勝敗が決した。セイバーのサーヴァントは観念したように頭を垂れる。
「お前達の勝利だ。……殺せ」
その言葉に士郎は表情をこわばらせる。
こうなると分かっていた筈だ。聖杯戦争の参加者として、敵のサーヴァントと戦う以上は殺すか殺されるかの二択を迫られる。
そもそも魔術師とはそういう生き物だ。死を容認し、ヒトデナシとして生きる事を是とした者。
この選択をアーチャーは何度も迫られた。その度により良い未来を信じて|間違い《えらび》続けた。
「シロウ」
アストルフォが士郎に微笑みかける。
「キミはキミの思うままに」
「……ああ」
どちらが正しい選択なのか、いくら考えても出てこない。
そもそも正しい選択などあるのだろうか?
『僕はね、正義の味方になりたかったんだ』
一人の男は道半ばで諦めた。最後に望みを託した《奇跡》に裏切られた時、彼は立ち止まった。
『超えてみせろ』
一人の男は迷い続けた。その果てに彼は己の《理想》からも裏切られ、絶望した。
「――――俺は」
正道とは先人が切り拓いた道。その先人が迷い、立ち止まり、絶望に暮れている。ならば――――、
「殺さない」
自ら新しい道を切り拓くしかない。
それが如何に困難な道であろうと突き進む。
それが如何に矛盾に塗れた思想だろうと貫き通す。
「馬鹿な……。ならば、どうするつもりだ?」
「こうするだけだ」
士郎は刀をセイバーに突き立てた。
セイバーの目が見開かれる。彼女の心を支配していた蜘蛛の糸が解けていく。
「セイバーのサーヴァント。お前には選択肢が二つある」
士郎が告げる。
「このまま魔力切れで消滅するか、本来の主の下へ戻るか」
セイバーは片腕を士郎に切り落とされた上、アストルフォの槍によって下半身が霊体化させられている
主なき状態で肉体の修復を行えば魔力は一気に底をつく。だが、今の状態では新たな主を捜しに行く事など不可能。
「本来の主だと……?」
「俺達は遠坂を助けに来たんだ」
◇
アーチャーはキャスターに数本の剣を突き刺した。
それぞれが対象に縛りを与える呪詛の魔剣。
魔力を封じられ、魔術の行使を阻まれ、魔術回路を乱され、肉体の自由を奪われた魔女にアーチャーが告げる。
「遠坂凛を解放しろ」
その言葉に意表を突かれた魔女は目を丸くした。
「……お嬢さんを?」
「解放しろ」
アーチャーは彼女の首筋に干将の刃を押し当てた。
「……滑稽ね」
これ以上なく追い詰められた状況で尚、魔女は嗤う。
「よりにもよって、自分を捨てた姉を助けに来るなんて……」
魔女の目はまっすぐに桜を射抜いた。
心を見透かされたように感じた桜は目を見開く。
「どうして……」
「そんな事はどうでもいいわ。それより、どうして? 恨んでいる筈でしょ?」
「私は……」
魔女の問いに桜は苦笑いを浮かべる。
その反応がよほど予想外だったのか、キャスターはポカンとした表情を浮かべた。
「恨んでますよ」
「……あら?」
更に予想外の言葉が返って来た。
助けに来たのなら、恨んでいないと答える筈。
「なら、どうして?」
アーチャーは奇妙に思う。何故、この魔女はそんな事を気にするのだろうか?
