第九話「いじめ対策クラブ」

 油断していたのだろう。ハリーの献身と秘密の部屋の入手に浮かれていた。
 まさか、空き教室でハーマイオニーがルーナと密会していて、そこにハリーが突入するとは思わなかった。
「とりあえず、ハリーを解放してもらえるかな?」
 何故か分からないけど怯えきっている。
「え、ええ」
 ハーマイオニーが手を離すと、ハリーはよろよろと僕の所に歩いて来た。
「えっと……、どうしたの?」
「いや、雰囲気的にこういうノリがベストかなって」
「……そ、そう」
 ダンに毒されている。
 最近、秘密の部屋での実験に時間を掛け過ぎていて、ハリーとの交流の時間を中々取れずにいた。
 その間、ハリーはダンと一緒に居る事が多くなり、何というか、感覚的に動く事が多くなってしまった。
 僕が長い事時間を掛けて丁寧に染め上げたハリーをものの数日でフランクな性格に変えやがって……。
 クィディッチの事で話が盛り上がるらしく、気が付けば二人は旧知の親友同士のように仲が良くなっている。
「とりあえず、ノリで動くのは火傷の元だから程々にね?」
「う、うん。ドラコがそう言うなら……」
 良かった。まだ、僕の言葉は力を失っていない。
「それで、どういう状況なのか説明してもらってもいいかな?」
 僕が話の矛先を向けると、ハーマイオニーは少し迷う素振りを見せてから口を開いた。
「えっと……その、私達……実は……」
 歯切れが悪い。隣に立っているルーナが肩を竦めて彼女の前に躍り出た。
「私達、虐められてるんだよ。それをどうにかしたくて考えていた所にハリーが飛び込んできたの。だから、飛び込みついでに相談に乗ってもらおうと思ったわけ」
「ちょ、ちょっと、ルーナ」
 慌てるハーマイオニーにルーナがやれやれと首を振った。
「さっきまでの勢いはどこにいったの?」
「いや、あれはその……」
 ハーマイオニーとルーナの関係が面白い事になっているね。
 物語ではあまり絡みの無かった二人だけど、ルーナの方が大人びて見える。
 いや、むしろ、ハーマイオニーの方が子供っぽく見えるというべきかもしれない。
「虐めか……」
 しかし、これは参ったね。ここまでストレートに頼まれてしまったら、断ったりしたら僕のイメージに傷が出来る。
「そういう事ならもちろん相談に乗らせてもらうよ。何と言っても、僕達は友達同士だからね」
 正直言って、ハーマイオニーの存在は僕にとってどうでもいい。彼女は物語上、ハリーとロンが壁にぶつかった時の相談役でしかない。
 穢れた血な上、自我がこの上なく強い彼女は手駒にも不適当だ。
 だけど、こうなってしまったら仕方が無い。ここは僕が『マグル生まれに対しても優しい人間』というイメージを植え付けておこう。
 ハリーの純血主義教育にあまり良い影響を与えてくれるとは思えないけど……。
「友達……」
 ハーマイオニーは照れたように口をすぼめた。
「とりあえず、詳しい事情を教えてもらえるかな? その上で対策を練ろう。ハリーもそれでいいね?」
「う、うん。もちろんだよ」
 僕達は空き教室の椅子にそれぞれ腰掛けて二人の話を聞いた。

