第十一話「王・飛竜」

 魔王の復活。『魔法使い』と再接触したジェイコブと摩耶が持ち帰った情報を聞くと、フェイロンは歓喜した。
 やり場のない怒り。その矛先を見つけたのだ。
「ジェイク。今後も魔法使い達と接触する事は可能かい?」
「う、うん。一応、一週間後に」
「そうか……。なら、次は俺が行くよ」
「え、フェイロンが!?」
 ずっと塞ぎ込んでいたフェイロンが急にやる気を出した事にジェイコブは驚いた。
 まだ、心の傷が癒えていない筈なのに大丈夫なのか? 
 言葉にはしないものの、彼は心配そうにフェイロンを見つめた。
「ジェイク。交渉事に関して、俺の右に出るものはいないよ。彼等の言葉の真贋、真実の場合の対策、他にもいろいろと話すべき事が山程ある。俺に任せろ」
「……わかったよ」
 ジェイコブは渋々頷いた。彼も交渉事が不得意というわけじゃない。だけど、得意というわけでもない。
 ダドリー・ダーズリーやドラコ・マルフォイを相手に見事情報を引き出してみせたが、それは状況が噛み合ったからこそだ。
「ありがとう、ジェイク」

 一週間後、フェイロンは護衛としてリーゼリットを引き連れ、魔法使いとの接触場所に赴いた。
 そこには既に二人の男が待っていた。
「やあ、君達がジェイクの言っていた魔法使いかい?」
「あなたは?」
「俺はワン・フェイロン。こっちはリーゼリット・ヴァレンタイン。よろしく頼むよ」
「私はガウェイン・ロバーズ。こちらはリーマス・ルーピンだ。こちらこそ、よろしく」
 互いに手を伸ばし、固い握手を交わす。
「ここでは話がし辛い。来てくれ。近くに行きつけの店がある。内緒話にはもってこいの場所なんだ」
 フェイロンは友好的な笑みを浮かべて彼等を自らのテリトリーに導いた。

 元中国マフィア『崑崙』の幹部、|王《ワン》・|飛龍《フェイロン》は組織内でも特別な立場にいた。
 他の組織とのパイプ役だ。その見事な交渉術で多くの組織を取り込み、『崑崙』を中国最大の犯罪組織に押し上げた。
 最初は田舎でちまちまと活動する小規模な組織だった。彼が育てたのだ。
 そんな彼から見た魔法使いはまるで子供のようだった。あまりにも純真で隙だらけ……。
「……それで、今後の事ですが」
 酒を飲ませ、誘導してやれば、彼等は簡単に情報を吐いた。
 魔法使いの事。魔法の事。魔法界の事。
 必要な事だ。誰にも話さない。信じて欲しい。そんな言葉を簡単に信じ込んだ。
 フェイロンの交渉術が巧みだった事もある。だが、なによりも彼等はフェイロンを……、マグルを見下していた。

 魔法使いとの接触は十度に及んだ。
 彼等の都合に合わせる形を取り、彼等を裏切る素振りを全く見せず、フェイロンは彼等から欲しい情報を欲しいだけ手に入れた。そして、同時に彼等の信頼を手に入れた。
「マグル生まれの魔法使い達を有事の際に避難させるにはルートの構築が不可欠です」
 そう言えば、魔法使いの住処を簡単に明かす程、彼等はフェイロンを信頼した。
 知り合いの殺し屋が嘗てフェイロンに言った言葉がある。
『知恵ある者は力で殺す。力ある者は知恵で殺す。なら、知恵と力の両方を持ち合わせた者はどうやって殺す? ……君はきっと、誰よりも怖い殺し屋になれるよ』

 魔法界でルーファス・スクリムジョールが捕らえられる二日前。
 フェイロンはジェイコブに問い掛けた。
「彼等の話では、こちら側の政府も魔王の手に落ちたようだ。フレデリックも警察組織全体の動きがおかしくなっていると言っていた。この後、何が起こると思う?」
「……嫌な予感がする。それだけは分かる」
「上等だ。そう、これから起こる事は惨劇だよ。魔王はマグルの存在を憎んでいる。マグル生まれの魔法使いさえ虐待し、死に至らしめる程に」
「まさか……」
「虐殺だよ、ジェイク。虐殺が起きる。ただ、魔法使いではないという理由の為に大勢が殺される。十六年前よりも更に多くの命が奪われる」
「そんな……」
「なら、どうすればいいと思う?」
 ジェイコブは眉間にシワを寄せながら唸った。
「……やっぱり、魔法使いと一緒に戦うしかない。魔王に抗う善の魔法使いと一緒に――――」
「ジェイコブ。お前は一つ勘違いをしている」
「え?」
 フェイロンは言った。
「善の魔法使いなんて存在しない」
「で、でも、実際に魔王と戦おうとしている奴等が……」
「それはあくまで魔王と敵対しているだけだ。いいか、ジェイコブ。俺は魔法使い共と接触して、確信したことが一つある」
「それは……?」
「奴等が俺達を見下している事だ」
 フェイロンは目を細めた。
「それに、十六年前の事を思い出してみろ。奴等が善の存在なら、どうして行方不明者を行方不明者のままにした? その頃、魔王は一度滅ぼされ、平和な世界になっていた筈だろ? にも関わらず、目撃者の記憶だけを消して、真実を隠した」
「……それは」
「奴等は根本的に俺達と相容れない存在なんだよ、ジェイク。ただ、奴等の都合で踊らされるだけの道化に甘んじるなど……、俺には我慢ならない」
 フェイロンは立ち上がる。
「フェイロン……?」
「ジェイク。お前にこれを渡しておく」
 そう言って、フェイロンはジェイクに一丁の拳銃を渡した。
「これは……」
「俺がずっと使ってきた愛銃だ。弾丸は俺の部屋にある」
「フェイロン!?」
 フェイロンは立ち上がるジェイクに向けて微笑んだ。
「ジェイク。マリアを見つけられるといいな。見つけられたら……、普通の子供にもどれ。学校に通って、一流の企業に就職して、結婚して、子供を作って……、天寿を全うしろ」
 フェイロンは音も無くジェイクに近寄るとその意識を刈り取った。
「愛しているぞ、我が若きファミリーよ。どうか、その未来に幸あれ」
 事務所を出ると、そこには元ドイツ傭兵部隊『イェーガー』のリーダー、マイケル・ミラーが待っていた。
「待たせたな、マイケル」
「……ジェイクは?」
「子供はおネムの時間だ」
「そうか……。いいんだな?」
「もちろんだ。俺は魔法使い共を許さない。奴等を一匹残らず駆除してやる」
 憎悪に燃える瞳を天に向け、フェイロンは歩き出す。
 しばらく進んだ先の広場に物々しい格好の集団が待っていた。
「さて、諸君。戦争を始めよう」
 その者達は嘗て『崑崙』と手を結んでいた犯罪組織のメンバー。
 その一部だ。他の者達はイギリス全土に散っている。
 百を超える犯罪組織が手を結び、この夜、多くの命を刈り取る事になる。
 それは更なる惨劇の呼び水。世界を巻き込む闘争の序曲だった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。