Act.10 《A relationship formed due to a strange turn of fate》

 アーチャーを超える。決意したのはいいものの、その道はあまりにも険しい。
 人生を研鑽に費やして得たモノ。その更に先を目指す事は正しく霧の中を突き進むようなものだ。
 正解を超える解答。1+1が2である以上の答えを見つけなければならない。
 
「うーん……」

 衛宮士郎には才能と呼べるものが全くない。剣技を鍛えても、槍術を鍛えても、一流には決して届かない。
 答えを見出す事が出来ぬまま、時が過ぎていく。

「あー、ダメだ」

 士郎は頭を掻き毟ると立ち上がった。
 己を見つめ直す必要がある。だが、主観的な観点ばかりでは意味が無い。

「……藤ねえに相談してみるか。でも、帰ってくるのは夕方だしな……」

 ヒントはある筈だ。そして、それを識っている可能性が一番高い人は現在学校で授業の真っ最中。
 
「……買い物でも行くか」

 そう言えば、冷蔵庫の中身が空っぽだ。それにアストルフォの服を買う必要がある。

「おーい、アストルフォ!」

 道場の片隅で居眠りをしている彼女に声を掛ける。

「……むにゃ。なーに?」
「ごめんな、起こして。買い物に行こうと思うんだ。アストルフォの服とかも見に行くつもりだから一緒にどうかと思ってさ」
「行く!!」

 跳ねるように起き上がり、アストルフォは言った。

「わーい! 可愛い服がいいなー!」
「ああ、好きな服を買ってやるよ」
「やったー! シロウ、大好き!」
「……お、おう」

 アストルフォのストレート過ぎる言葉に士郎はドキドキしながら出掛ける準備を始めた。
 母屋に財布と上着を取りに向かう。
 途中で桜に会った。

「あ、桜。買い物に行ってくるけど、何か買ってくるものはあるか?」
「買ってくる物ですか……。そういえば、洗濯用の洗剤が少なくなってました。あと……、アーチャーが中華包丁くらいあってもいいのではないかって」
「……わかった。洗剤は買ってくる。中華包丁に関しては……、時間があったら見てくるよ」

 中華料理は大雑把なイメージが先行して、どうにも手を出しかねていた。だけど、昨日のアーチャーの料理は悔しいけど見事というほかなかった。
 これからは未知の領域に踏み込む事も必要なのかもしれない。
 それこそが己の限界を超える一歩となる可能性もある。

「先輩。私もお昼から少し出掛けてきます」
「わかった。ただ、今は色々と物騒だし気をつけろよ」
「はい。アーチャーも居ますから大丈夫です」
「ああ」

 中庭に戻ると、アストルフォが待ちきれない様子でヒポグリフに跨っていた。
 士郎は咳払いをする。

「あーっと、アストルフォ。今日はヒポグリフじゃなくて、バスで行こう」
「バス……? あ、この時代の乗り物だっけ! いいね! ボク、乗ってみたい!」

 そのアストルフォの言葉にヒポグリフがガーンという表情を浮かべた。

「というわけで、キミは帰りたまえ!」

 トボトボ歩きながら次元の亀裂に帰っていくヒポグリフ。
 去り際に恨みの篭った目を士郎に向けた。

「……なんか、ごめん」

 だが、真っ昼間からヒポグリフで空を飛ぶ事は出来るだけ避けたい。
 誰かに見られたらいいわけ出来る自信がないからだ。

「さー、行くよ!」

 アストルフォに手を握られ、士郎の心臓が大きく跳ねる。
 太陽に照らされ、輝く彼女の笑顔に士郎は見惚れた。

「ま、待ってくれよ」

 常人の数倍も優れた彼女の足に追いつくのは大変だった。
 門を出て、歩き慣れた道を二人で走る。

「はやくはやくー!」
「い、急がなくても店は逃げたりしないぞ!」

 繋いだ掌から彼女の体温を感じる。
 不思議だ。いつも見ている世界が何倍にも色鮮やかに見える。
 バス停に到着すると、丁度バスがやって来た。中はガラガラでおばあさんが一人奥に座っているだけだった。
 士郎とアストルフォも奥に向かう。二人掛けのイスに座ると、おばあさんがクスクス笑った。

「デートかい?」
「え? い、いや、その……」

 顔を真っ赤にする士郎。

「ねえ、シロウ! デートって、なーに?」
「え!? いや、それはだな! えっと……、その……」
「好きな子と出掛ける事だよ、お嬢ちゃん」

 おばあさんの言葉に士郎は更に顔を赤くする。そして、アストルフォは嬉しそうに微笑んだ。

「なるほどね! うん、ボク達はデートしてるんだ!」
「カハッ」

 士郎はダウンした。まるで茹でダコのような彼におばあさんとアストルフォは揃って笑う。
 そうしている内にバスは深山町と新都を結ぶ大橋に辿り着いていた。

「うわー、凄い! キレイ!」

 窓に顔を擦りつけながら興奮した様子で叫ぶアストルフォ。士郎はその姿に頬を緩ませた。
 そして、同時に言い知れぬ不快感を感じた。

「……どうかしたのかい?」
「い、いえ……」

 心配そうに声を掛けるおばあさんに士郎は曖昧な笑顔を返した。
 理由を言ったところで理解などされない。
 幸福を感じた事に嫌悪感を感じて、自分の首を締めたくなったなど……、理解してもらえる筈がない。

