Act.29 《A boy meets a girl》

 どうにも視線が突き刺さる。

「私の格好はどこか変なのだろうか……」
「変? いいえ、とってもかっこいいですよ」
「そ、そうか?」
「そうです!」

 彼女がそう言うのならそうなのだろう。アーチャーのサーヴァントは頬を緩ませた。
 今、彼はマスターである少女とデートの真っ最中だ。

「……桜。次はどこに行く?」
「そうですねー……、うん! 海岸の方に行ってみましょう!」
「海岸? そんな所でいいのか?」
「いいんです! さあ、行きますよ!」
「お、おう!」
 
 海岸にやって来ると、二人は埠頭に向かった。おじいさんが一人釣りに励んでいる。
 どうやら、引き上げる準備をしているようだ。
 溜息を零している。あんまり成果が出なかったようだ。

「釣れなかったみたいですね」
「……みたいだな。この立地条件なら色々な獲物が手に入りそうなものだが」
「詳しいんですか? 釣り……」
「これでも慣らしたものだよ。昔、海外で活動していた時期があってね。サバイバルをする事もあった。その時に少々ね」
「ふーん。なら、釣り道具を持ってくれば良かったですね」
「いや、釣りは基本的に一人で黙々とするものだ。デートには向かないよ」
「そうですか? でも、私は見てみたかったなー」
「そうか?」
「はい」

 アーチャーは少し考えた後、「|投影開始《トレース・オン》」と呟いた。
 すると、彼の手の中に最新の釣具が現れた。

「そこまで言われたら披露しないわけにはいかないな!」

 そう言って、アーチャーは値段が一括で二十万とんで三千円もする釣具を使い釣りを開始する。
 それからの一時間、桜はあまりにも愉快なアーチャーの一面を愉しんだ。

「ッフ、イナダが釣れたぞ! これで十匹目、フィッシュ! まさか、冬木にこれほどの漁港があったとは! 面白いように魚が釣れる。っと、十一匹目フィィィィィイッシュ!」

 今度はサバが連れた。そこにアーチャーのサーヴァントはいない。いるのは|釣り師《グランダー》のサーヴァント。
 今まで見た事がないようなイキイキとした顔をしている。

「ハッハッハ! 見てくれ、桜! また、イナダが釣れたぞ!」

 ヒャッホーと子供のように歓声を上げている。
 桜は思った。彼に聞いた話によると、剣以外の投影は性質上難しい筈。よほど、その物の構造や性質を熟知していないと形だけで中身の無いレプリカになってしまうらしい。
 彼が今使っているリールやその他のオプションは電子制御の物も含まれている。専門の人でも無ければどういう構造をしているのかチンプンカンプンだ。

「好きなんですね、釣り」
「え? いや、これは生きる上で必要だったから覚えただけであってだな」

 どうやら正気に戻ったようだ。目を泳がせながら言い訳を始めた。

「そ、そうだ! 折角だし、釣った魚を食べてみるか?」
「え? でも、ここに調理器具は……」
「任せろ!」

 そう言って、アーチャーは「投影開始」とつぶやく。そして現れる調理器具の数々。
 まな板、包丁、七輪、赤い刀身の魔剣。

「……あの、この剣は?」
「炎を吐き出す魔剣だ。これが実に優秀でね。物資の補給がままならない地でのサバイバル中は重宝したものだよ。まるで最新のコンロのように火加減が自由自在なんだ」

 恐らく、この魔剣も名高き英雄のシンボルとして活躍していた時期もあったのだろう。
 まさか、港で七輪の底に置かれ、薪代わりにされるとは英雄も剣自身だって思わなかったに違いない。
 手際良く魚を捌いていくアーチャー。そこには職人の技があった。
 
「よし、食べてごらん」

 アーチャーに渡された焼き魚と刺し身を口に運ぶ。とても美味しい。
 
「投影魔術は実に便利だ。宝具クラスとなると難しいが、物体の構造を理解出来ていれば釣具程度ならばどこでも造り出す事が出来る」
「でも、凄いです。あのリールって電子制御なんですよね?」
「ああ、最新型だ。今の時代にはない未来の技術が詰まっているぞ」

