Act.7 《Mighty warrior》

 白い髪の少女が鼻歌を歌いながら街を歩いている。その背後にあまりにも異質な存在を従えながら。
 真紅の瞳が爛々と輝いている。雪に閉ざされたアインツベルンの城で今日という日を待ち侘びた。今宵、待ち望んでいた相手と会える。
 それなのに――――、

「どうして、邪魔をするのかしら?」
「あら、邪魔とは言ってくれるわね。こうしてわざわざ出向いてあげたのに」

 現れた少女の事を彼女は知っている。
 遠坂凛。この聖杯戦争を始めた御三家の一画である遠坂家の末裔。
 いずれ相見えることになるのは必定。打ち倒すべき障害。
 だが、今はただひたすら邪魔なだけの存在だ。

「アナタと遊んでいる暇はないのよ。そこを退きなさい」

 十年待った。もう、これ以上待ってなどいられない。
 一分一秒でも早く彼に会いたい。会って、彼を殺したい。それだけを夢見て今日まで生きて来たのだ。

「急ぎの用事でもあるのかしら? でも、マスター同士が対峙した以上、戦う以外の選択肢なんてない。違うかしら?」
「違うわ、リン。《戦う》なんて選択肢は存在しないの。だって、私のバーサーカーと《戦い》が成立するサーヴァントなんていないもの」
「言われてるわよ、セイバー」

 リンは背後に控えるセイバーに視線を投げかけた。

「驕ったな、メイガス。ならば、その傲慢さを抱えたままここで朽ちろ」

 相手は幼き少女。それでも、セイバーに容赦や油断など一欠片もない。
 一蹴りで少女の眼前に迫り、その首に刃を振る。

「……バーサーカー」

 その刃を聳える巨人が阻む。
 凛が戦闘の場に選んだ場所はマンションの建設予定地前。
 そこまで来るのを待ってから姿を現した。
 セイバーはバーサーカーに猛攻撃を仕掛け、巨体を建設予定地に叩き込む。

「なるほど、虚勢ではないみたいね」

 髪の毛を数本引き抜き、バーサーカーのマスターであるイリヤスフィール・フォン・アインツベルンは微笑んだ。
 彼女の前では凛が複数の宝石を指にはさみ、中国拳法の構えを取っている。
 遠坂家は元々《武》に重きを置く一族だった。《無我の境地》に至る事で根源へ渡ろうとしていたのだ。
 時と共に在り方が大きく変質しているが、それでも遠坂家は武を尊ぶ。

「アンタはここで脱落よ、アインツベルン」
「……遊んであげるわ」

 その激突こそが頂上決戦。今聖杯戦争の参加者の中に彼女達以上の|魔術師《マスター》は存在せず、彼女達の相棒を超えるサーヴァントも存在しない。
 すでに建設予定地は爆心地かの如く巨大なクレーターを作り出し、尚も破壊の嵐を巻き起こしている。
 そして、その手前の道路では今聖杯戦争における最高水準の魔術戦が始まろうとしている。

「Ein KÖrper ist ein KÖrper――――!」

 輝く黄色の宝石。燃え盛る炎はとぐろを巻く竜の如くイリヤスフィールに迫る。
 だが、イリヤスフィールの余裕は崩れない。

「――――その程度?」

 彼女の前に銀の光が走る。紅蓮の炎はその光を嫌がるかのように四散した。
 その光の正体は彼女の髪。
 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンはアインツベルンの造り上げた至高のホムンクルス。その肉体は細胞一つに至るまで最高品質の魔術礼装となる。
 その髪で編まれた盾は凛が長い年月の間に溜め込んだ膨大な魔力で築いた炎龍を容易に阻んだ。
 そして、その直後に銀糸は姿を変える。

「私に戦いを挑むなら、もう少し頑張りなさい」

 銀糸の剣が迫る。凛は緑の宝石に溜め込んだ魔力を解放し、その剣を打ち落とした。
 そのまま彼女は青い宝石を投擲する。

「無駄よ」

 氷結の呪詛が発動する寸前、銀糸で編まれた鷲が宝石を加えて上空に舞い上がった。
 破裂する青い光。空中に精製された氷塊に凛は嗤う。

「――――掛かった!」

 氷塊が破裂し、無数の氷片に変わる。

「vox GottEs Atlas――――!」

 上から下に向かう重力の法則が書き換わる。
 氷片は一斉にイリヤスフィールへ向かう。

「無駄と言ったわ」

 その氷片を悉く銀糸の盾で防ぐイリヤスフィール。
 余裕の笑みを浮かべる彼女に凛は言った。

「チェックメイトよ」

 盾の構築によって視界が塞がれたイリヤスフィールの頭上で紫の宝石が破裂する。

「……ふーん。少し見直したわ」

 精製された巨大な水晶を銀糸の剣で両断しながら、不敵な笑みを浮かべてイリヤスフィールは言った。
 直後、彼女の表情が凍りつく。
 
「なっ―――――」
「セイッ!」

 眼前に凛が迫る。彼女の繰り出す掌底を防ぐ術を用意する余裕がない。
 氷結の呪詛を放った時から現在に至るまでの工房は全て凛の計画通り。
 全ては接近戦に持ち込む為のエサ。

