第五話「魔法学校」

 魔法学校での生活がスタートして数日が経った。僕は常にハリーと共に居る。
 ハリーが少しでも困った顔を見せたら直ぐに解決してあげている。
 その解決法と印象操作にも気を使いながら……。
 おかげでグリフィンドールに対するハリーの印象は最悪に近い。
 なぜなら彼らはハリー・ポッターを手に入れたスリザリンを憎んでいる。
 此方が何もしなくても罵詈雑言を投げ掛けて来てくれるのだ。しかも、愚かな事にハリーがスリザリンを選んだ事を責める者まで居る始末。
 彼らの主張を要約すると、スリザリンである事がそれだけで“悪”なのだ。
 分かり易い差別。ただ、選ばれただけで悪という理不尽さが彼らに対するハリーの印象を悪化させる。
 スリザリンが掲げる“純血主義”を寮生達にしばらくは伏せるよう命じておいた事が功を奏した。
 同じ“差別”でも論理的な説得力を持たせることで良識を持つ人間にも馴染ませる事が出来る。
 
 彼らは優等生を敵視している。それは彼らの中に劣等感があるからだ。
 スリザリンに配属される者の家系の多くは長い歴史を背景に持つ。
 血を繋げ、魔法界の歴史に確かな足跡を残して来た血族の末裔だからこそ、魔法界に対する影響力を持っている。
 血の歴史が浅い者――――、マグル生まれやマグルと交わった者達にとって、いわゆる“純血”の一族が持つ発言力は欲しくても手の届かないものなんだ。
 自分達の手に入らない“力”を持っているから、彼らは僕らを敵視する。特にマグル生まれは……。
 歴史を遡ってみるといい。
 魔法界に限らなくても、マグルの歴史にだって“魔女狩り”という分かり易い事例が載っている。
 彼らは自分達に無い“力”を持っている魔法使いを恐れ、妬み、殺そうと躍起になった。
 例えが極端だと思うかもしれないけど、グリフィンドールの彼らが行っている僕達に対しての敵対行為は魔女狩りの縮図と言っても過言じゃない。

 ハリーのグリフィンドールに対する憤りが高まりきった頃を見計らって、そう彼らの行為を説明した。ハリーに対する純血主義への教育の第一歩だ。
 彼らの愚かな行為を存分に利用させてもらった。
 詭弁もいい所だけど、ディスカッションに不慣れなハリーはグリフィンドールに対する憤りも相まって、実に素直に僕の言葉を呑み込んでくれた。
 正直な所、僕自身は純血主義などどうでもいい。
 だけど、スリザリンの大多数が純血主義だから長い物に巻かれている状態を維持しているだけだ。
 ハリーに対する教育もハリーとの友好関係を末永きものにするための手段に過ぎない。
 彼にはスリザリンに馴染んでもらう必要がある。だって、僕はマルフォイ家のものなのだから。

 一週間が過ぎる頃には――最初はおっかなびっくりという感じだった――ハリーのスリザリン寮での生活も大分慣れて来たように見受けられる。
 毎夜の如く、僕が主催する勉強会に僕の取り巻きと共に参加させたり、数日に一度の茶会でスリザリンでも特に上流階級に位置するものと会話させる事で度胸や連帯感を持てるように取り計らった成果だ。
 スリザリンの生徒は基本的に文武両道。
 殆どの生徒が授業の内容以上の知識を有し、運動神経も抜群だ。
 加えて、古血の一族の出身者は幼い頃から作法を仕込まれている。一つ一つの仕草が優雅で上品だ。
 傍から見たら嫌味でキザったらしい冷血集団だが、それ相応の努力を重ねて来たからこその能力だと皆が自負している為、塵芥の僻み混じりの戯言を受け流す自信と胆力も併せ持っている。
 加えて、主従関係に対しては素直な点など、学校を卒業した後にこそ輝く能力を持っている。
 身内贔屓な批評かもしれないが、スリザリンに馴染む事は僕やハリーにとって有益だと思う。
 