 得意気な表情を浮かべるアーチャー。
 桜が食べている間、彼は饒舌に物体の構造についての持論を語った。
 
「私が見てきた物の中で最も美しいもの。それはハンドガンだ。その機能性……、まさに工夫と合理性を突き詰めた……、芸術だ」

 芸術……、芸術と言った。
 桜はポカンとした表情を浮かべた。

「分かるかい? 例えば、日本刀。アレが伝統と技術による工芸品なら、ハンドガンは正に技巧による工芸品だ。鉄と機能美が織りなす調和が実に素晴らしい。ライフルやマシンガンまでいくと、さすがに戦争兵器として言い逃れ不可能だが、ハンドガンには兵器としての合理性と道具としての芸術性がある」

 ただ、そのあまりにも楽しそうな語り口調に聴き惚れていた。

「その武器形態において、必要最低限の機能だけに留めたものには時に……、魂が宿る。江戸時代のサムライが使った刀然り、西部開拓時代のガンマンが使ったリボルバー然り、中世ヨーロッパの騎士達が使ったレイピア然りだ。殺し合いの道具だが、決闘の時は自らの誇りと出自を示すアートだった。まあ、命が安い時代だったからこそだろうけどね。己の命より、便りとする武器に高値をつける……」
「男の世界ですね……」

 少し困ったように言う桜。だが、アーチャーは嬉しそうに頷いた。

「ハンドガンこそ、遥かな昔に廃れていった、そうしたモノ達の生き残りだ。まさに、ロマンなんだよ」

 悩ましげに溜息を零すアーチャー。

「だが、ハンドガンも詰まる所は戦争兵器だ。第一に求められたものは耐久性。硬く、強いほどに一級品とされている。アートなどと謳っておきながら、無骨な話に聞こえるかもしれないが、これが実に不思議でね。耐久性だけを突き詰めて作られた銃身は――――、溜息が出る程に美しい」

 実際に溜息を零した男の言葉は説得力が違う。

「――――極限を求めた結果、そこには耐久性とは異なる別の価値が生まれる。それは鉄の滑らかさだけに留まらないんだ。単純化された内部構造の一分の隙もないアクション。僅か一ミリにかけた重心に対する想い。分かるかい? 多くの者を魅了するハンドガンのこのデザインは、その実、デザインから生まれたものではないんだよ」

 アーチャーの瞳の奥に炎が宿る。

「より安定した機能。より効果的な射撃を求めた結果、その姿となった。誰にも媚びず、あのカタチとして創造されたのだ。野生の生き物達と同じなんだよ。ただ、ある事が美しい……。無論、銃にもそれぞれ個性がある。例え、同じ銃種であっても、出来上がりによっては良品と粗悪品に別けられる。だけど、それがまたいいんだよ。ガンスミスによるワンオフも、マスプロによる量産品も共に違った味わいがある。前者は職人の技巧による奇跡。後者は工場が生む偶然の奇跡だ」

 気がつけば日が傾き始めた。
 ハッとした表情を浮かべるアーチャー。

「す、すまない! いつの間にか、こんなに時間が……」

 慌てた表情を浮かべるアーチャーに桜は嬉しそうな笑顔を向けた。

「先輩の新しい一面が見れて、とっても嬉しいです。先輩って、無趣味に見えるけど意外と趣味が多いんですね」
「……あー、うん。物体の解析は私の魔術を行使する上で重要な手順だ。だから、暇さえあれば機械なんかをバラしていた。分解して、再構築する。それが物事を理解する一番の近道だからね。そうしている内、器物に宿るモノが見えてきた。歴史や製作者の魂、存在理由。私達が普段使っている時計や掃除機などにもそうしたモノがある。それは確かな重みを感じさせてくれた。気付けば、夢中になってしまう程に」

 二人は後片付けを済ませると帰路についた。その間、桜はアーチャーにさっきの話の続きをせがんだ。
 困ったような、嬉しいような表情を浮かべ、彼女の希望に沿う。
 そうして楽しい時間を過ごしていると、急に声を掛けられた。

「あれー? もしかして、間桐さん?」

 そこには桜が通う高校の制服を着た女生徒達がいた。

「学校に来ないと思ったら、もしかして、デート? でも、なーんか怪しい感じ」

 そこに親愛はなく、女生徒達はどこか桜を蔑んでいる様子だった。

「もしかして、援助交際ってヤツ? いっけないんだー」
「おい、君達……」

 アーチャーが注意しようとすると女生徒達はケタケタと笑った。

「うわー、近寄らないでよ、おじさん。女子高生に手を出すとか、ロリコン?」

 あまりにもあからさまな悪意にアーチャーは目を見開いた。
 桜を見る。そこには怒りも悔しさもなかった。ただ、いつもある光景を見つめているような諦観の表情があった。
 アーチャーの表情が歪む。
 知らなかった一面。同じ高校の生徒に悪意を向けられる事をまるで日常茶飯事のように受け止めている姿に震えそうになった。

