第十話「真実を求める者達・Ⅳ」

 迫る拳を紙一重で躱し、顎を撃ち抜く。奴のダンプカーのような巨体が崩れ落ち、勝敗が決した。
「……あ、あれ?」
 奴の取り巻きが困惑の表情を浮かべる。負けるとは欠片も考えていなかった。そう顔に書いてある。
 俺は床で目を丸くしているダドリー・ダーズリーの肩を揺すった。汗でベットリしている。ゲンナリしながらズボンで手を拭い、奴が自然に起きるのを待った。
 数秒後、漸く目を覚ましたダドリーは負けた事に腹を立て、掴み掛かって来た。
 馬鹿な奴だ。自分が何の勝負で負けたのかを忘れている。俺は奴の足を引っ掛けて転ばせた。コンクリートの地面に転がる奴の足を踏みつける。
 ここにレフェリーは居ない。ジムからの帰り道、突然、ダドリーが勝負を仕掛けて来た。思っていた以上の単細胞。だが、この状況は俺にとっても望んでいた事。
 ダドリーを観察する内に気付いた事がある。こいつは基本的に他人を見下している。こいつが他人の意見に耳を貸す事があるとしたら権力者や圧倒的な強者に対してだけだ。
 だから、ハリー・ポッターの事を聞き出す為には温厚な手段など取っていられない。一度、徹底的に痛めつける必要がある。
「おい、ダドリー。もちっと、本気を出せよ。じゃねーと、骨を折るぞ」
「ウガァァァァ!!」
 もはや人間というより野獣だ。言葉すら使わなったダドリーは単調な攻撃を繰り返す。
 奴は軽い挑発に全力で引っ掛かった。
 俺は一方的にダドリーを叩きのめした。奴がもはや反撃する気にもなれないくらい徹底的に。
 他の奴も逃げ出そうとしたから顔を判別出来ない程度に殴った。
 全員が俺に対して怯えている。だが、まだだ。この程度では意味がない。
 スラムで学んだ事だ。怯えている内はまだまだ序の口。
「オラッ」
 死なないように、後遺症を残さないように傷めつける技術は元々持っていた。
 殺される。そう、相手が確信するレベルの暴力。奴から必要な情報を得るにはそのくらい傷めつける必要がある。
「ダドリー。俺はお前に幾つか聞きたい事があるんだ。答えてくれるよな?」
「は……はぃ」
 呼吸をするだけでも辛い程の怪我を負いながら、ダドリーは必死に答えようとする。
 答えなければ殺されると本能レベルで悟ったのだ。殺さないけどな。
「単刀直入に聞く。ハリー・ポッターについて教えろ」
 その時の奴の顔は実に奇妙だった。
 恐怖、憎悪、憤怒、嫌悪。様々な負の感情が交じり合った悍ましい顔。
 死の恐怖の中で尚、奴はそれだけの感情を噴出した。
 ハリー・ポッター。一体、何者なんだ? 俺は奴に答えるよう強要した。
 だが、驚いた事に奴はこの状況で口を噤んだ。
「おいおい、俺の質問が聞こえなかったのか?」
 更に暴力を加えても、奴は答えなかった。ただ、その目がズタボロになっている取り巻きの連中を見ている事に気付いた。
 知られたくない。そう言っているような気がした。だから、俺は取り巻き連中の意識を刈り取った。
「別に殺しちゃいねーよ」
 思ったより仲間思いだったらしい。一瞬、殺意に満ちた視線を向けられた。
 一方的にボコられている状況でそれだけの意地を見せられる奴とは思っていなかったから、少し見直した。
「それで? 奴等に聞かれたくなかったんだろ。もう、今は俺以外誰も聞いてない。答えられるよな?」
 俺は奴の眼球近くに近くに落ちていた釘を向けながら言った。
「言わねーなら、二度と友達や家族の顔を見る事が出来なくなるぜ?」
 それがトドメになった。奴は漸く喋り始めた。