 ハリーが僕の取り巻きと親しげに話すようになったのは飛行訓練の後からだった。
 グリフィンドールとの合同授業。そこでネビルとの再開を果たした。
 久しぶりに会う彼は僕達に対しておどおどとした態度を見せた。
 どうやら、スリザリンである事が彼にとっても障害となるらしい。
 他のグリフィンドール生からの目も厳しく、僕達はあまり彼と話す事が出来なかった。
 飛行訓練は恙無く進行し、ネビルと親交を深めるのはまたの機会となるかと思ったのだけど、実に運命的というか……、物語で起きた事件が目の前で発生した。
 ネビルが箒の制御を誤って振り回されているのだ。暴れまわる箒に今にも振り落とされそうなネビル。
 グリフィンドール生はおろか、スリザリン生からも悲鳴が上がる。
 いくら毛嫌いしている寮の生徒とはいえ、目の前で死の危機に直面している相手を嘲笑出来る程冷徹には成り切れていないのだろう。
 僕はこの状況を利用出来ないかと考えた。
 物語上で特別な役割を持つネビルとは是非とも親交を深めておきたい。
 例え、このまま落下しても飛行訓練の教師であるフーチが居る以上、大事にはならないだろうけど、ここで行動を起こす事に意味がある。
 
「ちょっと、ドラコ! 何をするつもり!?」

 スリザリンの女生徒が声を上げる。
 パンジー・パーキンソン。あまり家格は高くないものの、鋭い洞察力を持つ少女だ。
 成績も優秀で物語上ではドラコとセットで登場する事が多い。
 もっとも、彼女は野心家であり、主従関係よりも自らの利益を求める性格だ。故に少しだけ距離を置いている。
 僕が欲しいのは僕だけを見てくれる人だ。僕の取り巻き達は教育の甲斐もあって、僕に傾倒している。どんな命令も忠実にこなし、文句も言わない。
 
「このままだと危険だからね。何とかネビルを落ち着かせてみる」

 出来るかどうかは微妙だけど、“助けようとした”という行動そのものを恩に着せる事が出来る。
 箒に跨がり宙に舞い上がる。フーチが何かを叫んでいるけど、この行動は善意によるものと映る筈だ。ならば、お咎めも説教の一つで済むだろう。
 高度を上げ、僕は杖を取り出した。

「何をするの?」

 すると、すぐ近くで声がした。

「ハリー?」

 どうやら、僕の事を心配して追い掛けて来てくれたらしい。

「少し大きな音を立てる。ネビルをびっくりさせるんだ。それで正気に戻ってくれると助かるんだけど、駄目でもショックで力が抜ければ箒の暴走も緩和される。その隙に助け出そう」
「了解」

 ハリーが頷いた後、僕は杖を振るった。
 爆音が鳴り響く。その衝撃でネビルが目を大きく見開いた。キョロキョロと辺りを見回している。同時に箒の動きも鈍くなった。成功だ。喜んだ拍子に思い掛けない事が起きた。
 ネビルが箒から手を滑らせたのだ。そのまま足を引っ掛ける事も出来ずに落ちていく。
「ネビル!」

 大慌てで落下していくネビルを追う。ホグワーツに来る前にコッソリと屋敷で箒に乗る練習を積んでいたおかげで即座に反応する事が出来たけど、ネビルの落下速度が思った以上に早い。

「エド!」

 僕は取り巻きの一人の名を叫んだ。彼は即座に行動に移った。
 エドワード・ヴェニングス。
 初めての茶会の日に父上から紹介されたヴェニングス家の三男坊。寡黙な性格で僕が命令した事は疑問を持たずに遂行してくれる。
 ドビーの調教も他の取り巻き達の教育も彼に協力してもらった。今では阿吽の仲だ。
 名前を呼ぶだけで僕の願いを聞き届けてくれる。
 エドは呪文を唱えてネビルの落下速度を緩和した。
 彼に限らず、スリザリンの生徒は既に多くの呪文を身に着けているけど、この状況で咄嗟に最適な呪文を選んで発動させる事が出来るのは彼だけだ。
 
「よし!」

 なんとかネビルの腕を掴む事が出来た。

「っと、やばい」

 ところが、ネビルの体は思いの外重かった。いや、単純に体重が重いだけじゃない。緩和されたとはいえ、落下中。腕が軋んだ。
 離してしまおう。ここまでやったんだ。これでネビルに恩は売れた。

