第六話「友達」

 必要の部屋は求める者の求める物次第で形を変える。しかも、空間の広さや形だけではなく、内装や設備を整える万能さ。
 試しに書庫を望んでみると、図書室にも無いような貴重な本が並ぶ無数の本棚が現れた。さらに、条件を狭める事によって、ジャンルを絞って部屋を作る事も出来た。
 試行錯誤を繰り返し、望んでいた事の九割が達成出来た。

「――――さすがに秘密の部屋への通路は作れないか……」

 大抵の望みを叶えてくれる必要の部屋。ところが、サラザール・スリザリンがホグワーツに遺したバジリスクの棲家である秘密の部屋への通路は作る事が出来なかった。
 どこそこに移動したいと望めば大抵の場所にアクセスして道を作ってくれる必要の部屋だけど、さすがにスリザリンの隠し部屋は対象外だったらしい。
 
「まあ、いいや」

 いずれにしても、蛇語を使えない状態で秘密の部屋に入ってもバジリスクに殺されるのがオチだ。
 ヴォルデモートの分霊箱を破壊する為にバジリスクをどうにか手中に収めたいところだけど、先にやるべき事がある。
 今、僕は『蛇語を学べる環境』を必要の部屋に作ってもらって勉強している。
 どうやら、生物の扱いも対象外のようで、蛇を入れるケージが並んでいるものの、中身は無い。まあ、蛇を用意するだけなら簡単だから問題ないのだけれど……。

「”サーペンソーティア”」

 蛇を召喚する呪文を唱え、ケージの中に入れ、本棚から蛇語を学ぶための指南書を手に取る。

「……むぅ」

 どうやら、蛇語に分かり易い単語や発音の仕方があるわけではなく、指南書にも最も効率が良い方法として”パーセル・マウス”の能力者と向い合って学ぶ方法が推奨されている。
 一応、舌の動かし方なども書いてあるけど、空き時間を利用した練習を何度繰り返しても蛇はそっぽを向き、僕自身、彼の言葉を理解するには至らなかった。

 そうこうしている内にハロウィンの日がやって来た。
 もっとも、語るべき事など無い。
 物語通りにクィレルがドロールを校内に引き入れたけど、僕はハリーや取り巻きと共にとっとと寮に避難したし、他の寮の生徒が襲われたという話も聞かない。
 賢者の石はフラッフィーを出し抜く方法が判明する後半まで手を出せない筈だしスネイプがしっかりと警戒している筈。
 さすがに賢者の石をヴォルデモートに奪われる事だけは――現段階で復活されたら面倒だから――断固として回避しなければならないけど、やりようは幾らでもある。
 
「あ、ハグリッドからだ」

 ハロウィンの翌日、大広間で朝食を摂っていると、ハリーのフクロウが手紙を運んできた。ちなみに僕の所にも両親が運ばせたお菓子の詰め合わせが降って来ている。

「お茶のお誘いかな?」
「うん」

 さて、どうしたものかな。ハグリッドは僕の事をよく思っていない。だけど、彼には接触しておく必要がある。クリスマスの前後、彼はクィレルからドラゴンの卵を受け取る筈だ。それはクィレルがフラッフィーの出し抜き方を彼から聞き出した事の証明となる。
 賢者の石を奪わせない為に立てられる策は色々とあるけど、一番手っ取り早い方法を取るには彼との関係を深めておく必要がある。
 この方法が上手くいけば、僕はハグリッドとダンブルドアからの信頼を勝ち得る可能性もある。

「……ハリー。僕も一緒に行ってもいいかな? 彼には色々と誤解を持たれていると思うから、もう一度キチンと挨拶をしておきたいんだ」
「ドラコ……。もちろんだよ!」

 素直で実に結構。彼の視線からは確かな信頼を感じる。そうなるように仕組んだ。
 きっと、ハグリッドとの挨拶の場でもフォローを入れてくれる筈だ。

 ハグリッドからの招待は午後だった。
 授業も無く、僕とハリー、そして、取り巻きの内の二人が同行している。
 言葉や態度にこそ出さないが、彼らは僕がハグリッドの小屋を訪れる事を良く思っていない。
 スリザリンの生徒の多くがそうであるように彼らもハグリッドの野蛮さや粗暴さに嫌悪感を抱いている。
 それでも同行して来た理由は僕が命令したから……ではない。そもそも、僕は彼らについて来いなどと一言も言っていない。

「ドラコ」

 小屋の前に辿り着いた所で取り巻きの一人、ダン・スタークが声を掛けて来た。

「ここには凶暴な大型犬が放し飼いにされていると聞く。僕がノックするから少しさがっていてくれ」
「わかった」

 ファングの事を言っているのだろう。あの犬は人懐こい筈だけど、それを知らない彼らの危機感も理解出来る。なるほど、だからついて来たのか……。
 素直に後ろにさがり、ダンに扉を叩かせる。すると、中からのっそりとハグリッドが姿を現した。