「あっ……がっ」

 双纒手。八極拳の一手であり、相手の守りを抉じ開け、足から送り出された力を背中の筋肉で増幅させて放つ双掌打。
 体内で爆弾が爆発したかのような衝撃。
 恐らく、宝石魔術によって強化されていたのだろう一撃によって呼吸器官が機能を停止し、その激痛によってイリヤスフィールの思考が白一色に染め上げられる。
 あまりにも致命的な隙を見せたイリヤスフィールに凛は追撃を放つ。

「ハイッ!」

 双纒手の体勢から体を捻り、遠心力を加えた裏拳と回し蹴りを同時に繰り出す。張果老と呼ばれる技が炸裂。
 魔術どころか身動き一つ、受け身一つ取る事の出来ないイリヤスフィールの体はコンクリートの壁に激突した。
 強化の魔術による保護があって尚、そのダメージはあまりにも甚大。
 ここに至り、イリヤスフィールは悟る。魔術戦ならば己が勝つが、肉弾戦に持ち込まれては敗北が必至である。そして、既に肉弾戦に持ち込まれてしまった以上、残された道は一つ。

「バーサーカー!!」

 令呪を一つ使い潰し、目の前にバーサーカーを召喚した。
 
「殺しなさい!!」

 狂戦士が神殿の柱を削り作られた斧剣を振るう。
 セイバーは此方に向かって来ているが間に合わない。令呪の発動も手遅れだ。
 万事休す。凛は舌を打った。
 二撃も繰り出して、仕留められなかった己の失態だ。

「ごめん、セイバー」

 間近に迫る死に凛は覚悟を決めて瞼を閉じる。
 だが、そこでありえない事が起きた。
 甲高く響く金属音に目を見開く。ナニカが斧剣に激突し、弾いた。
 直後、セイバーが彼女の下に辿り着き、その身を抱えると戦場を離脱した。

「セイバー。今のって……」
「アーチャーの狙撃ですね。恐らく、ここで私達が脱落してはまずいと判断したのでしょう」
「……バーサーカーはそんなにヤバイ奴だった?」
「ええ、一度殺しましたが直ぐに蘇生しました。アレはもはや魔術の領域ではない。恐らく、彼の宝具なのでしょう。ステータス、技量、宝具、どれをとっても超一流のサーヴァントだ。アレとまともに打ち合えるサーヴァントは多くない」
「なるほど、利用する気満々ってわけね」

 凛は忌々しげに狙撃が行われたであろう方角を睨みつけた。

「貸しにはしないわよ」
「当然です。アーチャーの狙撃位置が分かりますか?」
「……深山町に狙撃出来る高台やビルなんて無いわよね」
「恐らく、新都の高層ビルからの狙撃です。そこからあの精密射撃……。弓兵の名に恥じぬ技量の持ち主というわけだ。貸しだのと言っている余裕はありませんよ、リン」
「みたいね……」

 去って行く凛とセイバーを尻目にイリヤスフィールは狙撃手の居るであろう方角を睨みつけた。

「追撃が来ない……。こっちも利用する気満々ってわけね」

 苛立ちに満ちた表情を浮かべ、イリヤスフィールは踵を返す。

「帰るわよ、バーサーカー。……こんな格好、お兄ちゃんに見せられないもの」

 血と土で汚れた服に彼女は泣きそうな表情を浮かべた。
 楽しみにしていた時間を奪われた。その怒りたるや果てしない。
 
「リン……。それに、アーチャー。絶対に許さないわ。次に会ったら必ず殺す」

 そうして、聖杯戦争一日目の戦いは終わりを告げた。
 
 ◇

 新都の高層ビルの屋上でアーチャーは溜息を零す。

「マスター二人を始末した方が手っ取り早いのだがな……」

 魔術戦に興じている二人を撃ち殺す事など彼にとっては造作も無い事。
 だが、どうしてもその選択肢を選ぶ事が出来なかった。

「ヤツを未熟などと言っている場合ではないか……。あの団欒に当てられたか……、まったく」

 二心無く仕えると誓っておきながら、この体たらく。
 
「……だが、モノは考えようだ。強敵は彼女達だけじゃない」

 アーチャーは今一度溜息を零すと夜の街に溶けて消えた。

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