「シロウ」
「な、なんだ?」
「デートを楽しもうね!」
「……ああ!」

 幸せになる資格など持っていない癖に……、
 多くの人を見捨てた癖に……、
 それでも……、それでも……、それでも……。

「楽しもう」

 この時間を幸福に感じてしまう。あたたかくて、うれしくて、失いたくないと思ってしまう。
 好きになった女の子と一緒にいられる。彼女の笑顔は士郎の中の足りないものを埋めていく。
 焼け野原に草花の芽が少しずつ生えていく。弱々しく、直ぐに枯れてしまいそうな儚い命。だけど……、

「着いたぞ」
「やっほーい! 可愛い服がボクを待っているー!」

 飛び出していくアストルフォを士郎は慌てて追い掛けた。

「デートを楽しんでおいで」
「……はい!」

 手を振るおばあさんに手を振り返し、士郎は笑顔を浮かべた。
 例え、荒野だろうと|彼女の笑顔《ひかり》と|彼女の優しさ《あめ》があれば草木は育つ筈。
 弱々しい芽もやがては大きな大樹となるかもしれない。

「とりあえず、ヴェルデに行こう」
「ヴェルデ?」
「ショッピングセンターって言ってわかるか? 要するに服とか雑貨を売ってるところだよ」
「おー! そこにボクの服があるんだね! 行こう行こう! ヴェルデにレッツゴー!」

 冬木市で最大級のショッピングセンター《ヴェルデ》。
 そこには年頃の女の子も十分に満足出来る店舗が揃っている。
 士郎は人生初の体験をいくつもした。
 好きな子の服を選んであげたり、逆に選んでもらったり。
 アストルフォはどんなモノにも興味を示した。ゲームセンター、音楽ショップ、電化製品の店、どこに行っても目を輝かせる。そんな彼女に誰もが見惚れた。
 男も女も子供も老人も彼女の姿から目を逸らせずにいる。
 
「……こうして見ると、本当にアイドル顔負けだな」
「ん? どうしたの?」
「あ、いや……、なんでもない」

 女の子らしい服に着替えたアストルフォはまさに絶世の美少女だった。
 天真爛漫な笑顔で士郎を引っ張る。
 突き刺さる嫉妬の視線に士郎は苦笑いを浮かべた。

「シロウ! あれはなに!?」
「ああ、あれは――――」
「あれはあれは!?」
「あれは――――」

 結局、午前中に出掛けたのに、深山町に戻ってくる事には空がすっかり茜色に染まっていた。
 そこで漸く、士郎は気付く。

「やっべ! 調味料と中華包丁買い忘れた……」
 
 桜に頼まれていたものをすっかり失念していた。
 ちなみに貯金を叩いて買った洋服や雑貨は家に送ってもらっている。

「わるい、アストルフォ。ちょっと、商店街に寄らせてくれ」
「商店街? ムム! 面白そうな気配がするね! もちろんオーケーさ!」

 バスを途中下車して昔ながらの店が立ち並ぶ深山町の商店街《マウント深山》にやって来た二人。
 スーパーで買い物を済ませると、道路の真ん中で白い髪の少女が立ちすくんでいるのが見えた。

「あれ? あそこにいるのは……」

 その姿に見覚えがあった。

「……イリヤ?」

 思わず漏らした声に少女が反応する。
 そこにはアーチャーの夢で見た義姉の姿があった。

「……え?」

 イリヤは目を大きく見開く。

「お、お兄ちゃん……? 今……、イリヤって」
「あっ……、悪い! あの、俺は……」

 士郎は何か言わなければと思いながら、何を言えばいいか分からなかった。
 目の前にの少女の事を一方的に識っている。だが、その出処は到底話して信じてもらえる事じゃない。
 まごついていると、イリヤの背後から冷たい声が聞こえた。

「……ふーん。ちょっとビックリしたわ。まさか、イリヤスフィールとあなたが知り合いだったなんてね」
「え?」

 そこに立っていたのは同じ学校の生徒だった。
 名前は遠坂凛。その傍には金髪の少女が立っている。

「こんにちは、衛宮君」
「と、遠坂……? えっと、こんにちは」

 奇妙な空気が漂う。

「えっと……、話の真っ最中だったみたいだな。俺はこの辺で……」
「待ちなさい」
「……はい」

 士郎は識っている。目の前に立つ二人の少女は聖杯戦争に参加している魔術師であり、凛の傍にいる少女は紛れも無く《|本来士郎が召喚する筈だったサーヴァント《セイバー》》である事を。
 
「良いタイミングね。これから、あなた達に会いに行くつもりだったのよ」
「え?」

 凛が目を細める。そこで違和感に気付いた。
 いつの間にか、周囲から人の気配が消えている。

「あなた達をずっと監視していたわ、ライダーのマスター。その途中でイリヤスフィールを見つけちゃったから、方針を変えようか迷っていたところなの。だけど、その必要は無さそうね」

 そこに立っていたのは学校のマドンナではない。
 聖杯戦争を始めた御三家の一画。遠坂の末裔。セイバーのマスター。
 夜に生き、真理を探求する|魔術師《ヒトデナシ》。
 
「もうすぐ日が沈む。聖杯戦争の時間よ」
「……待ちなさい」

 士郎に殺意を向ける凛。その視線をイリヤが遮った。

「貴女の相手は私よ、リン」
 
 濃厚な殺意が場を満たす。二人の魔女が互いを殺す為に思考を組み立て始める。
 
「お、おい、ちょっと待て――――」
「そこまでだ、凛。それに、アインツベルンのマスターよ」

 背後から声が響いた。
 振り向くと、そこにはカソックを着た長身の男が立っていた。

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