第五十七話「真実へ至る道筋」

 一方、その頃地上では戦いが続いていた。
 孤軍奮闘。四方八方を敵に囲まれ、味方は居ない。それに、既に凛達が天の逆月に辿り着いている以上、無理に戦いを続ける必要は無い。それでも、アーチャーは戦い続けていた。
 それは何かを待っているかのような戦い方だった。
 
「……さっさと出せ」

 そもそも、彼は切り札を温存している。終末剣・エンキ。その発動条件は既に満たされている上、発動すれば、全ての敵を一掃する事も可能。
 ならば、彼は何を待っているのか? それを知る者は本人以外に誰も居ない。
 
「試してみるか……」

 アーチャーは周囲に散開しているサーヴァント集団目掛け、一斉に宝具を打ち出した。ほぼ全ての敵が打ち出された宝具を躱す。だが、全てが追尾性能を持った武器であり、初撃を躱した者達も追撃を受けて消滅していく。
 一方で、追撃すら躱す者も居れば、宝具を使う者も現れだしている。
 戦いの最中に気がついた事だが、奴等は学習している。ならば、此方が切り札を使えば、向こうもそれに抗うべく切り札を切ってくるかもしれない。
 危険な賭けだ。失敗すれば、全ての希望が潰える可能性がある。
 
「だが、リスクを怖れていては未来など掴めはしない!」

 アーチャーは意を決して双剣の形状を変化させる。双方の柄同士を合体させ、一個の弓とする。
 
「分かる筈だ。少なくとも貴様等は――――」

 アーチャーは無様な醜態を晒す|自分自身《ギルガメッシュ》達を見下ろす。
 
「この脅威に抗いたくば、出すが良い!」

 弦を引き絞る。同時に弓の先に魔法陣が展開する。
 アーチャーが誇る最強の宝具が発動した。弦より放たれた一本の矢が地面に突き刺さると同時に光へ転じて天空へ昇る。代わりに衛星軌道上に浮ぶ七つの光が一本の巨大な光の剣と成って降りて来る。
 終末剣・エンキは上空破裂すると巨大な魔法陣を展開した。一瞬後、魔法陣は空間を巻き込んで崩壊した。まるで、ガラスをハンマーで叩き割ったかのように崩れた空間の向こうから巨大な波が押し寄せてくる。
 ナピシュテムの大波が冬木の街を洗い流していく。波に巻き込まれたサーヴァント達も次々に消滅していく。その中で一体のサーヴァントが遂にアーチャーの目的とするモノを取り出した。

「ソレを待っていた」

 第五十七話「真実へ至る道筋」

「|この世全ての悪《アンリ・マユ》だと!? まさか、手遅れだったのか!?」

 ライネスが声を荒げる。彼女はまだ冷静な方だ。ただの直感を正解と返され、私は動揺のあまり口がきけなくなっている。
 アンリ・マユ。私達はコイツが産まれるのを阻止する為にここに来た。けれど、間に合わなかった。アンリ・マユは既に産まれてしまっている。
 滅ぶ。世界が滅んでしまう。
 
「ライネス。早とちりはいけないな」
「早とちり……?」
「そうだとも。私は未だ、現世に生まれ落ちていない。大聖杯の中で孵化の時を待つ雛鳥も同然だ」
「なら、何故、貴様はここに居る!?」
「簡単な話さ。ここが大聖杯の中だからだよ」
「……は?」

 何を言ってるんだ。ここは大聖杯の中などでは無く、キャスターの固有結界の中の筈だ。それが大前提だった筈だ。
 
「前提がまず間違っているな」

 まるで、私の心を読んだかのようにアンリ・マユは言った。
 
「ここはキャスターの固有結界の中などでは無い。そもそも、キャスターはとうの昔に消滅している」
「な、なんだと!?」

 ライネスはクロエを睨み付けた。
 
「どういう事だ!?」
「わ、分からないわよ! だって、私は……」
「そう、クロエを責めるな。彼女は私が与えた情報を鵜呑みにしただけなのだからね」

 アンリ・マユの言葉にクロエは青褪めた。

「どういう事?」
「言った通りだ。お前の記憶は私があの人形を通して与えたものに過ぎない。ああ、安心したまえ。殆どの記憶は本物だ」
「ほとんど……、ですって?」
「私にとって、都合の悪い情報だけはカットさせてもらったよ。怖いのが一人紛れ込んでいるからね」
「怖いの……?」