 俺の望んでいた答え。俺が恐れていた答え。この世の裏側に蔓延る『真実』。
 十四年前、ダーズリー家の玄関先に捨てられていた男の子。
 ダドリーの母の妹の子だと言う。
 ハリーは幼い頃から奇妙な力を持っていた。髪を短く切っても直ぐに元通りの長さに戻ってしまったり、気付けばあり得ない程遠い場所に瞬間移動していたり、数を上げていけば両手の指では足りない程、奇妙な事件を巻き起こした。
 そんなハリーの元に四年前、奇妙な手紙が届いた。ダドリーの両親はその手紙を恐れ、国中を駆け巡り逃げ続け、果ては孤島に身を寄せた。
 そこにハグリッドと名乗る巨漢が現れ、ハリーを魔法界に連れて行った。
 そう、ハリー・ポッターは魔法使いだったのだ。この国……いや、世界には魔法使いがたくさん居て、その子供達は魔法学校に通い力の扱いを学ぶらしい。
 魔法の杖を振り、箒に乗って空を飛ぶ。そんな化け物との生活はダーズリー家の人々にとって恐怖以外の何者でもなかった。
 少しでもまともに……人間になるよう必死に教育を施したが無駄に終わり、奴は何度も彼等を脅したという。
 やがて時が経ち、半年前。ハリーは監獄に入れられていた後見人と養子縁組を結び、姿を消した。清々するというより、恐怖を感じたとダドリーは呟いた。
 テレビでも散々報道されていた猟奇殺人鬼と手を組んだハリーがいつ彼等を殺しに来るか、その事が只管恐ろしく、彼は他者を傷つける事で恐怖を紛らわせていたという。
 そこまで聞き、俺は奴が急に哀れになった。
 ダドリーもまた、『真実』の被害者なのだ。
「ジェイコブ・アンダーソン。お前はどうしてハリーの事を聞くんだ? お前の目的は何なんだ?」
「……俺達の目的は『真実』を知る事だ。世の中の裏側に潜む理不尽の元凶を見つけ出す事。それが俺達の目的だ」
「怖くないのか?」
 まるで体の中に溜まっていた膿を吐き出したみたいに奴は晴れやかな表情で俺に問う。
「怖くない……と言えば、嘘になるな」
「なら、どうして奴等を追うんだ?」
「……取り戻したいからさ。理不尽に奪われたものを」
「そっか」
「おう」
 痛みが引いてきたのだろう。ダドリーはゆっくりと立ち上がった。
「僕は奴の事が心の底から憎い。アイツが居るから、パパもママも怯えていた。愛し合って、仲の良い二人がハリーの事で何度も喧嘩をしたし、何度も泣いた。その癖、勝手に居なくなって、僕達に恐怖の種だけ残していきやがった……」
 その瞳にはメラメラと燃える炎が宿っていた。
「僕の家族に散々傷をつけた奴を僕は許さない」
「……それで?」
「グリモールド・プレイス 十二番地」
「は?」
「グリモールド・プレイス 十二番地……。アイツは後見人と共に姿を消す前、そう呟いていた。もしかしたら、そこに住んでるのかもしれない」
「ダドリー……」
「奴に一発お見舞いしてくれ。お前の拳を! それで今日の事はチャラだ」
「……オーケー。了解だ」
 ダドリーは仲間を起こすと俺に向かって言った。
「また、ジムに来いよ? 次は僕がお前を叩きのめす番だ」
「……ッハ。また、地面を舐める事になるぜ?」
「次はリングの上だ。ルール無用の喧嘩じゃないんだぜ?」
「吹っ掛けてきたのはお前だろ……ったく、分かったよ。次はリングの上で勝負だ」
「おう!」
 俺はダドリー達と分かれた後、直ぐに探偵事務所に戻った。そこには驚いた事にメンバー全員が勢揃いしていた。

 所長のレオ・マクレガー。
 副所長のジョナサン・マクレーン。
 スカーフェイスの女、リーゼリット・ヴァレンタイン。
