第二十話「激戦」

 それはクロエが故郷を離れ、日本に向かう前――――。
 クロエは礼拝堂に通された。千年に及ぶアインツベルンの妄執が描かれたステンドグラスを眺めていると、呼び出した張本人であるアハトが小さな木箱を持って現れた。
 彼はしばらくの間、クロエの隣に立つと、口を閉ざしたまま、彼女と同様にステンドグラスを見上げた。

「千年だ……」

 漸く、アハトの口から漏れたのはそんな言葉。
 彼は瞳を閉じながら、自身が生き永らえて来た長い月日を思った。嘗て、手の届いた奇跡が今では遥か遠い彼方にある。
 再び、奇跡を得る為に屈辱を押し殺し、他家と結託してまで作り上げた聖杯も手にする事が出来ぬまま数百年の歳月が経過してしまった。
 
「聖杯を得るのだ。その為にお前には切り札を用意した」

 アハトは木箱をクロエに差し出した。

「コレは一種の起動装置だ。使えば、お前の体に施した細工が作動する。だが、如何に妖妃・モルガンが調整した一級品であろうと、使えばただでは済まぬ。恐らく、三度が限界であろう」
「切り札とは……?」
「嘗て、聖杯を作り上げる際に我々は『抑止力』の存在を警戒し、一つのシステムを導入した。生贄の中に一つ、特別な席を設けたのだ」
「特別な席?」
「『ルーラー』と名付けた。敢えて、抑止力を受け入れる器を作り上げたのだ。他の生贄共とは比較にならぬ力を振るえるよう調整したクラスだ」

 アハトの言葉にクロエは疑問を抱いた。抑止力を受け入れる器を作ったのはいいが、ルーラーがそこまで圧倒的な力を有して召喚されるならば、そんな物を制御する事など出来るのだろうか。
 制御出来ないなら、結局、抑止力に対する対策とは成り得ない筈。
 クロエの疑問を察したのか、アハトは言った。

「無論、ルーラーのクラスには特殊な足枷を施しておる」
「足枷ですか?」
「然様。ルーラーのクラスは生者の肉体を寄り代に召喚される。霊体であるサーヴァントが本来持ち得ぬ……、肉体を有しているが故の枷をルーラーは有しておるのだ。尤も、ルーラー本人にはその仕掛けを悟られぬようシステム自体に細工をしてあるがな」
「受肉しているが故の……」
「つまり、寄り代となった生者が死ねば、ルーラーは消滅を余儀なくされるのだ。その為、ルーラーは寄り代を延命させる為に力を削らざる得ぬ」

 クロエは漸く足枷の意味を理解した。なるほど、確かにそれならば制御出来る可能性も見えてくる。

「第三次聖杯戦争の折、ルーラーを裁定者ではなく、自陣のサーヴァントとして召喚しようと考えた事もあった」
「ルーラーをですか?」

 クロエの声に僅かに驚きの色が混じった。聖杯戦争の抑止力として現れる英霊を自陣に引き入れる。その試みは諸刃の剣に思えた。
 
「二度の失敗に頭を悩ませていたのだ」

 言い訳をするようにアハトは言った。

「結局、抑止力を手元に引き入れるという策は白紙となった。ルーラーを降臨させる為の媒体となるホムンクルスの鋳造が思うようにいかなかったのでな。同時期に最上級の聖遺物を手に入れる事が出来た故、より確実に聖杯に至れるであろう策を取った。だが……」

 アハトは苦々しい表情を浮かべた。

「結果は知っての通りだ。だが、嘗てルーラーを召喚しようと試みた時の研究成果を披露する時が来た」
「では、切り札とは……」

 クロエは驚きに満ちた表情でアハトの顔を見上げた。
 
第二十話「激戦」

 何の前触れも無く、戦いは開始された。

「私の事は気にせずに全力で奴を殺しなさい、バーサーカー!!」

 黒い巨人はクロエの命令に応えるように猛々しく吼える。その巨体からは想像も出来ないスピードで縦横無尽に駆け回り、アーチャーの放つ宝具の豪雨を凌ぎ切る。
 戦闘開始から僅か一分。辺り一面の風景が一変している。建物は崩れ落ち、街路樹は薙ぎ倒され、アスファルトには大きな穴が幾つも穿たれている。もはや、生ける災害と化したバーサーカーの猛攻にアーチャーは舌を打った。展開されている宝具の数は十や二十では無く、その全てが一級品。されど、そのどれもが決め手と為らぬまま、無駄に消費されていく。
 確かに、バーサーカーはアーチャーの目から見ても最上級の英霊だ。恐らく、この聖杯戦争に於いて、唯一己に比肩するであろう大英霊であると認めてさえいる。にも関わらず、その強さにアーチャーは目を見開いている。狂化というクラススキルによるステータスの底上げがあるにしても、ここまで化け物染みた力を発揮するには至らない筈。

