった。
「あなたは……」
 私の知っている人だった。
「……フレデリカ・ヴァレンタイン」
 ドラコといつも一緒にいた女の子だ。以前は妖精のような可憐さを持つ少女だったけど、今は愛らしさの中に美しさを持つようになっている。
「よろしく、ハーマイオニー・グレンジャー」
「フリッカがいろいろと教えてくれたんだよ」
「なにを?」
「死喰い人の目が逸れる時間帯とか、誰が敵なのかとか、……黒幕の事とか」
「黒幕……? それはヴォルデモートでしょ? それに、どうして彼女が死喰い人の目が逸れる時間帯なんて知ってるのよ」
 それに、ドラコはどこにいるの? この状況を彼なら……、あっ。
 長い監禁生活の中で忘れていた。ドラコとハリーがヴォルデモートに跪いた事実を……。
 いや、忘れた振りをしていただけだ。
 私とルーナが虐めで悩み苦しんでいた時に手を差し伸べてくれた二人。彼らが悪に傅く姿など、記憶に留めておきたくなかった。
「……どうして、あなたはここにいるの?」
「彼を止めるため」
 フレデリカは言った。
「彼は間違えている。だから、私はここにいる」
 その言葉を信じていいのか分からない。だって、信じていた二人が悪の道を選んだ。
「ハーミィ、信じようよ。フリッカの事だけじゃない。ここにいるみんなの事。ここにはいないけど、一緒に戦う決意をしてくれた人達の事」
「ルーナ……」
 私は改めて部屋の中にいる“仲間達”の顔をみた。
「……そうだね。誰を疑うべきかじゃない。誰を信じるべきかを考えなきゃね。ルーナが信じたのなら、私も信じるわ」
 私はフレデリカを見つめた。
「フレデリカ。黒幕って、誰の事? ヴォルデモートの事を言ってるわけじゃないのよね?」
「ヴォルデモートはもういない」
「もういない……?」
「正確には、復活出来ないように封印されているの。ドラコとハリーの手で」
 一瞬、喜びそうになった。二人はやっぱり悪の道に進んでなどいなかったのだと……、錯覚しそうになった。
 だけど、今の状況を思い返せば、それがあり得ないと分かる。
 ヴォルデモートが居なくなっているのなら、どうして、世界はこのままなの?
 黒幕と彼女は言った。ヴォルデモートを封印したのが本当なら、黒幕として世界に絶望を広げているのは誰?
「……待って」
 聞きたくない。
 だって、彼らは私達を助けてくれた。
 一緒に勉強して、一緒に笑って、一緒に競った。
「――――黒幕の正体は」
 フレデリカは言った。
「ドラコ・マルフォイとハリー・ポッター。二人はヴォルデモートが作り上げたものを乗っ取り、マグルを裏で扇動したの。悪意をもって、悪意を増長し、世界を地獄に貶めた」
「うそ……、嘘よ! 何の理由があって、あの二人がッ!」
「二人の目的は戦争状態そのものよ」
「戦争状態そのものって……、どういう意味!?」
「マグルの世界と魔法使いの世界を完全に切り離す事で、それぞれの世界は団結する。誰も裏切らない……いえ、裏切れない世界。恐怖と絶望が支配するディストピアが彼らの理想」
「何を言って……」
 わけがわからない。
「貴女にあの二人を理解する事は出来ないわ。他の誰にも出来ない。あの二人は狂っているもの。彼らを理解したいなら、自分も狂うしかない」
「……あなたは狂っているの?」
「ええ、狂っているわ。そう、自覚している。私が貴女達に協力する理由は一つよ」
 フレデリカは嗤った。
 その笑顔を見ていると、不安な気持ちになる。まるで、深淵を覗き見てしまったような、底知れない恐怖を感じる。
「彼を止めたい。彼に教えてあげたい」
「……あなたは彼をどうしたいの?」
 フレデリカは言った。
「愛したい。愛されたい。だから、名も知らない有象無象の愛に価値なんて無い事を教えてあげたい。私だけが彼の望みを叶えてあげられる事を教えてあげたい」
 たしかに、彼女は狂っている。その瞳に正気の色が一欠片も見つけられない。
「……ハーミィ。彼女は裏切らないよ」
 ルーナが言った。
「だって、フリッカはこの状況を望んでいないもん」
「……だけど」
 以前読んだ本の中で革命家レフ・トロツキーの言葉があった。
『ボリシェヴィズムかファシズムかという選択は多くの人々にとって、サタンか魔王かの選択と同じようなものである』
 これは同じなのでは? どちらを選んでも、結局は狂気に満ちている……。

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