策を巡らせている可能性がある。そう判断し、アーチャーは警戒心を強めた。
壁に背を預け、此方を静観している葛木からも目を離さない。
「助けるって、決めたからです」
「はい?」
意味がわからない。
「私は変わるって決めたんです。誰かを恨んで、妬んで、羨んで……。そんなウジウジした自分から卒業するって決めたんです」
桜は言った。
「私は強くなるんです」
「そう……」
この少女は自分を捨て、助けに来なかった姉を恨んでいる。それでも、彼女を助ける理由は一つ。
彼女を許し、今までの自分から脱却する為だ。
いっそ清々しい。彼女は自分の事しか考えていない。その為に愛する少年を危地に同行させ、自分は何もしないまま夢見がちなセリフを吐く。
「……そうなんだ」
魔女は微笑んだ。その在り方は彼女が生前出来なかったもの。
最期まで周囲を恨み続けた魔女が果たせなかった望み。
――――故郷に……。あの楽しかった日々に戻りたい。
桜とキャスターの境遇はとても似ている。
大きな力によって翻弄された人生。ある日突然幸福な生活から切り離され、苦難と絶望の毎日を送る羽目になった。
「羨ましいわ、お嬢さん……」
心の底からそう思った。
やり直すチャンスを得られた事。手助けをしてくれる人達がいる事。立ち上がる勇気を持てた事。
何もかもが羨ましい。
「あなたのお姉さんは柳洞寺の地下にいる。生きているから安心なさい」
そう言うと、キャスターはアーチャーを見上げた。
「マスターの命だけは助けてちょうだい」
「……了解した」
裏切りの魔女メディア。
英雄イアソンによって国から引き離され、長い放浪の果てに《裏切りの魔女》としての烙印をおされた悲運の女。
彼女は旅路の果てに違う道を歩んだ己の姿を垣間見た。
「お嬢さん。もう、無くさないようにね……」
そう呟くと、魔女は光となって消えた。
桜は思わず手を伸ばしていた。そこに過去の己を見た気がした。
異なる道を歩み、|アーチャー《せんぱい》に殺された己の姿。
「あっ……」
涙が零れ落ちた。
「桜……」
アーチャーは彼女を抱き締めた。肩を震わせる彼女に少しでも力を与えてやりたかった。
「……貴様のサーヴァントは消えた。もう、戦う理由は無い筈だが?」
アーチャーは立ち上がった葛木に言った。
「戦う理由ならばある」
「彼女はお前を助けて欲しいと言った」
「それでも私は戦わねばならん。まだ、望みを叶えていないからな……」
葛木が走る。アーチャーは桜を抱き締めたまま数本の刀剣を投影し、彼に向けて撃ち放った。
「キャスター……」
倒れこむ彼の体から命が消えていく。
それでも立ち上がろうとする。
彼には叶えなければいけない望みがある。
石階段の下で拾った女を故郷に返す。その為にまだ死ぬわけにはいかない。
「さらばだ、葛木宗一郎」
意識が闇に溶けていく。魔女と過ごした日々を追憶しながら、男は眠りについた。
◇
キャスターと葛木宗一郎の死を見つめ、セイバーは溜息を零した。
己の刃を向けながら、彼等の死に哀しみを抱く少年を見上げ、彼女はつぶやく。
「嘆く必要はないぞ、メイガス。彼等は自らの意思を貫いた」
魔女の末路を脳裏に浮かべる。あんな顔をされては恨む事も出来ない。
結局、己の力不足によって二人の主を失った。
「これも私の意思だ」
だが、一人目の主は生きている。彼等に任せれば憂う必要もない。
セイバーは片手で自らの心臓を引き抜いた。
「……え?」
目を見開く士郎にセイバーは告げる。
「少年よ。闇に身を窶した私の言葉では説得力が無いかもしれんが……。悩みながらも前に進み続ければ、やがてその道に真の光明が現れる。結果を焦る必要はありません」
やがて、セイバーの体は光の粒子となり広がっていく。
「そうだ……。そう信じていた筈なんだ……」
◆
これでセイバー、ランサー、キャスター、アサシンの四騎のサーヴァントが脱落した。
残る|正規《・・》のサーヴァントは三騎。
「さて、そろそろ終わりも近い」
原初の王は教会から出て来る四人の男女の姿を遙か天上から見下ろしている。
「……残る試練は二つ。その前に……」
無邪気な笑みを浮かべ、少年は姿を消した。