Act.14 《Fire is a good servant but a bad master》

「――――ッハ、小気味よい」

 雅な陣羽織に身を包む端正な顔の男。握る太刀の刀身は物干し竿に例えられる程長い。
 名は佐々木小次郎。此度の聖杯戦争において、アサシンのクラスを得て現界したサムライがその妙技をもって敵の境内への侵入を阻んでいる。

「――――どうやら、雌狐が一杯食わされたようだ」
「そのようだな」

 剣戟は止むことなく続いている。一手仕損じれば命を落とす激戦の真っ只中であるにも関わらず、門番と侵入者は軽口を叩き合う。
 
「しかし、二刀流と剣を交える機会を得られるとは」
「生憎、君の好敵手たる剣聖には遠く及ばぬ児戯に過ぎん」
「そのようにつまらぬ謙遜をするな。その首、六度は落としたつもりだが、未だついていようとは」

 アサシンの顔に浮かぶものは喜悦の笑み。召喚され、この寺の門番を任されて数日。槍を使うもの、岩を削った奇剣を振るものと戦った。
 だが、こうも胸が踊るのは相手が己と同じ剣の使い手であるからか――――、あるいは《実際には会った事もない》好敵手と同じ二刀流の使い手であるからか。
 否、己が全力を振るうに値する敵が現れたからこその愉悦。
 ランサーはマスターの命令によって縛りを受けていた。バーサーカーは狂気によって本来の精細な剣技を失っていた。
 どちらも紛れもない強者だったが、どちらも本力ではなかった。
 
「僅かに剣気が弱まったな、アーチャーのサーヴァントよ。目的は達せられたという事か?」
「君に見逃してもらえたらパーフェクトだな」
「……っふ、そうはいかんぞ。貴様のおかげで昂って仕方がない。之を鎮めるにはその首級を落とすほかあるまい」

 研ぎ澄まされた殺意に大気が凍てつく。気付けばアサシンとアーチャーは同じ段に立っていた。
 今まで常に有利な上段を決してアーチャーに譲らなかった彼がその優位を捨てた。
 その意味を悟り、アーチャーの表情が険しくなる。

「――――我が秘剣を披露しよう」

 この戦いが始まってから初めて見せる構え。それが必殺の構えである事に疑いの余地はない。
 一秒にも満たない刹那、アーチャーは思考する。
 回避は悪手。何処へ避けようと秘剣が繰り出される前に彼の間合いから逃れる事は不可能。
 ならば――――、

「秘剣――――」

 踏み込む。懐に入ってしまえば長刀はその長さが仇となる。
 その瞬間、アーチャーは凍りついた。
 その視線の先には彼を見下ろす魔女の姿がある。

「……余計な真似を」

 アサシンは激情に表情を歪めた。

「アサシン! その男を生かしたまま捕らえなさい! 両腕両足は切り落としても構いません!」

 その言葉にアサシンは舌を打った。

「……水を差しおって」

 構えを解き、アサシンは空間ごと体を縫い止められたアーチャーの片腕を切り落とした。
 更に反対の腕を切り落とす為に長刀を振り上げる。
 その時だった。

「……なっ!?」

 驚愕の声。その視線は石階段の遙か下方を見ていた。
 そこに輝ける剣を構えた騎士の姿があった。

「|約束された《エクス》――――」
 
 それはあまりにも彼女達にとって好機だった。
 なにしろ、敵のサーヴァントが三体も固まっている。加えて魔女の眼が目前の敵に絞られている。おまけに場所は石階段。射線上に憂うべき障害物はなにもない。
 魔女の根城故に寺そのものへの影響も考えずに済む。
 上空をアストルフォのヒポグリフが駆ける姿を見て、その目的地が柳洞寺である事を悟った彼女達は息を潜めてこの瞬間を待っていたのだ。
 気付いた時には既に遅い。

――――束ねるは星の息吹、輝ける命の奔流。

「――――|勝利の剣《カリバー》!!」

 眩い光が迸る。遠坂凛という最高クラスのマスターから潤沢に魔力を供給されたセイバーの宝具は極大の威力を発揮した。
 |約束された勝利の剣《エクスカリバー》。かの騎士王が湖の乙女より借り受けた星の鍛えし聖剣。
 その真名が解き放たれた時、究極の斬撃があまねく敵を斬り捨てる。
 小賢しい細工などこの一撃の前では無力。キャスターに出来た事と言えば転移によって自らの命を繋ぎ止める事のみ。
 それすらも間一髪。残されたアーチャーとアサシンには回避する術すらない。