 私が問うと、アンリ・マユはニヤリと嗤った。
 
「性質の悪い奴が一人居るだろう? 今はまだ、本人の意識が確りしてるからいいが、アレが私に気がついたらその時点で終わりだ」

 咄嗟に頭に浮んだのはアーチャーだったけれど、クロエの言葉がその考えを否定した。
 
「ルーラーね?」
「正確にはジャンヌ・ダルク。アレは危険だ。とても、危険だ。言っておくが、私にとってだけじゃないぞ? 君達にとっても、あれは災厄でしかない」
「馬鹿言わないで。ルーラーは私達の味方よ」

 私はアンリ・マユのくだらない戯言を切って捨てた。けれど、彼は動じた様子を見せずに言う。
 
「|抑止力《アレ》は個では無く、群を優先するものだ。果たして、アレが本性を現した時、君達はアレを堂々と味方と断言出来るかな?」
「戯言を並べるな、アンリ・マユ」

 エミヤが前に出る。彼の姿を見た途端、アンリ・マユは嗤った。
 
「それにしても、本当に彼は凄いな。さすがは遠坂凛のサーヴァントだ!」

 哄笑するアンリ・マユに私は眉を顰めた。
 
「分からないのかい? ギルガメッシュは全てを理解している。私の事も、ルーラーの事も、全てだ! だからこそ、彼はエミヤという英霊を切り札として用意した。ああ、全く、感動してしまうよ!」
「えっと……」

 私は助けを求めるようにエミヤを見た。すると、彼は言った。
 
「なるほど、私も今漸く理解出来た。何故、私だったのか……」
「どういう事……?」
「作れ、エミヤシロウ。そして、彼女に渡せ」

 二人のやり取りの意味を私は理解出来なかった。ギルガメッシュが士郎にエミヤを夢幻召喚させた理由は一番親和性が高かったからじゃないの?
 他にも理由があるとしたら、それは何?
 
「|投影開始《トレース・オン》」

 エミヤが投影した物は酷く奇怪な形状の短剣だった。到底、物を切る事に適しているとは思えない薄さと形状の刃が柄から伸びている。
 それが何かを問おうとした途端、エミヤは奔り出した。しかし、
 
「駄目だな、エミヤシロウ」

 アンリ・マユが指を鳴らすと同時に地面に広がる暗闇が私とイリヤ、そして、アンリ・マユ自身を隔離するように持ち上がり、壁となった。
 壁にぶつかりそうになる寸前、エミヤは足を止めた。
 
「これは……」
「御存知の通りだ。ソレに触れれば、君の魂はたちまち穢れ、私の一部となる。それが嫌なら、大人しく、ソレを凜に渡せ」
「何のつもりだ……」
「私は知りたいのだよ」

 アンリ・マユは言った。
 
「『この世全ての悪』という正しく絶望の権化を個が持つ希望の光が討ち滅ぼせるかどうかを!」
「何を言って……」
「如何なる絶望にも負けぬ希望の光。その存在を私は知りたい!」

 アンリ・マユは狂気に彩られた表情を浮かべ、私を見た。
 
「遠坂凛。お前ならば持っているのかもしれない! 『 』が欲したモノを! さあ、エミヤシロウ! ソレを遠坂凛に渡せ! それ以外に救済の道は無いぞ」

 エミヤは険しい表情を浮かべながら短剣を壁に向かって放り投げた。すると、壁は短剣を素通りさせた。
 足下に転がる刃に眼を白黒させる私にアンリ・マユは表情を和らげて言った。
 
「ソレは魔女・メディアの宝具。裏切りの魔女の象徴。嘗て、エミヤシロウが経験した第五次聖杯戦争におけるキャスターのサーヴァントのものだ」
「魔女・メディアの短剣……」

