Act.30 《Fate/stay night》

 無限という言葉は無知故に生まれたものだ。この世に真の意味での無限など無きに等しい。
 人間の数は兆に届かず、星の数とて限りがある。宇宙そのものにも寿命があり、その果ての情報世界に記録されている森羅万象すら有限だ。
 人類が発見する知識とは、創世の刻に既に確立されたものを認識しているだけに過ぎない。いずれは枯渇する。
 ならば、無限とは虚構なのか?

「――――いいや、そんな事はない」

 この世にはたった一つ、真の意味での《無限》がある。

「|物語《ストーリー》」

 それこそが唯一無二の《無限》。
 知恵を持った生物のみが創造出来るもの。
 生まれてから死ぬまでの間に人は多くの物語を空想する。大抵の場合、それらは個人の脳内で完結するが、時折、《書物》という形で世の中に出回る。
 それらを基に《二次創作》、《三次創作》、《四次創作》としての物語が生まれる事もある。
 この時間軸における無銘の死者が並行世界では世界的な文豪になっている可能性もある。同一人物が異なる世界では違う人生を歩んだ事で全く異なる物語を空想する事もあり得る。
 この世界に一度も実在した事のない者も人類の持つ《|想像力《しんこう》》は英霊という形で創造する。そして、その創造された英霊もまた新たな物語を創造する可能性を秘めている。

「まさしく、無限……」

 一冊の本を愛でながら、彼は微笑む。

「我が蔵は人類の知恵の原典にしてあらゆる技術の雛形を収集したもの。故に、そうした虚構の英霊の架空の宝物さえ我が宝物庫にストックされる」

 だからこそ、良しとした。
 死後、宝物庫を暴かれ、世界中に財宝を散らばる事を識りながら、容認した。
 一にして無限なるもの。全ての始まり。あまねく英雄譚の原典。
 それが――――、英雄王ギルガメッシュ。

「……その終着点。散逸し、広がった《物語》が一つに収斂される」

 彼は嗤う。

「あらゆる物語には始まりと終わりがある。ウィリアム・シェイクスピア、ダンテ・アリギエーリ、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ、ハンス・クリスチャン・アンデルセン、シャルル・ペロー、ルイス・キャロル、ジョン・ロナルド・ロウエル・トールキン、グリム兄弟。世の名だたる作家にボクも習う」

 読んでいた《ペロー童話集》を閉じると、彼は高らかに叫んだ。

「さあ――――、物語を書き上げよう!」

 ◆

 時は容赦無く過ぎ去っていく。
 時計の針を無理矢理止めようと、太陽と月が朝と夜を交互に運んでくる。
 デートをした。学校に行った。初めての事をたくさん経験した。一生分の笑顔を浮かべた。
 それでも、|運命《タイムリミット》が足音を立てて近づいてくると、恐怖を感じる。

「藤ねえ」

 桜はその夜、大河の寝室を訪れた。

「どうしたの?」
「……その、一緒に寝てもいいですか?」

 少し戸惑いながらも大河は桜を布団に招き入れた。
 不安な気持ちを押し殺せなくなった彼女は一番信頼がおける女性の下で肩を震わせた。
 大河は何も聞かず、彼女の頭を眠るまで撫で続けた。

 それが昨夜の事だ。一晩中外出していた甲斐性無しを土蔵に呼び出し、大河は問いかけた。

「……ねえ、桜ちゃんの様子が変なんだけど」

 いつになく真剣な表情を浮かべる大河。
 初め、アーチャーのサーヴァントははぐらかそうとした。だが、大河は尚も問い詰めた。

「最近、桜ちゃん……まるで、生き急いでいるみたいに感じるの……」

 その言葉にアーチャーの表情は大きく歪んだ。

「士郎……。お願いだから教えてよ。何があったの!?」

 怒気を篭めて問い詰める大河にアーチャーは震えた声で言った。

「……後、一日しかない」

 涙を流し、嗚咽を漏らしながらアーチャーは言った。

「桜は敵に毒薬を飲まされた。今日の夜までに小僧とライダーを殺さなければ、桜が死ぬと……」
「……うそ」

 ガチガチとうるさい音が聞こえる。それが自分の歯の音だと気付いた時、大河は絶叫した。
 突然、人が変わったように明るくなった桜。この一週間、暇さえあれば新しい事をしようとしていた。
 凛に中華を習ったり、アーチャーを連れてゲームセンターに行ったり、大河に剣道を教わったり……。
 