「間に合った!」

 力を抜こうと思った瞬間、ネビルの重量が一気に軽くなった。ハリーが追いついてきたのだ。ネビルの反対の腕を掴み、ハリーはニッコリと微笑む。

「ゆっくり降ろそう」

 再び手に力を籠めてゆっくりと降下を開始した。
 予想以上に事が上手く運んだ。フーチは僕とハリーを叱りながらも頬を緩ませ、エドを含めた三人にそれぞれ五点くれた。
 グリフィンドールの生徒もネビルの救出劇に感激してスリザリンが相手だという事を忘れたかのように喝采を上げた。
 僕は爽やかな笑顔を作り、皆の中心でハリーと握手を交わす。

「君が居なければどうなっていた事か!」
「まったく、無茶をし過ぎだよ」

 苦笑するハリー。グリフィンドールまで感心した表情を浮かべているのは想定外だったが、まあ良しとしよう。
 ハリーの純血主義教育に水を刺された感じだが、これでネビルとの友好関係を築く障害がかなり軽減された筈だ。
 もっとも、この光景を面白くないと思った輩がグリフィンドールとスリザリンの両方に居たようだけど……。

 この一件でハリーはスリザリンでも一目置かれるようになった。グリフィンドール生を助けた事よりも僕を助けた事が重要なのだ。
 加えて、あの卓越した箒捌きを披露する事が出来た事も大きい。箒に巧みに乗れる者はそれだけでヒーローとなれる。
 おかげで取り巻きの者達もハリーに感心を向けるようになった。
 どうにもネームバリューだけで僕と親しくしている事が気に入らなかったらしい。それも今回の一件でかなり軟化した。
 晴れて、この日ハリーは本当の意味でスリザリンの一員となったと言える。
 そして、同時に僕もハリーを籠絡する以外の時間を確保する事が出来るようになった。
 以前から興味があった『必要の部屋』を求め、8階の廊下に向かう。
 トロールに襲われている魔法使いの絵が描かれている壁掛けの前に人気のない時間帯を見計らってやって来た。さあ、試しに部屋を作ってみよう。
 思い浮かべるのは『隠し物の部屋』だ。様々な生徒の隠し物が入っている部屋。そこには貴重な魔法具が溢れている筈。加えて、あのヴォルデモートの分霊箱もある筈だ。
 三回壁掛けの前を往復すると、壁に扉が現れた。ドキドキしながら中に入ると、そこには大聖堂を思わせる広大な空間が広がっていた。
 中に入ってみると、そこには様々なガラクタで溢れていた。
 無数の家具がグラつきながら並んでいて、珍妙な物や呪いの掛かった物品などが収められている。ここにある筈のティアラを捜して歩いていると、幾つか面白い物を発見する事が出来た。
 例えば、『禁じられし呪いの魔術』という明らかに闇の魔術に関係していそうな本や『常闇のランプ』という点けると闇が広がるランプなどなど。
 好奇心に突き動かされて、あれこれ探っていると、他にも『暗黒の歴史 ~ 魔法界の知られざる闇 ~』というチープなコピーが踊るゴシップ雑誌や『透視メガネ』など、次々に見つかったらマズイ気のする物が出て来る。
 
「あった」

 途中で拾った透視メガネが役に立った。家具が透過する中、壁や強力な呪いの篭った道具は透過出来なかったのだ。
 壁が透過しなかった理由はホグワーツに掛けられている守護の一部に阻まれたのだろう。
 透過出来ない道具を順番に検証していると目的のティアラを発見する事が出来た。触れたりはせずにこっそりと近くの布を被せて、その上にライオンを模した銅像を引っ張ってくる。破壊するかどうかも未定だけど、僕以外に見つからないようにしておく必要がある。
 その後も色々と中を見て回り、目ぼしい物を拝借すると部屋を出た。空間拡張の魔法が掛けられたカバンがパンパンになっている。
 まだ、必要の部屋には色々と用事があるのだけど、今日はこのくらいにしておこう。

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