 レイブンクローは思った以上に陰湿だ。
 まあ、物語中でも最終決戦の前にこぞって逃げ出そうとした連中だ。自己愛の強い人間の集まりである事は知っていた。
 しかし、これは非常に難しい問題だと言わざるを得ない。
「とりあえず、取れる選択肢は三つだね」
 既に出来上がってしまっている人間関係にメスを入れるわけだ。
 生半可な方法で解決出来る事じゃない。
「凄いね。聞いただけで解決法を思いつくなんて」
 ルーナが感心してくれるけど、そう大した案じゃない。
「一つは先生に出張ってもらう事だ。むしろ、今まで寮監がこの問題を放置していた事が問題だし、僕からスネイプ教授を通してダンブルドアに言伝を頼んでもいい。僕の父上は学園の理事を兼任しているから、確実に動いてもらえる筈さ。最悪、寮監を変えられるかもしれないけど、これからは寮内の陰湿な伝統は撤廃される筈だよ。ダンブルドアに逆らってまで虐めを続けようとする程骨のある人間なら、そもそも虐めなんて下らない真似はしないだろうし、これが一番最適な解決策だと思う」
 問題は色々とあるけど、彼女達の学園生活はずっと快適になる筈だ。
「むしろ、他に解決策なんてあるの?」
 ハリーが首を傾げる。
「あるにはあるよ。一応、先生に言いつける案にもデメリットがあるから、三つとも聞いてからどうするかを考えてみてくれ」
 僕の言葉にハーマイオニーとルーナが揃って頷く。
「デメリットについては後で話すとして、二つ目はコネを使って上級生を無理矢理動かす方法だ」
「どういう事?」
 今度はハーマイオニーが首を傾げた。
「僕はこれでもマルフォイ家の次期当主だし、僕の友人には魔法界に強い影響力を持つ家の者が大勢いる。そのコネを使って、上級生の家に圧力を掛ける。この方法だと一つ目とは違うメリットとデメリットが発生する」
「それって?」
 ルーナが問う。
「質問は最後に受け付けるよ。三つ目は長期的な考えになるんだけど、虐められないようにする事」
「えっと……、虐められないようにする方法を話し合ってる筈なんだけど?」
 ハーマイオニーが困ったように言う。
「今言ったのは方法じゃなくて、手段だよ。要は誰にも虐められないくらい強くなるって事さ。なにも暴力的になれって言ってるわけじゃないよ? レイブンクローは知性を重んじる寮だからね。学業の成績で学年トップを取れば、それだけで大きな発言権を得られる。後はその発言権を上手く活かせれば誰も君達を虐める事なんて出来なくなる筈さ。まあ、これは確実とは言えない上に少なくとも一年以上の時間が掛かる長期的な考えだけどね」
「それで、それぞれの方法のメリットとデメリットって?」
「一つ目の方法のデメリットは生徒の自治区である寮に学校からの介入を促してしまう事。これは学校の伝統や生徒の自由とプライバシーが侵害される。それに寮内での規定を定められ、窮屈な学園生活を送る事になるかもしれない。それに他の寮やこれから入学してくる新入生達にも影響が及ぶかもしれないね」
 僕としては一番最悪な方法だ。スリザリンの寮にまでダンブルドアの介入を許す事に成り兼ねない。
 だから、この方法を出来る限り選び難いように誘導する。
「二つ目の方法のメリットは学校側の介入無しで実行出来る事だね。レイブンクローの寮生にも旧家の出身者が大勢居るから、迅速に行動出来る点も優れている」
「デメリットは?」
「寮内がとてもピリピリする事かな。今まで我関せずを通して来た人間を無理矢理舞台に引き摺り出す方法だからね。正義がどちらにあるかは明確でも意見が二つに分かれた時点で人は争いを始める。そこかしこに軋轢が生まれて喧嘩が日常茶飯事になるかもね。虐めなんかよりずっと健全だけど」
「うーん……、難しいね」
 ハリーが腕を組みながら考えこむ。
「どの方法にもメリットとデメリットがある上に代償が大き過ぎる」
「普通に考えたら二つ目がベストだけどね」
 僕は言った。
「そもそも、目の前で虐めが起きているのに、それを見て見ぬ振りをしている人間も実際に虐めを行っている人間と何も変わらない。巻き込んだところで良心を痛める必要なんて無い」
「……うーん。でも、それって完全に人任せな方法なのよね」
 ハーマイオニーが苦悩の表情を浮かべて言った。
「一つ目と二つ目。どちらを選んでも僕は全面的に協力するつもりだよ?」
「ありがとう、ドラコ。でも、やっぱり……」
 ハーマイオニーは横目でルーナを見つめた。
「……いえ、そうね」
 何かを決意したかのように僕を見つめて口を開くハーマイオニー。
 その彼女の口をルーナが隣から押さえ込んだ。
「もがっ……!? な、何するのよ、ルーナ!」
「ハーマイオニー。アンタ、三つ目がいいんでしょ?」
「え?」
 ルーナの言葉に図星をつかれた表情を浮かべるハーマイオニー。
「でも、私の事を考えて妥協したんでしょ?」
「そ、それは……」
「アンタはアンタの思う通りにした方がいいよ。だって、アンタは頭がいいもん。自分の考え方を押し通した方が最終的に良い結果になると思うの」
「でも、ルーナ。あなた、これからずっと……」
「私は気にしないもん」
「学年トップを取るのだって、大変な事なのよ!?」
「私、アンタと一緒になら頑張れる気がする」
「……ぅぅ」
 これは決まったね。ハリーもクスリと微笑んでいる。
 どうやら、彼女は素晴らしい後輩に恵まれたらしい。
 結局、ルーナがハーマイオニーの背中を押して三つ目の方法を取ることになった。
「学年トップ……、取れるかしら」
 不安そうなハーマイオニーに僕は助け舟を出した。
「協力するって言ったよ? ここには去年の学年トップが居るんだから、頼ってくれないかな?」
 彼女は運が良いと言えるかもしれない。
 僕は計画がスムーズに進んでいる事と可愛いペットを手に入れた事で結構機嫌が良いのだ。
「い、いいの?」
「もちろんさ」
「スリザリンはみんな大悪党って聞いてたけど、アンタ達は違うんだね」
「あはは……。ハリー・ポッターの寮だよ?」
「あ、そっか!」
 ルーナはハリーを見つめて満面の笑みを浮かべた。
「あーあ。私もスリザリンに入れば良かったー」
「……同感」
 二人の言葉にハリーが吹き出した。
 さて、面倒事を抱えてしまったね。
「とりあえず、学年末で首位を目指そうか。それだけだと足りないだろうけど、まずは足掛かりだ。それから来年、全試験で首位を取る。それで漸く第一段階クリアだ。大変だけど、覚悟はいいかい?」
「もちろん!」
「が、頑張るわ!」
 二人が元気いっぱいの返事をすると、隣でハリーがボソリと呟いた。
「つまり、ハーマイオニーはドラコに勝たないといけないわけか……」
「あ……」
 その点については僕も少し困っている。ハーマイオニーに負けるという事はドラコ・マルフォイが穢れた血に負けるという事。
 それは僕の評判に傷をつける。
「……まあ、学年トップじゃなくても、レイブンクローでトップを取れば問題無いさ」
「ま、負けないからね、ドラコ!」
「お手柔らかにね……」
 僕も勉強に少し本腰を入れる必要があるかもしれない。
 彼女は本気を出せば満点を超えた点数を平気で叩きだすからね。

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