「一個人が持ち得る魔力では無いな……」

 バーサーカーのステータスを更に引き上げている要因は彼の肉体に注がれている膨大な魔力。狂化状態にある大英雄を更に強化する程の魔力を常時流し続けるなど尋常では無い。
 並みの魔術師なら――――否、桁外れの才覚を持つ熟練の魔術師ですら、あのような真似をすれば瞬く間に干乾びて命を落とすだろう。
 
「ごめん……」

 唇を噛み締めながら、クロエは呟いた。
 バーサーカーが腕を振るう度、歩を進める度、消費されていく命がある。アハトが用意した策の一つ。魔力供給の為だけに鋳造されたホムンクルスが秒単位で命を落としている。
 罪悪感に苛まされながら、クロエは更なる一手を投じる。

「令呪を持って命じる!!」

 狂化のスキルと過剰魔力の供給。その時点でバーサーカーのステータスは全て最高値であるA++に至っている。
 この時点で最強の名は揺るぎない。だと言うのに、クロエは更なる力を上乗せするべく令呪を発動した。

「目の前のアーチャーを確実に殺しなさい!!」

 もはや、バーサーカーのステータスは評価不能の領域に突入。
 クロエがそこまでした理由は単純明快。それ程までに、クロエはアーチャーを警戒しているのだ。
 バーサーカーは最強だ。Bランク以下の攻撃を無効化し、その上、一度受けた攻撃は二度と通さぬ鋼の肉体。加えて、彼には死んでもその場蘇生する能力がある。
 それほどの反則的な力を持って尚、彼女が警戒する理由は目の前の英霊の宝具の異常さにある。本来、英霊が所有する宝具は一つか二つ。多くても五つくらいが限度だろう。聖杯戦争に招かれる英霊達は皆、一時代にその名を轟かせ、後の世で語り継がれる英雄だが、バーサーカーを殺し尽くす事の出来る存在など居る筈が無い。そう、クロエは確信していた。
 だが、アーチャーはそんなセオリーを無視している。バーサーカーの鉄壁の守りを貫く宝具を彼は無数に所持しているのだ。つまり、彼にはバーサーカーを殺し尽くす手段があるという事。
 唯一、自身の勝利を脅かす存在。故に、クロエはこの戦いに全てを投じる決意がある。まだ、一人の脱落者も出ていないというのに、目の前の英霊との決着は即ち、この聖杯戦争の決着を意味するとさえ考えている。故に全力全開。同胞の命を湯水の如く使い、三度限りの令呪を一つ消費し、全てのステータスを評価規格外まで押し上げる暴挙に出た。

「ック――――」

 結果、バーサーカーはアーチャーを圧倒している。宝具の豪雨は音速を遥かに凌駕するバーサーカーを捉え切れず、接近を許してしまった。
 アーチャーというクラスの真価が発揮されるのは中距離、もしくは遠距離である。接近戦に持ち込まれた弓兵を待ち受けるのは無惨な死。
 だが、それは並の英霊ならばの話。生憎、アーチャーは並みの英霊などでは無い。人類最古の英雄王に膝を折らせるには未だ至らず――――。

「――――天の鎖よ」

 バーサーカーの持つ斧剣が唸りを上げて一閃される刹那、無数の鎖が現れ、バーサーカーを空間ごと縫い止めた。
 クロエは目を見開いた。その鎖が如何なる宝具なのかは分からない。分かるのは今、突如現れた無数の鎖がバーサーカーの動きを封じているという現実のみ。
 鎖は――全ステータスが評価規格外に至る現在の――バーサーカーを縛り付けている。全身に巻き付いた鎖は際限無く絞られていき、その鋼の肉体を絞り切らんとしている。
 
「これでも死なぬとは……。嘗て、天の雄牛すら束縛した鎖だが、貴様を仕留めるには至らぬようだな」

 辺りに鎖の軋む音が鳴り響く。空間そのものを支配する天の鎖をバーサーカーは引き千切ろうとしているのだ。
 本来ならば不可能。その鎖の性質上、バーサーカーはどうあっても逃げられない。