「なんで……?」

 大河は幼子のように蹲りながら呟いた。

「なんで……、桜ちゃんが……。どうして……」

 理不尽だ。あんなに良い子がどうしてそんな酷い目に合わなければならないのか理解出来ない。
 
「……何が何でもギルガメッシュを見つけ出す。後一日……。桜を頼む」

 そう言って、彼は飛び出して行った。
 大河はふらふらと外に出た。まるで異世界に迷い込んでしまったような気分だ。
 今夜、桜が死ぬかもしれない。
 
「ど、どうしたんですか!?」

 母屋から飛び出してくる桜。心配そうな顔をしている。
 大河は桜を抱き締めた。
 死なせたくない。どこにも行かせたくない。
 そうした気持ちが伝わったのだろう。桜は大きく溜息を零した。

「アーチャーですね?」
「桜ちゃん……」

 桜は泣きべそをかく大河を抱きしめながら言った。

「先輩や姉さんには言わないでください」
「どうして……?」
「だって、最期の日ですから……。後悔したくないんです。みんなの泣き顔が最後の記憶なんて、イヤですから……。だから、藤ねえも笑って下さい」

 それはあまりにも残酷な言葉だった。
 それでも、大河は必死に頬を吊り上げた。

「……こ、こう?」
「ありがとうございます、藤ねえ」

 涙と鼻水だらけの顔で笑う大河に桜は心底嬉しそうな笑みを浮かべた。
 その日、大河は士郎とアストルフォ、凛を無理矢理引っ張り、桜と共に街中を歩きまわった。
 いつもと変わらない風景。いつもと変わらない日常。それらを一つ一つ見て回った。
 困惑する士郎達に構わず、大河は桜とみんなで必死に遊び回った。
 日が暮れて、家に帰って来ると、玄関先にアーチャーが立っていた。その涙で濡れた顔を見て、士郎達は驚きの声をあげる。

「あっ……、あ゛あ゛……」

 大河は立っていられなくなった。
 突然、道端で泣きじゃくり始めた大河に士郎達は慌て出す。桜も必死に彼女を慰めようとした。
 だから、彼の行動に気付く事が遅れてしまった。

――――So as I pray, unlimited blade works.

 炎が走り、アーチャーと士郎の姿が忽然と消えた。
 その意味を悟り、桜が悲鳴をあげる。

「やめて……、やめて下さい!」

 咄嗟に令呪を使おうとした。だが、その直後に彼女の体から令呪が消えた。
 契約を断ち切られた。それを可能とする宝具の存在に彼女は心当たりがあった。

 ◇

 炎の壁によって区切られた世界。曇天から歯車が顔を出し、大地には無限の剣が突き刺さっている。
 固有結界《|無限の剣製《unlimited blade works》》。
 英霊エミヤの持つ切り札。魔術における最大の禁忌。

「……何があった?」
「刀を構えろ、衛宮士郎」

 その手に干将莫邪を握り、アーチャーが告げる。

「貴様が死ねば、次はライダーを殺す」
「……答えろよ。何があったんだ?」
「問答無用!」

 襲い掛かってくるアーチャー。
 士郎は迎え撃つべく魔術回路を起動する。

「答えろ、|アーチャー《えみやしろう》!!」

 士郎は紡ぎ上げた刀でアーチャーの双剣を両断し、その胸ぐらを掴んだ。

「……愛する者を救いたければ、手段など選ぶな!!」

 アーチャーは士郎の体を蹴り飛ばし、無数の刃を滞空させる。

「アーチャー……、お前!」
「死ね!」

 無数の刃が降り注ぐ。その瞬間―――――、

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