「おお、ハリー。久しぶりだな。それと……」

 ハグリッドはジロリと僕達を睨みつけた。無礼な態度だとエドとダンが青筋を立てているのが長い付き合いのおかげで手に取るように分かる。

「ドラコです。改めて挨拶に伺いたいと思い、ハリーへのお誘いに便乗させて頂きました」
「挨拶?」

 敵意とまではいかなくても、ハグリッドはかなり鬱陶し気な視線を向けてくる。

「ハグリッド。ドラコ達は僕の友達なんだよ。紹介させて欲しいんだ」

 ハリーがそっと僕達の間に体を滑りこませた。

「友達……。分かった。茶を出すから入っとくれ」
「うん」
「お邪魔します」

 初めにハリーが入り、その後にダンとエドが入る。最後が僕だ。
 ダンはファングの姿に警戒心を露わにするが、居眠りの最中らしく動き出す様子は無い。まあ、動き出しても襲って来る事は無いだろうけど。
 ハグリッドの部屋は彼の体に合わせて全てが巨大だった。
 彼が切り分けたロックケーキを少しずつ食べながら、僕達は――主にハリーの――近況報告を行った。
 授業で学んだ事や寮での生活、飛行訓練で起きた事件など。
 
「ほう、スリザリンではそんな事をしとるのか」

 寮での茶会や勉強会の話にハグリッドは感心した風に言った。

「ええ、数日に一度のペースで開いています。主催する者はその都度違います。会を盛り上げる為の話題を用意したり、人数分の茶やお菓子を用意するなど、面倒な事もありますが結構面白いんですよ」

 ハグリッドとの会話は思ったよりも面白かった。
 彼はなにより純朴な人柄だった事が大きい。彼が僕に対して警戒心を抱いていた理由は父が死喰い人だった事。蛙の子は蛙だと思うのは当然だ。
 だけど、決して捻くれているわけじゃない。此方が思うままでに印象を引き上げてくれた。
 ここまで扱い易くて分かり易い相手も滅多にいない。
 気が付けば僕達に対してもハリーと変わらぬ親しげな口調で話してくれるようになった。
 彼の懐に入り込む事には一先ず成功したと言える。

「ハリー。また、いつでも来るとええぞ。ドラコ、ダン、エド。お前さん達もな」

 別れ際にはそんな言葉を引き出す事にも成功した。ダンとエドは口数こそ少なかったものの、その気になれば腹芸も出来るのがスリザリン生の特徴であり、ハグリッドに対して好印象を持たれるように動いていた。
 
 寮に戻ると、ダンに話があると彼の部屋に呼ばれた。この部屋はダンとエドの二人部屋だ。

「どうしたの?」

 基本的に受け身の姿勢を取る彼らが僕をわざわざ部屋に呼ぶなどかなり珍しい。

「……目的を知りたい」
「何故、ルビウス・ハグリッドに近づいたんだ?」

 驚いた。この上、更に疑問を口にするとは思わなかった。
 出会った当初から口数少なく、僕の言うことに何でもハイハイ答えてきた彼らが一体どうしたと言うんだろう……?

「目的か……」

 さて、これは微妙に答え辛い質問だ。僕の最終目的は賢者の石の守護。いくら口の堅い二人が相手でも迂闊には話せない。
 
「……気付いていると思うが、君がネビル・ロングボトムを助けた一件を問題視する連中がいる。今回の一件は彼らを刺激した筈だ。ルビウス・ハグリッドは露骨ではないがグリフィンドール贔屓で有名な男だからな」

 なるほどね。そこを心配してくれたわけだ。ネビルを助けた一件を問題視している連中の多くは上級生だ。学年が上がる程、グリフィンドールに対する敵愾心は強くなっていく。不安に思うのも仕方のない事だね。

「まあ、簡単に言うとハリーに対する点数稼ぎだね」
「……ポッターに対しての?」

 途端に不機嫌になるエド。打ち解けてきたと思ったけど、まだ、あまり心を許していないみたいだね。

「ハリーを完全に僕のものにする為には必要な事なんだ。ハグリッドやネビルはハリーと親しくしているから、彼らを蔑ろにしては好感度が下がってしまうよ」

 まあ、それだけじゃないけど……。

「ポッターは君に十分に懐いているじゃないか。これ以上、君が立場を危うくするような真似をしてまで関係を深める必要は無いと思うが?」
「……そもそも、ポッターはネームバリューこそあるけど、所詮は親も後ろ盾も無いガキだぞ。どうして、ものにする必要があるんだ?」
「二人共、ハリーの事が嫌いなのか?」
 
 いつもは名前で呼んでいる癖にポッター呼びだし……。

「君がそこまでする価値のある者なのか疑問だと言っているんだ」

 ダンが言った。

「もちろん、あるよ」

 らしくない。二人はもっと聡明な筈だ。

「ハリーをちょっとした有名人程度に思っているなら間違いだね。彼は英雄なんだ。闇の帝王を滅ぼした実績は最近人気のロックハートとも比較にならない。老若男女。如何な権力者が相手でも軽視を許されない覇名だ」

 まあ、本音を言うと物語の主人公だし、いずれ復活するヴォルデモートに対して兵器にもなれば献上品にもなるという逸材だ。

「上級生の大半が何も言わないのはそれが分かっているからだよ。ハリーの心を完全に支配する為ならどんな相手とも仲良くなるし、どんな苦労も厭わないよ。ドロドロに甘やかして、僕に依存するようになれば大成功だ」
「……俺達みたいに?」

 笑みが溢れる。僕の取り巻きは基本的に親から期待されていない。深い孤独と愛情への渇望を抱いていた。実に浸け込みやすい者達。
 彼らは僕に依存してくれている。心理学の本や洗脳術の本で得た知識を元に教育を施した結果だ。彼らは決して裏切らない。

「ああ、そうだよ。僕だけを見てくれるように完膚無きまでに支配するんだ。そして……、僕の友達になってもらうんだ」

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