「無駄な足掻きだ。この鎖に繋がれれば、神すらも逃れえぬ。いや、神に近しければ近しいほど、この鎖の餌食となる。元より、この鎖は神を律する為のものだからな」

 つまり、神性が高ければ高い程、この鎖は効力を発揮するというわけだ。
 クロエは悔しげに唇を噛み締めた。

「ああ、それと、この鎖に縛られている以上、令呪による強制離脱も不可能だ」

 クロエの思惑を先取りし、アーチャーは言った。
 万事休す。アーチャーは片手を持ち上げ、後方の揺らぎから無数の武具を現出させる。
 このままでは、バーサーカーが仕留められてしまう。

「……使うしかないわね」

 呟きながら、クロエはポケットに手を差し入れた。
 取り出したるは一枚のカード。アハトに渡された切り札だ。
 彼は三度が限界だと言った。それ以上の使用は肉体が耐えられないだろうと。恐らく、三度目の使用の後、この身は完全に崩壊する。
 だが、ここで使わなければ、どちらにせよ次は無い。バーサーカーが殺される。その後は己の番。
 ここで死ぬわけにはいかない。アインツベルンの悲願の成就などどうでもいいが、己には願いがある。

――――|あの子《イリヤ》と戦うまでは死ねない。

 彼女に向けている感情が憎悪なのか、憤怒なのか、嫉妬なのか、愛着なのか分からない。
 ただ、彼女と戦いたい。それ以外に望みなど無く、その為にならば手段は選ばない。
 
「|起動《セット》――――ッ」

 |異変《ソレ》は唐突に始まった。辺りの空気が凍りつく。否、燃えている。
 熱い。まるで、蒸した石室に閉じ込められているかのよう。全身の神経を素手で触られているかのような痛みが奔る。
 歪む。世界が歪む。天地が逆転し、風景が渦となる。
 内側から燃やされている。熱が心を焦がしていく。全身が別のナニカに書き換えられていく。
 入って行く。
 出て行く。
 知らない知識が流れ込んで来る。
 己の情報がどこかに流れ出して行く。
 分かった。理解した。これはそういう類のモノだったのだ。確かに、三度使う事も出来るだろう。だが、それは運が良ければの話。
 コレは一度使ったが最後、後戻りの出来ないスイッチが入る時限爆弾。

「ッァア――――」

 光に押し潰された。強い風が己を吹き飛ばそうとしている。
 風に触れられた部分が錆びていく。鏡のように磨かれていく。剥がれていく。削れていく。
 ここに重力は存在しない。全くの真空。|風蝕《ココ》は人の身で居てはいけない場所だ。
 
――――早く、ここから出ないと……。

 足を動かす。空を蹴りながら必死に前を目指す。
 逃げられない。逃げなければならない。
 進めない。進まなければならない。

「あぁ――――カ」

 手を伸ばす。必死に手を伸ばし、光の先の何かを掴む。
 届け。届け。届け。届け。届け。
 引っ張られる。手が光の先に届かない。それでも、届かせなければならない。でなければ、この状態に陥った意味が無い。
 アハトはこの事を承知していたのだろうか? こんなモノを切り札と言って持たせて、最後まで生き残らせる気があるのだろうか?
 あろうと無かろうと、関係無い。結局、己はこの戦いで死ぬ。聖杯を得ようと、得られまいと、その結果に変わりは無い。
 だけど、ソレは今では無い。あの英霊を生かしておくわけにはいかない。アレの存在は容認してはいけない。アレは必ず■■を殺す。そうなれば終わりだ。
 奇跡を願う。奇跡を叶える。その為に必要だと言うならば、この命を捧げよう。これ以上――――■■を■■■せてはならない。

――――ああ、だから私はコレを使ったんだ。

 ここに来た理由。今、奴と戦う理由。恐らく、繋がっている今だからこそ分かる現状。繋がりが切れれば、再び忘却する。
 だが、少しでも刻み込む。この生と死の狭間の刹那のみ、選択の自由が与えられる。これから為すべき事、出来る事を刻み込む。
 例え、忘却しようとも、この選択だけは残す。

「ッ――――何をする気だ!?」

 カチリと音を立てて接続が完了した。

 検索を開始する。この現状を打破出来る英霊を検索する。検索可能な英霊は二十八体。――――訂正。内、十四体の|情報《データ》は破損している為、情報の抽出が不可能。他、十四体の内、七体の情報も63%の破損が見られる。情報の部分的抽出は可能だが、スキル・宝具は抽出不可能。よって、現状を打破出来る英霊は七体。
 セイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、アサシン、キャスター、バーサーカー。内、英雄王・ギルガメッシュに対抗出来る英霊を検索。
 二件該当。アーチャーを任意選択――――失敗。

――――え?