「おい、そこで何をしてるんだ?」

 その時、また違う方向から声を掛けられた。

「え?」
「あ……、間桐先輩」
「やばっ」

 慎二がいた。明らかに怒っている。

「お前等……、僕の妹に何をしてるんだ?」
「えっと……、別に」
「ち、違うんですよ、先輩! その……、間桐さんがイケない事をしてるから注意してあげてただけでー……」
「その男の事は僕もよく知ってる。その上で聞くけど、何してた?」
「あ、あの、私達用事があるので……」
「し、失礼しまーす」

 まるで気圧されたように女生徒達が去って行く。
 その背中を睨みながら、慎二は言った。

「まだ、あんなのが居たのか……」
「あの、兄さん……」
「あんな奴らに好き勝手言わせてるんじゃない!」

 慎二は怒鳴り声を上げた。

「あっ……」

 怯んだ様子を見せる桜を尻目に慎二はアーチャーを睨みつけた。

「言ったよな? 任せるぞって」
「……すまない」
「ったく、しっかりしろよな」

 溜息を吐くと、慎二は言った。

「後、デートで海岸に行くな。何時間も埠頭から動かないなんて、完全に事故だぞ」
「……うっ」

 呆れたように言う慎二にぐうの音も出ないアーチャー。

「あれ? どうして、兄さんがその事を知ってるんですか?」
「あっ……」

 途端、表情が崩れる慎二。

「……見てたんですか?」
「ち、違うぞ! 単に道端でお前達を見掛けて、どこに行くのか気になってだな……、えっと」
「見てたんですね」

 ジトッとした目で見られ、慎二はそっぽを向いた。

「お前等……、付き合ってんの?」
「はい!」

 笑顔で即答する桜に慎二は溜息を零した。

「嬉しそうに言いやがって……。ほらよ」

 慎二は桜に財布を押し付けた。

「え?」
「次はもっとマシな場所に行け」
「で、でも、兄さん! これ……」
「黙って受け取れよ、ノロマ。小遣いだ」
「兄さん……」

 慎二は再び溜息を零した。

「……桜」
「は、はい」
「……すまなかったな」
「え?」

 慎二の言葉に桜は目を見開いた。

「……償いはする。一生掛かっても償いきれないけど、必ず償う」
「に、兄さんが償う必要なんて……」
「あるに決まってるだろ!」

 慎二は叫んだ。
 固まる桜に慎二は声を抑えて言う。

「……桜。そっちでは楽しくやれてるか?」
「は、はい」
「そっか……。なら、いい。楽しく暮らせているなら何よりだ。こ、こんな事を言う資格は無いけどさ……。その……、幸せになれよ? その為なら、僕はなんでも協力する。そ、それだけだ!」

 そう言い残すと、慎二は走り去って行った。

「に、兄さん!」
 
 桜の呼び止める声も聞かず、彼は繁華街に姿を消した。

「兄さん……」

 立ち尽くす桜。その内、涙が溢れてきた。

「兄さん……」

 アーチャーに抱きつき、涙を流し続ける桜。
 
「慎二……。桜……」

 兄妹の間にあった歪みが正されようとしている。
 それはまさに奇跡だ。
 このまま、何事もなく聖杯戦争が終われば、まさにハッピーエンドが待っている。

「……ぁ、ぁぁ」

 アーチャーは桜に寄り添いながら衛宮邸に戻った。
 そして、彼女が眠った後、再び夜の街に出かけて行った。

――――なるものか!

 必死の形相を浮かべ、街中を飛び回る。
 
――――せて、なるものか!!

 折角、兄妹の絆が在るべき姿に戻ろうとしている。
 彼女はこれから幸福な人生を歩んでいける。

――――死なせて、なるものか!!!

 一週間の命だと!? ふざけるな!! そんな事、許せる筈がない!!
 あの男を探し出す。例え、相手がどんなに強大な力を持っていようが関係ない。必ず、彼女に飲ませた毒を解毒させる。
 どんな手段を使ってでも、必ず……。

「桜……。今度こそ、絶対に救って見せる!!」

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