 元中国マフィア『崑崙』の幹部、ワン・フェイロン。
 元ドイツ傭兵部隊『イェーガー』のメンバー、マイケル・ミラー。
 日本人ジャーナリスト、マヤ・ハネカワ。
 アメリカ人バーテンダー、アレックス・ロドリゲス。
 情報屋、アネット・サベッジ。
 俺を含め、総勢九名からなる多国籍軍とロンドン警視庁のフレデリック・ベイン警視長を始めとした外部協力者達によって、この探偵事務所は運営されている。
「勢揃いなんて珍しいな」
「収穫があったもんでね」
 マヤと会うのは特に久方振りだ。彼女とロドリゲス、それにアネットは本業が別にある。
 マヤはジャーナリストとしてイギリス全土を飛び回っているから帰ってくるのは月に一度か二度程度。
 正式な所員になるまでの間、俺は彼女の帰りをいつも心待ちしていた。それというのも、彼女はロドリゲスと共にマリアの捜索を続けてくれていたからだ。
「そっちもか!」
「という事はそっちも?」
「おう!」
 どうやら期せずして同じタイミングで情報が揃ったようだ。
 幸先の良さを感じながら、俺はリズとフェイロンの間に座った。
 いつからか忘れたけど、気が付くとそこが定位置になっていた。
「ジェイクも帰って来た事だし、早速聞いてみて!」
 マヤはボイスレコーダーを取り出すと、スピーカーに接続した。
 再生ボタンを押すと、スピーカーからガヤガヤと音が響き始める。
 やがた、罅割れた音声の中に『魔法』や『ホグワーツ』、『9と3/4番線』、『魔法魔術学校』、『呪文』などという単語が混じり始め、やがて明確に『魔法界』という言葉が現れた。
「アーニャの情報は確かだったのよ!キングス・クロス駅には秘密の出入口があった!」
「魔法界……。魔法ねぇ」
 フェイロンは忌々しげにその単語を呟いた。
「ホグワーツってのは、そのいけ好かないペテン師共の巣窟ってわけだ」
 ロドリゲスが吐き気がするといった表情を浮かべて言い捨てた。
「魔法なんて、マジであんのかよ……」
 リズが半信半疑の様子で呟く。
「ある……、みたいだ」
 俺はダドリーから聞き出した情報を口にした。
「……とりあえず、敵の正体は分かった。その根城も」
 フェイロンは口元を歪めて言った。
「でかしたぞ、ジェイク。グリモールド・プレイス 十二番地か……。しばらく、そこを張ろう」
「一人だとさすがに危険だ。私も行こう」
 ジョナサンの言葉にロドリゲスが待ったを掛けた。
「爺さん、無理すんな! 俺が行くよ」
「私も行くよ!」
「俺も行くぞ!」
 漸く掴んだ敵の居所。留守番したいと思っている者は一人もいない。
 結局、話し合いの末にマヤとロドリゲス、フェイロン、ミラーの四人が当番制でグリモールド・プレイス 十二番地を監視する事に決まった。
 俺は反論したけど、奴等は頑として俺の言葉を聞き入れなかった。
「お前さんにはもう一つ仕事があるだろ?」
 ロドリゲスが言った。
「折角、ライバルが出来たんだろ」

 俺は任務が終われば学校を辞めるもんだと思っていた。だけど、俺の学生生活はまだまだ続くらしい。
 その事を嫌だと思えない自分に戸惑いながら、結局、次の日も登校する。その次の日も、そのまた次の日も……。
 やがて、ダドリー達と一緒に遊びに出掛けたり、まるで普通の子供のような生活を送るようになった。
 奇妙な日々が続く。
 違和感と幸福感に包まれながら日々を過ごしていく。
 やがて……、

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。