「……ここまでか」
「すまない……、桜」

 キャスターが山門に置いた守護が斬撃を僅かに阻む。だが、それは刹那にも満たない一瞬。
 直後、彼等はチリ一つ残らず消滅する。
 万に一つも助かるまいと死を覚悟する二騎。そこへ――――、

「アーチャー!!」

 声と共に衝撃が走る。直後に視界が捉えた映像は光の斬撃などではなかった。
 そこは虹色の光に満たさえれた幻想の世界。伝説に謳われる魔獣、神獣の類が跋扈する異次元世界。
 
「これは……」

 一秒後、再びアーチャーの視界には現実世界の風景が映り込んだ。幻想種も虹色の光もない普通の光景。ただ一点、高度三千メートル上空という事を除けば。

「……令呪を使ったのか?」
「ああ……」

 アーチャーは過去の自分に腕を掴まれていた。その手の甲にあるべき三つの刻印の内一つが消えている。

 ◇

 セイバーの聖剣が煌めいた瞬間、士郎の眼はアーチャーの危機を捉えていた。その瞬間、アストルフォが彼に問いかけた。

――――どうする?

 答えは決まっていた。
 
「俺はお前を超えるんだ。それまで……、消えるなんて許さない」
「……愚か者め」

 互いに目を逸らす。その姿に笑う者が二人。

「アハハ、相変わらず仲良しだね!」
「はっはっは! なんとも青臭い光景だ」

 士郎とアーチャーは見つめ合った。

「ん?」
「あれ?」

 二人は揃って聞こえる筈のない声の方に顔を向けた。ヒポグリフの尾の先。そこに敵である筈のアサシンがへばりついていた。

「アサシン!?」
「何してんだ!?」
「助かったぞ、ライダーよ。いや、間一髪であった」

 アサシンはカカと笑った。どうやら、士郎とアストルフォがアーチャーを救出した際に便乗して離脱したらしい。

「おまけに山門が破壊されたおかげか雌狐の縛りも解けたようだ。うむ、一石二鳥とはこの事よな!」
「なんだかよく分からないけど、良かったね!」
「うむ! 重ね重ね感謝するぞ、ライダー」

 そう言うと、アサシンはヒポグリフの尾から手を離した。

「なっ!?」

 士郎が咄嗟に手を伸ばす。だが、アサシンは笑みを浮かべたまま夜の街へ落ちていく。

「アーチャーよ! 今宵の決着は次に預けようぞ!」

 その姿はまるで闇に溶けるかのように消えた。

 ◆

「……逃げられた?」
「そのようですね」

 凛は彼方を飛行するライダーの姿に地団駄を踏んだ。そこにはアーチャーとアサシンの姿が視える。
 目的は不明だが、倒せた筈の敵を横から掻っ攫われた事実は動かない。
 宝具を開帳して尚もお釣りが来る程の好機だった。にも関わらず、一騎も落とす事が出来なかった。

「ヒポグリフ……。あの少年が堂々と口にしていたライダーの真名は本当だったようですね」
「……あー、むかつく。絶対にこっちを揺さぶる罠だと思ってたのに! 今回の事も含めて倍むかつくわ!」

 悔しがる凛。セイバーも苦い表情を浮かべている。
 彼女にとって、宝具の真名開放は自身の名を明かすも同然の行為だった。
 故に戦果が一つも無い状況に苛立ちを覚えている。

「眼前には魔女の神殿……。どうします?」
「決まってるでしょ。こうなったら何が何でもキャスターを討つわ!」
 
 完全に隠れられたら厄介だが、これほどの拠点を早々簡単に切り捨てられるとも思えない。
 凛はセイバーの背中に捕まる。石階段は先の一撃で消し飛び、人間の足では登れなくなった。
 セイバーが数度の跳躍で山門があった場所まで到達するとそこに魔女が待ち構えていた。

「……計画変更。死になさい、お嬢さん」

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