 アーチャーのクラスのサーヴァント情報を|消失《ロスト》。よって、セイバーのサーヴァント・ランスロットを選択。
 検索終了。

――――ちょっと、待って!!

 クロエは必死に接続を保とうともがくが、光が遠のいていく。眩暈と共に、この刹那の間に起きた出来事の全てが記憶から消失していく。
 失われていく記憶を何とか留めようとするが、徒労に終わった。光が完全に消失した後、クロエは記憶を完全に喪失していた。残ったのは奇妙な違和感のみ。
 その違和感を気に掛けている余裕も無かった。己の魂を押し潰そうとするかのような突風が襲いかかって来た。眼球が潰れる。血液が逆流する。全身を切り刻まれる。
 指一本動かせない。その状況下で己の口が勝手に動き出した。

「告げる――――」 

 英霊の|霊格挿入《インストール》準備開始。
 
「汝の身は我に、汝の剣は我が手に――――」

 選択英霊の情報の改竄開始。

「聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うならば応えよ――――」

 アーチャーが宝具を射出するが、鎖に絡め取られた状態のまま、クロエに到達するであろう宝具のみをバーサーカーが指のみを動かし、斧剣で弾いた。
 同時に、選択英霊の情報の改竄完了。英霊の霊格挿入開始。

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者――――」

 英霊の霊格挿入完了。体格と霊格の適合作業開始。続いて、クラス別能力付与。並びに、英霊の持つ戦闘経験付与――――完了。

「汝三大の言霊を纏う七天。抑止の輪より来たれ天秤の守り手よ――――」

 光の嵐を越える力が備わるのを感じる。
 思考が冴え々々としている。
 アーチャーは既に次の動きを開始している。バーサーカーは既に四度殺されていた。もはや、クロエを援護する余力は残されていない。
 令呪。並びに、数多の同胞の死が無駄になった事を理解し、クロエは怒りを顕にした。あらゆる思考が集束していく。一つの目的のみを遂行する為に、意思が一つに固まる。
 
「――――|夢幻召還《インストール》、完了」

 瞬間、クロエは――寸前まで空であった筈の――右手の剣を振るった。
 アーチャーの宝具をクロエは打ち払った。その光景にアーチャーは瞠目した。その刹那、クロエは走り出した。
 |夢幻召還《インストール》。それこそがアハトの用意したクロエの切り札の名称である。
 その意味は、英霊の霊格を生者の身に挿入する事。御三家が初期に行った抑止力への対策たるルーラーのクラスの仕掛けを応用した物。
 尤も、ルーラーに施した仕掛けとは違い、夢幻召還は生者の側が英霊の力を利用出来るようにしたものだ。英霊の情報を改竄し、人格を封印し、霊格をクロエが制御出来るまでに貶めたが故に英霊本来の能力は震えない。
 そうは言っても、霊格を多少陥れたところで、並みの人間ならば英霊の魂に侵食され、吹き飛ばされるのが通りというもの。だが、クロエは今、正気を保ち、肉体を完全に制御している。
 理由は単純。クロエの肉体の|性能《スペック》が並では無いからだ。稀代の魔女・モルガンによって調整を受けたクロエの肉体は英霊の宝具の域に達している。故にこの無茶な行いを切り札として行使出来ている。
 ただし、この能力には制限がある。如何に優れた魔術師であろうと英霊の座に容易くアクセスし、情報を得て、その上、その情報を改竄するなど不可能。故にアクセスするのは英霊の座ではなく、聖杯。
 嘗て、消化されぬまま、聖杯の中に取り込まれた英霊達。クロエは彼らの中から最適な英霊を選択し、改竄した。既にこの世に現界する為に御三家が用意したクラスという媒体に押し込められた彼らの魂ならば手を加える事が可能。清純な英霊を反転させる事も霊格を貶める事も可能なのだ。
 貶められたとは言え、嘗て、その名を轟かせた英雄の力――――それは、人を越えた力である。
 付与された稀代の剣士・ランスロットの戦闘技術を発揮し、クロエはアーチャーの放つ宝具の豪雨を駆け抜ける。