 恐る恐る掴むと、その刃が秘めた強大な魔力に驚いた。
 
「ちょ、ちょっと待ってよ。私、宝具なんて……」
「問題無い。殺傷能力は無いに等しいが、その刃は真名解放せずとも力を有している。ただ、突き刺すだけで良い。それで、あらゆる魔術契約を破戒する事が出来る」
「あらゆる魔術契約を?」
「そうだ。それを使えば、私とイリヤ本体との契約は断たれる。それはつまり、イリヤの解放を意味する。分かるかね? 私にその刃を突き立てる事が出来れば、君はイリヤを救えるのだ! 悲願が叶うのだ!」
「な、なんで……」
「どうしたのかね? これは君にとって願っても無い事だろう?」
「どうして、私にチャンスを与えるの……?」
「言っただろう。私は見たいのだよ」
「希望を?」
「そうだ」

 理解出来ない。この世全ての悪が何を言っているんだ。
 
「意味が分からないわ」
「だろうな。正直、私もよく分かっていない」
「はい?」

 とぼけた返答に私は思わず首を傾げた。
 
「この世界を作り上げてから、私はこれまで様々な人間の姿を借り、君達を見て来た」

 アンリ・マユは顔に手をあてた。すると、彼の顔が高校の担任教師の顔に変貌した。時々しか通えなかったけれど、その度に家で出来る私専用の課題を作ってくれた先生。
 驚き目を瞠る私を尻目に再びアンリ・マユの顔が変わる。今度は前周回で会った新海士郎の顔。思えば、彼はあり得ない存在だった。だって、士郎は言峰の姓を得て、別に存在している。
 アンリ・マユの顔は次々に変わり、最後に元のキャスターの顔に戻った。
 
「それで思ったのだよ。私は本当に人間だったのだろうか? とね」
「どういう意味?」 

 私が問うと、アンリ・マユは言った。
 
「私は本物の|邪神《アンリ・マユ》では無い。そうあれと望まれた単なる人間だった。けれど、私は数多くの苦痛に苛まされ、最後には人々に望まれたとおりの悪の権化に成った。だが、この世界で過ごす内、不意に思ったのだよ」
「何を?」
「本当は違う道があったんじゃないか? ってね」

 驚きに目を瞠る。
 
「あなた……」
「さあ、無駄話はここまでにしよう。君の旅もこれで漸く終わるんだ。真実に至り、祈りを叶えたくば、構えなさい」

 私は言われるがままにエミヤが投影した剣を構えた。

「さあ、挑むが良い! 希望を胸に、私の絶望に!」

 奔った。無我夢中でアンリ・マユに向かう。反撃を予想して、油断無く、アンリ・マユの動きを見ながら、ひた走る。そして……、
 
「……なんで」

 私は辿り着いた。何の反撃も受けず、この場所まで……。
 
「どうした? 私を倒すのだろう?」

 嫌な予感がした。これは罠なのかもしれない。もしかしたら、この刃を突き立てる事で何か、取り返しのつかない事が起こるのかもしれない。

「怖いのか?」
「ち、違う!」
「違わないな。お前は怖れている。これは罠では無いか? とな」

 胸中を言い当てられて、私は動揺した。
 
「それは……」
「教えてやろう。私にそれを突き立てれば、お前は私を滅ぼし、真実に至る。その先に深い絶望を見るだろう」
「深い……、絶望?」

 私は後ろを振り向いた。共にここまで歩んで来た仲間達を見る。
 
「違う。彼らは関係無い。絶望はお前だけのものだ。ソレを乗り越えられるか否か、それを私は知りたい。さあ、示すが良い!」

 両手を広げ、私に無防備な姿を晒すアンリ・マユ。私は何故か、彼の言葉が真実だと感じた。そう、彼を滅した先に絶望が待ち受けているという真実を私は直感した。
 だけど、それが私だけの絶望であるという彼の言葉もまた、同時に真実であると感じた。だから、迷わない。これはきっと、最初で最後のチャンスだ。
 イリヤを救い、この世界を閉じる最後のチャンス。
 だから、私は迷いを振り払い、短剣を突き立てた。そして、私は知った。
 
「ああ、そういう事か……」

 アンリ・マユの仮面が剥がれていく。
 私は絶望に呑み込まれた。真実という名の絶望に……。
 ただ、一つだけ疑問がある。
 
「一体、いつから……?」

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。