「貴様――――ッ」

 事、ここに至り、アーチャーは目の前の存在を明確な敵として認識した。
 |人形《クロエ》も|木偶の坊《バーサーカー》もどちらか一体ならば敵には至らない。だが、二体同時となれば話は変わる。
 人形の力は英霊のソレに比肩している。アレがバーサーカーに辿り着けば、バーサーカーは解放されてしまう。そうなれば……。

「褒めてやるぞ。我にコレを抜かせた事を誉であると――――」

 そう言って、アーチャーが己の蔵より一振りの剣を取り出そうとした刹那、クロエは動いた。
 それは隙とも言えぬ一瞬。アーチャーが宝具の射出から意識を手放した、ほんの一瞬の事である。
 クロエを狙うという明確な意思の下で放たれた宝具とは違い、適当にクロエの周辺を狙い放たれた宝具の雨はクロエに活路を見出させた。

「貴様ッ!!」

 怒りに満ちた叫び。
 アーチャーは己の宝物を人形風情に触れられた事に怒りを爆発させた。
 そう、クロエはアーチャーの宝具を手に取っていた。ただし――――、ただ、落ちていたのを拾ったのでは無い。
 飛来してくる宝具を掴んだのだ。アーチャーはそれを為した事に驚いてはいない。クロエの身を覆う膨大な魔力と彼女の持つ宝具の能力を総合的に鑑見ればソレを為した事自体を驚きはしない。
 だが、怒りと同時にアーチャーは己が失態を悔いてもいた。意識を一瞬割いた事ではない。彼女が手に取ったその宝具が拙いのだ。

「穿て――――」

 彼女の夢幻召還した英霊には一つの能力がある。
 それは彼が戦いの折に様々な物を武器として利用したという伝承が昇華し、宝具に至ったもの。
 名は、『|騎士は徒手にて死せず《ナイト・オブ・オーナー》』。その能力は――――手に取った武器、あるいは物体を己が宝具とする能力。
 反則的なその力は彼女が手に取ったアーチャーの宝具を彼女の武器へと変換した。
 その宝具の名は――――、

「手癖の悪い奴め……」

 瞬間、アーチャーは目の前に盾の宝具を展開した。
 理由は明確。彼女の握る宝具は宝具をもってしか防げないが故である。

「|轟く五星《ブリューナグ》!!」

 真紅の魔槍が膨大な魔力と共に放たれる。ランサーのゲイ・ボルグにも比肩するその槍はケルト神話の神が持つ邪神を殺した対神宝具。
 神性のスキルを持つ者に対してはゲイ・ボルグを越える威力を持つ神の槍。
 アーチャーは槍を盾で受け止めると、遥か後方の結界内で待機させているマスターを呼び寄せた。

「アーチャー!?」
「黙っていろ、小娘」

 常に傍若無人な態度を崩さぬ彼の顔に常の平静さは無い。
 背後から黄金の船を現出させ、忌々しげに舌を打った。

「この我が二度も敗走する事になろうとは――――」

 アーチャーは盾の宝具に可能な限りの魔力を注ぎ込むと、凜を抱え、船に飛び乗った。
 直後、盾は槍と相打ちとなり、無惨に砕け、その先で己の最も信頼する宝具が敵の手に落ちる姿を視た。

「……ッハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 瞬時に天高く舞い上がった船の宝具、|天翔る王の御座《ヴィマーナ》の先端に立つと、アーチャーは嗤った。
 狂ったように嗤う彼に凜は身じろぎ一つ出来なくなり、彼が取り出したソレに目を見開く事しか出来なかった。

「人形よ。貴様は我の怒りを買ったぞ。人類最古の英雄王・ギルガメッシュの怒りを買ったのだ。その意味をその身をもって知るがいい!!」

 それはアーチャーが持つ宝具の中でも別格である。元々の銘は無く、彼は便宜上、|乖離剣《エア》と呼んでいる。
 ソレは無銘にして最強の剣。円柱状の刀身を持つ剣としては歪な形をしたソレは星を生み出した力そのもの。あまねく全ての生命が須らく遺伝子に刻む、世界を破壊し、世界を創った原初の存在。
 ランクは評価規格外。一度振るえば、現世に地獄を現出させる神造兵器。

「さあ、|乖離剣《エア》よ。目覚めの時だ。王の怒りをこの地に住まう者共に刻み込め」

 主人の命に従い、乖離剣は軋みをあげる。誰が知ろう。これこそが、あまねく死の国の原典。生命の記憶の原初。
 ソレが齎すはあらゆる生命の存在を許さぬ地獄のみ。

「いざ仰げ! |天地乖離す開闢の星《エヌマ・エリシュ》を!!」

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